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198 傾国の毒薔薇

「ん……」


 柔らかいわね。でも冷えているわ。

 覚醒していく意識。


 息苦しさは変わらない。


「早いお目覚めね、お姉様」

「……ミリシャ」


 声だけで判断する。冷ややかな声。薄らと目を開けば、石で出来た天井が見えたわ。


「ふふ、ふふふ! お姉様だって、やっぱり女なのよ。天与さえ奪えば、結局は男の力に敵わないの」

「……何言ってるの?」


 ミリシャの声がした方へ視線だけを向ける。

 そこには立っているミリシャの姿と、その前には……鉄格子。


 ……なるほど。

 私、捕まったみたいね。


「まぁ」


 横になったまま、その状況を確かめる。

 捕まるのも二度目かしらね。


 目覚めた周りに男達が居ない辺り、女として襲いたいワケじゃない……。


 ユリアンもどき(・・・)もよく分からないヤツね。

 私に執着してるような事を言いつつ、邪教の方針には従うの?


 複数の転生者の集合体。

 誰でもない『誰か』の意識になったのが今のあの男。


「……私をどうするつもり? 生贄とか言ってたけど」


 ユリアンもどきと邪教の目的って同じなのかしら?

 彼らは結局、何がしたいの。


「フン! 知らないわよ。野蛮な男達みたいにお姉様を慰み者にするつもり……なのかもしれないわ」

「……ミリシャ」


 気持ち悪い事を、と思うけど。まぁ想像の範囲内よね。


 身体が動かない。麻痺してる?

 薬でも飲まされたかしら。


 毒薔薇の天与が使えてたら、そんなの私には効かないのに。


 ……思い出すわね。


 私がエルトを意識したのは、夢の中の牢屋の中よ。


 彼がいなければ『私』の精神は守れなかった。

 現実のエルトとは違う彼。


 違うけど、概ね一緒よね。

 アレも邪教の連中と私の天与が見せた幻だなんて。



「……低俗な真似をする男達が居る、なら。今の貴方も無事に済まないわよ……? 侯爵令嬢の、ミリシャ……」


 護衛も誰も引き連れてない。

 天与がなくては所詮は男に敵わないって私を笑うけど……。


 天与がなくても動ける方の私がこの有様なら、ミリシャなんて話にならないでしょう。


「……私は王妃になるのよ。ちゃんと彼らにも敬われるわ!」


 王妃……?


「貴方は、レヴァン殿下のこと、ちゃんと好きなの……?」


 王家からもう見放されたミリシャ。

 ルーナ様には才覚もあって、人気もあって。

 家格の問題は解決に向かっている。


 いつまでも私の上に立てば全てが上手くいくだなんて思っているこの子では勝つ見込みはないわ。


「こんな連中に関わって……罪にも問われるのよ。なのに王妃ですって」


 一応、フォローのつもりで私が来た面もある。

 でも、その私にこの態度なのよね。


「お姉様が私に説教なんてするつもり?」

「……説教ね。そんなこと、まだして貰える……つもりなの?」

「は、」

「説教なんて……。少なからず期待や、心配をしていた証じゃない……。

 この状況で、これが『悪い事』だとさえ、反省、できないアンタに……。

 説教する価値が……まだある、とでも……?」

「─────」


 本当に。この子は、どうしようもないのかしらね。


「……せめて、私の婚約破棄が貴方の仕業だったと言うのならまだ政の才覚を感じられたでしょうに……。アマネがもたらした結果に過ぎなかった」


 そのアマネも邪教に呼び出されたワケだから……ある意味、ミリシャの行き着くべき先に行き着いたのかしら。


「何よ、何なのよ! お姉様はいつも私に目を向けないで! 私は! 今まで一度も……!」


 一度も?


「お姉様の妹だって認められてないわ!」

「……?」


 何の話かしら。私は鉄格子の向こうのミリシャを見た。


 水色の髪と瞳をした女の子。

 顔立ちは、あんまり私と似ていない。


 当たり前だけれど、マリウス家では、私の髪や瞳の色と同じ家族は居なかった。


 同じ赤髪でも、侯爵やリカルドの赤と私の真紅は違ったわ。

 初めて見た人が、私達を姉妹だと思う事はないでしょうね。


 事実として姉妹じゃなかったのだけど。



「お姉様は、一度だって私を妹としては見ていなかったわ。一度もよ!」

「……そうかしら。……そもそも仲良くなかったじゃない?」


 別にそれでもいいでしょうに。

 あの家庭環境で、なお私に妹として扱われたかったのかしら。


「……お姉様が今まで好き勝手していられたのは天与のお陰よ。

 でも、その天与も……今日奪われるの。

 いい気味だわ! それでいい、それでいいのよ……」

「…………」


 今まで向き合ってこなかった『妹』を見上げた。


 拗らせて、いつまでも私への感情を持て余す幼さ。


 たしかにこの子は王妃にも側妃にも据えられないわ。

 マリウス家の力さえ弱まれば王家も堂々と無視できるわね。


 領地が豊かな事は変わりない。

 王都での発言力は下がるかもしれないけれど、致命的な傷を負わなければマリウス家も貴族としてはやっていける筈。



「……ミリシャ」

「何よ」

「『姉』として、あなたに助言をしてあげる。本当に貴方を思って、ね」


 不満そうな顔だわ。

 納得のいかない。

 この子は私が、私の愛が欲しいのね。

 駄々っ子みたい。


 侯爵の歪みと私があの家に居た事で感じるようになった愛情不足。

 歪んだこの子は、私を閉じ込めて、力を奪う事で、私の愛を独占したいの?



「ミリシャ。……ここから逃げなさい。他に捕まっている人がここに居るなら、その人達も連れて」

「……何言ってるの?」

「感じるのよ。邪な気配がこの場所を満たしているわ。

 彼らの神がもうじき降りてくる……」


 戦わないといけないわ。

 きっと、その為に与えられた私の天与だから。


「あの怪しい連中の儀式? 魔物か何かを呼び出すんでしょ」

「……ふふ」

「何を笑ってるのよ!」


 魔物。魔物ね。そうよね。


「いいえ? そう、邪神だなんて呼ぶのも変よね。彼らは『魔物』を呼び出すつもり。

 でも、きっと強力な個体だからね。

 貴方も無事では済まないのだけど……逃げろと言った意味は違うわ」


「……?」


「彼らは私を贄として、その魔物に捧げたいみたい。それで彼らの理念が完成するのね。

 でも……私には、まだ打てる手があるの。それを使うから」


「力を、天与を奪われたお姉様に何が……」


「奪われてはいないわよ。ただ表に出せなくなっているだけ。

 ……そんな力を表に出す方法を、既に私は手に入れているの」


 予言の天与によって私の中に作られたもう一人の『私』の人格。

 理不尽な運命に晒され続け、虐殺を繰り返し、何度も処刑された傾国の悪女、クリスティナ。


「彼らの施した封印は、彼らが望んだ物語の悪役によって砕かれる。

 私の内面を糧にして、この身体の肉を割いて芽吹く……毒薔薇(・・・)


 私を閉じ込めている檻に留まらず、この辺り一帯をすべて薔薇が飲み込むわ。


 アマネが予言した未来で、マリウス家をみな虐殺した力をここで解放する」

「……っ!」


 ユリアンもどきもその警戒はしているみたいだけど。

 対策されてるのかしら?

 その時はその時よね。


「そんな事が出来るなら、なぜもっと早く」


「……使えば、私は私でなくなるわ。今こうして話している私は消え去り、別の人格に置き換わるの。


 好きな人も、大切なモノも違う。

 私の知る人達に出会ってさえいない『私』になる。

 ……こう言えばいい?


 その私は、何度も断頭台にあげられ、貴方やレヴァンの手で首を切り落とされた私、よ。


 そうなれば……『私』は貴方を見て憎しみを向けるかもしれないわね。

 それも向き合っている事になるかもしれないけれど。


 でも、それはもう『私』じゃないわ。

 だからミリシャ。

 ……貴方と会話するのは、これで最後になるの。

 だから言うのよ。逃げなさい、って。

 私から離れて、遠くへ。

 罪のない者達も連れて、遠くへ。


 ……ふふ。どう? 最後なのだから、ちゃんと『姉』らしいでしょう?」



 ドクンと心臓が脈打つ。

 夢の世界でエルトの魔剣で貫かれた心臓。


『彼女』は彼のことも受け入れるかしら。

 リンディスのことを好きだった彼女。


 分からなくはないけれど、それでも今ある彼への気持ちが書き換えられてしまうのは……イヤね。


「ミリシャ、行きなさい。邪神の気配が強まっているのを感じるから。

 この切り札だけは、あの男に邪魔されるワケにはいかない」


 ギチギチと私の内側に薔薇が根付く。

 麻痺した身体に激痛が走ったわ。


 私の言葉を信じられないのか固まるミリシャ。


 ……本当に仕方ない子。

 愚かな妹だと思えば、たしかに愛情くらい向けられたかもしれない。


 ギチギチ。

 ビキ、ビキ……。


「かっ、はっ……! あっ、ぐっ……!」

「お姉様……?」


 口の中に鉄の味が広がる。

 心臓を潰されてもなお身体を動かす天与。


 ただの薔薇ではない女神の象徴。


 私は思いを馳せる。

『私』は思い出す。


 レヴァンに婚約破棄され、すべてを失った私に。

 家での居場所すらなかった私に最後まで寄り添おうとしてくれた人。


 そんな最も親しい人が。

 一緒に最果ての地まで逃げてくれると言った、見えない彼が。


 初めて、その顔を見た時。

 既に物言わぬ骸と化していた絶望を思い出した。


 愛を求めた。

 家族を求めた。

 穏やかな幸せを求めた。


 すべて手に入らなかったと突きつけられた。

 元凶、何もかもを奪った者達……。


 呼び起こされるのは絶望だけじゃない。

 憎しみ、怒り、悲しみ……。


 ビキ、ビキ、ビキ……。


 ──ぐちゃ。



「あ──」


 左眼が潰れた。そして、そこから血のように赤い毒薔薇が咲く。


 身体中から芽吹いた薔薇が横たわっていた私の身体を立たせた。


 今度こそ正面からミリシャを見下ろす。


「──ああ、ミリシャ。よくも、よくも、よくも。『私』の首を刎ねてくれたわね?

 何度も、何度も、何度も。

 そんなに赦せなかったの? 貴方のお父様やお母様、侍女達を身体の内から潰して殺した事が」


「く、クリスティナお姉様……?」


「ふふ。お姉様、お姉様ですって! ねぇ、ミリシャ。お母様は私のお母様じゃなかったの。

 お父様もそう。

 リンディスだけが私の家族だった!

 なのにお父様はリンディスを殺したのよ?

 私は家族じゃなかった! 一度だってマリウス家の家族とは認められなかった!


 ……なら、もう、いいわよねぇ?

 だってお父様もお母様も私の家族じゃなかった!


 潰して、殺して、この世から消してしまっても。

 いい、わよねぇ?」


「────」


 身体中が痛い。苦しい。胸が苦しくて、ぽっかりと穴が空いたみたい。


 左眼が潰れてしまった。

 リンディスはこの世界から居なくなってしまった。


「ミリシャ、ミリシャ、ミリシャ……。そう、赦さない。赦さないわ。レヴァンも、貴方も、リカルドお兄様もみんなみんな殺してやる。

 もういいの、どうだっていいのよ。


 だって……私の眼には、もう優しい世界は映らない」



 ……こうして『私』は世界の半分を見失ってしまった。

 終わりを求めて、破滅へ向かう、傾国の悪女。

 それが私。

 クリスティナ・マリウス・リュミエットよ──


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