190 マリウス侯爵に言いつのる
「……帯剣して入る気か?」
「ええ。今の私は特殊災害対策室の室長としてこの家に来ているのですから。ベルグシュタット家の従者達は、正式に特対の人員としていないからこそ、引いて貰いました。そもそも私にとって剣を携えていようがいまいが同じ事ですわ」
私の剣は怪力と薔薇の天与なのだしね!
この魔法銀の剣もエルトに貰った物だから大事だけど。
私が通されたのは応接室。流石に弁えているわよね。
通りすがる内に見掛ける使用人には見覚えがある者ばかり。
なんだかんだで長年働いているのよね、この人達。
「年齢的に考えると、やっぱり彼等ってセレスティアお母様のこと知ってたのよねぇ。リンディスが言わなかったのは契約だとして、この家の子供じゃないって事も教えずにあの態度だったのは解せないわね。まぁ、それも侯爵達が黙らせていたのかしら? 謎の方針だったわね。別に私に実の娘だと思い込ませる必要なんてなかったと思うのだけれど」
ビクリと震える使用人。私に怯えるの? まぁ珍しい。
「あら。そこで怯えるというのは、やはり昔は見下されていたのかしらね。昔は昔で王太子の婚約者であった筈なのだけれど。……ああ、当主様が婚約者のすげ替えを願っていたからかしら?」
「……、……その」
「いい。答える必要はない。下がりたまえ」
「は、はい!」
「あら残念。嫌味のひとつぐらい言わせてくれる義理はあったんじゃない?」
「……天与が自在に使えるようになれば、そんな態度になるのか。その力でどれだけの者に迷惑を掛けてきたんだ?」
「迷惑?」
私は首を傾げたわ。
うーん。迷惑ね。天与で迷惑を掛けた相手。
魔獣の撃退や、邪教徒、マルクみたいな連中を返り討ちにしたのは迷惑とは言えないわね。
「んー……。まぁ、ラーライラは迷惑を掛けてる範囲に入るかしら?」
「それだけだと言うのか? どうも力に溺れているように見えるがな。昔のお前は……、」
「私、そんなに昔から素直だったとも思ってないけど」
「…………もう少し大人しかった」
そうかしら。まぁ、天与が使えない時は大人しい? うん。
「殴って解決できる力があると、短絡的になるっていうのはあるかもしれないわね。肝に銘じておくわ、小侯爵様」
「……そうか」
使用人いびりは程々にして侯爵が来るのを待つ。
何時間も待たせる嫌がらせとかされそうね。
「調査に来たから、別に大人しく待つ必要もないのだけれど。侯爵様はお分かりかしらね。落ち度を増やしてくださるなら、それはそれでやり易くなるわねぇ」
「……すぐに来るさ」
「そうだといいわね」
私は背筋を伸ばして優雅に座る。紅茶が運ばれてきたわね。
……解毒薔薇があるから、何を飲んでもある程度は平気と思うけど。
まぁ、信用に足る家じゃないし、飲まなくていいわね。
私ってその気になれば飲まず食わずで、ある程度活動できるのよね。
再現はしたくないけれど心臓を刺されても死なない。
首を切り落とされれば死ぬようだけれど。
数時間は時間を空けると予想したけれど、侯爵はそこまで掛からずに姿を現わした。
ヒルディナ夫人はいらっしゃらないわね。
「ごきげんよう、マリウス侯爵閣下。国王陛下直属、特殊災害対策室、室長。アルフィナ子爵でございます」
私は立ち上がりカーテシーをこれみよがしにして見せた。
「クリスティナ……。ようやく戻ってきたら、その態度か……?」
「侯爵様までそのような妄言を。よくもまぁ『戻ってきた』などと言えるものですわ。それに名乗りましたわよね? 私は特殊災害対策室の室長として来たアルフィナ子爵だと。このような無駄なやり取りはお止めになりませんか?」
「……貴様」
侯爵は眉間に皺を寄せてキツく私を睨み付けた。
今にも手が出そうな態度だけれど、私が大人しく殴られる性分ではない事ぐらい分かっている筈。
そして今では彼等程度では私に敵わない事も。
「侯爵家に私個人の恨みつらみを吐きに来たのではありません。ましてやこの家に『戻る』などというありえない話をしに来たのでも。……ご息女のミリシャ様の行方を教えていただけます?」
「……ミリシャは居ない」
「ええ。小侯爵には家に居ない事は聞きました。では今どこに居るのかと」
「……知っていて聞いているのか? あの子は攫われたんだ! だと言うのにお前はミリシャを助けにも行かず、こんな場所に来て何をしている!」
「単純に誘拐されたとすればお可哀想で済みますが、ミリシャ嬢はそれでは留まりませんの。彼女は王太子妃となられるルーナ様とこの私の暗殺を企てたそうです。どころかルーナ様の誘拐をも子爵令息に促したわ。
彼女は誘拐の被害者ではなく、首謀者や共犯者の立場で足取りを追われています」
「……なんだと!?」
あら。知らないのかしら。侯爵まで何も知らない。
本当に一人であんな事を?
まぁ処罰対象が少ないなら、それだけ問題解決がシンプルになりはするわね。
「侯爵様はあの子に協力しているのだと思いましたわ。この家は私の目からは酷く歪んでいて、その最たる原因は侯爵様だと考えていたのです。侯爵様はどうもセレスティアお母様に対して思うところがあったとか。王家から窺いましたわよ?」
「……!」
「そしてリンディスは言いました。侯爵様がセレスティアお母様へ抱いていた劣等感。それを娘の私へぶつける為にマリウス家での私の扱いがあったのだと。実の子であるリカルド小侯爵やミリシャ嬢が、セレスティアの娘である私より優れた者とすれば、侯爵様のお心を慰める事が出来る……。そんな歪んだ心根が今に至るのだと」
リンディスの指摘は侯爵を酷くイラつかせたと同時に黙らせた。
この辺りは先のリカルドと似たような反応。親子ねぇ。
図星、ということなのでしょう。
「リカルド小侯爵とアルフィナ子爵である私が争う事はこの先ないでしょう。マリウス家が全員処断という事になれば、領地の管理について私に話も回ってくるでしょうが、幸いにしてリカルド様はそこまで愚かではないご様子。
であれば、私はセレスティア・マリウス侯爵令嬢の娘としての権利をここで正式に放棄するとお約束いたします。
私がマリウス家の当主の座を競い合う事はありません。
比べられる事もまたないでしょう。
アルフィナで活動する私に付随するのは、おそらく『武勇』ですから。
……残るは令嬢として私とミリシャの優劣がつく事ですけれど。
こちら、どのように終わろうとも侯爵様の御心は慰められるかしら?
リカルド様と私が当主争いをして私が負けるならば、どこかでご納得されたでしょうけれど。
令嬢としての優劣となれば、また話が変わりましょう。
侯爵様にとって、きっと無意味な争いですわ」
セレスティアお母様は当主争いが嫌で家を出て、そこでアーサーお父様に出会ったと聞いた。
ブルーム侯爵は、優秀で人気があったらしいお母様へのコンプレックスを抱えていた。
『セレスティアの方が当主に相応しい』などと言われ続けたのだろう、と。
「ブルーム侯爵閣下。ミリシャ嬢を歪めたのは貴方であり、この家の者達です。あの子は幼い頃より私を見下していました。見下すだけならば、ああは育ちませんでしょう。
私がドラゴンに乗って王都に舞い戻って来た時。
女神の巫女としてパーティーに参加した時。
今思えばあの子が私を見る目に宿っていたのは……やはり劣等感とあと少しの感情。
あのね。ミリシャは、私の事が好きだったんじゃないかしら?」
「何……?」
「パーティー会場で逃げられると思ってるの? と言われましたわ。思えばまるで縋りつくように。まるで私に捨てられたくないように。……仲の良い姉妹として育てば、まだ謙虚に可愛らしく育ったでしょうに。
あの子はそれを認められなかったみたい。
陛下も見抜かれていたわ。ミリシャは私より上である事を拠り所にしているって。
でも私、あの子がそこまで頭が悪いとは思っていないの。
育ち方さえ違っていれば、あの子はたしかにレヴァン殿下の正妃として選ばれていたでしょう。
あの子にとって私という存在がとても大きいのだけは分かるわ。
……目の前から居なくなってさえ気になって仕方がないみたい。
ご存知かしら? あの子、アルフィナへ行った私にも暗殺者を手引きしたのよ。
もちろんこうして無事で済んでいるのだけれど。
今回の件で足取りを追った先で、また、今度はルーナ様と一緒に私の暗殺依頼を出していたわ。
それだけでなく子爵令息2人にルーナ様の誘拐を企てさせた。
天与があるから何の憂いもなく、あの方は無事で済んだけれどね」
まくし立てると理解するのに時間が掛かるのか侯爵は黙って私を睨んだ。
こうして見ても『父親』という認識は湧かないわね。
親愛の情は血縁というより育ての親に向きそうなもの。
それでもそういう感情を抱かない辺り、私はブルーム侯爵に育てられたなんて欠片も思っていないのね。
この感情が再確認できただけでも来て良かったかしら?
あの夢の中の世界の『私』が壊れたのは、やっぱりリンディスを殺されたからね。
「……今日ここに来て。侯爵様達の顔を改めて見て。私にとっての『育ての親』はリンディス・ジークハルトなのだと改めて確認できましたわ。本当……互いに望まぬ親子関係を演じてきましたわね、侯爵閣下。
それでも最低限の養育費、屋根のある部屋、食事、服。そういった物理的な物を与えてくれた事は感謝します。
ヒルディナ侯爵夫人にも、余分な負担を掛けた事でしょう。
自身の娘でもない私が、娘のような顔をしている事はさぞおぞましかった筈。
私、ヒルディナ夫人に思う事は何もありませんわ。
長くご息女が望んでいた王太子妃に据えられなかった事で、私の方が恨まれていたでしょう。
……私が『マリウス侯爵令嬢』という括りでなかったなら、きっと初めの頃のルーナ様のように、天与を授かっても側妃が妥当であり、正妃にはミリシャ侯爵令嬢を、という話になった筈。
ミリシャ嬢が歪んでしまったのは私のせいではありません。
侯爵閣下。すべては貴方が、貴方のセレスティアお母様への劣等感が招いた不幸ですわ」
どこから、どうしてこうなったか。
それはやっぱりブルーム侯爵のせいだと思うの。
「……、私は……」
「ミリシャ様はどこに行きました? 今の時点で明るみになっていないだけで、王家からすれば許し難い罪を犯しています。このままでは側妃となる未来すらも潰えてしまうでしょう。リカルド様にも申し上げましたが……私が来たのは、ミリシャ様の為です。取り返しが付く間にあの子を止めてあげたいの。
今、姿を自発的に消しているのなら、きっとそれも『私を思って』でしょうから」
まぁ、それもまた勘なのだけど。
「……、……確証があるのか?」
侯爵閣下は私への、私の『顔』への憎悪を抑えて座る。
「暗殺依頼は確実ですね。残念ながら証拠も残しています。……まぁ、こちらの被害者は私だけであり、ルーナ様に対しては未遂にも至らぬ出来事。これだけであれば謹慎で済む場合もあるでしょう。
ですが子爵令息2人を誘導した件は厳しいですわね。
こちらもまた未遂のようなものですが……王太子の側妃として置くには厳しいでしょう。
処罰は追っての話になりますが、問題は子爵家の件でラトビア男爵家が家格を上げるだろう事です。
隣領であったベレザック子爵領はおそらく遠からずラトビア家と併合されます。
『救国の乙女』の実家として民の流入が多くなっていたラトビア家が、苦しんでいたベレザック領民を救う形で領地を広げる。
ラトビアは伯爵位に陞爵される事でしょう。
ルーナ様の王妃教育が形になる頃には確実に。
これによってルーナ様は正妃となるのに新たな後見人が不要となります。
加えてマリウス侯爵令嬢が自ら落ちぶれるというのなら……やはり後ろ盾としての侯爵家は不要になる。
やらかし具合によってはマリウス家からラトビア家へ慰謝料をという形になります。
現時点でもかなり、その線が濃い。
そうなれば更にマリウスは沈み、ラトビアは浮き上がる。
元より民の支持は遥かにルーナ様が高く、神殿が後押しするのもルーナ様でしょう」
ルーナ様の方は王妃となるのに何の申し分もなくなってきた。
レヴァンの気持ちもしっかりと注がれ始めたし。
むしろレヴァンが王太子に相応しいか否かが今後の問題になってくる。
それは対抗馬であるユリアン公子がこの先、支持を得るかどうか次第。
泣きを見るのはマリウス家であり、ミリシャだわ。
「ミリシャ嬢の正妃への道はもうお諦めください。そして、その事をミリシャも分かっているのでは? だから自暴自棄を起こしている。決闘大会での扱いが決め手かもしれませんわね。パーティーの件もかしら……。誰もが皆、レヴァン殿下の妃となるのはルーナ様だと認識している。
……あの子は今や『悪役令嬢』です」
狙うのがルーナ様でなく私だけだったなら返り討ちにするだけで済んだでしょうに。
「……、……っ……」
無言で唇をかむ侯爵閣下。
言いたい事を言ったけれど、ミリシャの行方について本当に何も知らないなら、意味がないかも。
「あの子は……」
「ええ」
「ミリシャは……、領内に居る……」
「父上? まさかミリシャが何をしているか知っているのですか?」
リカルドが驚く。うん。シロね、リカルドの方は。
「どこに居るの?」
「領地の端だ。教会がある」
「……教会?」
まさか。
「三女神を祭る教会、じゃあないわよね」
「……ああ。三女神とは違う神を祭る集団だ」
「そんな集団が居る事を許していたの?」
「…………必要な事だった」
「必要?」
私は首を傾げたわ。
別に三女神を祭るのが国教だからと言って、必ずしもその宗派に入らなければならないって事もない。
他国との交流もあるからね。ある程度の寛容さはむしろ求められる。
単なる活動であれば異端などと言われる事はないでしょうけれど……。
「お前の天与を他人に、ミリシャに移す為の研究をさせていた」
「…………」
えー……? そういうの、本当にやってたの?




