表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/210

02 予言の聖女と傾国の悪女

 レヴァン殿下は、困惑した様子で申し訳なさそうに私から目を逸らす。

 周囲も息を呑んだように静まり返っていた。


「……私との婚約を破棄すると聞こえたように思います。もし聞き間違いでないならば」


 ええっと。流石にそれは想定外よね。

 婚約破棄。王子の婚約者であった私は、その関係を破棄される。

 今まで想定していた未来は何もかもなかったことになるわ。

 ……なぜ? 私、また何かやらかしてたのかしら?


「理由をお聞きしても?」


 私は、チラリと殿下の背後に立つピンク髪の女性に目を向けた。

 たしか『予言』で見たレヴァン王子は、この令嬢の手を取っていたわね。

 ……ということは?


「そうだね。うん。何から話したら良いんだろう。これだけでは君も当然、納得出来ないだろう」


 どうもレヴァン殿下自身も納得はしてないように見えるわ?

 じゃあ、何故なのかしら。

 知らずに私が何かしていて、私に過失があった場合ならば、こんな態度にならないと思う。


「もしや、ですが……。そちらの後ろに控えていらっしゃる女性も何か関わっていますか?」

「っ……!」


 ピンク髪の愛らしい女の子は、私に話を振られてビクリと肩を震わせた。


「あ、ああ。無関係ではない」


 ああ、なるほど? て事はアレよね。

 殿下は、その子に惚れた? それで私との関係をナシにしたいとか?

 私の【天与】は、その未来を見せていたのね!

 ……普通に浮気? いえ、まだ、そこまでではないのかも。


「レヴァン殿下。私、その子の事を知っています」

「え?」


 驚いたように目を見開くレヴァン殿下。


「あの日。私が【天与】を授かった日に居合わせた女性ですね」

「そうなのか? ルーナ」

「は、はい。そうです……。私もあの日、光を放つクリスティナ様を見ました」


 ルーナ。やっぱり彼女の名前はルーナなのね。

 先程、漏れたレヴァン殿下の口ぶりからすると、彼女も【天与】を授かった?

 ……なら家格はさておき、殿下の婚約者に据えられる理由は十分だ。


「それから」


 彼女、ルーナ様に視線を向けていたレヴァン殿下が私の方へと向き直る。


「あの日からの未来の『お2人』の姿を【天与】は、私に見せていました」

「2人?」

「はい。キラキラと輝いたように微笑むレヴァン殿下。そして、大人になった、そちらのルーナ様の手を取る姿……。もしや殿下。ルーナ様との……愛、を育まれたのでは?」


 て事は私って、あの頃からこうなる運命だった?

 だったら、もうちょっと分かりやすい『予言』にして欲しかったわね!

 まぁ、あの突然の光景の1回きりじゃ、どうしようもないのかしら。


「愛……を彼女と? 君が、君まで(・・・)そう言うのか? クリスティナ」

「はい?」


 あれ。なにか間違ったかしら?


「確かに僕は『予言の聖女』アマネに君と同じように告げられた。僕がルーナと結ばれる未来があると」

「……そうなのですね」


 やっぱりそうじゃないの。


「だが、僕はまだ……ルーナと愛など育んではいない」

「えっと?」


 じゃあ何で私と婚約破棄するの? 私は首を傾げる。


「クリスティナ。まず、そうだね。

 彼女の名前はルーナ・ラトビア・リュミエット。ラトビア男爵家の娘だ」

「ラトビア男爵……」


 中々に身分違いね。侯爵家の私でも大変だったのに平気かしら。

 大人しそうな女の子なんだけど。

 王妃教育ってとっても大変よ?

 勉強だけじゃなくて毒まで飲まされたりしたんだから!

 でも『リュミエット』の名を冠しているなら、由緒正しい建国からの家柄という事ね。


「彼女は、君と同じように【天与】を授かった女性なんだ」

「……【天与】を」


 やっぱり、そうなのね。じゃあ、私とほとんど同じ立ち場なんだ。

 家柄とか人格とかじゃなくて【天与】を授かったから、王妃候補の資格を得てしまった。


 今まで見つかった【天与】持ちの適性年齢の女は、私だけだった。

 だからこそ、こんな私でも王妃候補なんてものに収まっていたんだけど。

 けれど、同じ【天与】持ちで、男爵家とはいえ貴族令嬢が現れたならば、話は大きく変わってくる。


「それは素晴らしい事です。そして大変だったでしょう、ルーナ様も」

「あ、は、はい……その。クリスティナ様も」


 何とも微妙で居心地の悪い空気が流れた。

 アレよね。私は一度しか【天与】を使えていないから。

 当時は目撃者が居たとはいえ、今では『疑わしい』みたいな立場なのよね、私。

 これでルーナ様が私と違って【天与】を使いこなせていたりするなら……うん。

 私の立場はすっごく悪いことになる。

 私は『偽者』で、ルーナ様は『本物』という扱いだ。


 じゃあ婚約破棄の理由はこれね! フフン! 読めたわよ!


「私は未だに自身の【天与】を使いこなせていませんから。

 ルーナ様に劣るのですね。それが婚約解消の理由だと……」

「いや、違うんだ。クリスティナ」


 違うの?? 思わず何もないところで転びそうになったわ。


「では一体、何故?」


 まだるっこしいわね!

 煮え切らない態度を取るぐらいなら、こんな場所で切り出すのをやめて欲しかったわ!


「ルーナが【天与】持ちだと聖女アマネが予言して見せた。そこで彼女を迎えに行ったところ、確かにルーナは【天与】を発現したんだ。彼女の【天与】は『聖守護』の力だった」

「聖守護……?」


 何かしら。『怪力』よりは、よっぽどお淑やかな響きだわ。


「聖なる光で人々を外敵から守り、癒す力だ。光の結界の中では怪我を負った者や、病に苦しむ者すら癒され、救われる。そして外敵は結界の中に入る事を許されない。そういう【天与】をルーナは持っていた」

「まぁ……!」


 それは凄いわね! あと、とっても便利。

 王のそばに控える王妃の【天与】としても申し分なさそう。

 これは私の分が悪いわ。


「アマネの予言によれば、ルーナは近い将来に『救国の乙女』とまで呼ばれ、沢山の人々を救ってみせるそうだ」


 わぁ。どんどんルーナ様に付加価値が積まれていくわ。

 それに比べて私は? これはレヴァン殿下も悩んじゃうわよね。

 なにせ、私の二つ名なんて『赤毛の猿姫』よ。

 『赤毛の猿姫』と『救国の乙女』。うーん。並ぶのも恥ずかしいじゃないの。


「そうなのですか。予言の聖女であるアマネ・キミツカ様がおっしゃるなら……なるほど」


 私とルーナ様を予言を元に比べた結果、殿下としては、あちらを取る決断を下さざるを得ないワケね。


 ……ということは、これから先の私って、どうなるのかしら?


 生家のマリウス家では家族から何故か疎まれている。

 今までは王妃になるからと最低限の扱いをして貰えていたのだ。

 それが婚約破棄されたとなったら……当然、あの家に私の居場所などは無いだろう。

 じゃあ、修道院行き? それはイヤね。じゃあ、どうしよう……。

 頭の中がぐるぐるしてきたわ。私にとっての最善って何なのだろう……。


「私との関係を破棄し、次の婚約者はルーナ様ですか」

「あ、ああ。そういうことに……なるんだろうね」

「……はぁ」


 いけない。『外行き』の顔が崩れてしまいそうよ。

 思わず深い溜息を吐いてしまった。そうして何の気もなくルーナ様へ視線を向けた。

 ……それだけ、なのだけど。


「う……」

「ん?」


 ルーナ様は酷く怯えた表情で私を見たわ。何よ、その態度は?


「ルーナ。大丈夫、大丈夫ですよ。この時点でのクリスティナに負ける貴方じゃないです」

「んん?」


 聖女アマネ様が、ルーナ様を支えながら、そんな事を言った。

 私を呼び捨てにしたのは別にいいとして、どうして負けるかどうかの話?

 そう疑問に思ったのだけど。

 聖女に対するモヤつきや、今後の憂いを吹き飛ばすような発言がレヴァン殿下から飛び出した。


「そして、クリスティナ。君は『傾国の悪女』とまで呼ばれるようになる、らしい」


 ……、……は?


「はい?」


 流石の私も外面を取り繕うのを忘れて首を傾げたわ。

 今、なんて言ったの?


「おお、恐ろしい予言(・・)だ……」

「やっぱり彼女は、王妃になど相応しくないと思っていたのよ」


 ちょっと。ちょっと待って?

 外野うるさいわね。1人ずつぶん殴るわよ。


「何とおっしゃいましたか? レヴァン殿下」

「う、うん。だからだね。ルーナが将来に『救国の乙女』として活躍するように。君は将来、このリュミエール王国を脅かす『傾国の悪女』となるんだそうだ。……それがアマネが僕たちに伝えた予言なんだよ」


 予言? 確かに聖女アマネにはそういう力があると聞いている。

 今回、初めて顔を見たのだけど。

 これまでもいくつかの災害が彼女によって予言され、そのお陰で救われた者も多いという。

 え、でも。そんな事を言われても私、そんな事してないわよ?

 たとえ、未来の私がそうなのだとしても、今の私は何もしてないわ?


「『予言の聖女』アマネは、異界……『異世界』から来た人だ。

 初めは僕たちも半信半疑だったが、その予言の力は、もはや疑いようがない程なんだ」

「それについては私も噂を何度か耳にしていますが……」


 でも、だからって、それはないんじゃない?


「アマネの世界には、この世界の未来を予言する『オトメゲム』なる不思議な書物、予言書(・・・)があるらしい。残念ながら彼女は、その予言書を持参してはいないのだが……」


 オトメゲ……? 言いにくいわね。何よそのふざけた本。焼いて捨てるわよ!


「レヴァン。その名前は、恥ずかしいから言わないで欲しいです。

 あと発音が違うから……。まぁ、それは別にいいんですけど」


 予言の聖女アマネ・キミツカがレヴァン殿下に馴れ馴れしく忠言する。

 彼女、あんまり貴族っぽくないわね。

 普段なら親しみやすいと好評価なのだけど、流石に今は無理よ。


「アマネにとって、未来は無数に分岐するものらしいが、大筋の流れ、その『運命』は変えられないものなのだそうだ」

「……はぁ」


 確かに予言の聖女の噂は聞いてきた。

 各地の災害すら予言して見せ、多くの民を救ったとも聞いた。

 ……だから、その予言は無視できないのだろう。

 でも。でもよ。そんなピンポイントで私だけを貶めるような予言がある?


「そう。そうなんです。この世界の中心はルーナなの。いえ、世界の中心っていうか、私の予言はルーナが頼りなところもあるっていうか……。それで共通ルートは変えられなくて、ですね」

「んん??」


 どういう事かしら。

 それも『聖守護』の【天与】と何か関係がある?


「とにかく、そういう予言が聖女より下されたのだ。

 僕は……立場上、その予言を無視する事が……出来ない」

「……レヴァン」


 なんだか苦しそうね。そんな表情はプライベートな時間でも滅多に見せない。

 将来の仲を約束していた彼。

 孤立気味だった私にとって、友人のフィオナと同じぐらい彼との逢瀬は悪くない時間だった。

 せめて、ルーナ様との愛を育まれたのだと言われれば……私だって大人しく身を引けたかもしれない。

 小さな頃から、ほとんど勝手に決められた婚約だったんだもの。

 結婚は好きな人としたい。

 そう言われたなら私だって『それはそうよね』と思ったわ。

 だったら、良かったのに。これは……。


「その。出来れば……根回しもまだではあるが、ルーナを正妃に、クリスティナを側妃に、という声もあったし、最初に予言を聞いた時は、僕もそう考えていた」

「側妃ですか」


 側妃とは正妃に対する言葉で、ざっくり言うと王様の2番手以下の女になって彼に囲われる立場ね。

 まぁ他にもあるから、ざっくりな説明だけど。

 正妃ほどではないにせよ、立場は確保されるし、権利もある。

 それに側妃となれば、今まで努力してきた王妃教育が役に立つ事もあるでしょう。


 これはレヴァン殿下なりのフォローなのでしょうね。

 殿下から婚約を破棄された上で、家での立場も危うい私。

 ならばせめて、という事なのでしょうけど。


 側妃かぁ……。

 1人の女としては正直モヤモヤとした気持ちになる扱いよね。

 特に私は今まで正妃になる予定だった。今日なんてプロポーズを受ける気で居たのだ。

 だから、その提案だけでショックは、かなり大きかった。

 ……だっていうのに。


「それはダメです! それやると直結バッドエンドまっしぐらですよ! 国、滅びます!」

「……はぁ?」


 しまったわ。思わず素が出た。

 聖女アマネは、私が側妃に落ちる事すらも頭ごなしに否定してきたのだ。

 ……私、聖女様に目の敵にされるようなことしてないと思うんだけど。まだ。


「……聖女アマネ曰く、クリスティナ。君を側妃として迎えるとルーナは不幸になり、そして王家は傾き、廃れるそうだ」

「は……?」


 いやいや。なぁにそれ? 流石に私でもそんな事しない……しないわよね? しないわよ?


「レヴァン殿下」

「う、うん」

「私、それらの話にまったく身に覚えがありません。傾国などと企ててすらいませんし、王妃じゃなくて側妃になるとさえ、今日ここまで思っていませんでした」


 本当に。欠片も。


「そ、そう……だろうね。だって『未来』の君の話なんだから……」


 ちょっとこら、王子。冷や汗かきながら目を逸らすな。

 私の目を見て話しなさいよ。


「……つまり、この婚約破棄の提案は」


 まとめると。


「特に『今の私』に非があるワケではないけれど。

 将来的に『傾国の悪女』とやらになるから、一方的に破棄される、と。

 そういうことで、よろしいですか?」

「……そうなる」


 そりゃ、殿下も曇った顔するわよ。私本人が寝耳に水なんだから。


「婚約関係を一方的に破棄され、側妃にする事すらお断り、と。今の私は何もしていませんのに?」

「そう、だ……」


 そういうのせめて、裏から何か策謀を練って、冤罪でもふっかけるなりして、私の立場を貶めてから婚約破棄すれば良かったんじゃない?

 それなら、ある意味で納得するわ。

 王族・貴族なんてそんなものだって。

 レヴァン殿下の誠実さのせいで、余計に理不尽な話になってるわよ。


「……じゃあ、私はこのまま大人しくマリウス家に帰れば良いと」


 どうしようかしら。合わせる顔がないわね。家族には愛されてないのに。

 夜逃げでもしようかしら? 行く当てもないけど。


 流石の私も目の前が真っ暗になってきたわ。

 血の気も引いてきたと思う。目眩すら覚えているわ。


「……あ、それは、その」

「はい?」


 そんな私の呟きにも殿下は反応した。まだ何かあるの。


「君を、マリウス家に帰すワケには……いかないんだ」

「……何故ですか」


 ちょっとイライラが募って来たわよ。


「それは、君を家に帰すと……君がマリウス家の人間を根絶やしにしてしまうから、だ」

「はぁああ!?」

「……!?」


 流石の私も『外行き』の顔を投げ捨てて、大きな声を上げた。

 そんな私の態度に驚きの顔を浮かべるレヴァン殿下。あと周りのその他。

 いけない、いけないわよ。


「殿下。断っておきますが……。私、王家にも国にも、殿下にも、そちらのルーナ様にすら何の恨みもございません」

「う、うん……」

「マリウス家では、あまり良くない扱いであったといえ、それでも家族を根絶やしにする程の憎悪は抱えておりません」

「……だと思う」


 ビキッと。私のこめかみに怒りが集中した。


「非のない私との婚約を破談とし、側妃にもせず、更に家にまで帰るなと?

 じゃあ何でしょう。

 私は、このドレスを着たまま、修道院の門を今から叩きに行けばよろしいですか?」


 それで万事解決かしら? それがお望みなのかしら。


「修道院も……ダメ、なんだ」

「……は?」


 目が点になる。なんて?


「クリスティナは……修道院には馴染めない。脱走して、凶行に走る……らしい」


 ちょっと。ちょっと、いい加減にしてくれない?

 言い掛かりにも程があるわよ!


「……それらも全て聖女アマネ様の『予言』で?」

「……そうだ」


 私は、聖女アマネに視線を向けた。


「ひっ……」

「あ、アマネ様っ、盾にしないでくださいっ、私だって怖いです!」


 ルーナ様の後ろに隠れる『予言の聖女』アマネ。

 喧嘩売ってきてるの貴方じゃないの。ふざけてんの?


「では、予言を信じる殿下は、私をどうなさるおつもりなのですか?

 私は家にすら帰れないのですよね? 修道院にすら行くなと」


 一体どうしたらいいのよ、それは。


「……最も国が平和に問題が片付く未来というのが、その」


 言い淀むレヴァン。何よ。


「君を国外へと……追放する事、なんだ」

「────」


 は。

 いやいや。

 ちょっと真面目に息が乱れてきたわよ。

 気を失いそうだけど、何とか踏み止まる。


「国外……追放? 侯爵家の私が? ……国家反逆罪を犯して、ようやく下される程の罰ではありませんか? それは『流刑』という事ですよ? 意味は理解されていますか?」


 それも今、私が何かしたワケではない。

 予言された『未来』のせいで? そもそも罰される筋合いが無い。


「クリスティナ」

「……殿下は正気なのですか? たしかに聖女アマネは、数々の予言を的中させてきたと聞きます。ですが、これは」


 私は、真っ直ぐに背筋を伸ばしてレヴァンの目を見据えた。


「今の私に非があると仰せで、その証拠があるのならば納得もしましょう。

 ですが予言の聖女とはいえ、たった1人の、どこの誰とも知れぬ女の言葉で……。

 王妃候補であった私から、そこまで全ての権利を奪い、どころか流刑に処すると。

 本気で、そうおっしゃるつもりですか?」


 それはない。それはないわよ。

 ていうか、それを認めたら私だけの不幸に収まらないでしょう。

 こんな私でも王妃教育を受けてきたのよ。


「では殿下は、聖女が予言しさえすれば、虐殺や暴君となる事すら厭わないのですか?

 あの子も追放、あっちの子は処刑、あちらは奴隷にでも落としてと。

『だって、それが予言だから』を理由にしてしまえば、どんな事も許されると?」

「いや、それは」


 レヴァンは、そこまで愚鈍な馬鹿ではないと思う。思いたい。


「……予言は、クリスティナの事、だけ、なんだ」

「はい?」

「確かに横暴だ。これは踏み止まらねばならない暴走だと思う。

 王子の乱心とさえ言われてもおかしくない」


 分かっているじゃないの。


「だが」


 だけど、レヴァンは言葉を続けたわ。


「災害を予言し、数多の人々を救ってみせ、また未来の数々の人々を救うだろうルーナを見出した。

 ……そんな予言の聖女アマネが、一体、何を求めたと思う?」

「知りません」


 彼女個人の事なんて何も。


「……平穏と安寧だ」

「はい?」

「聖女アマネは欲深い人ではない。これだけの功績に対して爵位も、領地も、財産すら望まなかった。彼女は、ただ、この国が平和である事を望んだ。そしてルーナの周りの人々が不幸にならず、幸福で過ごせる事。それだけが彼女の望みだと言ったのだ」


 ……聖女、は随分とルーナ様にご執心なのね。

 さっきは世界の中心とまで言っていたけど。


「他の者に対しては断じて、酷い仕打ちを望んでいない。だが」

「……だが?」


 私は?


「……クリスティナだけは救えないのだと。どう足掻いても国を滅ぼし、ルーナを不幸に陥れ、国を傾ける運命にあるのだと、強く進言してきたのだ。それは確定的な未来なのだと」

「なんで……そこまで?」


 私に個人的な恨みがあるのかしら。


「……ですが、この仕打ちは理不尽です。レヴァン殿下」

「その通りだ」


 ……ねぇ、レヴァン。覚悟を決めた顔をしないでちょうだい。

 昨日までは貴方の事を、未来の旦那様になるのだと思っていたのよ?

 そんな貴方が。私を。


「今の、今まで培ってきた私との関係や、私個人よりも。

 その聖女様の予言を信じると仰せなのですか、レヴァン殿下」

「……すまない。クリスティナ」


 彼は、謝った。謝ったのだ。私に向かって。既に心を決めている、と。

 ……はぁ。


「予言の聖女、アマネ様?」

「っ!」


 ビクビクしてんじゃないわよ。

 今、自分でも随分と冷たい声が出たと思うけど。


「私から全てを奪って流刑にできたら、貴方はそれで満足していただけるのかしら?」

「そ、その。だってクリスティナだし……。ここで、どうにかしておかないと。それが1番ハッピーエンドで」

「こちらを向いて私の目を見て話してくださる? 貴方が今から全てを奪って、殺そうとしている女ですよ?」


 死ぬ気はないけど。


「こ、殺す……って。私、は」


 その覚悟すら、ないと? ハッ!


「……いいでしょう。仮に私が未来で『傾国の悪女』とやらになったとしましょう。ですが、アマネ様。今の私は、国にも、王にも、何の恨みもありませんでした。どうあっても傾国を為すと言われる程の恨みを持つとすれば……。それは、この理不尽な仕打ちのせいではないでしょうか?」

「そ、それは」


 それ以外の理由が思いつかないわよ。


「であるならば、予言とは、かくも残酷で取り扱いが難しい力なのでしょう。私が傾国を為すとしたら、その理由は聖女アマネ様。貴方の予言に他なりません。……未来が見えているのなら、私がそうならぬよう助言をしてくださってこそ、聖女の名に恥じないのではありませんか?」

「うっ……だって」


 『だって』じゃないわよ。

 あんた、私と同じ歳ぐらいでしょ。結婚して子供を産んでもおかしくない歳よ。

 大人になったんだから、遊戯盤で遊ぶ幼児みたいな精神で1人の人間の全てを奪っていいと思ってんじゃないわよ。


「……それで? その貴方にとっての傾国の悪女とやらは、こんな理不尽を強いられておいて『はい、左様でございますか』と大人しく流刑に処されると思っておいでですか?」


 これって怒っていい場面よね? いいと思うわ? 教えてリンディス!


「正式ではないにせよ、破談を言い渡された後とはいえ。

 私は王妃候補として教育を受けた身。

 【天与】にすら匹敵する力をお持ちの聖女様ですが……。

 本人でさえ持て余す力を、殿下の采配に影響させるなど言語道断だと忠言せざるをえません」

「その……。私だって、悪いことしてるつもりじゃ」


 私は、そこで深く呼吸をした。ではどういうつもりなのだと。


「ねぇ、聖女様。無い頭を絞って、よく考えてから喋ってくれない? あんた、王子の婚約者を貶めて自分に都合のいい後任を次の婚約者にあてがったのよ? 他の貴族たちにとって、それは面白い話なのかしら? 無欲? 平穏? 次期王妃に庇われるような、その場所に立って、殿下に忠言を聞いて貰える立場に居る時点で、ずいぶんと強欲だと思うけど? 流刑にされる私の『次』が無いとは言い切れないじゃない。だって予言と言ってしまえば、気に入らない女を端から簡単に貶めていけるんだから」


 息継ぎもせずに捲し立てる私。

 流石にキレてるわよ!


「そ、そんな事、私はしない……」


 しようとしてるじゃないの、今!


「私も【天与】でルーナ様とレヴァン王子が仲睦まじく手を取り合う『予言』を見たわ。

 お2人が、ただ愛し合ってしまったというなら、それでも良いかと思ったのよ。

 けど、この仕打ちは看過できない」

「え?」


 何よ。


「クリスティナに予言の力なんてあるワケないじゃない。だってクリスティナの【天与】は……」


 『怪力』だって言いたいのかしら?

 この女、心底ふざけてるわね。

 この期に及んでまだ喧嘩を売ってくるとは。


「聖女アマネ様。私は確かに【天与】を使いこなせてはいませんが……。

 本当は、それを理由に私の立場を奪おうとしているのでしょうか?

 では、ここで1発(・・)、試してもいい?

 何だか今なら出来そうな気がするの。私の『怪力』の【天与】を」

「か、怪力?? 何それ?」


 はぁ?


「あら、聖女様にも知らない事がおありなんですね? 驚きました。

 なのに、私の未来についてだけは随分とお詳しいとは。ふふふ。

 どんなに適当な情報で、未来の運命を決めつけているのかしら?

 これからも上手くいけば良いのだけど……。

 聖女様の望む人間にだけ幸福が訪れる、その素晴らしい予言がね?」


 私はツカツカと聖女に歩み寄っていった。

 1発ビンタぐらいは許されるわよね。


「だ、ダメです!」

「え?」


 するとルーナ様が聖女アマネの前に立ち、両手を(かざ)したわ。

 そうしたら、光の幕が彼女たちを守るように広がったの。

 わぁ、凄い! 綺麗じゃない。


「こ、これが私の『聖守護』の【天与】です、クリスティナ様。

 だ、誰も私と私の大切な人たちを傷付けられません……!」

「あら」


 幼かった、あの日。

 ただ、オロオロとしていただけのルーナ様は、雄々しくも私の前に立ち塞がったわ。

 随分と成長したみたいね!


「──フン!」


 私は、とりあえず思い切り光の『壁』を殴りつけてみた。

 全然割れないわね、これ!


「痛ったい! すごく硬いわね!」

「く、クリスティナ?」


 レヴァンが私の行動を見て、驚く。

 でも私は彼をひとまず無視した。

 凄いわ。これが本当の【天与】なの? なんだか私、興奮してきたわ!


「あっ。今なら私も出来そうな気がするわ!」

「えっ」


 もっと思い切り力を込めて。

 ムカついた相手を殴り飛ばす事に全力を尽くす事を考える。


 そうすると、これまで出来なかった事が嘘だったかのように私の身体も光に包まれた。


 ……ああ、こうするのね。

 ルーナ様が見せてくれたお陰でなんとなく分かった。

 やっぱり参考になる相手が居たら勉強が捗るわね!


「ルーナ様……。じゃあ、試してみますね?」

「えっ、えっ?」

「え、何、なんでクリスティナが、この時点で覚醒?」


 聖女アマネは尚もワケの分からない事を言っている。

 待ってなさいな。その顔、思い切り引っ叩いてあげるからね! ……顔はまずいかしら?

 じゃあ、お腹ね! 昨夜食べた食事ぐらいは吐かせてあげるわよ!


「はぁあ!」


 光の灯った右のゲンコツで思い切り! 力いっぱいにルーナ様の結界を殴り付ける!


 ──フン!


 バキバキ……。


「えっ」


 バリィンッ! と光の壁がガラスが割れるような音を鳴らして粉砕される。やったわよ!


「……フン!」

「あっ、あっ……」


 ヘナヘナとその場にへたり込むルーナ様。

 私を見上げて、砕けた光の壁を見て絶句しているわ。


「えっ、なん、なんで? なんでクリスティナにそんな力があるの? ルーナの結界が破られるはずが……」

「……聖女アマネ様」

「ひっ!?」


 私は爽やかな。

 とても、爽やかな笑顔で聖女様に微笑みかけたわ。

 そしてツカツカと音を鳴らして彼女に歩み寄る私。


「あっ……!」


 聖女様は事態をようやく把握したように間の抜けた声を上げた。


「ま、まさか! お、オマケゲームの『クリスティナ』!? それも『強くてニューゲーム』版!?」

「だから……」


 私は聖女の胸ぐらを掴んだ。


「さっきからワケ分かんない事言ってんじゃないわよッ!」


 私の【天与】! 殺さない程度の力に抑えてね! 出来ればだけど!


「ぐべぇッ!」


 私は予言の聖女アマネの鳩尾に、渾身の拳を叩き込んでやったわ!

 そのまま体液を吐き出しながら吹っ飛んでいく彼女。

 ちょっとスッキリよ!


「……フン! 顔を殴るのだけは避けておいてあげたわよ!」


 感謝しなさいよね! とばかりに腕を組んで見下ろした。


「く、クリスティナ……」


 周囲の誰もが呆気に取られて絶句している中、血の気を引かせて私を見るレヴァン。

 そして泡を吹いて気絶する聖女様。


「殿下。あなたも」

「えっ」


 次はレヴァンに歩み寄って、優雅な『外行き』の礼と微笑みをして見せた。


「クリスティナ」

「殿下」


 そのまま引き寄せてキス……ってやったらロマンスかもしれないわね。

 でもファーストキスを失う場は、きっとここじゃないわ。

 なんて頭の隅に思い浮かべながら。


「1人の女に言われただけで、貴族の娘を国外追放なんてしていたら、それこそ『傾国』でしょうが! 王子の信用を得た、その女の裏に誰かの手が回ってたらどうするつもり!? 王子なら、そこら辺ちゃんとしなさいよ!」

「ご、ごもっとも……!」


 忠言もここまでね!


「あとは結局、私より他の女を二重で選んでんじゃないわよッ!」

「ぐばっ!」


 私は渾身のアッパーをレヴァンに喰らわせてやったわ!


「──フン!」


 中々に気分がいいわね!

 あと『怪力』の【天与】の使い方もちょっと分かった気がするわ!



 ……で。だけど。

 私は、ここで王子を殴った『不敬罪』で……王都からの追放処分を受ける事になったわ。


 国外への追放じゃなくて『ある領地』への強制派遣。

 もちろん婚約関係も解消よ。


 ……まぁ、不敬罪は少なくとも冤罪ではないわね!

 実際に殴ったし! その点だけは納得してあげるわ!


良ければブクマ・評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 旧連載どこかで見たと思ったら、そうだこの馬鹿異世界女に覚えがあったんだ。 殴ったくらいではスッキリも全然しないけど、どうせ将来破滅するんだろうから気長にポップコーンでも食べながら眺めることに…
[一言] 文字通り滅ぼすレベルの憎悪持たれても不思議なくー。 主人公がカラッとした精確で良かったですね。 他の作品とは主人公の性格かなり違い話の方向性も違ってますが、こちらも中々面白く。 最初は回避…
[良い点] スカッとした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ