167 エルトの決闘③
1対1の決闘を、会場内で区切りをつけて4組ごとに進めていく。
トーナメント形式の戦いで、決闘者の名前が大きく上げられた。
鎧に身を包んだ騎士達は、それぞれに刃を潰した剣で相対する。
「始まったわねぇ」
まずは掴みといった所。
武家でなくとも、各領にはお抱えの騎士団があったりする。
エルトが有名だとして、今日は名を挙げる為に我こそはと意気込んでいる騎士も多いみたいね。
アルフィナで色んな種類の魔獣と戦ってきた経験があるから、割と……こう動きの良さとか分かるわね。
日々の鍛錬を怠らない騎士には及ばないかもしれないけれど。
剣を振るうのって意外と楽しい。
でも、人に向けて振る剣はまた違うわよね。
私の場合は対人戦なら、ぶん殴った方が楽だわ。
「勝者! ラールカ!」
勝敗が決すると大きく歓声が上がる。
「……私、サポートに回った方が良いんじゃないでしょうか」
「うん?」
ルーナ様が心配そうに見るのは……負けた方の騎士ね。
勝敗を決める手段は3つ。
気を失う等の誰が見ても分かる形。
本人が降参を認めた場合。
それから審判となる者の判定ね。
3つ目は、1つ目と2つ目を見極めて下す事になるけれど。
で、勝っても負けても決闘なのだから怪我を負う人も多く出てくる。
たしかにルーナ様の天与があった方が良いかもだけれど。
「……その辺りはどうなのかしら? ルーナ様の天与を広く知らしめる効果もあると思うけど」
私はルーナ様の従者や、ルーディナ様の傍に控える神殿関係者に目を向けて尋ねた。
「こういった大会は初めてではありません。騎士達も心得ています。もちろん、酷い怪我を負った者が居ればお願い申し上げたいですが……」
「はい。すぐに動けるよう意識していますね」
ルーナ様が居るなら安心ね。
私は決闘場に視線を向け直した。
「……うげ」
「……お嬢様。令嬢……子爵にあるまじき声を出されてますよ」
「うーん。ちょっとねー」
セシリアが私の傍に控えて私の態度を窘める。でも仕方ないのよ。
「……マリウス侯爵令息、リカルド様ですか。参加されていたのですね。彼は……騎士なのですか?」
「さぁ……」
婚約者だったレヴァンの実力も知らなかったし。
そもそもエルトの事もよく知らなかったし。
私、騎士関係のこと知らないのよね。
社交不足だったものねー……。
「この大会に参加なさったという事は、つまり……」
「……ルーディナ様狙いでしょ」
公爵令嬢だし。前々からルーナ様に惚れていたとかじゃない限り、王太子の婚約者に求愛するよりは、婚約者のいない公爵令嬢に求愛するのが普通よ、普通。
「……リカルド・マリウス・リュミエットについては警戒するよう、ベルグシュタット卿より仰せつかっています」
「エルトが?」
「お嬢様に明らかに異性を見る目を向けていたとか。……この大会に参加した以上、お嬢様への求愛が目当てでは?」
「やめてよ、気持ち悪いわ」
妹だった女にそういう目を向けるの、ホントどうかと思うわ!
「……リンディス様とも話しましたが、お嬢様が妹ではないと最初からご存じだった筈です。……最初からとは申しませんが、成長なさったお嬢様に対して恋慕の情を抱いたのでしょうね」
うぇー……。
ホント、婚約破棄された後、マリウス家に寄らなくて良かったわ。
「さっさと負けないかしら」
「お嬢様」
セシリアに窘められる。
とりあえず目の前に来たらぶん殴る準備だけはしておきましょう。
そしてエルトの番が回ってきた。
声援を送ってもいいかしら? はしたないかしら?
場所がちょっと遠いわね。
「お兄様……」
ルーディナ様がつぶやく。ああ、青いのも出てるのね。
鬱陶しい事に手前で試合しているわ。
と、少し目を離した隙にエルトが相手を打ち倒していた。
「早いわねっ! 一瞬で終わったわ??」
「……ベルグシュタット卿ですからねぇ」
もうエルトから目を離さないでおきましょう。
初戦を見落とすなんて失態だわ。
「殿下……」
レヴァンも出てきたみたいねー。
意外と一戦が長引かないのね?
トーナメントの組み合わせは、どうやって決めたのかしら?
騎士達の事前の実力とか?
初戦でエルトに当たった騎士は普通に可哀想じゃないかしら?
それからもエルトは危なげなく勝ちあがっていったわ。
「フフン!」
エルトの代わりに私が胸を張ったわ!
「……お嬢様が嬉しそうで何よりです」
ふふふ。鼻が高いわね! というか、この決闘大会、エルトの為にあるようなモノじゃないかしら!
騎士達の実力の差をそこまで把握してないけど、やっぱり抜きんでているように感じるわ。
もちろん婚約者目線の贔屓目よ! フフン!
エルトが出てない時は他の騎士達の決闘も見る。
王国の騎士は中々、練度が高いわね。
第三騎士団の練度も高かったけれど、第一騎士団や第二騎士団からも参加しているのかしら。
意外であり最悪だったのは、リカルドも勝ち残っていたこと。
なんで勝つのかしらねー……。
「……私が知る限り、アレに今、婚約者が居なかったんだけど……」
「……ルフィス公爵家が長く沈黙していた上での筆頭侯爵家マリウス侯爵家の嫡男であられましたのにね……。それも以前は、今もですか。妹君が王太子殿下の婚約者、或いは側妃候補です。繋がりたい家門など多く、引く手あまたかと思いますが」
なんで婚約者決めなかったの? おかしいわよね?
侯爵家よ? 筆頭侯爵家の嫡男よ?
青いのといい……嫌な予感しかしない。
身分的には……いえ、普通に考えたらルーディナ様に釣書を送るんじゃないかしら?
公爵令嬢と筆頭侯爵家嫡男の婚姻であれば納得の組み合わせでもある。
「……ルーディナ様のところへは、マリウス家から釣書など届いていないのかしら」
「貴方のお義兄様からですか?」
「兄じゃないわ……」
昔はお兄様と呼んでいたけど、今はもう無理よ。
「ふふ。ありませんよ。想い人でもいらっしゃるのではないかしら? それも長く想っている女性でも」
うぇえ……。
ますます嫌な予感がする。
エルトには、青いのと一緒にアレも倒して貰わないといけないわ!
「……まぁ、どう見てもリカルド小侯爵様はクリスティナ様を慕われていると思いますが。小侯爵様は以前から貴方が実妹ではないとご存じだったのでしょう?」
「…………そうだと思うわ」
私はレヴァン……王太子の婚約者だった。
だから守られていたのかもしれない。
これからレヴァンと親密な関係に戻る事はないけれど、感謝する事は多いかもしれないわ。
「ふふ……。ルーナ様。よろしいかしら?」
「はい? 何でしょうか、ルーディナ様」
「いえね。レヴァン殿下の今のお気持ちは分からないので……ルーナ様に失礼な事を言うつもりはないのですけれど。クリスティナ様が何とも……ふふふ」
「何かしら、ルーディナ様」
心底おかしそうに、楽しそうにルーディナ様は微笑んでいた。
そこに悪意は感じないわ。
「王太子であるレヴァン殿下。王国唯一の公爵家の息子であるユリアンお兄様。王国一の騎士と名高いエルト様。そして筆頭侯爵家であるマリウス家の嫡男リカルド様。……リュミエール王国における若い、錚々たる令息達が皆さんこぞってクリスティナ様の愛をお求めになられているのです。
なんとも……ふふ。
愛の女神の名に恥じない……慕われ方ですね、と。とてもおモテになるのねぇ」
それは不本意なんだけど!
「まぁ……。はい……。皆、クリスティナ様のこと好きですよね……」
「ルーナ様!?」
そっち側につくの!?
「私は詳しく聞いていないのですけれど。予言の聖女アマネ様は、そのような方々におモテになるのは……ルーナ様であるかのように語っていたと思いますわ」
「……はい。アマネ様が予言していた男性……今、挙げられた方じゃない人もクリスティナ様がお好きなようでした」
「ルーナ様……!?」
あれ、ジト目で見られているんだけど!
「ふふ。ふふふ……。予言の聖女様。当初は天与で暴れるからクリスティナ様を『傾国の悪女』と言っていたと思いますのに。蓋を開けてみれば……ふふふ。
高貴な令息達からの愛を一身に集めてしまうからこその『傾国』……ふふふ。
とても女神の巫女らしい。愛の女神ですもの、それぐらいねぇ」
陛下と同じような事を言われたわ!
「不本意なのだけれど! 私は表舞台に立ってからエルトの婚約者としてしか振る舞ってないわ!」
「……私から言わせて貰いますと、それぐらいは言われても良いのでは……と」
「ルーナ様!?」
あれー……! ルーナ様は味方だと思ってるのだけど!?
「聞いていた話からの落差を感じますと、どこかこうモヤっとした気持ちになりますので……ふふ」
黒いわ? ダークなルーナ様よ!?
「今の私が言えた話ではないかもしれませんが、爵位を持たれていない方にまで見向きもされないとは思わなかったもので。ふふ」
「……カイルお兄様の事ですか?」
「ああ、あの方の妹でしたね、セシリアさんは。……はい。いえ、下心だけで近付いたのではなくですね。『あ、アマネ様が言ってた人だー』といったように思い、言葉を交わした事がありまして。はい」
そういえばベルグの別邸で接触する機会はあったのよね。
あの時はルーナ様がレヴァンの婚約者になる前だったから。
「レヴァン殿下も、ベルグシュタット卿も、男爵令嬢でしかない私にとっては近付くのも恐れ多い方ですので。であれば予言された『運命』と聞いた時……はい。私としては先に出会いたかったのは……」
貴族というワケではないカイルだった?
ルーナ様ったら、爵位……身分の差の事を気にしていらっしゃったのね。
でもルーナ様がカイルと親密になるのってアマネの予言に則って言えば私が暗殺されるのが前提じゃない?
「運命なんて……ないんですよ、ふふふ」
まぁ! やさぐれルーナ様だわ?
もしかして、前にやさぐれてたのってカイルと話して脈なしだったから?
だとしたらビックリね!
「ルーナ様、今は殿下の婚約者じゃない」
「……クリスティナ様。レヴァン殿下は……もし、この決闘大会で勝ち上がったとして。……本当に私に求愛してくださるでしょうか? 先日までの態度では、どうしても、その」
やさぐれルーナ様の台詞に彼女の従者……たぶん王宮から来ている……達が困ってるわね!
特にルーナ様を見下したりしている様子はなくて、やさぐれているルーナ様を気遣ってフォローしてくれる感じよ。
ただの男爵令嬢じゃなくて救国の乙女で、女神の巫女だものね、ルーナ様も!
「この大会の前提と、前評判を聞くに……ふふ。勝者候補の皆さん、やっぱりクリスティナ様への求愛をお考えのようにしか思いませんわねぇ……ふふふ」
「ですよね。私もそう思いました」
おかしいわね、ルーナ様がルーディナ様側だわ!
いえ、別にお二人が仲良しなのは良いと思えるのだけれど!
やっぱり女神の巫女同士の何か……感覚的な好印象がある?
怪しいところはあるのに、私、ルーディナ様のこと嫌いになれないのよね!
ルーナ様もそうかしら?
「さて。どうなるでしょうね。クリスティナ様が選ばれるお相手は決まっているでしょうが……問題なのは、きっとベルグシュタット卿以外の殿方でしょうから」
まぁ、それはそう思うわ。
レヴァンもそうだし……。
「ルーディナ様はなんだか随分と他人事だわ」
「……まぁ、概ね他人事ですもの」
「婚約者が正式にいらっしゃらない公爵令嬢と、この大会のルールでしょう? 普通はルーディナ様への求愛をすると思うわ」
「……クリスティナ様にそう言われてもねぇ」
フリフリと首を振るルーディナ様。むむむ。
「トーナメント表と実力を見るに……お兄様とベルグシュタット卿、或いはレヴァン殿下が優勝争い。上位3名しか求愛の権利がない以上、私が望まれるなど期待できない人達ですわね。もちろん彼等を打ち倒せる程の騎士がここで、その腕を見せてくださるのなら嬉しいですが……。そのような方が、私に求愛されるとも思えませんもの」
ルーディナ様は公女なのに自信がないわね?
社交もあまりされてなかったでしょうから……機会がなかったのかしら。
……その点は人の事は言えないけれど。
「この場は騎士の腕と、それから……愛が大事な場。あまりこうは言いたくないですけれど。
少なくともルフィス公爵家とマリウス侯爵家で婚姻というのは、よろしくないと思いますわね」
「……政治的に、でしょうか?」
「ええ。二大家門が手を取り合うのです。それも女神の巫女まで間に入って。……いくらなんでも王家の牽制が効かなくなりそうな繋がりでしょう? 何より私、リカルド小侯爵様は好みではありませんので……」
ダメなんだ、ルーディナ様。
私からしたら気持ち悪いけど。
アレでも家門が家門だから婚約したい令嬢は多いと思うわ。
「……いっそ本当に、名もなき騎士がここで力を示して求愛してくだされば良いのですけれどね」
ルーディナ様はそうおっしゃるの。
公爵家から出たい……とかかしら?
なんだったらアルフィナで彼女を囲ってもいいんだけれど。
「まぁ、ふふ。運命として予言されたものが本当に何もない……そういう事を望んでもいますわ。『名前を付けられた人々』にしか価値がないなどという事がないように。
女神の巫女で、公爵令嬢……そんな私だからこそ……『名もなき者』と添い遂げたいと思いますわね」
「名もなき者、ですか?」
名前がない騎士なんていないと思うけれど。
「……お兄様の言葉で言えば……『もぶ』……とでも言うのかしらね。きっと運命の外にでも居るような、そんな殿方とこそ過ごしたいと思いますわ。そういう意味では……ええ。私はこの大会、他人事であって欲しいと思いますわね」
「もぶ……?」
何だったかしら。アマネが漏らしていた気がするわね。
でもどういう状態を差して言っていたっけ?
色々とアマネが意味する言葉と、こっちで考える言葉の意味って違うのよね。




