171 エルトの決闘⑥
「王家、レヴァン・ラム・リュミエット! 伯爵家、エルト・ベルグシュタット!」
決勝戦は、エルトとレヴァンの戦いになった。
3位となったのは神殿騎士のアレン・ディクート。
青いのは、めでたく4位で私達への求愛の資格はなくなった。ふふふ。
こうなれば、もう優勝がどちらかなんて関係ないわよね!
◇◆◇
「こんな風にエルトが残るとは……、」
「思っていなかったか? レヴァン」
互いに上流貴族らしい振る舞いで剣を構える。
「今、僕の眼の上のコブだったのは公子だからね……」
「そうだろうな。とはいえ、陛下もこの結果を期待されていた筈だ。俺が彼を降す、と」
「……それで本当に勝つのがエルトらしいって言うか。事前に彼の実力の方が上だと見立てていたそうだけど?」
「ああ。公子の実力は認めている。だからこそクリスティナに約束していた。対峙した際は決死の覚悟で喰らいつくと。幸い、このようなルールの定められた場での戦いだったから、今の結果に至れた」
「……殺し合いの場になっていたらエルトが負けていた?」
「それは、その時、その場に立ってみないと分からない事だ。一手の間違いが死に繋がる可能性がある。……公子は実戦経験が少ないようには感じた。それが俺の狙い所だった。だが、次は分からない」
「そうか……。驕らないんだね、エルトは」
「剣の女神イリスに誓って。剣に嘘は吐かないさ」
「……愛ではなく剣の女神のイリスか。エルトらしいな」
互いの間合いを探り合い、構えを取ったまま微動だにしない2人。
(……そう言えば彼と仲良くなったのは、こうして剣を交えた時からだったろうか)
レヴァンはふとそんな事を思い出した。
自分も剣の腕は、王国では上の方である事を自覚している。
現にこの大会でもこうして決勝戦に残った。
……少なからず組み合わせの影響も受けているものの。
「……今日は君に勝ちたいな」
「晴れ舞台だ。そう願う気持ちは分かる。幸い、もう既に俺達には女神への求愛が許されているが……。それでも、だろう?」
「そうだね。勝ってこそ、胸を張れる事もあると思う」
「レヴァン。誓っておこう」
「……何をだい?」
レヴァン王子は騎士エルトのまっすぐな瞳を見返した。
「準決勝のような奇策は打たない。純粋な剣の腕で、真っ向からお前と競い合う。……剣の女神イリスに誓って」
「……そうか。ありがとう」
彼が真っ向勝負を誓ったのなら、そうするのだろう。
たとえ敗北したとしてもだ。
魔獣との戦い、領地戦とはいえ人との戦い。
それらを経験してきた彼は、時に上品な戦い方を投げ捨てても剣を振るう。
純粋な実力以上の相手にも勝ち筋を見つけ、勝利に達するだけの力を振るう男だからこその王国一の騎士、金の獅子だ。
騎士らしい戦い、王子を前にした相応しい振る舞いでの戦い。
それだけに彼の実力が縛られるなら……或いは自分にも勝ち目が残るのだろうとレヴァンは思う。
王子である自分も公子も、戦い方が綺麗過ぎるのだろう。
人の目もあり、そういう場でもある。
エルトだってユリアン公子と対峙するまでは綺麗な戦いを貫いていた。
相手に卑怯な手を打たれても、だ。
それを崩してまで勝ったという事は、それはそれでユリアン公子を認めていたに他ならない。
禍根も残るだろうに……それでも、その勝ち方を選んだ。
ご丁寧に利き手の親指を潰しての勝利だ。
その怪我は3位決定戦の結果にも響き、ユリアン公子は彼の最愛の前に跪く事さえ許されなかった。
(……本当に。エルトがそこまで女性に入れ込むなんて)
王女である妹のレミーナの求愛まで断った男だ。
それも幼い頃だけじゃない。成長し、分別がつくようになった上での拒否。
(……相手が王家でも怯まないのは家門の力も、もちろんあるのだろうけど)
それ以前に彼自身の実力があるからこその自信だろう。
レミーナの件で王子の側近とならずに離れた彼だったが、もし、そんな風に自分から離れなければ……彼は、王太子の婚約者だった時のクリスティナにも心を奪われただろうか。
(……分からないな)
ただ、分かるのはこの戦いがどうなるかが……自分の今後を決める事。
もしもエルトに勝てれば……。
だけど、反対にもしも負けたなら。
レヴァン王子が愛を求める女性は、もしかしたら変わるのかもしれない。
エルトに勝てたなら、或いはと。
「──迷うなよ、レヴァン。俺が、中途半端なお前の想いに負ける男だと思うのか」
「……っ!」
だが、自らの愛を、勝敗に委ねるような姿は、友と認めた男には見抜かれた。
「……この決闘の勝利を、俺と、クリスティナと、そしてレヴァン。お前の為に捧げよう」
(ああ……)
レヴァンは本気で剣を振るった。自分の力をすべて出し尽くそうとした。
だが、剣を打ち合う前に勝敗は察していた。
正攻法の戦い方であろうともエルトは、自分相手に手を抜く男ではないし。
何より、この戦いで……レヴァン王子が勝つのは、他ならない彼の為ではないと察していたからだ。
(もしもエルトに勝てたら、またクリスティナに。負けたら諦めて……なんて)
クリスティナにも、ルーナにもあまりにも失礼な考えを抱いていた。
それが未練でもあって。……だからこそ。
「──ハッ!」
「ぐっ……!」
打ち払われる剣。潰れた刃で鎧越しに叩きつけられる衝撃。
レヴァン王子は倒れ、地面に手をついた。
黒衣の騎士を見上げるような姿勢。
そして眉間に剣を突きつけられる。
完膚なきまでの敗北……。
「……終わりでいいか? レヴァン」
「…………ああ。君の勝ちだ、エルト」
1人の女性の愛を巡る戦いにおいても。
それはレヴァンにとっては清々しい敗北だった。
(これで良かったんだろう、な)
「──勝者! エルト・ベルグシュタット!」
審判が勝者の名を告げる。歓声に包まれる場内。
父上には感謝しなくてはいけないな、と。
この場を作ってくれた国王陛下にレヴァンはそう思った。
「ほら、レヴァン。王太子がいつまでもそんな姿勢で居るな」
「ああ、ありがとう。……エルトが勝ってくれて、良かった」
自分は自分の道を歩まなくては。
親友の手を借りて立ち上がりながら……レヴァン王子は赤い髪の女性ではなく、桃色の髪をした女性に視線を向けて、困った顔をしながらも微笑んで見せた。




