165 大会の為の衣装
決闘大会の開催が発表されてから、しばらくは準備に追われる日々が始まったわ。
大会の概要の周知。舞台となる場所は……元から王都にある決闘場を使う。
この辺りは他に選択肢はなくて、観客を収容できる場所がそこしかないわ。
邪教の存在が怖いとはいえ、そもそも連中の怪しい部分は政治的な活動ではなくて、呪術的な不可思議な活動。
こちらも対処がしかねる状況よ。
そもそも私が彼等の対策のトップという時点で後手に回るしか手がない。
既に捕まえた連中から尋問して得た話も、特対に流して貰えているけど……。
おおよそ天与を授かった人々に不満を持つ集団?
それに至る程の何かが私達の前の世代にあったのか……それとも教義として、そう教え伝えてきたのか。
短い時間での計画じゃないと思うのよね。
特対に集まった支援金は、前回の悪霊事件で取り憑かれた人々の経過観察に当てる事にした。
医学的な治療の他に、ルーナ様にお金を出す正式な形での依頼。
彼女も特対の名誉職員枠とはいえ、次期王妃であり、王妃教育の真っ最中でもあるので動いて貰うには相応の代価と手続きが居る。
「レミーナ様はその後、どうかしら?」
陛下はあえて何も触れなかったし、エルトの出る決闘と褒賞となる部分が私達という、身も蓋もない話がでてきている。
私とエルトを巻き込んだのは『もう諦めろ』という話でもあるのかしら?
レヴァンは今後の為にも試されている面があるわね。
エルトは副室長であり、私の護衛としても居てくれたけど、流石に決闘大会に向けての調整に入って貰ったわ。
私達の今後に関わるので全力を尽くして貰わないと。
代わりに護衛も兼ねてセシリアを特対の人員として雇い入れ、私の傍で手伝いをして貰う。
リンディスやカイルも候補だったんだけど、例の『ふらぐ』現象のせいで眩暈が起きて、よくないのよね。
「ルーナ様。レミーナ様はその後、どうされているかしら?」
「ご体調は良いようです。私も近くで過ごしましたが……あの嫌な空気は感じません」
「そう。……私に絡んできたのは、悪霊の影響だと思う?」
「それは……どうなのでしょう。ベルグシュタット卿に想いを抱いていたのは、彼女自身の気持ちのようですし……」
「今は?」
「体調は良いのですが気分は良くないようですね……」
「あの日のパーティーはルフィス公子から誘われたのかしら? 私の目から見れば誰よりもレミーナ様があの男に利用されたように見えたのだけれど」
個人的な恨みつらみが私に向けてあった方が悪霊の憑きがいい?
憑依者達の反応を考えると『クリスティナは悪役だ』と決めつける個人、女性? が利用し易いのかしらね……。
あちらの世界から、そういうタイプの人間を選べるという事かしら?
アマネがこちらに来たのは、もっとも邪教に都合がいい考え方をするから?
……中々にありえそうねぇ。
あいつ、私が『悪役』だからという理由で何を言ってもいいんだと思ってた節があるし。
「それは……さすがに聞けません。ただ私もそういう疑いはあります」
「そうよね……」
エルトと私への当てつけもあったのよね、きっと。
王女であるレミーナ様にとって他国の王子を引っ張ってくる以外は、公爵令息は最上級の相手になる。
プライドが高そうな態度を考えると、そういう計算もあったと思う。
実際、身分的には釣り合うでしょうし。
それを……おそらく利用するつもりが逆に利用されて……。
レミーナ様の立場からそこまで疑うかは微妙だけれど。
「……今後の鍵になりそうだけれど。今はそっとしておいた方がいいわよね」
「はい。刺激されない方が良いかと」
「わかったわ」
今は目の前の事に集中するしかないわね。
「ルーナ様、決闘大会でお披露目する衣装とかは決まった?」
「あ、はい。その……レヴァン殿下がその為の予算でご用意していただけると」
「そうなの。……ええと。確認だけど、王太子殿下の正式な婚約者は今もルーナ様のままで、一時的に解消とかはされてないのよね? 大会があんな概要なのだけれど」
「は、はい。まだ殿下の婚約者をさせていただいてます」
「衣装代も婚約者の為の予算から出る?」
「そうみたいですね」
ふーん。
「私達3人、統一した衣装をしなくて良いのかしら?」
こう、3人並べてお披露目するのがある種の目的なのよね?
「そういう話は聞きませんね……?」
「まぁ、私も聞いていないわね」
自由に用意していいんでしょうけれど。
3人で折り合いとかつけなくていいのかしら?
「私とクリスティナ様はともかく、ルーディナ様ともお揃いの衣装となると……色合わせの問題があるのでは?」
「そうねー……」
私が深紅の赤髪と赤い瞳。
ルーナ様は淡いピンク色の髪と瞳。
そしてルーディナ様は青色の髪と瞳。
私とルーディナ様の色が大分離れた色になっている。
3人で統一したデザインにするとなると……やっぱり白かしら?
「気にしなくて良さそうなら……まぁ、いいかしら」
「クリスティナ様はどのような衣装のご予定ですか?」
「私は……凱旋式でしたような恰好になると思うわ」
マントとドレス……スカートを合わせた服装ね。
令嬢に寄せるというよりは、将軍風?
ある程度は動き易い格好がいいから、特注のデザインになるかも。
例のパーティーでスカートを破いてしまった。
アレを仕立て直して……、スカートを短くしたものや、太ももを動かしても良いように開いて……、咄嗟に戦闘行動ができるような?
アルフィナで着ていたような冒険者風のデザインと機能性を流用したいわ。
「薔薇をデザインにあしらうつもりよ。浄化薔薇や水晶薔薇よりも普通の赤い薔薇がいいかしら?」
髪飾りにも薔薇を使った方がいいわね。そちらは水晶薔薇を使おうかしら。
「……クリスティナ様は天与をオシャレに使えて良いですね」
「そう?」
植物だし、活用幅も広いから色々と出来るのが強みよね。
「ルーナ様の『聖守護』だって多くの場面で重用されると思うわ」
「……はい。ですが、そうですね。メテリア神様をイメージするデザインの方が良いんでしょうか?」
「うーん。やっぱりそういうのが期待されているんじゃない? 私達3人は。ルーディナ様も蝶をあしらったデザインを用意してくると思うわ」
「薔薇と蝶は分かりますけれど……私って何ですかね?」
メテリア神は『光』がイメージシンボルなのよね。
「………………黄金のドレスとか。キラッキラで宝石を沢山つけて」
「いやですっ! 絶対に浮くじゃないですか!」
まぁ、そうよねー。
「センスゼロ。これはベルグシュタット卿に期待しないといけませんね」
「ひどいわよ、セシリア!?」
近くに置いたら、すぐ毒舌を吐いてくるんだから、セシリアは!
「フィリア達にも仕立て直しをして貰ってるところなんだから!」
「あれ。ベルグシュタット家に衣装を仕立てて貰うんですよね?」
「それは……ある程度ね」
私、ベルグへは大所帯での居候なのは変わってないからね!
エルトの婚約者という立場でリンディス達ごと別宅に住ませて貰ってるのよ。
特対のお金が入ったとしても、私が抱える人員への給料に消えるわ。
領地収入のない貧乏領主なのよ、アルフィナ子爵は。
あらゆる支援をして貰ってる後ろめたさとかあるわよねぇ、やっぱり。
「男性からしたらドレスはプレゼントしたいのでは……? 特にベルグシュタット卿はお付き合いされる前からも色々と贈られていたようですし」
「エルトはそうかもしれないけど。だからって、ひたすら経済的な負担を掛ける女になりたくないわ」
特にエルトは女主人の役割を私に期待しているワケじゃないみたいだし。
となると一方的に多くを贈って貰うばかりの関係もどうかと思うのよ。
実際どうなるのかしらね?
ラーライラが婿を連れてくれば、彼がアルフィナ子爵である私に婿入り?
西の竜帝を倒せば王家から報奨金が貰えるかしら?
王都や他での活動を通して支援金と物資を揃えてアルフィナの復興事業を始めたいわよね。
フィオナが言うにはアルフィナは元から魔獣の発生が多くある場所だった。
となると今冬を越して春先にはまたアルフィナの様子を見に行かないと。
それがきっとエーヴェル辺境領への援軍が向かうタイミングと同じになるでしょう。
◇◆◇
「新しく仕立てて良いと思うが……もちろん、俺から贈らせて貰う」
邸宅に帰り、エルトに私が着る衣装の事を相談するとそんな風に返されたわ。
私の衣装代くらいで傾く家門じゃない、というのは分かるんだけど。
「……アルフィナで過ごした経験があるから……どれも勿体ないのよねぇ」
「ふむ……?」
限られた物資、資金だったからね。
武器だってヨナが魔術で溶かした農具を槍に仕立て直して使ってたのよ?
そもそも私は贅沢慣れしていない。
マリウス家では例の如くだったし。
アルフィナでは自分達でお金を稼いで装備品や生活品を調えていた。
凱旋式やパーティーの為に用意して貰ったマントやドレスを使えば私の望みの形の衣装が出来上がるのよ。
あと薔薇は私が出せるし。
髪飾りから衣装の装飾まで薔薇の天与で御用達よ。
「あの時は緊急時だったから仕方ないが、あまり他人にクリスティナの脚を見られたくないと思っているんだが……」
動き易いからってパーティードレスを太ももまでビリっと破いたからね!
「こう内側に軽い素材のレースを多重にして脚を見られないようにして……、スカートは短めだけれど動き易さを重視して……。女騎士の範疇だけれど、ドレス風でもあるような……。帯剣もするつもり。装飾は基本的に薔薇で、宝石とかは要らないわ。水晶薔薇は装飾に使っていいかも」
「薔薇と剣をイメージした衣装、か。たしかにただの令嬢が着るドレスよりも、よりイリス神らしいイメージになるかもしれない。クリスティナにも合っているだろうな……」
「うんうん」
目指すのは、そのまま戦闘に出たり、騎士達と共に行動できそうな衣装よ。
高級である必要はないわ。
「ライリーの衣装に近いものがあるな。ベルグシュタットなら相応のものが用意できる。以前のドレスなどを流用するにしても仕立て直しは相談してくれた方が嬉しい」
「そう? それなら……分かったわ」
エルトの妹、ラーライラは『姫騎士』と言われているわ。
騎士としての実力もあるけれど、同時に女らしさも持っているの。
戦闘用のスカートスタイルも確立していて……、もちろん時と場合なのかもしれないけれど。
女性らしい華やかさと、騎士としての強さの両立。
それは……男性騎士とはまた違った強さだわ。
市井ではハンターギルドに女の戦士も居たりする。
実はそういう女性陣からもラーライラは憧れの対象なんだとか。
リュミエール王国における戦う女の憧れね!
エルトから貰ったけれど、元はラーライラの物だった魔法銀の剣も、そう考えるととっても貴重なものよね。
「クリスティナは……」
「なぁに?」
「決闘大会に出ないのか?」
エルトが凄く期待した目を向けているわ!?
あれかしら。決闘大会の決勝で私とエルトが戦うの?
楽しそうだけどね!
「……私が出たら色々とおかしくない?」
大会の趣旨とか、そういうの的に。
「……そうか」
残念そうだわ! 別に私はいつでもエルトに付き合うのだけど。
公の大会となるとやっぱり違うわよね。
「私の力は騎士達とは違うわ。魔獣や人同士の戦争であれば引け目なんて感じずに力を振るうけれど。……今回のは常日頃から自らを鍛え上げてきた騎士達の誇りと名誉を賭けた戦い。鍛錬の成果を人々に称賛される為の場所よ。
天から与えられた力を振るう私の出る幕じゃあないと思うわ」
「……そうか」
「ションボリしないの!」
私はエルトの両頬をペシっと叩いて気合を入れてあげたわ!
「あと、エルトも油断しちゃダメなんだからね! ちゃんと勝つこと!」
「……分かっている」
エルトが頬に添えた私の手に、愛おしそうに手を重ねてきた。
「まぁ、エルトが負けたら負けたで、私に要らない求婚してくる奴なんて全員ぶっ飛ばしてやるけどね! フフン!」
陛下が勝手に決めたルールなんてぶち壊してあげるわよ!




