18 リンディスの調査
そこは、まごうことなき『邪教徒のアジト』だった。
こんなに分かりやすい事があっていいのかという程にイメージ通りに完成されている。
(もう少し隠す努力をして欲しいものだ)
今の自分が魔術を用いて姿を隠しているのが悲しくなるぐらいである。
彼らの共通の服装は神官服にも似た雰囲気のもの。
だが全員が顔の前に布が垂れる帽子を被っていて顔が隠され、個人の特定が難しい。
(……ここは彼らの『神殿』か)
ならば『何』を祀る神殿なのか。
リュミエールに広く伝わる三女神ではあるまい。
禍々しい意匠の施された物品がそこかしこにあるし。
(しかし、こんなに分かりやすい『邪神』の崇拝がありますかねー)
見た目で判断してはいけない面もある。
慎重に見極めねばとも思っているのだが。
(地下への階段? まさか)
見張りの立てられた地下への階段を見つけ、私はそこに潜入する事にした。
幸い私の隠蔽魔術を見破れるような者はここには居ないようだ。
(ここは……やはり地下牢。こんな山奥に)
誰を捕まえておく為のものなのか。
(女達……。どれも若い娘だ。各牢屋ごとに3人程度……。衰弱している者も居る。そんな牢屋が4つと……そして奥にも?)
5つ目の牢屋。
その中に居たのは女ではなかった。
(この少年は……!)
私が驚愕したのはその子が年端もいかない幼さだったからではない。
(魔族? いや……人族と魔族のハーフか?)
顔立ちがリュミエールの民とは少し異なる。
どちらかと言えば私に近い。
何より纏うその雰囲気は魔族特有のソレを纏っている。
つまり魔力を扱える……私は少年に姿を見られないように透明のまま身を隠した。
(人族と魔族のハーフの子供を……特別に捕らえている? 何故だ)
魔族の寿命は人族よりも長いが……成人と言える年齢までは人族とそう変わらずに成長する。
若く活動的な時間が人族より長いのが特徴であって……あの見た目であれば、少年は人族のそれと変わらない年齢だろう。
つまり14歳か15歳ぐらい。
お嬢より2、3歳は若い。
……家庭によっては大人顔負けに育つ年齢でもある。
だが同時にまだまだ親の庇護下に居なければならないような年齢でもあるだろう。
(なぜ囚われているのか知らないが……助けてやりたい)
かつては自分も、このリュミエールに『奴隷』とも言える立場で連れて来られた身だった。
そんな自分を救って下さったのがお嬢の母親なのだが……今はそれはいい。
かつて、あの長く綺麗な赤髪を携えた美しい女性に救われた自分。
その恩返しはお嬢に尽くす事でしかもう出来ないが……。
自分もあのようにありたい。
何よりお嬢がこの現状を見たならば、きっと少年と女性達を救おうとするに違いない。
(とはいえ)
自分1人でこれだけの人数を、あの男達の目を掻い潜って逃すのは困難だろう。
……だから、お嬢と協力する必要がある。
(だとしたら)
可能な限り、この場の情報を集めてからでなければ。
お嬢の身には絶対に危険は及ばせない。
私はそう決意して行動を再開した。
◇◆◇
「しかし」
なんというかザルな警備態勢だな、と。
これではまるで潜入してくれと言わんばかりだ。
私のように潜入が得意な技能がなくとも、それこそ無骨な騎士であったって入り込めそうなガバガバさ。
……まぁ、その場合は、それこそ『囮』ぐらいは用意しておかなければならないだろうけど。
「それで。大事な資料然としたこれらの内容は、と」
そこに記されていたのは、荒唐無稽な内容……だったと思う。
【異界転生の儀式について】
異界より『魂』を招き、この世界の人間に憑依させる儀式。
その『魂』には世界の未来を見通す力を『持たせる』こと。
世界と異界は相互に干渉するものである。
その事実を利用する。
まず人間では通常、知覚できない筈の運命の流れと呼べる『知識』を異界へと送り付ける。
これはリュミエール王国の各地に築いた神殿から随時行う。
そして『溜まった知識』が結実した頃を見計らい、その『知識を携えた魂』を呼び寄せ、用意した『器』に宿らせること。
それが我らの『新たな神』の礎となるだろう。
『新たな神』の『器』には適した条件がある。
1つ、美しい容姿を持った男。
1つ、類稀な魔術の素養を持っている。
器に宿るべき『知識』は『異界に棲む人間』の『魂』が持ってくる。
過去の儀式の記録から、事前に『若く美しい女』を複数人数、用意しておくことで成功率が格段に上がる。
出来れば処女が望ましい。
その理由は、この儀式で利用する『異界の男』がより惹きつけられ易くなるからである。
器に魂が憑依した段階で『器の魂』は砕かれ、『異界の魂』がその肉体の人格となる。
ただし、いずれ『異界の魂』の人格もまた砕ける事が決まっている。
その時こそ『新しい神』が生まれる時であり、『異界の魂』は、それまで女を使って懐柔しておき、早々に腐らせること。
その際にどれだけの苦痛を伴わせても構わない。
我らが望むのは運命の知識を持った異界の人間にあらず。
求めるのは運命を知り、力を手に入れた全能の存在である。
…………。
……。
「…………………」
何だこれ。気持ち悪いな。
転生というのは、どちらかと言えばリュミエール王国よりも東方にある魔族の国の概念に近い。
「……あの子は『器』か?」
魔族特有の美しさを備えた少年だった。
魔術の素養もあるだろう。
あの子は『異界の魂の転生先』として選ばれた器……であるらしい。
この儀式が執り行なわれれば、少年に待つのは魂の死と、肉体の乗っ取りという人の尊厳の破壊だ。
「む」
更に『失敗作』の例も記されていた。
儀式の失敗によって生まれたのは『新たな魔物』だ。
ただし儀式の性質上、その魔物の身体に『異界の魂』が転生していてもおかしくはない。
その為、周囲の魔物を喰わせる事で成長を促し……その利用方法を探る為に『生贄』として女を差し出す儀式を行おうとしている。
利用する予定だった『異界の魂』が女を『生贄』として与えられれば、その性質上は完全な制御下における可能性がある……とか。
「無茶苦茶な理論にしか見えませんが……」
要はこの場所に特異な魔物が存在してるって事ですよね?
「…………こういうのって、実験が失敗して魔物が暴走するのが定番なんですよねぇ」
おそらくこの『生贄』というのが、お嬢の見た予言映像だろう。
「……ああ、お嬢はまだ大人しくしてますかね」
お嬢が自分から事件に巻き込まれに行く前に、さっさと戻る事にしましょう。
……はい。まぁ、手遅れでしたけど。
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