182 拠点考察
「悪役の1人を倒したのは間違いないわねぇ」
私はディグル家の息子を見下ろした。
現実でも悪役なのね、こいつは。
ルーナ様を執拗に狙う男だという。まぁ、それはアマネが見る予言書の中の世界だけれど。
「アンタ、ルーナ様以外の子はどこへやったの?」
「ぐっ……!」
カイルが後ろ手に拘束したベレザックを容赦なく組み伏せ、そして頭を上げさせる。
意外とこういう荒事にも慣れてるわよね、カイルって。
リンディスは姿を隠して周囲の警戒。
エルトは私の隣で警護してくれているわ。
「……何を言ってる」
「ルーナ様は見つけたわ。無傷でね。王太子殿下との恋愛も進む事でしょうね。本当、おめでたいことだわ。あんたはルーナ様からは何の心も向けられなかった負け犬ってところよね! フフン!」
「貴様っ……!」
「薔薇よ!」
棘つき薔薇で彼の身体を更に包む。
カイルはそれを察して身体を離した。
「ぎゃっ……! 痛っ、ぐっ!」
「アンタのプライド、お可哀想な事情、すべてがどうでもいいわ。ただ質問に答える事だけ許してあげる。死にたくないならば私の質問に答えなさい。
アンタと、気を失っている彼。どちらか先に答えた方だけ生かしてあげる。
そうでない方はこの場で殺すわ」
殺気を放ち、悪女の顔を浮かべる。
「ひっ、こ、殺すなんて……!」
「出来るワケがないとでも? アンタ達は王太子殿下の婚約者を攫ったの。準王族に手を掛けた。死罪に当たって当然でしょう」
「そんな……」
「ルーナ様の心にアンタは欠片もいない。夢も希望も抱く必要はない。願望すらも抱く必要はないわ」
薔薇が男の指に、手に絡みついていく。
「ぎゃっ、あが! 痛いっ! 痛っ……!」
「もう一度言う。質問に答えなさい。ルーナ様以外の子はどこへやったの?」
「ルーナ以外なんて、ぎゃっ!」
両手を締め付け、捩じ切る勢いで力を強める。
「アンタにルーナ様の名前を呼ぶ権利はない。『あの方』で統一しなさい。他の呼び方で呼んだ時点で殺す。脅しじゃないって先に教えた方がいいかしら?」
「ぎっ!」
薔薇槍が男の頬を切りつけるように伸びる。
「私の天与は拷問にも使えるわ。身体の内側から薔薇を咲かせてあげましょうか? 目玉を内側から抉ってあげてもいい。女神の巫女として、お前を生かしたまま、永遠に続く苦痛の檻に閉じ込めてやるのもいい。
……ええ。ええ。私、けっこう怒っているみたい。
同じ女神の巫女が傷つけられようとしたからかしら?
巫女として神殿に伝えましょうか。ベレザック・ディグル。お前は女神に仇をなす者であると。破門して貰いましょう。地獄に落ちるように」
私の怒りは伝わったようだわ。
息を呑み、その表情は恐怖に彩られている。
相手を見下すから偉そうに振る舞うのよね。
純然たる力の差を突きつけられてようやくまともに話が出来るタイプ。
くだらないわ。
「最後に、慎重に答えなさい。ルーナ様以外の攫った子をどこへやったの?」
「し、知らない……」
「は?」
死にたいのかしら。
「知らない! 俺は、俺達はル……、かの、あ、あの方以外を攫っていない!」
「……はぁ?」
あれ、もしかして無関係の事件なの?
「信じると思うの?」
「知らないものは知らない! 俺はあの女さえ手に入れられれば良かったんだ! 他の女なんて知るか!」
「はぁ……?」
何それ! ルーナ様の努力が台無しじゃないの!
「……じゃあ、ミリシャはどこ?」
「あ……?」
「あんた達と一緒に居た事が目撃されている侯爵令嬢よ。くだらない言い逃れは止めなさいね。時間の無駄だもの」
私が睨み付けるままに怯える。
こんな程度で屈する男が尚もルーナ様に執着して手を出そうとするとか。
二度と立ち上がれないように厳罰を奏上しておかないとだわ。
「し、知らない……」
「知ってる事をすべて吐きなさいと言っているのよ。それぐらい察してくださるかしら? 死なないと分からない?」
「うぐ……、み、ミリシャは……」
呼び捨てねぇ。あの子、コレにそんな事を許したのかしら?
「彼女を庇っても貴方に得はないわよ? マリウス家が味方してくれると思うなら逆効果だと思いなさい。もし、彼等がアンタ達の味方をするようなら……私がこの手ですべてを根絶やしにしてあげるわ!」
フン! と私は睨みつける強さを増す。
結局、男が吐いた情報は少ない。
私達は男共2人を引き摺ってレヴァン達と合流したわ。
ベレザック子爵家諸共に再び尋問を開始する。
こいつの目的はルーナ様に手を出す事。
カリスの方の目的は……私らしい。ドラゴンじゃなかったワケ?
父親はまともそうだったのに。
はぁ……。何なの、こいつら。
ディグル子爵の方はダメっぽいわね。
おそらく脱税……、領民にも不当な税を求めてる節がある。
詳しくは調べないと分からないけど……。
ミリシャがこの件に関わってるかだけど。
……どうも唆したのはミリシャのようだわ?
でも実際の誘拐には関わらなかった。
言い逃れが出来そうなところを突いてきたわね。
ミリシャが関わっている証拠は残していないらしいわ。
手抜けてるわねぇ。
言い逃れが赦されるなら、子爵家2つが潰されるだけだわ。
「じゃあ、ミリシャは本当に誘拐された?」
手掛かりが無くなった事になるわ。
まぁ、ルーナ様が無事だったから、そこはいいのだけれど。
本当に関係がないの? たしかに私の予言の天与では信用がないのよね。
誘拐された子達は時間が過ぎる程に悲惨なのよ。
こんな時に余計な事をして!
ベレザックの方の子爵家は終わりでしょうね。
王家に領地が返還されるか……或いは、ラトビア領に統合されるかもしれない。
王妃の実家になるワケだし、子爵領と男爵領を合わせて、ご両親は陞爵させる?
ラトビア家を伯爵家にすれば後ろ盾を選定する必要もなくなるわよね。
2家門分の領地をきっちり運営できるなら伯爵となっても問題ない筈。
……あら、そういう意味ではルーナ様の為になったのかしら?
頭が痛い問題なのだけれどねぇ。
ルーナ様を警護しつつ、王宮に戻る……。
結局、子爵家の2つが今後、処罰を受ける事だけが確定。
ルーナ様に関しては醜聞も何もない。
元々、天与で自分を守る事が出来る彼女よ。
襲われたから穢された! なんて通るワケもない。
彼女の王妃への道は閉ざされる事はないわね。
むしろ勇敢なる女性としてディグル子爵家の不正をレヴァンと共に暴いた功績が広められる事になったわ。
次代の王妃と王太子殿下としての功績を上げた形になる。
私達が協力した事は特に広めて貰う必要ないと辞退しておいた。
「マリウス家は……動いているの?」
「王家に抗議は入っている。しかし、それは側妃扱いについてのみだ。誘拐されたかどうかについては表立って言えないのだろうが……」
「そう……」
何かしら? 私達は何か読み違えているのかしら?
誰が裏で動いているの?
ミリシャ? それとも公爵家? やっぱり邪教?
「はぁ……。分からないってしんどいわねぇ」
「そうですね……。それでも何とか手を打たないといけないのですよね」
ルーナ様の目には強い意志が宿っている。
「時には待つ事も必要でしょうけどね」
「はい。ですが見過ごせません。私ならと思ったのですが……、役に立てませんでした」
「いえ。見当外れではなかったと思うわ。ミリシャと繋がりはあったのだし。ルーナ様が頑張ってくれたお陰で私達の突入は正義になったのは間違いないもの。不正をしていたり、事件を起こす子爵家を糾弾できる形になった事は民にとって良い事の筈」
「……ありがとうございます、クリスティナ様」
ミリシャはどこかしら?
あの子は誘拐されたのかしら?
……勘に従いましょう。ミリシャは……自らの意思を持って失踪した。
私の中のあの子のイメージが強いんだけど。
ルーナ様の誘拐を企てたのはミリシャ。
子爵令息2人を焚き付けて行動させた。
証拠は残さないように誘導したか、或いはあの2人の頭が回らなかった。
失踪した日は決闘大会の日。
この事から……リカルドはミリシャの計画をおそらく知らない。
侯爵夫妻も知らないのでしょう。
私とルーナ様の暗殺依頼をしようとした事は確実。
彼女は私達を疎ましい存在だと思っている。
ルーナ様と私を排除したらミリシャは王妃になるかしら?
もちろん、その罪が明るみに出ない事が前提だけれども。
……ならないんじゃない?
ルーディナ様が次に選ばれるのは明白。
誰も望んでない結末になるでしょうね。
王家としては女神の巫女を娶る方針で進むしかないのよ。
どうあったってミリシャが正妃になる事はもうない。
ならこの状況をあの子が覆すのに何が必要かしら……?
「……天与」
女神の巫女に成り代わる大義名分。天与があれば一番でしょうね。
陛下は、そもそもマリウス家の後ろ盾を得たかった。
状況から神殿と民を敵に回せなくなり、今の形に落ち着いた。
ミリシャが天与を授かっていれば、すべてあの子の望み通りだったんじゃない?
家格からすればルーナ様では厳しかった筈。
ルーディナ様は健康状態から選ばれなかった。
陛下は私がマリウス家の娘であるなら、私を王妃に据えたそうにしていた。
それは、ミリシャが天与を授かっていた場合も同じ。
執務能力は最初から、あまり期待されていない。
ルーナ様は象徴としての意味合いが強く、王妃教育を始めた結果、聡明であると判断されたに過ぎない。
ルーナ様が聡明でなく、ミリシャがもっと教育を真面目に受けていたなら逆の立場もありえた。
今のルーナ様に足りないのは教育の時間と、後ろ盾の強化だけ。
「……天与って人工的に手に入れる事は出来るのかしら?」
「クリスティナ様?」
邪教は私達を邪魔だと思っていると考えていた。
でもルーディナ様は、もっと低俗だと言っていたわね。
低俗な一団だとしたら……望むものは?
人智を超えた力を自ら手に入れる事……?
もし、ミリシャにそれが可能だと耳に入ったら?
あの子は嬉々として邪教に与すると思う。
思えば転生者も私やルーナ様の身体を乗っ取ろうと考えていたのよね。
……彼等は欲しいんだわ。
女神の巫女である私達そのものが。
自ら力を振るえる存在になる事。それが望み。
そして、それが出来るなら……ミリシャは私達3人の内、誰を狙うかしら?
ルーナ様を排除するなら手っ取り早いように思える。
でも。
……たぶん、あの子が最終的に狙うならば私だと思う。
私から奪いたいと思っているでしょう。
きっと幼い頃から私に対して許せないと思っていたでしょうから。
家族に愛されない姉。父親も、母親も、兄も。姉ではなく妹の自分を愛して可愛がる。
あの子にとってはこれ以上ない優越感。
だけど、どうあがいても、親の愛や裕福さだけでは私から奪えない物がある。
それが女神からの贈り物。
私を王太子の婚約者にした理由。
あの子の性格から考えると奪いたかった筈だわ。
私から天与を。でも怪力は欲しくなかったかもしれないわね。
あの子、私が使いこなせてない内も怪力の天与だなんて女らしくないと蔑んでいたもの。
でも今の私はイリスの薔薇を咲かせるようになった。
女神の巫女を証明する天与。
あの子なら欲しがる筈よ、奪いたい筈。
「……私、今までルフィス公爵家が一番怪しいって思っていたんだけど」
私は、エルト、ルーナ様、レヴァン、カイル、リンディス、セシリアが集まっている特対の部屋で呟いた。
「ミリシャなら、邪教に協力するこれ以上ない理由があるのよね」
「…………侯爵令嬢は誘拐されておらず、マリウス家の屋敷や領地に居ると?」
「それは分からないんだけれど。邪教の本拠地、ルフィス公爵家じゃなくて、マリウス家のどこかかもしれない。ルーディナ様は昔から怪しい集団の出入りがあるとは知っていたけれど、それだけだったわ」
「……公女を信用する前提だが。もしも公爵領に拠点があるならば彼女は伝えてくれただろう、と?」
「うん。それは……うん。そう思うわ、私。ルーディナ様は邪教の拠点を知らなかったのよ。彼女の情報網の範囲には邪教の拠点はないの。なら公爵家には邪教の拠点はないのよ。相変わらず公子は怪しいけれど」
公爵家は限りなくクロに近いグレーなんだわ。
「リン。どうかしら? 私、ミリシャは私から天与を奪いたいと考えていると思ったの。でもそんな事出来るとしたら……それは邪教の集団だけじゃない?」
「天与を……奪いたい……?」
「ええ。ミリシャなら少なくとも、それで取り入れると思うわ。……下手をしたら侯爵夫妻も私からミリシャに天与を移せないかって考えたと思う」
「…………」
私の他にマリウス家の実情を知る者はリンディスしかいない。
リンディスは私の言葉から、妥当性を吟味する。
「…………、たしかにミリシャ様ならば、そう考えても不思議ではありませんね。……はい。バカげた話ですし、お嬢は長らく天与を使えませんでしたので思いも至りませんでしたが……。あの女の性格上、お嬢が天与を使いこなせていたら気に入らなかった筈。そして……はい。奪えるものならば奪いたいと考えたでしょう」
「そうよね!? 何だったらリンも取ろうとしてたし!」
「……知っていたんですか、それ」
「フフン!」
ミリシャが侯爵に駄々をこねていた事を知っているのよね!
「……当時の君がよくその願いを跳ねのけられたな」
とエルトが少し驚いた様子でリンディスを見る。
「お嬢以外に仕える理由などありませんので。幸い、私は男ですから跳ねのける理由は簡単でした。姿の見えない、保護者としての情もない男を令嬢の傍に付けるのかと、そう侯爵に訴えたのです。顔を顰めながら諦めて頂けましたよ。……ミリシャ様の狙いも明白でしたからね。私をお嬢から引き剥がしたいだけだったのでしょう」
「リンはお母様への忠義心から私に仕えてくれたのだものね。私が何かされてたら復讐してた?」
「……まぁ、そういう可能性も侯爵には匂わせました」
やっぱり私のミリシャ像は合ってるらしいわ!
「マリウス侯爵ですが。彼の心根を聞いた事はありません。しかし、彼はセレスティア様に劣等感を抱いていたのだと思います」
「お母様に?」
「……はい。優秀な方だったのです。家督争いがイヤで家を出た様子でした。王弟殿下も同じで、そういった点から意気投合されたそうです。弟君であったブルーム侯爵はセレスティア様に対して思う所が多々あった様子でした。
……お嬢への扱いが不当だったのは、そういった感情が大きく起因していると思います。
彼もまたお嬢が、マリウス家の兄妹よりも優れていると見せつけられるのは耐え難い事だったと思います。
ですのでお嬢の天与を奪い、娘に移せる手段があると知ったなら協力……したかも」
うん。やりそうだわ、あの人なら。
「リカルドもなんか私へ執着してくるし。似たような理由? 教育の賜物かしら」
「……彼の拗らせた理由は分かりますよ」
「知ってるの?」
「……察しがつくという感じですね。……リカルド小侯爵は、おそらく幼少の頃、マリウス家に居たセレスティア様に恋していたのだと思います。セレスティア様が亡くなった事に傷ついた。そして」
そして?
「……セレスティア様の面影を残したお嬢の姿に執着したのだと思います。それは恋とはまた違う感情なのでしょうね。あの人が好きだったのはセレスティア様ですから」
「……ふぅん」
なんだかリンディスがそう言うの、その気持ちが察しがつくのって……何だか……何だかよね!




