196 囚われのクリスティナ
「エルト隊長」
クリスティナが手紙を残して一人で行動を始めた。
ラトビア嬢や、公女にも救援を要請したという。
彼女は不思議な女性だ。本人は天真爛漫と言うべきか、シンプルな事の経過を好むのだが、天与がある。
特に予言の天与とやらには振り回されている印象だった。
異端の者達の影響で彼女だけが視る運命は歪み、理解不能な事象を引き起こす。
常人には見えない運命を見ながら駆け抜けるばかりのクリスティナは、常に何かの最前線に立っているようなものだ。
俺に出来る事は彼女に追いつき、隣を走る事だけ。
もちろんそれは悪くない感覚なのだが……こういう時には困るな。
彼女の力を疑うワケではない。
だが、これは……。敵を炙り出す為の、囮になるような行為だろう。
予測された窮地に自ら入り込む。
「……せめて俺と2人の時だけにして欲しいな」
束縛する事など出来ない自由さこそが彼女の魅力だ。
追い掛けるしかないのだろうな。
婚約者を、悪辣な輩共が集う場所に1秒とて残していたくはない。
「部隊を揃えろ。2人の巫女にも協力を求める何かが起こる。……クリスティナの元に駆けつけたいが、巫女の護衛を疎かにすれば必要な助力が得られない」
「は!」
ベルグリッター本隊は領地に返した。
手元に残した兵力はかなり少なくなっている。
西国の牽制の為でもあるが、これも敵の動きを誘う為だったな。
クリスティナがどこまで先の未来を視ていて、どういう過程を望んでいるか。
少ない戦力を合流させ、護衛の調整をしつつも、彼女が進んだ方角へと視線を向ける。
「……?」
「隊長?」
「いや。空が」
ただ曇っているのとは違う。暗くなっている?
歪んだ自然現象……。アレは一体?
◇◆◇
「──フンッ!」
と、ミリシャを思いきりぶん殴った。
怪力の天与を纏わない殴打。私にしては優しい方じゃない?
まぁ、天与を封じられてるからなのだけど。
「な、殴った……の? 妹の、女の私を」
「だから妹じゃないのよ。そこをまず受け入れなさいよ。それから!」
私は地面にへたり込んだミリシャに駆け寄り、今度は上からゲンコツを振り下ろした。
「──フンッ!」
「ぎっ!」
頭の上に振り落とす拳。
令嬢同士だとビンタが主流の? 暴力だけど、私は拳よ。
「あ、ぐ……!」
「侯爵の歪んだ教育の元、アンタは私を下に扱って良いと思って育った。でも分かってるんでしょ? 私はアンタ達の檻の中に囲われたままで大人しくなる女じゃない。
私達を繋いでいた糸は、セレスティアお母様の血と、リンディスだけだった。
ミリシャ。貴方に私を縛り付けるだけの繋がりはないのよ」
「お姉……様……」
悔しそう、苦しそう、苦悶の表情。
「ここで終わる? それとも……心を入れ替えてる立ち直る? それが出来るかどうかで貴方の未来がきっと変わるわ。
私に拘るのはやめて、自分自身を見つめ直す事ね」
私は腕を組んでミリシャを見下ろしたわ。
堂々と、引け目など感じさせず。
ミリシャから目を逸らさなかった。
周りの男達は私の雰囲気に押されているらしいわ? 弱いわね!
でも、そんな状況でパチパチと手を叩く音が響いた。
「──いや、凄いな。天与を奪われても欠片も震える事なく、胆力だけで乗り切る気か?」
鬱陶しい声色。嫌な気配が濃厚になる。
「ゆ、ユリアン公子……」
出たわね、青いの!
「ようやく登場? 異端の教徒達の本拠地に。流石に言い逃れは出来ないわよ」
「ふっ……。本当に揺らがないな。そこまで強気な女も珍しい。ああ。俺の妻に相応しい女だよ、お前は」
「気持ち悪」
既にエルトと結婚する準備段階の、彼の婚約者よ、私は。
「……そんな口をいつまで聞くつもりだ?」
「口を閉じる理由がないのよね。身分かしら? 王族の子爵と未だ無位無冠の公爵令息よね。ああ、私より下の王位継承権もお持ちだったかしら? フフン!」
私は馬鹿にしたように胸を張ってあげたわ!
「……王位か。勘違いされているな。俺は王になりたくて動いてきたワケじゃあない」
「…………」
私は眉をひそめて青いのを見たわ。
「より大きな力を得る為に今まで生きてきた。それだけだ」
「力、ねぇ……」
権力ではなく?
「抵抗は止めろ。他の女を捧げる事になるぞ」
「……何ですって?」
私は青いのを睨み付けた。
「彼等の崇拝、彼等の教えは神に生贄を捧げるものだ。それも若い女をな」
「……唾棄すべき邪悪さね」
私の侍女達もヨナと一緒に牢に囚われていたし。
「西の修道院で『まがいもの』を見たんだろう? 女の肉を取り込んで成立した異形を」
「……そこまで知ってるの」
「アレらは失敗作だ。こいつらの神はな。ただ量を捧げるだけなら異形に堕ちる。必要なのは、いつの時代も『質』なのだと理解しない」
ますます私は険しい目付きになったわ。
「それで私に目を付けたのかしら?」
「まぁそうなるが……巫女の出現は、変えられない運命だった。神の邪魔になる事が確実だったが……殺せたのはその母親まで。それもお前達が生まれ、成長する事が約束されるまで運命はお前達の母すら生かした」
「……この連中がセレスティアお母様を殺したと聞こえるわ」
「殺したさ。母親だけじゃない。お前の父親も。そして、俺の母親もな」
「……ルーディナ様のお母様」
「彼等にとってお前達3人は目障りでしかなかった。どれだけ運命を司る神の力を振るおうとしても歪められない、侵せない流れだった。
最悪なのが3人目の女が何処の誰なのか、長年分からなかったことらしい。
だから、こいつらは無駄な力を割いて異世界の巫女を呼び出す事にして、そいつに3人目の女を探させた。
他の計画に利用しつつな」
異世界の巫女……、アマネ?
「クリスティナ。俺のモノになれ。そうすれば、お前の侍女を救ってやろう」
侍女。セシリア? 優秀ってそういう?
「人質は捕らえていると存在を確かにしないと意味がないって知らないのかしら? 特に私相手には。ねぇ? 人質という意味を理解できずに暴れるパターンもあるわよ?」
交渉したいなら、まずは同等の武力を持ってから。或いは、確実性。
「フッ……」
青いのが手振りで示すと、やがて鎖で縛られた銀色の髪の男が引き摺られてきた。
「…………ミリシャよりはマシな交渉ね」
リンディス。気を失っているらしいわ。
簡単にやられる子じゃない。
向こうも魔族を抱えている?
私は内心で怒りに燃え盛る。
リンディスが捕まったのならセシリアも、だわ。
「ここで殺された方が良かったと思えるような目に女は遭うだろう。お前の侍女も、無関係な他の女も。
生贄に量が必要なのは、集めた女の質が低いからだ。
だが天与を内に秘めた女なら一人で足りる」
私に代わりに生贄になれ、と。
「…………」
未来は視えない。
怪力は封じられた。
薔薇は咲かない。
そしてエルトに匹敵する武技の男が相手。
ようやくと言っていい、私に不利な盤面だった。
「そう。じゃあ大人しくしていてあげる。でも誰も触らないでくれる? 私にだって切り札がある事を察してくれると嬉しいわ」
自爆技だけどね。
やる時は周りのすべてを滅ぼす覚悟。
傾国の悪女の名を名実共に冠する事になるかもしれない。
爆発させるか否かは相手次第。
させれば被害が私の手でどれだけ出るか。
……待つしかないわね。
私の心臓に剣を刺せる、ただ一人の彼を。
あとは時間をどれだけ稼げるか。
こうして。
私は囚われの身になったのよ。




