169 エルトの決闘⑤
これをやらせたかった。
トーナメントは順調に進んでいった。
初めから優勝候補と目されていた3人、レヴァン王子、ユリアン公子、エルト伯爵令息も順調に勝ち上がっている。
王家が開いた催しであり、そこには意図するものがある。
3人が勝ち上がった時、誰と誰がぶつかるか。
早々にこの3人がぶつかるような組み合わせにはならなかった。
おそらく優勝を決める最後の試合には、レヴァン王子を残そうと考えていただろう。
そうなるとレヴァン王子を除く組み合わせがぶつかる事になる。
「公爵家、ユリアン・ルフィス・リュミエット! 伯爵家、エルト・ベルグシュタット!」
『青の貴公子』ユリアンと『金の獅子』エルトの決闘だ。
◇◆◇
「いよいよですね、クリスティナ様」
「そうねぇ。ルーナ様はレヴァンと、この試合の勝者がぶつかる時にこそドキドキした方がいいんじゃない?」
「……そ、それとこれとは別なので」
「そう? ルーナ様は、どっちが勝って欲しいの? エルトと公子と」
「それは!」
「あら。とても気になる話だわ。私にも聞かせてくださる? ルーナ様」
「えっ!」
私はエルトの婚約者。ルーディナ様は青いのの妹。
互いの親しい2人が決闘する。
そこでこんな話題を私達の間に座るルーナ様に振る私達。
「え、あの、そのぅ……」
ふふふ。可愛らしい。困っていらっしゃるわ。
「……お嬢様。完全に公女様と女子爵様が男爵令嬢をいじめている構図となっておりますが」
「ふふふ! だってからかうと可愛らしいんだもの。ねぇ、ルーディナ様」
「そうね。ふふ。まだまだ初々しくて安心したわ。あとは公の場での仮面の付け方を学ぶだけ。王妃であっても公女であっても常に鉄面皮で居る必要はないのよ」
「ええ……?」
何なのかしらねー、この連帯感。仲間だと感じる感情。
天与を授かった私達は、本当に互いを三女神の分身か何かだと感じてしまうのかしら?
「不思議だわ。ルーナ様もそうだし、ルーディナ様も同じ。あまり言葉を交わしてきた事もなくても私、貴方達に好意を抱いているのよ。天与を授かった時に何かイリス神から気持ちまで受け取ったのかしら?」
それとも、この感情は私だけのものかしら?
「それは……はい。感じる事はありますね。ルーディナ様とはあまり話していなかったのに……」
「あら。私の事も好意的に見ていらっしゃるの? お2人共」
「ええ。ルーディナ様個人は好きよ、私。貴方の兄は無理だけど」
ふふふ!
「……クリスティナ様?」
「ふふふ……」
「……お嬢様はもしや喧嘩を売っていらっしゃいますか?」
「え、何が?」
私は首を傾げたわ。
ルーディナ様は好きで、青いのは嫌いよ?
「ああ、もう始まりますよ」
エルトと青いのの決闘が始まるわ。
◇◆◇
審判が決闘の合図をする。
この大会、もっとも注目の決闘が始まった。
「ようやく楽しめる相手と戦えて嬉しいよ、2番手」
「…………」
挑発的なユリアンの言葉にエルトは答えない。
「王国一の騎士、その称号はお前には相応しくないだろう。ここで返上するといい」
「……公子は随分と自信がおありのようだ」
「当然だ」
刹那、距離を詰め、青髪の貴公子の剣が振り抜かれる。
「……!」
ギキィ! と金属が打ち鳴らされる音。
ユリアンの一閃をエルトは剣で弾いた。
「ハッ! 一瞬で終わらないでくれよ? お前を倒せば、もう俺が優勝したようなものなのだから。盛り上げないといけないだろう?」
そこからは目にも止まらぬ速さで剣が振られた。
速さ、重さ、体捌き、すべてにおいて優秀な貴公子の剣が金の獅子を追い詰める。
これまでの騎士達では歯が立たなかった2人。
王国一の騎士は、はたして本当にどちらなのか。
集まった民は、この戦いに最も注目していた。
今日の結果を、この日居合わせなかった者達に嬉々として語り継ぐだろう。
「陛下にも困ったものだ。三女神の誰かへの求愛! それならば、その権利は優勝者にだけ渡すべきだろうに! 3人居るのだから3人にその権利が与えられるなど盛り上がりに欠けると思わないか?」
「……まぁ、その点については分からなくはないが」
レヴァン王子が優勝する算段があったならそうしただろう。
だから3人に権利が与えられるという中途半端な事になった。
騎士達も加減した者はそうは居まい。
レヴァンにも騎士達に負けない程の実力はたしかにあった。
王子の優勝を脅かすのは、今戦う2人だ。
「陛下の見立ても分かる。3人までと決めれば……そして俺達とは決勝で以外戦う事はないとくれば、レヴァン王子にも権利が与えられるのは確実と考えたのだろうな? その結果が、このような茶番だ!」
「っ……!」
エルトは防戦に回っていた。
ユリアンの重い一撃に耐え、凌ぐ。
言葉の多さからも、ユリアンの方にこそ余裕があるように見えた。
「だが真に目障りなのは王子ではない。3人までという括り、それからすら外れるとはお前は思っていないだろう? 3位には入るだろうと」
「……さぁな」
ユリアンの猛攻でありながらも余裕のある剣技に、金の獅子は押され続ける。
「だが。お前がここで再起不能になるというのはどうかな? そうすれば面白いと思わないか?」
「…………」
この決闘で騎士らしく決着をつけるだけでなく……致命傷を負わせる。
そういう殺気を放っていた。
「……ふっ」
だが、その挑発を受けるとエルトは笑った。
「……気が触れたか?」
「何を言う。素晴らしい発想だ、公子。その手があったかと感動したところだ。俺も貴方をクリスティナの前に立たせるつもりはなかったが……陛下が、3位の座を貴公の為に用意してくれていたのだ。この組み合わせでは、それが防げないなと嘆いていたところだったからな」
「……そういう台詞は俺よりも実力がある者が言う台詞だ」
ユリアンは深く踏み込み、上段から斬りかかった。
ガギィィ!
「っ……!」
「力も! 速さも! 俺の方が強い。それでお前がどう勝つんだ?」
見た目からは想像できない程の力と速度。そこから繰り出される剣に、先程からエルトは押されているのだ。
「……そうだな。存外、力が強い。公子よ、俺は何も貴方を見くびっているワケではない。ああ、クリスティナにもそう言ったとも。貴公は俺よりも強いだろうと」
何度も何度も剣を打ち鳴らす。
刃が潰れてなければ、その頬や腕には切り傷が多くついていただろう。
ギリギリで剣をいなし、押され続けている。
「故に貴方からの不当な決闘は受けないと話していた。もし戦う事になれば……ああ、俺は挑む者のつもりで戦うと」
剣をぶつけ合い、力での押し合いに持ち込むエルト。
「それで? どうだ。実際に戦って負けを認めるのか? 3番手で良いからと。そうは、」
「ふっ……」
互いが近距離でぶつかり、剣のぶつけ合い……鍔迫り合いになったところ。
持ち手を上げ、柄を首元まで強引に上げたところで。
エルトは剣を手放した。
「っ!?」
力が抜けるどころか予想外の行動に出られた事でバランスを崩すユリアン。
だが、それも一瞬。踏み留まり、追撃をしようとする。
「っ」
予想外の動きはまだ続いた。
エルトは剣の柄に噛みつき、そして思い切り、ユリアンが持つ剣を殴りつけた。
「フン!」
「なっ……!」
決闘で使われているのは名剣でも魔剣でもない。刃の潰された剣でしかなかった。
クリスティナのように剣を叩き折る事は叶わないが、その強打にあっさりとユリアンの剣は歪む。
自らの剣を手放し、口に咥え、相手の剣を殴りつける……という騎士の戦いからは、あまりに外れた動き。
「ふっ!」
そのまま上半身と頭の動きだけで剣を振る。
「なっ……!?」
「ハァアアッ!」
口に咥えた剣を離し、動きを止めたユリアンの剣に今度は左の拳を叩き込んだ。
武器を手放さなかったのはユリアンの力が抜きんでていたからだろう。
そして剣が地面に落ちる前に、エルトの身体が地面に伏せるような低さで回転し、蹴撃を叩き込む。
「がっ!?」
そして手放した剣が落ちる前にエルトは左手で逆手に剣を掴み取り、追撃する。
「くっ……こんなやり方で!」
剣を曲げられ、ガード越しに蹴りを叩き込まれたが、それだけ。
ただの騎士ならば一連のやり取りだけで蹴り飛ばされたかもしれないが、それだけで……。
「はっ……! 卑劣な手段に逃げたか、金の獅子!」
ユリアンは、先の決闘でエルトが確認していた事を知っていた。
砂による目潰しが認められるかと。
自分達の実力差を知っているなら、そういう手が来るだろうと思っていた。
だから今の一連の動きで、回し蹴りをする為に屈み込み、地面に手を着いた事を見逃さない。
エルトの利き手である右手が剣を持たないのに握り込まれている事も見逃しはしなかった。
目潰し狙いで右手に狙い込んだ砂を顔に掛けてくるだろう。
分かっていれば、その程度に潰される自分ではない。
そう右手を勢いよく振り被っておいて、その中にある砂を……、
「──フンッ!」
「っ!?」
エルトは右拳を握り締めたまま振り抜いた。
……ここまで剣の技を競い合ってきた騎士の大会だ。
だが、必ず剣で攻撃しなければならないとは定められていない。
「はぁあああッ!」
左手は逆手に持った剣。だが、エルトの動きは剣術のそれではなく、拳で戦う格闘術のそれだった。
……誰をイメージした戦い方なのかは言うまでもない。
「──フンッ!」
「っ!?」
再びエルトはユリアンの剣の腹を殴りつけた。
実力が足りなければ、潰れているとはいえ剣の刃を殴りつけてしまい、拳を切られていただろう。
だがエルトが鍛え上げているのは剣の腕だけではなかった。
バギィ! と音を立ててユリアンの剣が叩き……殴り折られた。
奇しくもそれは、エルトとクリスティナの初めての決闘のように。
「はぁあああッ!」
「なっ、あっ、がっ!?」
ユリアンの力は強い。速さも、タフさも並の騎士よりも上だった。
だが、エルトもやはり王国一の騎士の名に恥じない身体能力を持っている。
それでも誉れある騎士の一騎打ちという名誉を重んじるならば、けっしてしないであろう戦いをエルトは選んだ。
何故なら、この戦いは……彼の愛する女神の巫女に捧げられる戦いだ。
エルトは折れた剣を未だ手にするユリアンの持ち手の指を殴りつけた。
「がっ!」
ユリアンの利き手の指を殴り折る。
溜らずに彼の手から剣が落ちるとエルトも剣を手放して、さらに殴り掛かった。
「あっ、ぐっ、かっ」
ユリアンは想定していなかった。
金の獅子エルト・ベルグシュタットが蛮族のような戦い方をする事を。
この戦いは剣の技を競う場であると信じていた。故に後れを取った。
「──フンッ!」
「あがっ……!」
脳を揺らすように顎先を狙い、金の獅子の拳が振り抜かれると……ガードが間に合わなかった青の貴公子は、戦う姿勢を保っていられず……倒れた。
「──俺よりもクリスティナの方が、この戦い方では強い。故に貴公は……俺にもクリスティナにも敗れたな」
そうしてエルトの拳は、赤髪の巫女に再び掲げられた。




