17 邪教徒と生贄
「関係……は直接ありません。ただ」
「ただ?」
そこで夫婦は顔を見合わせるわ。頷き合う2人。
「失礼ながら……相応の身分をお持ちの方と見受けます」
「ん!」
私の胸元からは【貴族の証明】のペンダントが出ていたわね。
「もしや、この村には調査の為に訪れたのですか?」
「調査?」
何をかしら? 今度は私とリンディスが目を見合い、首を傾げたわ。
「……失礼。差し支えなければ詳しく話をお伺いしても? 悪いようにする気はありません」
「は、はい。そうですね。どこから話したものでしょうか」
それから夫婦の事情を聞いたわ。
何でも街道から離れているこの村の更に山奥。
そこに怪しい施設があるそうなの。
その上、近くを頻繁に怪しい衣装の人々が通う様を目撃するとか。
街などに報告を入れるか迷ったそうなのだけど……。
ちょうどその頃から、今日あった魔物騒ぎのような出来事は全くなくなり、それどころか。
「食糧を分け与えられた?」
「はい。この通り、裕福な村ではありませんので。直接に迷惑を被る事などなかったどころか、施しまで受けておいて国に訴えるというのも気が引けて。ただ」
ただ、怪しい集団は時折、山奥に人を連れ込んでいる素振りがあったらしいの。
「何か恐ろしい事をしてるんじゃないかとは思いましたが、何の証拠を見たワケでもありません。好奇心で調べに行くにはあまりに不気味で」
「まぁ、それは妥当な判断ですね」
「そうね」
下手に関わるのも危ないし、街に報告を入れてもすぐに対処が出来る事もない。
その間に報復とかされるかもしれないわ。
「リン」
「……はぁ。トラブルを避ける為に街道を逸れた筈なんですが……。どうしてこう、お嬢の行く先々で事件が起こるんです?」
何よ。私は悪くないんだからね!
「言いたい事は分かりますが。調査をするなら私の方が向いています」
「リンが危ないじゃないの!」
「……もう少し、お嬢が見た光景を詳しく聞いて。そして休んだ上で判断しませんか? 今すぐにどうこうという話でもなさそうですから」
んー。前はルーナ様が襲われるかもしれなかったから急いだけど。
ルーナ様がこの件に関係するかは怪しくなって来たのよね。
予言を見てから私が行動を変えたからなのかもしれない。
けど『予言の映像』でのルーナ様の立ち位置は『私に変わってしまった』わ。
……これってどう解釈すればいいのかしら?
だったらこれから私が邪教徒に捕まるのかしら。
私達、この夜は予言の内容をリンディスに詳しく話してから夫婦の家で寝泊まりさせて貰ったの。
その翌朝よ。
「リンが居ないわ!」
置き手紙があって、そこには
『私が1人で調査に向かいます。お嬢は、しばらく村で大人しく過ごしていてください。大猪の分ぐらいは宿泊させて貰えるでしょう。2、3日以内で戻ります。……本当に大人しくしていて下さい。リンディスより』
……って書いてあったわ!
もう! リンディスったら勝手なことばかりするんだから!
従者なんだから大人しく主人に守られてればいいのに!
そんな事じゃ、お婿の貰い手が居なくなるわよ!
「お嬢さん。お連れ様は?」
「山に調査に行っちゃったみたい。2、3日で戻るらしいわ」
リンディスがそう言うんだったらそうなんでしょうけど、心配ね!
私に嘘は吐かないリンディスだけど状況が状況だもの。
「ここに2、3日だけ泊めて貰えないかしら? 食糧は……自分で調達してくるわ!」
「それは……その、構いませんけども」
「ありがとう!」
まずは村の門の修理かしらね!
◇◆◇
「──フンッ!」
私は拳……じゃなくて斧を借りて木を切り倒しているところよ。
「おお……?」
「フフン!」
これこそ『怪力』の【天与】よね!
でも重い物は重いのよ。
だからあんまり大斧とかそういう武器は私には向かないみたい。
この【天与】は『攻撃』に対して光ってる……ていう感じね。
だから単純な力ではないみたいなの。
「この木をそのまま門に加工するの?」
「い、いや。乾燥させたりしなくちゃいけないからね。これは備蓄分に回すよ。その代わりに備蓄していた材木で門を補修する」
「そうなのね」
アルフィナ領は荒れているらしいし。
ここで村の生活の、知識だけじゃない経験を積んでおくのも良いかもしれないわ。
「ねぇ、あれは? どうなってるの?」
「えっと、あれは……」
リンディスが戻るまで私は村の生活について根掘り葉掘りと聞かせて貰ったわ。
知っているだけなのと実際はやっぱり違うわね!
「あんな大きな猪がいつも近くに棲んでたの?」
「そんな事は……ないと思うが。でも山に猪は付き物だよ」
じゃあ、お肉には困らないのかしら。
でも、ちゃんと退治できなきゃいけないわよね。
「やっぱり罠とか使って対処するの?」
「ああ。それとまぁ、基本的には近付かせないようにする感じだね。退治をするのは専門の者を雇うとか……まぁ、村で力のある者が居れば任せるんだが」
小さな村1つとっても、そこには生活を守り続けていく為の知恵があるわ。
「大量の魔物が襲って来たらどうするの?」
「た、大量の?」
「ええ。……どうしたらいいと思う?」
そこに居る民を守りながら魔物を倒し続ける。
……出来るのかしら?
「そりゃまぁ、籠城? っていうのかい。壁の中で一生懸命耐え抜いて騎士様の助けが来るのを待つしかないよ」
「そう。そうよね。じゃあ少なくとも人を守る壁が必要なのよね」
民を守る壁。
残ってるかしら、アルフィナ領に。
私って魔物は倒せるかもしれないけど、誰かを守るのには不向きなのよね!
『聖守護』を持つルーナ様の方がアルフィナの派遣には向いているかもしれないわ。
……というよりも魔物が大量に発生するのなら私とルーナ様が一緒に行動すべきよね!
でも私の代わりは騎士団が居ればどうにかなるのよね。
「罠の作り方かい? お嬢さんは猟師の家にでも嫁ぐのかい?」
「そういうワケではないわ!」
罠と言っても複雑な構造はしてないみたい。
必要な資材があれば単純な物で十分……でも設置には時間と手間という労力が必要。
やっぱり人手がいるわね!
困っている民の前に私が1人で現れたら、きっと人々は……落胆してしまうわ。
【天与】を持っていても、それが『怪力』だなんて守る事に不向きな事を知ったら余計な絶望を与える。
騎士団が到着したなら希望を持つ事だって出来るでしょう。
……アルフィナに着いても、きっと王命で派遣されたなんて言わない方が良いわよね。
しかも私の場合は特使としての面よりも、謂れのない罪とはいえ王都を追放された前提がある。
……そんな事を知られたら、ますますアルフィナの民は『自分達は国に見捨てられた』と思ってしまうわ。
流刑地に選ばれるような場所となったんだ、って。
「うーん……」
今、リンディスがしているみたいに身を潜めながらアルフィナ領に入り、現状を把握してから……それを王都に通達。
エルト達のような騎士団が来るのを待つ。
それにフィオナのエーヴェル領にも応援を……でも、エーヴェル領は国境の防備の要だから、内地側への騎士の派遣なんて良くないのよね!
もちろん内側から崩れるって言うなら、あれこれ言ってる場合じゃないのだろうけど。
あれこれ考え始めると中々に厳しいわ。
物資を運ぼうにもお金は無いし、人手もない。
民を救おうにもそれに適した力じゃない。
もう、おっきな魔物が1匹居て、それを倒して来いっていう話だったなら良かったのに。
……そんな事を考えていたからかしら?
私はその後すぐに、とっても困った事態に陥ったの。
◇◆◇
「えっと?」
私、あの夫婦の家で寝泊まりしてリンディスの帰りを待っていたんだけど。
「縛られてるわね?」
両手が縄で縛られてるわ!
この縄って予言で見た奴じゃないかしら!
身体を起こしてキョロキョロと辺りを見回す。
完全に家の中じゃないわね! 森の中よ!
「目を覚ましたか。娘よ」
私の背後、少し離れた所から男が声を掛けて来たわ。
身体を捻って後ろを見る私。
そこには予言で見たままの神官もどきの衣装を着た男達が居たわ!
「貴方達は何?」
「お前は知らなくていい」
ピシャリと言い切る男。ムカッ。
このぐらいの縄なら【天与】で引き千切れるんじゃないかしら!
守る事は難しくても壊す事は容易いのが私の【天与】なのよね!
「さぁ立ち上がれ。自らの足で立って進むのだ」
「はぁ?」
何言ってんのこの男。
その顔を隠した布っきれをまず取ったらどうかしら!
人の目を見て話しなさいよね!
「生贄は自ら神の元へ赴き、身を捧げる。それが掟だ」
「……生贄? 神?」
首を傾げたわ。
うーん。私のこと……よね?
予言の映像ではルーナ様が男達に槍で脅されながら両手を縛られて山道を歩いていた。
やっぱり私の予言って、必ずしもルーナ様に起こる出来事じゃないのね。
どちらかと言えば私の身に起きる出来事に近いみたい。
……多分、ここで私が切り抜けられなければ、ルーナ様がいつか同じ目に遭ったりするのだろうけど。
ここで暴れて男達を倒してもいいと思う。
でも、何だろう? それでは重大な見落としをしてしまう気がするわ!
「……あの夫婦は貴方達の仲間かしら?」
「ふっ……」
なに鼻で笑ってんのよ。
「さぁ立つがいい、生贄よ」
食べ物に毒っぽい違和感はなかったんだけどな。
それに急激な眠気に襲われたワケでもないわ。
……私、単に眠ってた間に連れ去られちゃったのかしら?
1日いっぱい活動してたからね!
「あら」
立ち上がろうとした私は、そこで初めて違和感を覚えたわ。
身体がダルいみたい。……これは流石に何か飲まされてるわね。
つまり……眠った後で?
「むー」
腕は縛られてるけど衣服の乱れは無い。
というか寝る前に着てた服のままだわ。
他に身体の痛みとかも無いわね。
「ふ……自身の身が汚されたか否か心配か?」
「あら。まともに口を聞く気があるのね」
「……ふん。だが安心するがいい。我らが神は清らかな生贄を好む。お前の肌に手を付けた男などおらん」
「はぁ?」
何それ。
それはそれで気持ち悪いわね!
「その神って何?」
「神は神だ。これからお前が生贄となり、身を捧げる相手だ」
「……そう」
理解し難い宗旨のようね。
少なくとも三女神信仰ではないわ。
これが邪教徒なのね。
……リンディスはそんな連中の所に調査しに行ったの? 危ないじゃない!
「それで? 私はどうすればいいのかしら」
立ち上がり、堂々と胸を張りながら男に尋ねる。
「歩け。自らの意思と足で」
「はぁ」
まぁいいわ。彼らが行く先を案内してくれるらしいし。
じゃあ付いていってあげようじゃない。
予言のルーナ様もきっとそういう考えで大人しくしていたんだわ。
だって彼女の【天与】だって、こんな男達から身を守る事は出来た筈だもの。
……でもルーナ様の力の場合は、それこそ『誰かの助け』を待つ事になるのよね。
よく分からないけど男達の目的は私の身体を穢す事ではないらしい。
じゃあ生贄っていうのは文字通り、どこかで殺すつもりって事?
「んー」
『都合よく誰かが助けてくれる』っていう事態はルーナ様と違って私には……あ、リンディスが無事なら駆けつけてきそうね。
リンディスを守るのは私よ? 私が守られてどうするの?
まぁ、何とかして見せれば良いのよね!
その『神』とやらも見てみたいわ!
神様に会ったってフィオナに自慢できるかもしれないしね!
「フフン!」
「……何を笑っているんだ」
「笑ったらおかしいのかしら? だって貴方達の言い分では私は喜んで自ら神の元へ参じるのでしょう? なら笑っていても良いじゃない」
「っ……」
ふぅん。
まっとうな価値観が死んでるワケじゃないんだ。
なら、事が終わった後で罪を問えばちゃんと苦しむ事が出来るわね。
……あ、そうだわ。
予言の映像には私より年下の男の子が見えた。
もしかしたら、あの子も捕まってたりするんじゃない?
それで私はその子を助けなければいけないとか。
「ねぇ、生贄って女だけなの?」
「……答える気は無い」
あっそ。とりあえず私の目的は、そうね。
『男の子を助ける』 (たぶん)
『リンディスと合流する』
『「神」がどんなものか見学する』
そして『この男達をぶん殴る』……ね!
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