179 ルーナからのメッセージ
「王家の護衛が付いていたのでしょう? それでも攫われたって事?」
「……はい」
「ルーナ様には天与があるわ。身を守る事だって出来る筈だけれど」
攻撃性はなくても彼女の『聖守護』を簡単に破れるとは思えないわ?
護衛が付いているなら圧倒的に有利な戦いをする事が出来る筈。
「……王家の護衛が全滅したのか?」
「いえ、申し訳ございません。詳しくは伝わっていないのです。王宮で聞いて貰えますか?」
「……そうね。広める話でもないもの。ルーナ様はただで捕まる女じゃないでしょうし」
エルトを引き連れて王宮へ向かう。
大々的に動いていないのが分かる静けさ。
ルーナ様の誘拐。これが貴族の仕業なら同時に醜聞をばら撒こうとする動きがあるかもしれない。
もし、そういう動きをする家門があれば叩き潰さないといけないわね。
「こちらへどうぞ」
「ええ」
私が来る事は伝わっているのか何を伝える事もなく陛下の元まで案内されたわ。
「陛下、ルーナ様が危険に晒されている可能性があるとか」
「……ああ。座りたまえ」
室内にはディートリヒ陛下、レヴァン。
そして私とエルト。他は人払いがされているみたい。
「報告を受けてから半日程だ」
「……攫われたのですか? 王家の護衛が敗れた……?」
「いや。……これを見てくれ」
「手紙?」
紙片が折り曲げられた紙。ちゃんとした手紙じゃなく、緊急で誰かに伝えるようなそれよ。
中身は走り書きでメッセージが書かれている。
『わざと捕まります。ディグル家の息子が事件に関わっている可能性があります。男爵家に入り込んでいました。狙われているのは私だけかもしれませんが、それでは他に被害に遭われた方が居る事に辻褄が合いません。クリスティナ様、ルーディナ様に警護を。私がどこでも、クリスティナ様なら、』
……メッセージが途中で途切れているわね。
「これは、誰が受け取ったのでしょう?」
「……ルーナに付けていた護衛だ。ラトビア家の屋敷にディグル子爵令息が入り込んでいたらしい。ディグル家はラトビア家の隣領で、昔から付き合いがあった。手引きした者が居るのだろう。
ルーナの行動が読まれて、どこかで接触する機会があったのだと思う。
潜入? していたディグル家のベレザックに気付いたらしいルーナが……、自ら捕まりに行った……みたいだ」
「被害者が既に出ている事を把握されていたのね? ルーナ様」
「……ああ」
「そう。狙いを見抜いて早期解決を狙ったワケね。自らの身を守るだけなら天与出来る筈。ルーナ様が居るなら……」
集まった皆の視線が私に集まる。
……たぶん、勘か予言の天与で分かるだろうって事よね。
大胆過ぎないかしら? ルーナ様。
「……居場所、分かるのか?」
「何とも言えないわね……。できそうな気はするけど」
王家の護衛が力負けしたワケじゃなさそうね。
誘拐されるまでに時間的な猶予もあったみたい。
逆にルーナ様が護衛を離して、わざと捕まえられる状況を作った?
「……しかし、王家の護衛を出し抜く程の相手とは」
「それは……たぶん、そういうものだから上手くいった……だけじゃないかしら」
「……なに?」
邪教が関わっているのなら。
それと予言の天与で見たおかしな光景を考えると。
「ルーナ様が誘拐されるのは『用意されていたシナリオ』だったんでしょうね」
だから避けられない。そのようになってしまう。
護衛は都合よく離れ、目を逸らしてしまい、一瞬しかない筈の空白を見事に喰いつかれる。
「……邪教が関わっているわ。ミリシャも多分ね」
私は確信したわ。キナ臭いだけだったのとは違う。
ルーナ様が動いたからこその確信ね。
「……ミリシャ嬢が、正妃になる筈のルーナ嬢の誘拐を企てたと?」
「いえ……。たぶん、黒幕とかそういう話じゃないと思います。多分、『そこにあった話に乗った』とかそういう話じゃないでしょうか? ベレザックとやらはルーナ様に執着しているのは確かでしょう。
……レヴァンとの婚約が成りましたが、それが最後の引き鉄だったかも。
婚約前に既成事実を無理矢理に作ろうとしている線はあります。
誰からとは、想像の範囲ですけれど……」
ベレザックはルーナ様を奪おうとしている。
ミリシャはルーナ様を陥れようとしている。
……利害が一致しただろう事は容易に想像できるわね。
「……リンドン家のカリスだけは動機が不明だが」
「前に私がやり込めちゃったからね。あっちはあっちで……私を陥れたいのがミリシャと噛み合った?」
「……ふむ」
「陛下。ミリシャの足取りを追っていたところ、襲撃者が現れましたので、そいつらを捕らえて伯爵家で尋問しています。王家にも尋問に参加していただき、情報を共有しませんか」
「……分かった。伯爵邸へも人を送ろう」
で、やっぱり問題はルーナ様がどこへ連れ去られたかなのよね!
「……ラトビア家でルーナ様を見失った後の捜索状況はどうですか?」
「足取りは見つかっていないんだ。……まるで消えたかのようだよ」
うーん……。
どうかしら? なんとなく……。
「それ、証拠は目の前にあるけど見つける事が出来ないだけかもしれないわ」
「……うん?」
例えば、足跡が残っているとしてよ。
誰もその足跡を『なぜか』見つけられないとか。そういう現象が起こっても不思議じゃない。
「それは予言、というよりは……」
「予言じゃないわね。現実の方が書き換わってるか、シナリオに寄せてる。因果は逆よ」
「……アマネを捜索隊に加えるかい?」
「それは……」
アマネが近くに居ると……、シナリオ通りに進んでしまう気がする。
そうなるとどうなるかしら?
予言の世界の中でルーナ様を誘拐したのは、私。
私が犯人で……それならばシナリオ通りの結末は……。
「ダメ。アマネは関わらせないで。ルーナ様の元に辿り着く事は出来るかもしれないけれど、シナリオ通りに動こうとするのは多分まずいわ。予言に従ってはダメ。……それこそが敵の思うツボだと思う」
アマネは予言書通りにしかこの世界を捉えない。
ああすればいい、こうすればいい、という言動はすべてシナリオ通りを前提にした動き。
それを王族にまで強制する。
彼女はそういう役割……。
「……私が直接、ルーナ様の後を追うわ。私なら彼女の痕跡を見つける事が出来る……と、思うわ!」
「思う、かぁ……」
何よ! 私は論理より勘で行動するんだから!
「ラトビア家へ行くわよ! 陛下! この件の捜査は私の権限の内って事で良いですよね!?」
「……ああ。ラトビア家周辺に居る者達にもそう言っていい。書状も用意しておこう」
「ありがとうございます!」
陛下に諸々の準備をしてもらう。
あっちにこっちに行ったり来たりだわ!
「エルト、クリスティナ。……僕も一緒に行動して良いだろうか」
「……お前が動くのは良くないだろう。立場が違う」
「それを言うならばルーナもだ。彼女は、こんな風に自分を囮にして危険な目に遭っていい立場じゃない。……それでもルーナという女性は、助けられる者の為に動く人なのだろう? なら、僕はせめて彼女に見合うような男にならないと。
……失くしてから後悔するのは、もう御免だ」
とか、なんかレヴァンが言ってるわね!
「あっそう。じゃあ早く準備してね! 私はさっさと動きたいんだから! 遅れたりしたら置いてくわよ!」
「うぐ……。僕、王太子なんだが……扱いが厳しくないか?」
「まぁ、クリスティナだからな。来るなら急げよ、レヴァン」
「え、待ってくれない方向?」
「準備を終えたら、さっさと私達を追ってきてね! 行くわよ、エルト!」
「ああ」
「……ああもう、似た者同士だなぁ!」
エルトの話の早さになれるとレヴァンの慎重さは、まだるっこしいのよね!




