192 邪教の本拠地へ
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侯爵からマリウス家が抱えた異端教会の場所を聞き出す。
あまり領地を出歩いた事のない私には、その場所への思い入れはないわね。
「外部から調べに来て、その教会へ辿り着く事は可能かしら?」
「……リンディスが来ているのか」
「まぁね」
「……気付くだろうさ。連中を調べに来たのなら」
「そう」
私は立ち上がる。さっそく向かいましょう。
リンディスが早々に異端教会に目を付けていたとすれば、音沙汰のない期間が長過ぎるわ。
セシリアと一緒に行動しているのだから、そう簡単に追い込まれはしない筈なのよ。
「ねぇ、リンに今までどんな仕事をさせてたの?」
「……調べ物や監視、私や家の護衛だ。貴族同士には必要な事もある。王家には手を出さないがな」
「それだけ?」
私を人質に取ってるみたいなもので、どんなに汚い事もさせてそうだったのに。
「暗殺でもさせていると思ったか? 王家も魔族を抱えているのだ、そんな事はさせない。
所有している魔族は存在を明らかにしておかなければ不要な疑いを掛けられるのだ。
側に控えさせているというだけで相手への牽制になる」
「そう」
私も外に出すよりは身内で囲い込んで護衛を担って貰う方ね。
魔族の透明化は、きっと便利なのでしょうけれど、一人だけが使える力ではないし、相手にも見抜かれる危険性がある。
「もう行くわ。リンも気になるし。ミリシャがそこに居るなら連れ戻してあげる。傷口が浅いものであればいいわね」
侯爵とリカルドを部屋に置いて去る。
呼び止められはしなかったわね。
そして廊下では……元・お義母様ことヒルディナ侯爵夫人に会ったわ。
「侯爵夫人。お久しぶりですね。少し用向きがありお邪魔しておりました」
私はカーテシーではなく、騎士礼で夫人に敬意を払う。
「……マリウス家に戻る気なの?」
「いいえ。お母様は確かに侯爵家の血縁ですが、当主にはならず家を出た女ですから。
幸い父方の血縁が後見人になって下さってますし、先では婚約の予定もあります。
私が侯爵家に対する血の争いを求める事はありませんわ」
ヒルディナ夫人が私を見る目は冷たい。
恨みは募ってないけど迷惑とは思われてそうね。
「夫人には謝らなければなりませんね。正しく私はこの家に取って邪魔者だったでしょう。
ミリシャに割くべき時間、費用、愛情、教育。
それらが削られ、さらには歪められてしまった。
取り分け貴方にとっての私は……気持ち悪かっただろうと想像致します」
望まぬ他人の子供。腹を痛めていない子。
それが実の娘を差し置いて自身に『母』を求める。
それだけじゃなく、王太子の婚約者の座を奪う形になった日々。
考えるに彼等にとっての私は本当に不要だったでしょう。
「……貴方を引き取って、私の子供として育てると決めたのはあの人よ。私は望んだ事はなかった。たしかに目障りだったわ。
貴方なんか私には要らなかった。
リカルドにも、ミリシャにも要らなかったわ」
「そうでしょうね」
「……貴方の私に期待する目が気持ち悪かった。でも貴方を無視してもあの人は怒らなかったわ」
「侯爵様は、私のお母様に対して思うところがあったご様子です。私が真っ当に育つ事など考えてなかったのでしょう。
可能であればリカルド小侯爵や、ミリシャ嬢が私の上に立つ姿が見れれば良かったかと」
成長や教育は、マリウス家では捨て置かれていてもリンディスの保護と王妃教育で賄えた。
それらはお互いにとって良かったかもしれないわね。
「貴方は私や、あの人に対する執着心は捨てたのね」
「執着心ですか?」
「……いつも貴方の目は私達に『親』を期待していたわ。それが全くなくなった」
「親を期待……」
私の頭の中に、夢の中でこの家の住人達を皆殺しにした光景が浮かんだ。
酷く現実的なその光景。たしかに私は彼等に親の愛情を期待していたのかもしれない。
でも。
「実の両親じゃなかった事を知りましたので。知った時はむしろ納得して、ストンと私の中で落ち着きました。
夫人の対応も至極当然だったと思っています。
私からすれば、むしろ早くに実の親ではないと教えて頂きたかったですが」
そこは家に有利な政略結婚に使うつもりだったとか、そういう思惑があったのかもね。
マリウス家の血縁である事は変わりなく、まさか王弟の娘だなんて思ってなかったワケだし。
侯爵令嬢が得体の知れない男との間に生んだ娘。
そういう認識だったから、元からレヴァンの婚約者になんて据えるつもりはなかったし、隠す気だった。
でも私には天与が宿ってしまったから……。
結局、ロクに政略結婚にも使えない、ミリシャの縁談は乗っ取られる。
「疫病神でしたわね、私。ですが曲がりなりにも長く家の庇護下にあった分は、これから返しに行きましょう。
それでも多くの借りは私の従者リンディスが返してきた筈。
ミリシャを連れ戻せば、私とマリウス家の縁もそれまでです」
「……そう」
ヒルディナ夫人の態度を見て思う。
この家族は。彼等はもしかして。
「夫人。もしやミリシャが道を踏み外している事、ご存知でしたか?」
「……何の話かしら」
「貴方達の態度にどこか諦念を感じました。思えば侯爵もリカルド様も似たような」
それは言うなれば家門が没落するのをどこかで受け入れてしまっているような、そんな雰囲気だ。
「……陛下からは、あの子は正妃になれないと正式に通達されたわ。
兼ねてから貴方との関係は良好ではないと広まっている。
そうして貴方は段々と認められ始めてるそうね?」
そうなの? まぁでも悪霊パーティーの件で支援が増えたわね。
「婚約者の影響もあるのでしょう。私達の肩身はとても狭くなっているのよ」
「それは」
私の影響よね。レヴァンもそうだけれど、私が認められる程に、かつての私にした態度が返ってきている。
望む望まないに関係なくね。
「諦念、ね。それは的確な言葉でしょう。私は既に虚しく思っているのよ。……ねぇ、クリスティナ」
「はい」
「貴方は……一体なんなのかしらね? きっとミリシャはそう思っているわ。あの人も。リカルドも。
結局、貴方を害する事も、貶める事も、何者にも出来ない。心さえも汚せなかったわ」
ええ……?
まるで私の知らない所で他にも何かやってたみたいじゃない。
え、何かされてたのかしら。
「女神に愛されてるってそういう事なのかしらね。マリウス家は三女神の寵愛を得られなかったのよ。……私達は少し疲れてしまった。本当にもう関わって欲しくないわ。
ミリシャにも、リカルドにも貴方になんて関わって欲しくない。もちろん、あの人にも」
うーん。侯爵もリカルドもミリシャも、私とお母様に対する執着心があったものね。
侯爵とリカルドはそもそもお母様に向けた感情っぽいからアレで済むでしょう。
だから残るは。
「ミリシャとは決着を付けさせて頂きます。それがあの子の為でしょうし。
殺すつもりも再起不能にするつもりもないわ。
あの子にそれ程の恨みもないもの。
それで終わりにしましょう、侯爵夫人」
私が告げた言葉にヒルディナ夫人は『そうなるといいわね』とだけ返した。
それきりよ。あっけない幕切れ。
夢の中のように彼等を憎悪して皆殺しにする未来は来ないでしょう。
リンディスが危険な目に遭うとしたら邪教相手。
思えば薔薇の天与はリンディスを守る為に授かったみたいなものよね。
……『貴方』が彼を守りたかったのかしら?
マリウスの屋敷を出る。
振り返る必要はない。ここは私の帰る家じゃないのだから。
ベルグの護衛達と合流し、半数をエルトの元へ送り返す。
異端教会の場所を報せる為よ。
おそらく先行したリンディスとセシリアがその場所に向かっている筈。
きっとミリシャもそこに居るわ。
そして邪教の本隊もおそらく。
「……私一人で行くわ。その代わり、貴方達には応援を頼みたいの」
ベルグの護衛の残りを王宮と大神殿へ使いに動かした。
邪教の本拠地がこの先にあるとしたら、再び邪神が現れるかもしれない。
ルーナ様とルーディナ様の力を借りたいわ。
私達、揃っていると力が強まるみたいだし。
馬に乗り、歩みを進める。
腰にはエルトから貰った魔法銀の剣。
騎士ではないけれど、戦いに優れた者としての私がここに居る。
今の私を見てもミリシャは嫉妬するのかしら?
令嬢としての最上位の道は、とっくに踏み外してると思うのよね!
「…………」
チリチリとした嫌な感覚を覚えたわ。
これは『ふらぐ』現象。私の体力を奪い、運命を強制される感覚。
決まって、この感覚を覚える時はアマネが『ヒーロー』と呼んだ男性達が近くに居る。
リンディスやヨナの影響もあるけれど、予言書に顔の絵が掲げられた4人が一番強く影響しているわ。
エルト。レヴァン。カイル。
そしてユリアン公子。
エルトとカイルは別働隊で行動している。
レヴァンは王宮に居る筈だわ。
この感覚の強さからして近くに居るのは、つまり。
「…………」
私は、自分の服や馬の装身具に薔薇を咲かせた。
天与を私から奪いたいミリシャ。
天与を無効化する青いの。
同じ研究の副産物? 奪う方は確立していないだけかしらね。
でも餌として吹き込まれていたらミリシャは私に対して何でもするかもしれない。
ま、元から暗殺依頼とか出す女だけど!
「あら」
目的地に近付くと不穏な気配が強まった。
遠巻きに破落戸らしき出立ちをした連中が私を見ている。
「服装は如何にも山賊だけれど」
動きが統率されている? それも騎士団のような武骨かつ真っ直ぐなタイプじゃない。
どちらかと言えばカイルやセシリア、ナナシに近い雰囲気。
つまり暗殺集団?
「──私はクリスティナ! クリスティナ・イリス・アルフィナ・リュミエット!
薔薇の天与を授かった剣の女神イリスの巫女よ!
私の道を阻むつもりなら容赦はしないわ!」
私は馬上で胸を張って堂々と名乗ったわ!
フフン!
真っ当な連中なら怯んでくれても良さそうなモノだけれど、彼等は無言・無表情で武器を構えた。
「ふん! 何よ。やるっての?」
馬を先に逃そうかしら。
窮地に陥るのは想定内。
救援は既に呼んである。
彼等の目的からすれば生捕り狙い? やりようはあるわ。
警戒すべき事も分かってる。
弓兵の類が居ない。これもまた殺傷目的じゃないと分かる。
山賊と言い張るには動きが洗練され過ぎよね。
「──薔薇檻!」
「!?」
この辺り一帯を覆うのではなく敵を分断する為に複数の檻を形成し、閉じ込める。
薔薇の蔓で作った檻よ。
「──薔薇の鞭!」
右手にしなやかで丈夫な蔓で出来た鞭を形成。
馬上でもリーチは申し分なく伸びる、中距離用の武器よ。
「どうしたの? 一斉に掛かってくると思ったのだけれど。怖気付く程度なら引きなさいな」
バチン! と地面を鞭で打つ。
コントロールを手放さなければ、鞭の動きは私の自由自在よ。
「……っ!」
出鼻を挫かれたであろう連中は、それでも私に向かって武器を構えた。
神経を研ぎ澄ます。
敵が駆けてくるのは前からだけじゃないわ。
「──薔薇槍ッ!」
「なっ……!?」
槍衾を突進の気配に合わせて私の死角に形成する。
魔獣の集団を相手にした時の常套手段よ。
単純な突進型ならこれで一網打尽に出来る。
ま、野生の獣と同じじゃ呆れてしまうけどね?
「ごめんなさいね? 私、一人騎士団なの。たかだか30人か50人程度の人数に負けるほど弱くはなくてよ」
私は襲ってきた連中に胸を張ったわ! フフン!
 





 
