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197 ユリアン

 私は『毒薔薇』と『怪力』、2つの天与を封印されている。

 周りにはまだ敵対者達、邪教の黒装束の連中が残っているわ。


 その上でエルトの実力に匹敵する男、ユリアン公子が現れた。


 流石に天与抜きの私では、こいつと戦う事になると厳しい。

 だから私は矜持を失わないまま、降伏して見せた。



「気が強いな。だが、力を失ってもまだその態度を続けるつもりか? クリスティナ」


 青い髪と青い瞳をした、ルフィス公爵家の長男。

 ユリアン・ルフィス・リュミエット。

 私と同じく天与を授かったルーディナ様の兄。

 だけど相変わらずその気配には嫌悪を感じる。


 ルーナ様も感じたらしいこの違和感。

 ここに至って思えば、その気配は……。


 ユリアン公子が私に近付いてきたわ。



「天与を失ってはいないわ。ミリシャが望んだみたいに奪われてもいない。今もまだ薔薇は私の内側に咲いているもの」


 フフン!


「……この状況でそんな事を言っても、強がり、虚勢の言葉にしか聞こえないがな」

「フン! そっちが今、有利な事は認めてあげるわ!」


 私の目の前に立つ青髪の男。

 見る人が見れば整った顔立ちだと評価するのでしょう。

 アマネの視線だったら、エルトやカイル、レヴァン達と並んでも遜色ない男。


 私は、ここに来て初めてユリアン公子の、その青い瞳を真剣に見つめ返した。


「……あんたは誰?」

「うん? 何を言っている」


 私やルーナ様が感じる嫌な気配。

 それはすべてこの男から。


「ルーディナ様は言っていたわ。優しかった兄は、今のあんたじゃないって。

 それに私は他人の魂が他人の肉体に宿り、操ろうとする事もあるんだって知ってる」


 今、目の前に居る男。

 その身体の中に宿っている魂は本当に彼のもの?


「ああ……。はは。その事(・・・)か。お前は、お前だけは本当に神に愛されているようだな?

 神の視点を持っている。

 こちらが準備し、招いた『聖女』すらも利用して様々な事を知ってきた」


 招いた聖女……?

 今のこの国において聖女と呼ばれている女は一人だけ。


 予言の聖女、アマネ・キミツカ。

 ゲンダイという国から来た黒髪の女。


「アマネは、やっぱりアンタ達が連れてきたのね!」

「そうだ」


 また一歩、ユリアンが私に近付いてきた。

 嫌悪感に後退りそうになる身体を抑え、私はその場に胸を張って立った。

 そして腕を組んで、ユリアンを睨み付ける。


「フン! そんな事だろうと思ってたわ!」


 女性の中では背の高い私だけど、さすがにエルトやこの男よりは高くない。

 それでも気持ちは、しっかり相手を見下ろすように睨んでやったわよ!


「本当に、くく……。ああ、面白い女だ。

 けして穢れない女。

 真の聖女と呼ばれる筈だった、神の愛し子。


 自分でも分かってるだろう?

 ルーディナも、ルーナも、お前とは違う。

 女神の巫女が3人平等だなんて欺瞞だ。


 クリスティナ・マリウス・リュミエット。

 お前が1番、神に愛されている。

 だから連中は、こいつらは、お前を誰よりも穢そうとしてきた。尽く失敗してるがな」


 私が一番ね。それはどうかしら。

 まずそれよりも。



「私の名前は、クリスティナ・アルフィナ・リュミエットよ。

 イリスの名も付けて良いわね。

 もうマリウス侯爵令嬢じゃないの。


 まだ無位無冠の公爵令息の貴方と違って、私は立派にアルフィナ子爵っていう爵位を賜って王宮で仕事もしてるのよ?」


 まぁ、『王宮の仕事』じゃなくて『仕事場が王宮』なだけだけどね! フフン!


「公爵か。ハッ……。おいぼれの仕事など興味はない。どの道、俺はこの国の王になるんだ」


 ピクリと眉根を寄せる。


「……王になるですって? 私よりも王位継承権が下の貴方が? あはは! 誰も認めないわよ。

 剣技大会でも上位に入れなかった上、ただひとり情けなくルーナ様に治療をおねだりした、みっともない公子様?」


 と、挑発したところで。


 ガッとユリアンは私の首に手を掛けてきた。

 息を止める程ではないが息苦しくはなったわ。


「……何かしら? 気にしてるの? 私の婚約者に無様に負けた事。

 安心しなさいな。あれはエルトが強かっただけだもの。

 優勝者に敗れた事もまた誉れでしょう?」


 事実、少なからず相手がエルトなら仕方ない、という空気はあったわよね!


「……あんな勝負は無効だ。実戦なら俺が勝っていた」


 はぁん? 何言ってるのかしら、この男!

 情けないわね!


「ハッ! 逆でしょ? 実戦なら、よりいっそうエルトの方が強いわ。経験が違うのよ。その事を突きつけられたんだって、まだ分かってなかったの?」


 首を絞められながらも、私は腕を組んだ姿勢を崩さない。

 嘲笑するように視線を向けてやる。


「……お前は俺の、この身体(・・)の才能を見くびり過ぎだ。あんな『2番手』に負ける俺じゃあない」


 身体の、才能?


「あんた、やっぱりユリアン公子じゃないわね?」


 あと2番手って何よ。

 エルトが2番なら、じゃあ1番は誰なのよ。


「……ユリアンさ。今の俺はユリアンとしか言えない。

 そうだろう? それともこう言えばいいか? 俺達(・・)がユリアンだと」


 俺、達……?


「何言ってるの?」

「わからないのか? お前が? 何度も潰してきたじゃないか。

 異世界からの、火に焚べる『薪』を。

 燃やす為に招かれた愚かな魂共の群れを」


 私の首を絞める力が強まる。


「っ……!」


 腕の力だけじゃないわ。


 目に見えない力。

 天与を封印した戒めの力が私の身体に纏わりついてくる。


「お前が潰してきた異世界からの魂は、どいつもこいつも『女』だっただろう?」

「……そう言われればそうかしらね」


 アマネ曰く『転生者』と呼称される、異世界からの彷徨える魂達。


 私としては、あっちの世界に送り返してきたつもりだったんだけど……。


 令嬢に取り憑いたり、私に纏わりついたりした。

 聞こえた声は、たしかに女性のものばかり……?


「だが、おかしいと思わないか? 異世界とこちらが繋がってるなら『男の魂』だって呼び寄せられる筈だ」

「…………」


 ヨナが、そのおぞましい呪術に苛まれる筈だった。

 アマネの知識では、まさに肉体を乗っ取られたヨナがリュミエール王国で過ごしていた筈よ。


 あの可愛らしい容姿と、優しい心を持った少年が肉体を乗っ取られるところだった。

 なんておぞましい邪法。赦せないわね。



「男の魂だって招かれていたのさ。人知れずな。女の魂も別にバラすつもりはなかっただろう。

 だが、やはりお前が見つけた。

 なぁ、クリスティナ。

 こちらに招かれる魂が何を望むと思う?」


 何を……?


「知らないわよ」


「ハッ! 『特別な人間になりたい』だ。王国における特別な人間。

 平民になりにはヤツらは来ない。平民であっても類稀な才能を持った肉体ばかりを望む。

 この国で特別な人間とは、なんだと思う?


 ──貴族だ。それも本来の年齢など無視して、若い貴族の令息、令嬢。

 ヤツら、貴族になりに『転生』してくるのさ。

 己の魂は貴族の血に相応しいと!


 連中は、そんな肉体ばかりを望んでやってくる。

 才能、未来、身分。それが本来は他人の物であろうとお構いなく、自分のモノにしたいと! そういう欲に塗れた魂達だ」



 ……強欲な人間ばかりを選んで呼び寄せてるって事かしら……?

 私としては敵対者だけど、アマネはマシな部類だったのかしらね?



「貴族になりたがるだけじゃない。連中が望むのは国の中心の若い貴族達だ。

 女達は……ヒロイン(ルーナ)になりたがる。

 ルーディナに、ラーライラに。それに、」


 と、私の首に手を掛けながらユリアン? は地面に座り込んだままのミリシャに視線を向けたわ。


その女(ミリシャ)になりたがる。

 ああ、酔狂な女は、お前にもなりたがるぞ? 悪女の運命を誰よりも押し付けられた筈のお前にな。

 こいつらの神は、誰よりもお前の死を望んでいた。

 お前が誰よりも堕落し、汚れる事を願っていた。


 ──どの運命(ルート)でも、お前だけは最低で最悪な結末を迎える事が約束された物語だった。

 お前はこいつらが『悪役』と決めた女だった」


 仮に転生者達が対象を選びたい時、ラーライラ達ばかりを願うなら。


 それは、あちらの世界の人達が私と同じ程度の、或いはアマネと同じ程度の『物語』しかリュミエール王国の事を知らないからじゃないの。


 まぁ、それはいいわよ。

 そんな事よりもね。


 私の分岐する結末が常に最低で最悪?

 それが運命?


「フン! そんな運命、ぶち壊してあげるわよ!」


 私の内側に宿る天与。

 外に出す事が出来ずに溜め込むしかないエネルギー。


「──フンッ!」

「おっと」


 ゼロ距離だから、物は試しにユリアンをぶん殴ろうとしてみたわ!


「……とんだ跳ねっ返りだな。ルーディナから淑やかさでも学んだらどうだ?」

「ぐっ……!」


 首を絞められながら、容易く私の身体がユリアンの片手に持ち上げられる。


 優男の癖にどこからこんな力を出してくるのよ……!


「王妃となる為に受けた教育はどこへやったんだ。姉妹揃って、まったくおめでたい」

「フン! あんな教育、王都を追放されて数日経ったら綺麗さっぱり忘れてたわね!」


 元から王妃とか無理だったのよね!


「くっ……!」


 息苦しい。切り札を切るか、どこまで耐える?

 上手くいくかも未知数の自爆技よ。


 私に与えられた3つの天与。


 怪力の天与。

 毒薔薇の天与。

 予言、あるいは異世界視の天与。


 私が完全に制御できるのは怪力と毒薔薇だけ。

 最もコントロールが難しいのが予言の天与。


 それは私の為すべき事を導きもしてきた。

 或いは、邪教の企みを視覚化して私に知らせてもきたわ。


 天与がもたらした最たるモノは『もう一人の私』の存在。

 予言の天与が与えたのは、邪教が望んだ私よ。


 どんな選択をしようとも破滅の未来しか待っていない、傾国の悪女クリスティナ。


 彼らが望んだ『私』だからこそ。

 彼らのルールで縛られる筈の天与を縛り続ける事は難しい……。


 身体を『彼女』に明け渡すのが私の切り札。

 そうすると、きっと左眼とはサヨナラね。

 両腕や心臓も使い物にならなくなるかも……。



「俺の話の途中だったろう? 俺はな。異世界から呼んだ魂共を焚べて出来た『俺』だ。


 転生を望んでくるヤツらが元から優秀とは限らないだろう?

 だから一人じゃあない。一つ一つの魂の個性なんてどうでもいい。


 量を確保して、混ぜて、質を高めて、新生させる。

 ……ああ、俺こそがまさしく『転生者』だろうな?


 あっちの知識がある。記憶がある。

 だけど、もう『誰か』は意味を失ってる。


 俺はユリアン。ユリアン・ルフィス・リュミエットになった。

 ……なぁ? ユリアンだろ?」


 転生者の魂の集合体。

 才能に恵まれていた優秀な公爵令息に転生者達の魂を詰め込んで、ぐちゃぐちゃにして新しい『一人』にした。


 邪悪な儀式。ヨナが受ける筈だった運命の完成形。


 それがこの男……。


「……やっぱり、アンタはユリアンじゃあないわ」


 それを認めたらルーディナ様が悲しむわね。

 彼女の感覚も正しかった。

 本来のユリアン公子は……。



「……私が認めないわ。アンタはもう誰でもない(・・・・・)の。

 ねぇ、不特定多数の転生者さん。

 どれだけ並外れた才能を、天与を与えられたとしても。

 その身体が優秀で美しかったとしても。

 それはアンタじゃない。


 アンタは本当のアンタ自身を見失って、他人の身体に巣食っただけの寄生虫よ。


 ……残念ね。私、転生者って好みじゃないの。

 こっちの世界で生まれて、生きてきた素敵な彼もいるもの。

 だからアンタなんかお断りよ!」


 フン!


 いつもならぶん殴ってやるところよ!

 とりあえず蹴りは入れてみるわね!


 防がれたわ! このっ!


「ハッ……! いつまでも強がっていろ」

「うぐっ……」


 ギリギリと締め上げられる。

 意識がだんだんと遠くなってきた。


 それでも致命的な事をしてこない。

 今なら腰にある剣で突き刺せば殺せる筈なのに。


 生贄。彼らの神を降臨させる為の……、三女神を地に貶める為の……。


 中途半端が一番厄介なのよ。

 こちらの救援が間に合うかもしれない。


 出来れば私も使いたくない、切り札の切り時を見失って……私は意識を失ったわ。


良ければブックマーク、お願いします!

完結に向けて活動中!

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