19 邪神の祭壇
山道を延々と歩かされている私。
銀の剣と馬は夫婦の家にある。
アレに手を付けるか否かで、あとで夫婦の立ち位置を決めるとするわ。
手を付けてなかったならセーフね!
「ねぇ、どこまで行くのよ?」
「…………」
男達は無言だけど、私の動きを常に監視しているわ。
逃げられないようにする為……生贄って事は、何が待ち受けているのかしら。
やっぱり魔物?
……それとも本物の神?
山奥には立派な建物が建っていたわ。
でも、私はそんな建物を横目にまだ先を歩かされてるの。
「ん」
水が流れる音が聞こえてくるわね。
近くに滝があるようよ。
「止まれ」
滝はあったけど、崖の上から身を投げろって事じゃないらしいわ。
私は滝の下側、滝壺の方へと辿り着いたの。
「……祭壇?」
滝壺のもう少し手前の地点、そこの水の中に建築物がある。
「あそこへ行け」
「服が濡れちゃうわね!」
水の中に入れば身軽には動けないだろうから安心、って事なのかしら?
槍を構える男達の前方で、妙な儀式の生贄にされようとしている私。
こんな事、あの大人しそうなルーナ様にさせるのは可哀想よね。
だから私が何とかしてあげなきゃいけないんだわ。
「ここでいいのよね!」
滝壺の手前側にある祭壇まで水の中を進んで辿り着いた。
水底から階段まで取り付けられていたその場所に登ったわ。
石造りの祭壇の上部は水上に出ているのよね。
こうすると水の上に立っている感じね!
どちらかと言えば桟橋の上だけど!
「おお! 我らの新しい神よ!」
「神よ!」
なにか始まったわ! 気付いたら男達も増えていて陸地から私を取り囲んで様子を窺っているわね。
「清らかな身体を持つ美しき女を用意した! どうか我らの願いを聞き入れたまえ!」
あら。それって私の事よね。
ちゃんと褒められるじゃないの。
なんて。
思ってるところでよ。
滝の裏に黒い影が現れたのが分かったわ。
「──」
それはとても大きかった。
私の身体よりも5倍ぐらいは大きそうよ。
「何これ! 初めて見るわ!」
黒紫っぽい身体の色をしていて、モジャモジャ頭みたいな全体像をしている。
触手……って言うのかしら?
リュミエール・カタツムリの触覚を更に柔らかくして蛇みたいに蠢かしているみたいなの。
体表にそんな触手が何本もうじゃうじゃと生えていて、ゆっくり動いている。
「ふぅん」
あの蛇みたいな触手は『腕』なのかしら?
それで私を、生贄の女を捕まえるの?
……食べるのかしら? そうしたら口はどこだろう。
私の目の前に居る存在は神様には見えない。
どう見たって魔物のソレだったわ。
でも変異タイプじゃないわよね。
猪とか狼とか、そういう『元』となる何かがあるようには思えないの。
純粋な魔物って雰囲気よ。
「神よ! 女を捧げる!」
「「「捧げる!」」」
この見た目で所望するのは女なの?
どういう理屈なのかしら!
肉食獣だというなら特に男女の好みなく食べそうだわ!
『───』
ウネウネと蠢きながら躙り寄って来るソレ。
……これが神だと言うのなら間違いなく『邪神』としか言えないんだけど。
「……成功か?」
「では異界の魂が宿っているのか?」
「いや。元より魂に合うように、女を求める本能がある器なのだ。魔物や男なら捕食するだろうが……女が相手なら……おそらく身体を絡め取り、犯すだろう」
気持ち悪い事を話してるわね!
でもそれよりも問題な事があるわ。
「……人工的な、魔物?」
人間が用途に合わせた性質を持つ魔物を生み出している、という事?
そういう事よね。周りから聞こえた男達の言葉は。
目の前に居るコイツは魔物や男なら喰い殺し、女なら犯すらしい。
男達の言い分では女を与えてたら満足?
なるほど、それで私は『生贄』なのね……。
私のすぐ近くまで触手が数本伸びてきたわ。
「──フン!」
「「なっ!?」」
私は【天与】の光を纏って両手を縛っていた縄を引き千切る。
「はぁぁあッ!」
それで近付いてきた触手を殴り付けるんだけど、柔らかくて手応えが無いわね!
もっと身体の中心を殴った方が良さそうだわ!
「フン!」
『────』
あとは触手の正面? から殴り付けられれば潰し易いわね!
出来れば剣が欲しい場面よ!
……剣って必要なのね! こういう打撃だけだと、通りの悪い魔物が存在するなんて。
アルフィナに行く前に知れて良かったわ!
エルトに言われたみたいに【天与】に頼るばかりじゃ勝ち切れないみたい!
「やぁああ!」
蠢き迫る触手群を打ち払い続ける。
数が多くて1本2本を潰しただけじゃ倒せないわ。
殴り掛かりに行きたくても足場が水だと動きにくくなる。
「……私と相性が悪い魔物ね!」
そんな相手も居るんだわ!
良い経験が出来たわね!
ひとまず陸地に誘い出す事から始めなきゃいけないみたい。
それもこんな祭壇の狭い場所じゃない所へ。
その為には私がまず逃げなきゃいけないわ!
「それとも……フン!」
『────』
私は触手の1本を掴んだわ!
引き千切ったり、投げ飛ばすとかも出来る……と思ったけど、魔物の表面はヌルヌルしていて手が滑る!
「とことん相性が悪いのね!」
じゃあ……撤退だわ!
私は後ろに振り返った。
槍を構える男達の姿。
水に浸かれば、あんな槍で待ち受ける男達の餌食よ。
「──こうよ!」
私は光を足に纏いながら水面に向かって駆け出し、跳んだ。
上に高く跳ぶんじゃなくて、真横に向かって。
水切りをするように速度を付けて。
「ハァッ!」
そして文字通り水を蹴り飛ばして水切り……と行きたかったんだけど無理だったみたい!
「意外と難しいのね!」
水切りジャンプで水の上を駆けるには練習が必要だわ!
私は勢いよく滝壺に落ちる。
でも滝とは反対側の場所で、そこまで深くはないわ。
「じゃあ次はこうよ!」
よりいっそうに右手に力を篭める。
大岩を粉砕し、大木を粉砕する事だって出来るのよ。だったら。
「──フンッ!」
滝壺の水を打ち据えて、弾き飛ばした。
一瞬だけ水底までの水がなくなり、地面に足を付ける事が出来る。
「はぁあッ!」
その足場を踏み締めて私は今度は高く跳ぶ!
男達の構える槍を飛び越えて!
水飛沫にキラキラと光が反射して輝く様と、男達が間抜けな顔で私を見上げる姿がゆっくりと流れて見えたわ!
「なっ……!」
「で、出鱈目な!」
私は男達の後ろへと無事に着地する。
フフン! これで包囲網は突破したわね!
「お、おい、生贄が」
「おお、神よ、お許しを!」
あの『触手の邪神』は手に入れられる筈だった女を目前で失い、どころか身体の部位まで潰されて……。
「怒ってるみたいね!」
動きが速くなってるじゃない。
最初からそのスピードで動きなさいよね!
なんだかゆっくり動いていると余計に気持ち悪いわよ!
「う、うわぁぁあ!?」
「あら」
私を追いかけてくるかと思ったら……伸ばされた触手が水辺に立つ男達に襲い掛かったわ?
「懐柔できてないじゃないの!」
何がしたいのかしら、この男達って!
この場は混乱してきたわよ。
でも、あんな大きな身体の魔物を放置は出来ないわ。
人を食べるというなら尚更ね。
騎士団だって、あんなのどう戦えばいいか混乱するわよ!
「とりあえずその槍を貸しなさい!」
「なっ、貴様っ、大人しく生贄に、」
「フンッ!」
「ぐぶぁ!」
とりあえず男の顔をぶん殴って黙らせて槍を奪い取るわ!
「槍投げよ!」
【天与】の光は剣みたいな武器にも伝播する。
『攻撃』であれば、より力が伝わり易いの。
素人投げだけど、何とか真っ直ぐに飛んだ槍は邪神の身体に突き刺さった。
……でも倒せないわ! 数が足りないのかしら!
「あんた達も死にたくないなら私に協力しなさい!」
「ふ、ふざけるなっ、お前が神に捧げられればいいだけっ、」
「──フンッ!」
「ぐぼぉっ!」
とりあえず鳩尾を思い切り殴り付けて黙らせたわ!
「うるさいわね! 勝手なこと言ってるんじゃないわよ!」
一撃で失神するなんて情けないわね!
「もう1発よ!」
水辺に居る男達の槍を片っ端から奪って、あの魔物に投げつけまくるわ!
それで倒せなかったら……次の手を考えなくちゃいけないわね!
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