166 エルトの決闘②
それからしばらくは忙しい日が続いた。
大会の準備は……私の担当じゃないけど。
特対の方は、届く手紙の内容の精査をする日々。
状況が特殊な為、不安のある家門には定期的に手紙を送ってくるように促した。
求めたのは近況報告と貴族らしいやりとり。適度に時流に乗った話題。
と、同時に真に切羽詰まっているならすぐに向かうから、と。
少ない症例に合わせての対応。
憑依してくる人格は、およそ平民と貴族の中間のような育ちの者。
それから、もしとり憑かれた場合、体調不良を引き起こしたり、明らかな人格の歪みが発生したりする点。
悪戯に不安になる事はない。
ただし届け出のあった家門には不意打ちで訪問したりした。
目指しているのは貴族の人脈を繋ぐ事じゃない。
悪霊憑きを解決すること。なので有無を言わせない。
様々な思惑っていうのがあるからね。
時々、殴ったりしてるけど……今のところ憑依は起こってないわね。
レミーナ様は引き籠っているらしい。
私は極力、関わらないように過ごしている。
ただ、その後の経過とかは気にしているわ。
ルーナ様は私よりも敏感に憑依の気配を察知できるし、今は王宮に彼女の部屋があるからレミーナ様の様子を見て貰ってる。
「綺麗です……うーん、格好いい? ですよ、クリスティナ様」
「疑問形なの?」
大会に着ていく用の衣装が仕立て終わったので袖を通してみる。
ラーライラのような女騎士が着る仕立て。
帯剣と戦闘を意識しつつも、純粋な女騎士よりは実戦から遠いドレス寄りのスタイル。
動き易くさえあれば私としては問題ないからね。そこが普通の騎士とは違うところ。
スカートは短めだけれど、こう、翻っても余計な露出はしないよう工夫されている。
あらゆる意味で一点モノ。私の為だけに仕立てられた衣装。
マントに勲章を着け、それから髪飾りの代わりに水晶薔薇を髪に添える。
無色透明の薔薇の花弁をした固まった薔薇よ。
陛下に以前、献上したように長持ちする事を意識して咲かせた薔薇ね。
それから……私が生まれて初めて贈られた宝石。
エルトに貰ったルビーのネックレスを着けて、うん。完成ね。
鏡の前に立つ。うんうん。満足だわ。動き易さもばっちりね。
ちなみに靴はブーツが似合う衣装だと思うわ。
ドレスにハイヒールじゃないけれど、スカートを履いている。
アンバランスかしら? 機能性を追求した形じゃない。
あらゆる意味で中途半端とも言えるし、それでも私にとってはしっくりと来るスタイル。
騎士服とドレスの中間、女騎士に求められる華やかさと機能性を両立した衣装。
「ふふふ……」
ラーライラが姫騎士と名高く慕われているのも分かるわよね。
彼女は私よりも、もっと洗練されていて、こういった衣装の仕立てがすんなりと通ったのは、ベルグで姫騎士ラーライラが育ったから。
そういった道の先頭を歩くのは私じゃなくてラーライラなのよね。
別に引け目があるワケじゃあないんだけど。
けれど天与を授かったに過ぎない私より、積み重ねてきたラーライラの方が相応しいって思うわ。
じゃあ、衣装の最終調整をして貰って……あとは当日ね!
◇◆◇
決闘大会当日。私達3人の女神の巫女は、控えの部屋で顔合わせする事になった。
「クリスティナ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ルーディナ様」
しばらく顔を合わせる事のなかったルーディナ様と挨拶を交わす。
ルーディナ様の衣装は白を基調とした清楚なドレス。銀の装飾があしらわれていて、全体的に清らかな印象。
うん……これこそ『聖女』っていう感じね?
傍に控えているのも公爵家の侍女などではなく神官服を着た者達。
意識していたりするのかしら?
大神殿に勤勉に通い、祈りを捧げるルーディナ様は神殿から最も評価の高い巫女よ。
教義的に私やルーナ様にだって敬意を払ってくれるけど、そこは彼らも人間。
自分達に最も利益をもたらしてくれる彼女を手助けしたいってものよ。
私も悪戯に厚遇を求めたりしないわ。
ルーナ様の立場だと、やっぱり神殿にも通わなきゃというところなのでしょうけど。
そこは始まった王妃教育の兼ね合いで中々に時間が……っていう話ね。
ちなみに私はセシリアとフィリンを侍女として連れてきているわ。
「あら。ルーディナ様、その装飾は……?」
「お気付きになられましたか。陛下からご配慮いただいた物です。お2人と違い、功を上げたが故の勲章でない事が心苦しいのですが……」
ルーディナ様が羽織っている白い布には、綺麗な『蝶』の装飾が付けられている。
青色の蝶をイメージしたサファイアと銀の装飾。
「『シュレイジアの祝福』ってところかしら?」
「はい。陛下はそのようにおっしゃられましたね」
凱旋式で陛下から贈られた勲章。
私のソレは『イリスの祝福』で、ルーナ様の黄金の装飾は『メテリアの祝福』よ。
ルーナ様と私だけが女神をイメージした勲章を着けているのにルーディナ様だけ何もなしでは問題……ってところでしょうね。
なので陛下からルーディナ様には『シュレイジアの祝福』の名を冠する装飾が贈られた、と。
社交界では、もしかしたらもっと劇的なエピソードと一緒に語られているのかもしれないわ。
「ルーディナ様、クリスティナ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ルーナ様」
「ごきげんよう」
最後に入ってきたルーナ様。王宮騎士と王城で働く者の衣装を着た侍女を連れてきたわ。
「お2人共、お綺麗です!」
「あら、ありがとう。ルーナ様。ルーナ様も素敵よ」
ルーナ様はピンクの髪色に合わせた色合いのドレスね。
髪色よりも淡い色のピンクと白の組み合わせ。
黄金の勲章『メテリアの祝福』も着けていて、髪の毛はリボンでまとめている。
きっとティアラを着けていても似合うわね!
「ふふふ。ルーナ様、とてもお似合いだわ」
「あ、ありがとうございます。クリスティナ様は……今日は格好よくて素敵ですね」
「ありがとう。格好いいと言われるのが今日は一番嬉しいわ」
「…………」
「ルーディナ様、とても美しいです。とても清らかで……聖女様……、あ、そのアマネ様とは違うのですけれど、その。そういう言葉が相応しいと思います」
「ふふ。ありがとう。そう言われる事を意識して誂えて貰ったの。だから嬉しいわ」
ルーディナ様は和やかに返した。
「ただ、アマネ様とルーナ様は仲が良かったと記憶しているのだけれど。私を『聖女』と呼ぶ事にそんなに気を遣ってしまうの?」
「あ……、その。アマネ様とは……はい」
そう言えば、今はもう会う機会なんてないわよね。
ルーナ様周りの人間関係ってどうなってるのかしら?
ミリシャが王宮に来ている様子もない。
陛下が直々に正妃は無理だと判断されていたこと、本人には伝わっているのかしらね。
それからしばらく3人で話をしていると、私達は呼び出される。
会場の熱気というか、人の多さが伝わってくるわねー……。
「誰が前を歩こうかしら?」
「うん?」
「ルーナ様が次期王妃である事は周知の事実よ。私は公女ではあるけれど……神殿に寄った身。既に爵位を賜ったクリスティナ様が身分的には一番上だとも言えるし……何より貴方は王族と明かされているわ」
うーん……。
「三女神には序列なんてないけど……。その辺り、神殿の考えはあるのかしら? 現実の私達の身分で左右していい話じゃないと思うのだけれど」
私達の後ろに控えてくれている者の内、ルーディナ様に付く神官に声を掛けた。
「ええと……。同列に扱っていただくのが最も良いのですが……とはいえ」
三女神自体は同列。でも現実の私達には身分が付きまとう。
ここでも私のよく分からない状態の身分が問題をややこしくする。
「正式にレヴァン王太子殿下の婚約者であるルーナ様も準王族扱いで問題ない筈よね」
「……そうね」
「それにルーディナ様は公爵令嬢。この3人の並びで私が前や中央に立つのは、あまり無難とは思えないわ」
3人の並びで最後尾で構わないと私は譲る。
「えっと、では……」
「……正直、私も一番前を歩きたくないし、3人の並びで中央には座りたくないわね」
「そ、そうなのですか……?」
ルーナ様もルーディナ様に譲ろうとしたのでしょうけれど、先手を打たれたわね。
「これで殿下の婚約者が私だったなら譲らなかったでしょうけれど。今の私の立場や王国の現状を考えるなら……」
そこでルーディナ様がルーナ様に視線を送る。
アマネがその名前を持ったせいで微妙な感じだけど。
もしルーディナ様が『聖女』と呼ばれるような立ち位置を目指して大神殿で活動しているなら、ここで中央に立つのは良くないかもね。
時勢が彼女を後押しするなら話は別だけれど。
後見人が決まっていないはルーナ様は、王太子の婚約者にして男爵令嬢。
救国の乙女として市井の評判は問題ないとしても貴族間ではどうか。
……元侯爵令嬢である私からしても微妙な感じ?
でも私と違ってルーディナ様はレヴァンと関係あったワケではないし、その立場も望んでる素振りもない。
社交界では何かと言われそうであるものの、ルーディナ様が社交界に出始めたという話も聞かない。
元より病弱で知られていた彼女なのだし……。
「……姿を見せる時はルーディナ様を1番前にして、横並びの椅子に座る時はルーナ様が中央、が無難かしら?」
こういう段取り、先に決めておきなさいよって話なのだけれど。
ルーディナ様以外、私達も気にしてなかったのが悪いわね。
「ではそうしましょう」
「よ、よろしいのでしょうか……?」
「もちろんよ。ルーナ様」
というか、私とルーディナ様、負いたくない立ち位置をルーナ様に押し付けてるだけかもだし。
公女と爵位持ちの板挟みになる男爵令嬢……。
「ルーナ様、胸を張ってね! 女神の巫女のリーダーなんだから!」
「いつリーダーになりましたか!?」
ルーディナ様が神殿の象徴として聖女に。
ルーナ様は、民に好かれる救国の乙女として王妃に。
そして私は……フィオナと一緒に辺境を守る武家に?
あら。意外と収まりが良いんじゃない?
剣の女神イリスの巫女なのだし、私は戦いの場に出るわ。
会場に顔を出すと人々の注目が集まり、歓声まで起こる。
主役は騎士達なのだけれど……まぁ、私達も主役と言えるからかしら。
騎士達の決闘を見守る会場は、概ね円形で観客席が階段状になっている。
その中でも特別に仕立てられた空間に3つの豪華な椅子が並べてあり、私達3人はそこに座る形。
貴族席と市井の席が分かれているのだけれど、観客が多い為かあんまり貴族席に貴族の風格は感じなかったり。
国王陛下と王妃様も私達の近くに居て、少し上から見下ろす形。
……見ようによっては王が女神の上に座る形になってしまうけれど。
どちらかと言えば特設されたのは私達3人の席ね。
真下にあるのではなく、王族の観覧席からズラした場所に私達の席を用意する事で変な意思表示を受け取られないように配慮されている。
主役となるのは私達3人。現場の管理責任者? 的な立場に王家。
そんな雰囲気があるわ。
……レミーナ様は今日も顔を出さないみたい。大丈夫かしら?
「騎士達が入場されますよ」
まずは大会の参加者が全員、顔を出す。中々に多いわ。
優勝を決める為の決闘であり、トーナメント式で1対1で競い合っていく形式。
女神の巫女である私達に彼等の顔見せ。
進行役の伯爵が仕切り、レヴァンが騎士達の代表として前に立って大会参加の宣誓を行ったわ。
私はエルトの姿を見つけて、彼だけを見つめる。
開会式が終わる、少しの緩みのタイミングでエルトが私を見返してくれた。
「ふふふ」
私がニコリと微笑んで手を振ると、彼も微笑み返し、コクリと頷いてくれたわ。
巫女3人の横並びの席。
海軍本部大将! 青、赤、ピンク!
なんか攻撃を受けたら変なポーズでバリアを張る。(ルーナが)




