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188 幕間 ミリシャ③

 暗殺者へ依頼する事は現実に叶った。

 だけど、仕事は上手くいかなかった。

 一向に成功の報告はなく、お姉様がどうにかなったなんて話も聞かない。



「レヴァン様。一緒にお茶を飲みましょう?」

「……すまないが。今は忙しくてね。それよりもマリウス領の魔獣被害はないのか?」

「ええ。報告があっても市井の者やマリウスの騎士達が片付けられる程度ですわ」

「……そうか。それは良い報告だ」


 レヴァン様は一時期、国を回って魔獣災害の対処に当たっていた。

 あのルーナが一緒に行動していたのは気に喰わないけれど、それもあの女の仕事だから仕方ない。


 第3騎士団に同行して事態を把握してから王宮に戻ったレヴァン様は、遠征を続ける騎士団の支援計画を立てていた。


「それほど悲惨な状況ですの? 他領の管理がなっていないのではなくて?」


「……マリウス家は比較的被害が少ないからね。だが他の場所はそうはいかない。ああ……。アマネが言うには、侯爵家はもっと悲惨な状況になる筈だった? のだろうか。でも、今はその心配はない。そういう事か?」

「……?」


 レヴァン様は私の相手をせず、ルーナと第三騎士団の遠征経路と予算決めの仕事をなさっていた。


「私、王妃教育を受けますの、レヴァン様」

「…………そうか。それは父上の指示かい?」

「ええ、そのようですわ! ふふふ。私達、夫婦になりますのよ」

「……まだ決まった事じゃあない。軽々しく口にしない事だよ」


「あら。マリウス家に娘を求めているのは王家ですのに。お姉様が天与にばかり頼りきりで相応しくなかったのですもの。他に選択肢などありませんわ」

「…………君は……随分と。いや、今は気が立っているのかな。姉をあのように扱った王家を憎んでも仕方ない」

「え? いいえ、私は王家にそのような感情、抱いておりませんわ」

「……そう言ってくれてありがとう」


 レヴァン様はなかなか深く私と関わろうとしませんでした。

 そして、いつまでも婚約者候補(・・)に過ぎないのが私を苛立たせます。


 すべてが上手くいくと思っていたのに、いつからかまた変わってきました。


 お姉様について聞こえてくる噂は、酷いものどころか、まるで英雄のような扱い。


「薔薇……? 薔薇の天与?」


 ありえない事も耳にしました。

 お姉様は『怪力の天与』という、およそ令嬢らしからぬ野蛮な力を持っていただけ。

 その筈なのに……『薔薇の天与』というものまで授かったと。


 薔薇。薔薇ですって?

 その時点で私は何か嫌な予感がしました。


 お姉様は家を出るといつも何か……大きなものを手に入れてきます。

 レヴァン様の寵愛、私の許可しない友人。高度な貴族教育。


 ……お姉様は家に閉じ込めておくべきだというのに。


「薔薇の……」


 何がそんなに嫌な予感だったのかはすぐに分かる事になりました。


 ずっと沈黙していたルフィス家が動き始めたんです。

 筆頭侯爵家よりも上の身分の公爵家。

 ……そのルフィス公爵家の令嬢が表舞台に顔を出した。


 ルーディナ・ルフィス・リュミエット。


 公女はあろう事か青白い光の蝶々の天与を授かっていました。


『光翼蝶の天与』と呼ばれたそれは、私を含めた高位貴族の令嬢・令息達の前で披露されました。

 いえ、それだけではありません。

 集められたのは神殿関係者も何故か多くて。



「……なん……」

「蝶? 蝶とは」

「……追放された侯爵令嬢は、薔薇の天与を改めて授かったと聞くぞ」

「蝶と薔薇、まさか?」

「ラトビア男爵令嬢は……光だ。治癒でも、結界でもない。あの令嬢の宿した天与は『光』だ!」


 ……その日から天与を授かった者達は『女神の再来』『女神が地に降り立った者達』『女神の巫女』だと。

 そんな風に言われるようになりました。


 その噂が広まるのはとてつもなく早く、お父様に握り潰させようとしても手遅れでした。

 きっと公爵家が公女を持ち上げる為に根回しをしていたのです。


「…………」


 マリウス家よりも上の身分。公爵家の女が……忌々しい天与を授かっている。

 それどころか……リュミエールの国教である三女神を象徴する天与を。


 そのせいで、男爵令嬢に過ぎないルーナの評価も引き上げられます。

 さらに赦せない事に……お姉様の評価すらも。


「おかしいわ、こんなのおかしい」


 王子に婚約破棄され、王都を追放された女よ?

 誰もがこぞって醜聞を広めてもいいぐらいなのに!


 私の敵はルーナだけでなくルフィス公女も含まれるようになりました。

 公女などと、まさしく目の上の何とやら。


 お姉様と変わりないぐらいに邪魔な存在です。

 だからルフィス公女がレヴァン様の婚約者候補になどならないように情報を集めて貰いました。


 そもそも今まで表舞台に顔を出さなかったのは病弱だったから。


 それなら王妃になど望める筈がない。いくら身分が高くても。

 だけど公女に気を取られていれば、今度はルーナが台頭してきました。


「救国の乙女……本当に予言の聖女の言う通りになんて」


 それとなく醜聞も流そうとしたけれど、流石に手が届きません。

 王国各地を巡り、民の信頼と期待を集め続ける女。


 ……そんな事が出来るのも天与を授かっているからに他ならない。


「天与、天与……」


 女神はなんて不公平なんだろう。

 男爵令嬢(ルーナ)も、病弱な公爵令嬢(ルーディナ)も、親に愛されていない侯爵令嬢(お姉様)も。


 本当なら王妃になんてなれる筈がないというのに。

 どころか候補にも上がらない筈だというのに。


 ……そう。

 天与さえなければ、女神の干渉さえなければ、私が国一番の女になる運命は揺らぐ筈がなかったのです。


 にも拘わらず、日に日に女神の巫女3人の誰かを王太子の妻に迎えろという声が大きくなります。

 お姉様だけ、或いはルーナだけだったその議論が、三女神の巫女が揃った事によって『3人の内の誰か』という話にすり替わっていきました。


 ……議会の議題には私の名は上がらない。

 そんなことはありえません。


 筆頭侯爵家の令嬢を無視するなんて事が。



「お聞きになりましたか、ミリシャ様」

「……なんでしょう?」


 伯爵家の令嬢、私の取り巻きが話し掛けてきます。


「金の獅子様の噂ですわ」

「……金の獅子、と言いますと、たしか」

「ええ。王太子殿下の親友、国一番の騎士と名高いあの騎士様です」


 レミーナ王女の求婚を断り、王家を出入り禁止とはいかずとも寄り付かなくなった伯爵令息。

 本来ならばレヴァン様の側近候補として真っ先に名を上げられる程の人物です。


 王宮では会わないまでも今もその交友関係は続いているとか。


「ベルグシュタット伯の令息ね。それがどうかされたの?」


 第3騎士団を抱えるベルグシュタット家は、爵位こそ伯爵ではあるものの諸侯の権威と変わりがない。

 それは、そもそも陞爵の話を『窮屈だから』の一言で断り続ける、変わり者の歴代当主達が原因だ。


 とっくの昔に侯爵になっていてもおかしくない伯爵家。

 同じ家格であっても他の伯爵家との差は大きいでしょう。


 小伯爵となる長男は王太子と親友の仲。

 レミーナ王女との縁談を断る辺りが、まさに『変わり者』の名に相応しい。


 王太子であるレヴァン様との縁など望めない令嬢にとっては、一番の有望な令息でしょうね。

 伯爵令息・令嬢共に婚約者がないのですから、令息達も注目しているわ。


 他家よりもこの情報に詳しくなったのは聖女アマネの影響でした。


「救国の乙女様と恋仲にでもなったのかしら?」


 予言の聖女から聞き出した情報。

 ベルグシュタットの伯爵令息はルーナと恋仲になる可能性のある男だという。

 

 あの女は疎ましいけれど、身分を弁えはする女だった。

 それでも伯爵家はまだ格上だけれどね。


 でも邪魔な事には変わりない。

 だから遠征計画があった時に、マリウス家の方からも根回しして、あのルーナと金の獅子がより多く接する機会があるように仕向けた。

 私は興味のない男だったから、それがあの女に相応しいというのなら宛がってやるのもいいでしょう?


 分不相応に王太子妃の座を狙うよりも、ずっとその方が可愛らしい。

 だというのに。私が聞いたのは思ってもない話だった。



「ベルグシュタット卿は……クリスティナ様に求愛なさっているそうですよ」

「………………は?」


 私は思わず間の抜けた声を出しました。


「な、何を言ってらっしゃるの……?」

「市井にも広まっている噂だそうです。ベルグシュタット卿は、決闘で敗れた相手であるクリスティナ様に心を奪われたのだとか。行く先々で彼女に送る花束や装飾品を買っては遠きアルフィナへ贈り続けているそうよ」


「ええ、私もその噂を聞きましたわ。なぜお二人が決闘などする事になったかは知りませんけれど。ベルグシュタット卿が敗れたという話は広まりましたものね。

 あちらの伯爵家は武家らしく、兄も妹も『勝った者』に惚れる性質だとか」


「姫騎士様との禁断の噂はデマで終わったのねぇ」

「侯爵家も令嬢が行き遅れになるよりは、ずっといい縁談相手なのでは?」

「…………」


 悪気があるかどうかも押し隠した微笑みをしながら、令嬢達は私の気に障る話を続ける。


「あら。ミリシャ様。顔色が悪いわ? 皆さん、もうお開きにしましょう。ミリシャ様に休んでいただかないと」

「そうね。ふふふ」

「そうそう。せめてミリシャ様に良いお話を聞かせたいわ。クリスティナ様は今、市井でも評判が良いそうよ? ベルグシュタット卿が先々で彼女への愛を語るからだとか」

「公爵家も動いているみたいよねぇ。救国の乙女は市井の支持も厚くて。女神の巫女であるお三方がそれぞれに価値を高め合っているとか」

「まぁ、反面、王家がご苦労なさっているみたいだけれどね」

「…………」


 その後、しばらくどう過ごしていたのか分からない。


 私は別に伯爵令息になんて興味はなかった。

 けれど、チラと頭に浮かんだのは、あの魔族の青年の姿だ。


 あの美しい男がお姉様の従者として心から尽くしている。

 今回の件もそうだ。いつの間にか、お姉様は得難いものを手に入れている。


「どうして? どうしてお姉様ばかり? ずるい、ずるいわ……!」


 国一番の騎士と名高い男にお姉様は勝ったという。

『怪力の天与』などと淑女らしくない力ですらお姉様の評判を下げる事はなく、誰もが羨む男を惹きつけるというの?


 そんなのずるい。ずるい。どうして姉妹なのにお姉様ばかり?

 不幸の底にでも落ちてしまえば溜飲も下がるというのに。


 お姉様は、殿下に婚約破棄されて尚、王都を追放されて尚、羨望の眼差しを向けられている。


 ……耐え難い話はまだ続いた。


 王宮に私達、侯爵家の者が招かれたの。

 お母様やリカルドお兄様もよ。


 私は、とうとうレヴァン様の婚約者に正式になるのだと思った。

 だけど招かれた先にルフィス公爵家の兄妹が居た事で、また嫌な予感がした。


 少し広めの部屋に招かれた私達。

 部屋の中にはディートリヒ陛下、アンネマリー王妃、レヴァン様。

 そしてルフィス公子、公女。

 他、護衛は下がって見ている。


 その雰囲気はまるで尋問か何かのよう。



「ブルーム侯爵。ヒルディナ侯爵夫人。お前達に聞きたい事がある」

「……なんでしょう、陛下」

「クリスティナの事だ」


 お姉様のこと? またお姉様。お姉様の為に私達がこんな風に呼びだされているの?

 赦せない……。


「……クリスティナ・マリウス・リュミエット。あの子は……お前達2人の子ではないな?」


 ……え?


「…………、何を」

「妙な誤魔化しは不要だ。こちらもある程度調べさせている。……問題はどこまで知っていたかだ。……小侯爵の顔を見るに、夫妻の実の娘でない事は確かなようだしな」

「リカルド……!」

「あ、いや」

「リカルドお兄様? どういう事ですの。お姉様がお母様達の娘ではない?」


 たしかにそんな風に思った事はある。

 だからお姉様は愛されていないのだとも。

 だけど改めて突きつけられると、それも私は許し難かった。



「知りたいのは侯爵達がどこまで知っているかだ。あの子、クリスティナの母親は……亡き侯爵令嬢。ブルーム侯爵の姉、セレスティア・マリウス・リュミエット。……それで間違いないか?」


 お父様の姉……?

 それがお姉様の本当のお母様?


 私の頭の中に銀髪の魔族の言葉がちらつく。



「……当時のヒルディナ侯爵夫人が身重ではなかったという確かな情報は得た。よくも今日まで誤魔化してきたものだが……、たしかにマリウス家の血縁なのは違いない。その点でそこまで責めはしまい。あのセレスティアの娘かと言われれば……むしろ納得してしまったよ。たしかにそっくりだものな。あの美貌は母親譲りだったか」


「……セレスティア様は私達の代でも有名な美女でしたから。表から遠ざかって悲しく思ったものです。血縁だからこそ、ああも似るのだと思っていましたが……なるほど、実の娘であったとは」


「っ……」

「お父様?」


 お父様は陛下の前だというのに苛立たし気でした。

 どういう事なのかを説明して欲しい。私の方が苛立たしかった。


「ブルーム侯爵。姉に対する蟠りはなくなっていないようだな。もう随分前に亡くなったのだろうに。……再三に渡り、姉ではなく妹をレヴァンの妻にと願ってきたのはそういう理由であったか。ならば事情を話していれば……」


「話していれば結果が変わったとおっしゃいますか? 陛下は初め、娘達のどちらでも良いと仰せでした。それをあの子が……天与を……」


 また天与。そんなもので王子の婚約者が変えられてしまうなんて!


「……変わらなかったか。どの道、母親の血筋に問題があったワケではない。侯爵家の後ろ盾もあるなら何の問題もなかった。あの子も確かにマリウス侯爵家の血筋だったのだから」


 母親が違う。お姉様は本当に……。でもお父様の姉の娘。

 マリウス家の血縁である事に変わりはない。


「母親がセレスティアであれば、その血筋にも、侯爵家で育てられた事にも問題はない。報告は入れるべきだったがな。重要な問題はそこだ。何故隠した? あの子の……本当の父親を侯爵家は知っているのか?」


 そうだわ。お姉様の母親が、お父様の姉だというのならそれは父親も別だという事。

 お父様の愛人の娘であればもっと良かっただろうに。


 じゃあお姉様の本当の父親は誰?


「存じ上げません。姉は最後まで話しませんでした。……市井の男だと思っております。馬鹿な姉だ。怪しげな店で働きでもしたのかもしれない」


 お姉様の父親。平民なの? それもならず者?

 もしそうならお姉様は……。私は思わず、頬が緩みそうになります。


「……そう認識しているのか?」

「はい? はい……」

「王家に出生を偽っていた令嬢を婚約者として送り出した事は罪だが……」


「マリウス家は再三、殿下の婚約者の変更を願い出てきました! 初めからミリシャを婚約者にと考えていた! アレを望んだのは王家です! 真実を打ち明けた所で変える気がなかったのでしょう!? そのクリスティナすら予言に惑わされて追放したではありませんか! 無関係の理由で婚約破棄を突きつけ、追放した後で我が家を責めるのですか!?」


「むぅ……」


 お、お父様。陛下に向かってそのような。

 私は気が気ではありません。


 そこで横から口を出したのはルフィス公女だった。



「……陛下。侯爵様。どうか落ち着いていただけますよう。侯爵様の態度から私は嘘はないと感じましたわ。何も知らなかったのでしょう。セレスティア様は語らずに亡くなられたのです。

 知っていれば侯爵家も立ち回りを変えられたでしょう。流石に打ち明けた筈。

 醜聞だと思っていたからこそ沈黙を。王家を脅すも相談もなかったのでしょう」


「……? 何を言っているんだ」


「セレスティア様が結ばれた相手は市井の者ではありません」

「……なに?」

「クリスティナ様の真の父親は、この国で最も高貴な血を引く者。……彼女の父親の名はアーサー・ラム・リュミエット。今は亡き王弟殿下ですのよ」


「────」


 私は、そのやり取りに何かがヒビ割れるのを感じた。


「お姉様が……、王弟の娘……?」

「……バカな」


「いいえ。真実です。私の母親……王妹であるミレイナが証拠を残しています。王弟殿下は王位争いを嫌ったそうですね。また侯爵令嬢であるセレスティア様も。2人が惹かれ合うのも自然な流れだったのでしょう。

 ……隠れて子を産む為に公爵家で過ごされたのです。


 ふふ。ご存知ないですよね。私とクリスティナ様は、同じ屋敷で同じ年に生まれました。

 私が天与を授かりましたのも……そうした縁があるからかもしれませんわね」



 ……その話は、私達の間で止められる事はなく、いつの間にか広まっていきました。


 王弟と侯爵令嬢の娘? お姉様が?

 王位継承権すらも持っている? レヴァン様と結婚する事もなく。


 私は侯爵家と伯爵家の娘……。

 生まれすらお姉様に勝てないと言うの?


 ありえない。

 そして、とうとうお姉様は王都へ帰ってきてしまった。

 何の傷も負う事はなく。


 王家の血筋。名家の伯爵家を婚約者に据えて。

 女神の天与を身に宿して。


 それだけでなく……。


『キュルァアアア!』

「……!? っ……!」


 白銀に輝くドラゴンを従えていた。

 その姿はまるで絵画のようで。



「──クリスティナ・イリス・アルフィナ・リュミエット! 王都に帰還したわ! ──フフン!」


 美しさ以上の魅力を持って微笑むお姉様。

 力も、身分も、愛も、自由も、神の加護すらも手に入れて輝いている。


 その目に私は映さない。

 妹である事すら違うと否定される。


 どうしてこうなったのだろうという気持ちと。

 やっぱりずるいという嫉妬。


 ……ただの姉妹として生きてきたなら、こんな惨めな思いをしなかった筈。

 輝くようなお姉様を誇りに思えていた筈。


 だというのに、だというのに。


 このままではいけないという気持ちばかりが埋め尽くされる。



「逃げられると思ってるの?」


 私はパーティー会場でお姉様に縋りつくように言葉を掛ける。


「逃げる? 何からです?」

「マリウス家から」

「……マリウス家から?」


 お姉様の態度が気に入らない。私の事を相手にもしていない。

 その目に私が映っていない事が赦せない。


「あと、ミリシャ様。そのお姉様という呼び方、もうお止めになりません? 貴方に慕われる筋合いもなければ、血の繋がりもなかったのですし。そこまでの繋がりもなく、その呼び方が赦されるなら私、他にそう呼んで欲しい人がいますから。

 私のことは、どうかクリスティナと呼んでくださいな。ただの他人として」


 その言葉に私の中の何かが悲鳴を上げる。


「お姉様はお姉様だわ!」

「ふぅん?」


 お姉様の態度はひどく冷たいものだった。

 今までに欠片でもあった筈の妹に対する情など何もなくなっている。


 違う。おかしい。こんなの、おかしい。



「……っ、ひ、ひどいですわ、お姉様! 何故そのような事を言うのですか? 私は、」


「私に虐められたアピールをしたいなら、逃げられると思うなという発言は何なのかしら? 私には貴方の私に対する執着心が理解できないわ。レヴァン殿下が好きなら、もう私を気にする必要はないわ。好きになさい。貴方にも殿下にも愛はないし、その地位にすら興味がないから」


「───!」


 なんで? どうして、そんな事を言うの?

 おかしいわ、こんなのおかしい。だってお姉様は私のお姉様だもの。

 家から出したのがダメだったの?


 天与なんてあるから、私達の元から居なくなってしまった。

 無理矢理に従える事すら、その力で跳ねのけられてしまう。


 ……お姉様は昔から、昔からそうだった。

 悲しんだりするくせに、心が折れた事がない。


「お、お姉様はいつもそうですわ……!」

「はぁ?」


 いけない。いけないわ。こんなの、このままじゃいけないのよ。


 私は認められなかった。許せなかった。

 お姉様はどんどん輝いていく。

 何もかもを手に入れていく。


 民だけでなく王家も三女神の巫女達を飾り立てるようになった。


 お姉様の婚約者である伯爵令息が最も目立つのが分かっている大会なんて開いて。


 レヴァン様があの女を選ぶ事を大々的に見せつける。

 ……私の立場なんて、もうまるでなくなっていた。


 全部、全部、おかしい。こんなの。

 天与、女神の加護さえなければこんな事にはならかった。


「私、私にも……天与があれば。いいえ、お姉様に天与なんてなければ」


 お姉様が私にあんな目を向ける事もなくなる。

 だっておかしいもの。おかしいわ。お姉様は私のお姉様なのに。



「──だから。お話に乗らせて貰いますわ。お姉様には天与なんて要らないの。……貴方のお力を貸していただけますか? ……ユリアン公子(・・・・・・)


 私は、差し伸べられた手を取りましたの。

 この道しか私自身を救う術はもうない。

 そう信じましたから。


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