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191 侯爵の吐露

「天与を他人に移す研究? そのようなことをよくもまぁ」


「……そんな力が持っていて当たり前の力だと言うのか? 後天的に得た力だ。でなければ、ずっと隠されていた公爵家はともかくラトビアの小娘が今まで騒がれていないなんて筈がない。

 後天的に得たものなら移せる筈だ。魔族共の使う魔術とは違う」


「侯爵様は三女神様は信じられないと?」


 私がそう尋ねるとキッと睨んでくる。


「私の娘がお前に劣るようなことを『天』に決められてたまるものか」


 あらまぁ。


「ち、父上……」


 驚きよね? この反応を見ると、本当におかしいのは侯爵でリカルドはまだマシだったのね。

 常識が残ってるわ。


「少しビックリ。侯爵様が、そのような激情を抱えておられたとは。お母様は優秀で当時の侯爵様と比較されてきたそうですけど。そのお母様の才能、私に継がれているのかしら? 容姿はそっくりらしいですわね。

 結局、私とあの子の間に優劣がついたところで侯爵様のお母様に対する感情は解消されないと思いますけれど」


 頭の良さとか運動神経は継がれるかもだけど、優秀さはどうかしら?

 育つ環境に左右され過ぎるんじゃないかしら。


「あと私の場合、仮に優秀であってもお母様のお陰でなくお父様のお陰という見方も出来ますわね。あくまで親子で継がれるモノだけの話で言えばですが」


 とはいえ、ね。


「天与の譲渡の研究をしていた。この場合は私から奪う研究ですわね。三女神ではない神を祭り、違う教義を掲げる集団を侯爵様は黙認していた。

 天与の譲渡の研究自体は、場合によっては秘密裏に認められそうなものね……? 神殿には否定されそうだけど、陛下なら? その件は王家に話してあるのですか?」


「…………」


 あら。なんでそこで目を見開いて驚くの?

 リカルドもね。何なのよ。


「……王家に話などしていない。三女神を信仰するのは強制じゃあない。領地で如何様な宗派を歓迎するのかは領主の裁量だ」

「そうですわね。とはいえ、活動内容を考えると報告義務があると思いますが……。完成していたら、むしろ喜ばれる可能性もある微妙な線よね」


「お前は何とも思わないのか、クリスティナ」

「何ともとは?」

「お前の天与を奪う話をしているんだ」

「そうね」

「……奪われないと思っているのか」


「そうは言いませんわ。ただ私が天与を自在に使うようになったのは、ごく最近の話。邪教に奪われた後ならば口惜しく思いますが……。仮にこの先、私の元から天与が消えたとしても、それは女神イリスが必要だから『一時的に』貸し与えていた、という話になるでしょう。

 天与があってもなくても私はクリスティナだと思うわ」


「…………」

「……、……」


 そこで黙るのはやめて欲しいわね!


「……持っている者の方が拘りがないのだ。だから、そんな風にいとも容易く捨てられる。なくても平気で変わらないと」


 マリウス侯爵。かつての義父がそう私を恨みがましく睨んだ。


「私が一番気に入らなかった事が何か分かるか?」

「……いえ」

「セレスティアが当主の座から逃げた事だ!」


 ドン! と彼はテーブルを叩いた。


「逃げたこと?」


「そうだ! 高い評価を得たまま、あの女は逃げた! お陰で私がどう見られ、どう蔑まれてきたか分かるか!? 何を成そうとも、いつまでも『セレスティアならばもっと上手くやっただろう』と陰口を叩かれる!

 ……優秀なのならば、私と競い、そして叩きのめせば良かったのだ!


 それでも恨みは抱いただろう。だが結果を飲み込めはした筈だ!

 だがあの女は決着をつける事からすら逃げたのだ!


 お前はセレスティアが当主争いを嫌い、去った事を私への恩情だと思うか? 情けだと思うか? 当主を譲って貰ったのだから感謝しろとのたまうか!?


 あの女はのうのうとマリウス家に帰ってきた!

 どこぞの男と子供を作り、そこで生きていく責任も、子を守る責任も果たさず、マリウス家に甘えた!!


 病で先が長くなかった。毒でも盛られていたかもしれん。

 だがそうでなければどうなった?


 身勝手に侯爵家を出て、長年の自由を謳歌していた癖に……その優秀さだけで侯爵を俺から奪う事になっただろう!」



「……流石にそれはないんじゃありません? 爵位が侯爵様に既に継がれた後で奪って姉に渡すなんて真似。道理にも反しますわ」

「ハッ!」


 と、侯爵は私を見据えながら侮蔑した、或いは呆れたように鼻で笑った。



「お前はどうだ? 己が優秀だと思ったならば、後から来たとしても、道理に反するとしても首を挿げ替えると判断するんじゃないか? 感情や人情で爵位を堅持させるか?


 ラトビアにベレザックの領地を与えて伯爵にするだろうと平然と言っただろう?

 お前はそれを受け入れていた。平然と!


 同じ事だ、クリスティナ。

 優れた者にばかり与えられるものがある。そしてすべては有限なのだ。


 ラトビアを伯爵に上げるのに新たな領地が必要なのだろう?

 その領地はどこかから奪ったものだ。

 本当にベレザックが悪事を働いていたか怪しいな? あまりにも都合がいいだろう。

 現実には本当にそうだったとしても……人は都合のいい物語を作る。


 優秀なセレスティアに侯爵を改めて継がせる為に、私を貶める動きがあってもおかしくなかった。

 現にまだ存命だった父はそう考えていた!!


 セレスティアはそれを知っていて平然とこの家に帰ってきたのだ!

 逃げたのならば二度と戻って来るべきではなかった!

 それを貫けないのなら、セレスティアは私に侯爵を譲るべきではなかった!


 ……王弟との間に生まれただと?

 そんな事ならば市井の破落戸(ごろつき)と寝たと言われた方がマシだった!


 父親の事が明らかになっていれば、ますます風向きはセレスティアに向いただろうさ!

 あいつが生きていればお前の父親に言及せざるをえなくなった筈だ!


 ……マリウスによって連れ戻されたのではない。

 セレスティアは自分の足で帰ってきた。

 それは先が長くないと悟ったあの女が、お前の為にした事だろうよ。

 それが間違いなのだ。


 クリスティナ。お前は市井で生きられないのなら死んでおくべきだった。

 マリウス侯爵家に連れて来られたのなら家の為に尽くし続けるべきだった。


 爵位の座を争う事なく放棄した女にそんな自由があっていい筈がなかった!

 貴族の義務を放棄した女だ!


 ……王弟も同じだ。継承権の放棄すらせず姿を消し、侯爵家の女と子供を作った?

 それで自由! それで自由な愛か! おぞましい!


 陛下がお前の継承権をまだ残している事の方が狂気だ。

 無責任の塊のお前の実の父親のせいで議会が混乱している!


 天与を持ち、王妃教育も受けているお前にも王の資格があるとな!

 そして今やお前は陛下の加護を受け、女神の天与を振り回し、貴族達よりも上かのように振る舞っても許されている!


 ……滅茶苦茶だ!」



 ひとしきり声を荒げると、はぁはぁと荒く呼吸する侯爵。

 なるほどねぇ。割と言ってる事は分かるわね。


「なるほど。お父様とお母様は無責任で貴族の義務を放棄した者達であったと。そのせいで今の私も王位継承権を有したまま。マリウス家は当主の引継ぎに納得がいかないまま。

 侯爵様は肩身の狭い思いをされてきた、と」


 侯爵家から見たら、お家争いを激化させるだけの行為だったわね。

 この場合、侯爵様にはお母様が家に居た頃よりもずっと正当性が発生している。

 つまり泥沼なのがより悪化した状態。


 それなら最初からお母様が当主を継いでいれば……と。


 もちろん、それによって私とリンディスは救われたのだから……あまりお母様を責められた立場じゃないけれど。



「私が王位の継承権放棄を陛下に止められているのはレヴァン殿下とユリアン公子の争いに一石を投じる為です。元より私の女王即位の目はないでしょう。

 レヴァン殿下の面目は保たれ、ルーナ様との仲も良好であると示されました。

 かつユリアン公子にはケチが付き始めている。

 いずれ私の継承権も失われるでしょう。


 先に言ったようにマリウス家についてリカルド小侯爵と争う気は毛頭ありません。

 そもそも今の私はアルフィナ子爵を賜っていますし。

 アルフィナ領は魔物が元より多く現れる土地だと聞きました。


 辺境伯とは身分の差がありますが、私に望まれる役割は辺境伯と似たものになるでしょう。

 婚約相手のベルグシュタットも私の役割は理解してくれます。

 よって、私には侯爵位なんて要らないし、マリウス領も不要です。


 本当に争う必要性が私にはないのですが……。


 侯爵様はそれでも私に争い、競えと思われますか?」


 私は侯爵の目をじっと見つめる。


「リカルド様にも言いましたが、私はクリスティナです。セレスティアではありません。……放蕩な所は実の両親に似てしまったのだとは思いますわ。

 侯爵様のお気持ちを聞けたことは嬉しく思います。


 ……誰に吐き出す事も出来なかった事でしょう。

 私やリカルド様が相手だからこそ吐き出せたなら良かったと思います。



 ブルーム・マリウス・リュミエット侯爵閣下。

 私は、母から受け継いだこの顔で、深紅の髪と、深紅の瞳を持って貴方に言います。


 ──貴方の戦いは、もうとっくに終わっているのよ? セレスティアが死んだ時にね」



「……! ……、……っ」


 侯爵が目を見開いて何か言葉を吐き出そうとする。

 でも私は怯む事なく彼の様子をまっすぐに見据えた。



「……わだかまりに決着をつける事が如何に大事なのか、貴方に教わりましたわ。お義父様(・・・・)

「……!」


 私は背筋を伸ばしたまま、ゆっくりと目を瞑る。

 澄ました表情のまま一呼吸。


 うん。悪くないわ。そう、悪くない。


「クリスティナ……」


 リカルドの声が聞こえて私は目を開いた。


「ミリシャが居るであろう場所を私に教えてください、侯爵様(・・・)。あの子との決着をつけなければマリウス家は前に進めないのでしょう。……本当に長く、足踏みをしていたのだと思います。もっと早く向き合い、……あの子を……叩き潰して(・・・・・)いれば、あの子は立派な正妃にも側妃にもなれたでしょう」


 陛下が言ってたけど、たぶんあの子、私に対して拗らせ過ぎなのよね。

 だから居なくなっても暗殺者を送ってきたりする。

 無視すればいいのに縋りつくように私に寄って来る。


 すべて私を『下』だと思い込んでしまったから拗らせるのだと思うわ。

 自分の方が愛されているのにお姉様はレヴァン様の婚約者になった、なんて。


 あの子がずっと言ってきたこと。

 天与があるから。天与のせいで。


 だから天与を私から奪える手段があるなら、きっとあの子はそれを望むでしょう。

 だけど。



「……天与の譲渡なんて生易しい研究じゃないと思いますわ、侯爵様」


 邪教の影響が私に執拗に干渉していたのは『情報が多いから』かしら。

 私が一番邪魔だとかそういうのじゃないのかもね。


「『女』を生贄にしたり、腹の中に収めた姿の邪神を見てきました。

 邪教が招きたいのは『女神を喰らう者』なのでしょう。

 仮に私から天与を奪えたとしても、それがミリシャに譲渡される事はありえない。

 そんな事ができるならミリシャじゃなくて他の者に天与を渡す筈よ。

 マリウス家もミリシャも邪教に利用されているだけ。


 ……このままではミリシャは彼等に殺されるわ」


 哀れな生贄として。私の代わりに『悪役』を担った女として。


「だから教えてくださいな」


 私は私なんだから。『悪役令嬢』は救ってあげないとね?


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― 新着の感想 ―
す、すごい他責だ… こんなに純度の高い他責はなかなかないぞ…!
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