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185 次の一手は

「知ってる事を教えて欲しいわ。ルーディナ様」

「……そうですね」


 神官が紅茶を運んでくる。あら、用意されているのね。

 令嬢のお茶会とはまた違うのだけれど。


 少し離れた場所から私達の様子が見られている。どう見えているのかしらね。

 光翼蝶がヒラヒラ辺りを舞っているわ。

 私も薔薇を咲かせて見せた方がいいのかしら。


「ロビクトゥス。聞いた事はある名前です」

「……名前という事は実在の人物の名前ですか?」

「どうでしょうか。直接に、それが何なのか、誰なのかを私に話した者はおりません。盗み聞き(・・・・)をした事がある程度です」

「それはどこで? 公爵家で聞いたの?」

「……ええ。出入りの業者がその言葉を口にしている事は覚えがありますね」


 私とルーナ様は目を見合わせた。


「じゃあルフィス家に連中が出入りしているのは確定?」

「いつ頃の話かは記憶にありますか? ルーディナ様」

「……いつでしょう。随分前からです」

「前からって事は、今も?」

「今は公爵家から離れていますからね。少なくとも私が療養に使っていた別邸には彼らは近寄りませんでした。正確に今も関係があるかは不明です」


 ルーディナ様を避けていたのかしら?


「天与の事を知っている者は公爵家では少なかったのよね?」

「ええ」


 私は狙うのに、身体の弱かったルーディナ様を狙わなかった。

 それは単に知らなかったからかしら。


「公爵家に出入りしている者達が邪教と同じ言葉を使っていた。調べるのには十分だと思うわ」


「……そうでしょうか? クリスティナ様ならばそうかもしれませんね。ただの子爵ではありませんもの。ですが普通は公爵家に対してそんな事はしません。ただでさえ筆頭侯爵家と仲違いしているのに、王家を後ろ盾とする貴方が公爵家に敵対するのですか? あまりお勧め出来ませんね」


 むー。間違ってた場合の被害が尋常ないって事よね?

 陛下も巻き込むでしょうね。

 私一人で負える事態なら別だけれど、普通は悪戯に公爵家と筆頭侯爵家に喧嘩を売りはしない。


「今はマリウス家への調査を進めているそうですわね? 一つ一つ片付けていくべきと思いませんか?」

「……なんでそこまで知っているのよ」

「神殿とはそういうものですので」


 本当ぉ?

 私は神殿騎士に目を向けたわ。

 一生懸命、首を横に振ってるけど?


 彼女個人の情報網があるのかしら……。公爵家の影?


「ルーディナ様は、邪教は侯爵家に関わっていると思う?」

「……とても危険な質問だと思うわ。クリスティナ様は本当に素直……。貴族社会でやっていけるかしら? ルーナ様はこれから窮屈な日々を送るかもしれないわね」


 むー?


「王国に巣食う悪を倒さないといけないのだもの」

「悪……と迷いなく言えるの? 私は彼等の事を何も知らないから」


「言えるわね。前々から誘拐事件を引き起こしているのは確実だし。邪神を直接この目で見たわ。人を襲っているところも。彼等は明確に呼び出し、信仰している素振りだったのにあの異形を制御すら出来ていなかった。

 薔薇の天与がなければ私だって危なかったわよ。度し難い悪と言えるでしょうね」


 私がそう言い切るとルーディナ様は驚かれた様子だったわ?


「……驚きました。そこまで自信を持って言えるのね。でも、もしも……彼等が善行を成していたなら? どうかしら。彼等のお陰で救われた命があるのかもしれないわ」

「邪教に救われた命……」

「そう」


「もしそうなら、良い事をしたわね、と褒めてあげた後で潰すわ。それと様々な事件を引き起こした事は別の話だもの」

「……人の命を救う為にそうしたのだとしても?」

「心当たりがあるの?」

「分からないわ」


 むー……?


「もし、邪教が人を誘拐する事が誰かの命を救う為なら……ちゃんと向き合って力比べをする必要があるわね。今の時点で誰かの人生を犠牲にしているのだから。彼等が、また別の誰かの為に戦っているというのなら、それはもう戦争だわ。互いに譲れるものじゃあないでしょう。なら戦えない人の為に私が戦うわね」


「……そう。クリスティナ様ほどの力があるなら、貴方が味方した方が命拾いをするのでしょうね」

「公平な勝負になるように殴り合いなさいって事かしら?」

「……貴方に愛されない人は悲惨ね、というだけよ」


 むむー……。含みがあるわね。ていうか。


「もしかしてルーディナ様の病弱な身体を治そうとして、公子が邪教と手を組んだと思っているの?」

「…………」


 ルーディナ様の顔色を窺う。図星かしら?


「……本当。隠さずに聞くのねぇ、クリスティナ様は」

「やっぱりそうなの? 幼い頃と公子の性格が違うのよね。貴方の体調が優れなかった事は医者にも治せなかった……。天与の事も知っていたなら、むしろ貴方が『三女神に呪われている』とも見えた筈。……それが幼い彼の動機だった?」


「…………分からないわ。私には兄さんの気持ちが分からないの。ただ優しかったユリアン兄さんは居なくなってしまった。そして今の私は、神殿に住まいを移しただけで体調が良い方向に向かっている。……もしも、もしも……すべてが想像通りなら。貴方達が知っている通りなら。…………私はユリアン兄さんを殺しているかもしれない」



 幼い頃のルーディナ様。病弱だったと言う。

 天与の事は家族が知っていた。


 私のお父様と同じ時期に彼女らの母親が亡くなる。

 父親も倒れ、すべての責任はユリアン公子に背負わされた。


 母親を亡くした彼は妹をせめて守りたいと願ったかもしれない。

 その先で邪教が彼に声を掛ける。


『ルーディナが死に瀕しているのは女神の呪いのせいだ』とでも唆した。

 そして。


「……転生者に、いえ、邪神に身体を乗っ取られたかしら」

「…………」


 成長したユリアン公子は動き始めた。

 アマネを公爵家に匿い、ルーディナ様を表舞台に立たせて。


 彼女とその天与が明るみに出た事で私の評価は完全に変わった。

 そんな私にあいつは迫ろうとする態度を見せたわね。


 邪教が信仰する神、邪神ロビクトゥス。それは完成された人間の男性。男神。

 ……辻褄は合うわ。


 幼い頃のルフィス公爵家に接触してきた時には、おそらく邪教に別の活動拠点があった筈。


 規模によるけど、その頃なら修道院やヘルゼン領の拠点とかに居た……?



「……私は兄さんに戻ってきて欲しいわ。優しかった彼に。……兄さんが戻った時にルフィス公爵家が潰れているような事は避けたいの。だからこれ以上は言えないわね」

「……そう。なるほどね。青いのは今まで不快だったけど。ルーディナ様が表向きに見てきたアレとお兄さんを『別人』だと思っているのなら……分かったわ」


「クリスティナ?」

「クリスティナ様?」


 私は用意された紅茶を飲んで落ち着いて話す。


「彼に手紙を出しましょうか。アマネではなくユリアン公子に。……今までのあの男の態度からして、私が誘い出せば乗って来ると思わない?」

「……それは」

「…………」

「手紙を出し、呼び出し。そして会うのは侯爵領よ。まだるっこしいんだもの。疑わしいものはすべて丸ごと一発で解決する道を見つけましょう。否が応でも動くしかない状況を作り出すわ。敵の罠らしい罠すべてに引っ掛かってあげる」


 だって女神の巫女の内、誰よりも私が狙われているんだって、それだけは確信が持てるのだもの。


「……クリスティナ」

「エルト。貴方は私を……信じてくれるわよね?」

「…………、…………そうだな。危険だからとキミを止めるのは、きっと違うと思う」


 彼は私が伸ばした手を取って屈み、自身の頬に当てる。


「……キミの思うままにやってくれ。俺はそれを全力で支えよう」

「ありがとう。じゃあ、方針は決まりね?」


 公爵家と筆頭侯爵家に喧嘩を売るとしましょうか。


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