164 国王とのお話
「陛下へ。ルーディナ公女の婚約者をお決めになる為の大会について。私と、私の婚約者であるエルト・ベルグシュタット小伯爵も喜んで観戦させていただきますわ、とお伝えくださいます?」
私は、特対のルートを使って陛下に声を上げたわ。
「は、はい……」
怒ってるわよ、という事を態度で示しておかないと。
女神の巫女、つまり私、ルーナ様、ルーディナ様の3人への求婚の権利を賭けた決闘大会の開催。
ふざけた話だと私の立場からは言わせて貰うわ。
嵐の災害から魔獣災害が長く続いたリュミエール王国。
先のサラマンダー事件は『まだ災害は続くんじゃないか』という民の不安をかき立てている。
とはいえ、私とエルトが事件をすぐさま解決した事から、金の獅子の英雄、剣のイリス神の巫女の活躍により、魔獣おそるるに足らず……という話が広まった。
たぶん王家が意図的に広めたんだと思う。
神殿も協力しているかしら?
三女神は王国を見捨てていない。
この苦難を乗り越える為に天与を宿す者達が現れたのだ、ってやつね。
そして悪魔憑き、悪霊事件が多くの貴族令息・令嬢の集う場で起こった。
というより認識された。
今まで私の報告からしか、邪悪な者達の存在を知らなかった彼等は、たしかにそのような存在が居るのだと認める事になったわ。
それは特対に対しての貴族達の支援の申し出からも分かる。
多くの人の前で悪霊を祓って見せたからね。
しかもレミーナ王女の凶行も目撃した。
悪霊によって肉体を支配される恐怖というものを彼等は知ったのよ。
それから守ったルーナ様の『聖守護』や、打ち払った私の光の拳と黄金の薔薇。
……彼等の間での三女神信仰は、強まったでしょうね。
で、このタイミングでの三女神の巫女への求婚を賭けた決闘よ。
求婚するだけなら勝手にすればいい話。
それを王家と神殿が後押しするという。
さらに今ある婚約関係が崩れた場合は、王家が補填するとまで。
わざわざこのような形にしてしまっては通常は断るに断れない婚約となってしまう。
王家が締結した婚約に限りなく近い形になるからね。
「あ、アルフィナ女子爵様。陛下が子爵を呼ぶようにと仰せです……」
「あら? 会って話してくださるの?」
「はい」
「そう。どこを壊してやろうかと思ってたところだったのに」
「こ、壊す……?」
「たとえ王とて、理不尽を働くなら……女神の巫女という立場では、怒りを示さざるをえないでしょう? 普段は敬意を払い、行動するけれどね?」
王族、かつ、女神の巫女、かつ、剣を持つ女神イリスの巫女よ。
『怒り』を体現するのは私の役割だわ。
陛下が、救いようのない暴君であれば、他でもない私が彼を殺す必要があるでしょう。
……今回の件は、まだ人の命が関わっていないから抑えるけれど。
「エルト。一緒に行く?」
「……陛下はキミだけを招いたのでは?」
相変わらず、王宮からの補助人員以外は私とエルトだけの特対。
ベルグの邸宅は伯爵夫妻が管理し、伯爵領へはラーライラが向かった。
騎士団の管理責任から今、外れているエルトは私の騎士かつ副室長として動いているわ。
「は、はい。子爵様だけをと」
「……そう」
エルトも当事者だと思うのだけど?
そもそもエルトと青いのの決闘を、って話からの派生でしょ、この話。
◇◆◇
「陛下。この度は、ルーディナ様の為の決闘大会の開催。私とエルトも楽しみにさせていただきます」
「……いや、だな」
「はい。公爵令嬢ですものね、ルーディナ様は。私達も決闘大会を観客席から観戦させていただきたく思っておりますわ」
「……クリスティナ。そうではない」
「そうでない事は何一つありませんが、どうされましたか?」
ニコニコと女子爵スマイルをしながらも怒るという技を披露してみせるわ。
「……はぁ。クリスティナ。決闘大会は、表立ってこうだ」
陛下が大会の企画書? を見せてくるわ。
・大会の上位3名には三女神の巫女、天与を授かった3名の女性の内1人に求婚する権利を与える。
・その求婚によって締結した婚約関係は、王家が定めた婚約とし、当人以外に覆す権利を持たない。
・大神殿も祝福する。
・この求婚、婚約によって、別の婚約関係に問題が生じた場合、王家が補填する。
・三女神の巫女とは以下の3名。
・ルーディナ・ルフィス・シュレイジア・リュミエット公爵令嬢。
・クリスティナ・イリス・アルフィナ・リュミエット女子爵。
・ルーナ・ラトビア・メテリア・リュミエット男爵令嬢。
……この紙、燃やしてやろうかしら。
「陛下。申し訳ございません」
「……む?」
「まさか陛下のお耳に入っていなかったとは。実はわたくし、ベルグシュタット伯爵家の令息、エルト・ベルグシュタット小伯爵様と婚約している身ですの。ですので、こういった事をされても困ってしまいますわ。ええ、陛下がご存じなかったとは思いも寄らず」
「……嫌味を言うな、クリスティナ」
「嫌味だなどと! まさか、そんな事。ただ婚約者が居る者に対して公表する話ではありませんわね、こちら。……陛下、わたくし、以前、申し上げなかったでしょうか?
王家が我が愛を引き裂こうとするならば、大神殿にて毒杯を賜り、真実の愛を貫くと。
まさか、わたくしの覚悟、みくびられておいでなのでしょうか?」
『彼女』の力を借りずに『毒薔薇』を咲かせられそうな気分だわ!
王宮に魔獣を呼び込む大地の傷を開くわよ!
「……クリスティナは、ベルグシュタット卿の実力を信じていないと?」
「はい?」
「決闘大会には当然、金の獅子にも参加して貰う。この大会で彼の実力を皆に伝え、さらに彼に匹敵する猛者が居るのを知らしめる事こそが目的だ。
今現在、クリスティナとベルグシュタット卿には窮屈な生活を強いているだろう?
我が王国を……、我が娘すらも蝕む闇を祓えるのが、今は君しかいない故だ。
既に耳に入ったらしいが、西の辺境ではドラゴンの襲撃を警戒している。
それも対抗しうるのがクリスティナだけなのだ。
強力な魔獣が前触れもなく王都に近しい集落に現れるという、人知の及ばぬ事態も起きている。
そのような状況でも民が王国に希望を抱けているのは、ひとえに君達のお陰だ。
女神の天与をつ者達、救国の乙女ルーナ、そして英雄ベルグシュタット卿。
……クリスティナの活動は多く知られる事はなかったが、最近ではその評判は向上している」
……向上しているかしらね?
ごくごく最近の悪霊事件でようやく、ってところじゃないの。
そこまでむしろ悪評が勝ってた気がするわよ。
「ベルグシュタット卿が参加する以上、優勝……ないし、上位3名に入る事は確実な話である。私も彼の実力をそう評価している。であれば、彼の得る求婚の権利の対象に、クリスティナを入れずしてどうするのだ」
む……。
そこで私は押し黙ったわ。
騎士達が個人で決闘し合えば、エルトは間違いなく勝つ。
それが上位3名なんてゆるやかな条件なら、より確実によ。
エルトが求婚の権利を手にする以上は私に……、むむむ。
「それは……、そうかもしれませんけれど」
「納得はしたか?」
「………………ですが、ルーナ様は? 彼女は先日、レヴァン殿下との婚約が発表されたばかりです。おそれながらレヴァン殿下はそこまで武勇を響かせた事がおありでしょうか?」
「たしかに金獅子卿に比べれば劣るだろうが、あれでレヴァンも実力があるのだ。これは親の贔屓目ではなく、客観的にそうだと言っておこう」
「そうなのですか? ……存じ上げませんでした」
仮にも元婚約者なのに知らなかったわ。
そもそもレヴァンの友人であるエルトの事や、エルトとレミーナ様の噂すら耳にした事ないのよ、私。
なんでそんなに情報に疎いかって……。それはきっと友達が少なかったからね!
社交界では壁の花に徹し、そもそも、ほぼ不参加。
マリウス家の支援がないに等しかったし、行ったら行ったでミリシャが広める悪評の的。
うっとうしいから大人しく、誰とも関わらないようにしていたのが私の処世術。
そんなので王妃としてやっていけたかと言えば、知らないわ。
今では、どこかで破綻していた気しかしない。
天与を持った者の血を王家に入れたかったのが理由の政略だったし。
マリウス家は王家には支援を入れたでしょうけど、私個人には何もしなかったでしょうね。
「レヴァンもそれなりに強いと」
「うむ。アレの努力次第で……まぁ、上位3名には入れるかといった所だろう。王国の騎士達も弱くなどないからな」
「上位3名に入れば、改めてエルトは私に、王太子殿下は……」
チラリとレヴァンの最近の言動が頭の中にチラつく。
「……大丈夫ですか?」
バカな決断しないわよね?
「……レヴァンの器次第だろうな。その求婚は公の場で行われる事になる。皆の前で……、クリスティナ、君が選択肢に入る中で、なおラトビア嬢を選ぶなら……これまでの息子の評価も改善する事だろう。誰への愛を貫くかとな」
「はぁ……」
いいけど、それ、なにか私がフラれたみたいでイヤだわ?
「ベルグシュタット卿が勝てば、彼は間違いなくクリスティナに求婚する。その確信はあるのだろう? 恥をかく事にはなるまい」
まぁ、そうね。
これで3人並べられてレヴァンだけが求婚する……って話になったら、私とルーディナ様は……だったけど。
「…………、実力の評判を聞くに上位3名に、ユリアン公子が入りかねないと思うのですが」
「うむ……」
「そうしますと、エルトが私に、殿下がルーナ様にと求婚するとして……、その」
青いのは、少なくともルーディナ様に求婚する事はないのよ?
「……公爵令嬢を貶める結果が予測できませんか、この大会」
それはよろしくないでしょう。私だって望まないわよ。
「うむ。もう一つ懸念点があるな」
「それは?」
「……上位3名、ベルグシュタット卿、レヴァン、ユリアン公子……の3人が全員、クリスティナに求婚する事だ」
…………迷惑!
「私達、3人にとってのメリットがありませんが」
「ラトビア嬢……ルーナにとってはそうでもないのだ。レヴァンが実力を示し、そして選択を誤らなければな」
未練があると噂されている元婚約者でもなく、公爵令嬢であるルーディナ様でもなく、公の場でレヴァンがルーナ様に改めて求婚する事。
……まぁ、たしかにルーナ様をメインに考えると、だけれど。
「私はレヴァンにあえて口を挟まないようにしている。王妃にもそうさせているよ。
ルーナは民の支持は厚いが、後ろ盾の弱い王妃になる。せめて次期王の寵愛が向けられているのだと知らしめねば彼女の立場がないだろう」
それはそうだわ。
ルーナ様は自ら築かれた実績があるけれど……後ろ盾の弱さはどうしようもないもの。
「彼女の後見人の選定はどうなっているのでしょう? 伯爵家以上の家門から募っているかと思うのですが……」
と、踏み込み過ぎたかしら?
私が知ってもどうにかなる話じゃないし。
でも陛下は気にされていないみたいだわ。
「……本当に欲を言えばマリウス家が後見人になってくれるか、或いはルフィス公爵家が後見人になってくれれば良いのだがな」
いやいやいや。
「……陛下、それは流石に。味方につけたい2つの家門を敵に回すでしょう。……マリウス家は、私をどうこうしたところで怒りはしないでしょうが、ミリシャとなると話が別です。彼女はブルーム侯の実の娘なのですから」
ていうか現時点でご立腹じゃないの?
王家とマリウス家には、かなりの溝が深まっていそうだわ。
「分かっている。分かっているのだ。……昔は単純で良かったものだよ。
クリスティナは天与を授かり、マリウス家の令嬢だった。
もはや他に選択肢がない婚約相手だった。
教育が進まなかったならばともかく、教育課程は問題なく進んでいたし。
見目だけでも十分に多くの者を黙らせる事ができた。
生来の気性が発揮できれば、誰にも負けぬ王妃になれただろうし……。
血筋が判明しても、それはより良い話にしかならなかったろう。
なにせアーサーと侯爵令嬢の娘だったのだから」
褒められてるの、私?
それとも都合が良かったと言ってるのかしら。
「どうしてこう複雑になったのだろうなぁ……」
なんか陛下が遠い目をしているわ!?
「陛下。お気をたしかに」
「……はぁ」
文句を言いに来たのに、いつの間にか陛下の愚痴を聞くお茶会になっているわね!?
そういうのは王妃様や大臣達にして!
「今更ですけど、なぜ殿下の婚約者をルーナ様に? あれほど後ろ盾に拘っていたのであれば、ルフィス公爵家もマリウス家に負けてはいなかったでしょう。公爵令嬢との婚約ならば納得の決断だったように思うのですが……」
「無論、そうは考えたよ。だが彼女は長年、健康ではなかったと聞く。当人も表舞台に出て、天与を明らかにした後は……社交界に出るのではなく、大神殿に通う日々だ。それとなく話を向けてもみたのだが、」
うんうん。
「その気はないように感じた。どうしても公爵家と縁を繋ぎたかったのなら話を進めたところだがな。何より体調面で王妃とするには厳しいだろう」
「体調ですか。それに今まで公爵家は沈黙を貫いてこられましたからね。その為、貴族の筆頭はマリウス侯爵家になっていたのですから」
その沈黙の期間が怪しいのよね。
「そうだな。……天与を宿した令嬢、それも三女神の天与を、となれば3人の誰かは確実に王家に招かねばならない。ルーナには悪いが、彼女以外に選択はなかったのだ」
陛下の判断で決められた婚約ね。
……レヴァンがアレだし。ルーナ様、平気かしら……。
ルーナ様の方も『まずお付き合いから』みたいな空気は感じるのだけど。
「……陛下。あえて踏み込みますけれど。マリウス家とは上手く話を付けられているのですか? 先日のパーティーでは、レヴァンの隣にはルーナ様が立ちました。実質は私と侯爵家は敵とも言える間柄でしたが……、姉として育てた者と、実の娘である妹の2人が王家に蔑ろにされた形になります」
マリウス家は領地の強みがあるわ。よほど愚かな領地経営をしない限り、それだけで裕福な土地。
「……災害続く王国において、女神の巫女を無視するワケにはいかないのだ、クリスティナ。
貴族達がどう思い、どう感じるにせよ、民が救いを求める心を無下にできぬ。
……クリスティナがマリウス家に戻ったならばまだしも。
豊かな土地を持つから強力な後ろ盾だというだけでマリウス家を選べる状況ではもうなくなった。
王国のどこからでも魔獣が湧き出る……という恐ろしい現象。民は女神に祈るより他ないのだ。私は……それを、あのサラマンダー事件で今更に理解した」
え、そこでなの?
うーん……。陛下目線だと今までは書類上の戦いだったのかしら……。
私が正式に領地経営する時は、ちゃんと領地を見ないとダメね。
「……ルーナ様とミリシャ、どちらかを正妃に、どちらかを側妃に?」
「そのように進めている。しかし、ミリシャ侯爵令嬢は、たしかに高位貴族であるのだが……」
「はい」
「彼女も長く王妃教育を受けたワケではない。王妃教育の始まりはルーナ男爵令嬢とほぼ変わりない。高位貴族としての教養、礼節、人脈、そういった相応しき下地があればミリシャ侯爵令嬢を正妃に据えたであろう。しかし……あの子は足りぬ。至らぬ」
「…………まぁ」
ええと。つまりミリシャがちょっとアレ? ということ。
王妃教育を受けたレベルにそこまで差がないなら個人としては、ルーナ様は負けない?
何してるの、あの子。自分のせいで手放しているじゃないの。
「……私が死刑になった時はレヴァン殿下の隣にミリシャが座っていたんですけどねぇ」
「…………それは予言か?」
「いえ、可能性の夢です。流石に起こりえない時間というか、経過ですから。
陛下、あまり私やアマネの予言は真に受けない方が良いです。
私の方は明白に歪んだ形の時がありますし。
アマネに至っては、もはやリュミエール王国に住む人間を使って書き綴っただけの夢物語にすぎません」
どちらかというと、この予言の天与。
『こういう物語』を、私達の世界に押し付けていますよ、という警告みたいなものよね。
「予言ではないみたいです。私の天与も、アマネの言葉も。邪教や、邪神、憑依者、転生者が思い描く『押し付けられた物語』はこうだと教えてくれる天与です。私は、その物語を、運命をぶち壊すのみ。
王国に嵐の災害が起きた事も。たくさんの魔獣の災害が起きた事も。
……或いは、西の国に竜帝が現れたのも。
そうあれ、と邪悪な者達が願った物語に過ぎません。壊す以外に選択肢のない運命でしょう。
王国にあるべき姿を取り戻す必要がありますね」
私に悪役令嬢であれ、と。
ルーナ様にヒロインであれ、と。
エルト達にヒーローであれ、と。
そう押し付けてくる『外圧』。
王国のすべてが物語であろうと、私は……作者の思う通りにも、読者の思う通りにもなる事はない。
んー……。
「…………悪役令嬢」
「む? どうした、クリスティナ」
「いえ、少し」
今のミリシャは。
長年好きだったレヴァンとの婚約がほぼ決まっていたところで、ルーナ様が台頭した事により、その立場を追われた状態。
ダンスパーティーでは、レヴァンに贈られたであろうドレスを纏い、レヴァンにエスコートされ、ファーストダンスを踊った。
そして陛下はルーナ様をレヴァンの正妃に据えるつもりで。
ミリシャは側妃にと。
そうして、この決闘大会でレヴァンがダメ押しの公開プロポーズを行うとしたら。
ミリシャの面子はもうボロボロにされている。
あの子はこれから……。
「……陛下。マリウス家との仲は……、もう致命的なのでは……?」
「…………うむ」
「被害を訴えるワケではないですけど、はっきり言えば私はマリウス家に嫌われています。今の陛下はそんな私を優遇されていますので……、なんと言いますか、余計に? すべてマリウス家にとって不快なご決断をされ続けているように思います」
「………………はぁあああ……」
あ、分かってるのね! すごく重い溜息だわ!
たぶん、アマネの予言からこっち、状況がどんどん変わっていって、結果として王家からマリウス家の扱いがすこぶる最悪になってしまった……のね?
「クリスティナ。マリウス家に戻る気はないか」
「戻ってどうなりますか。私があの家に戻っても、一家どころか使用人もろとも荒らしますよ」
流石に今の私は虐殺までは企てないけどね!
「ミリシャを正妃に据えると決めれば関係は改善されると思いますが」
「……それが出来る令嬢であれば私もそうしていたよ。だが……ダメだろうな。あの子は……クリスティナ。君に甘えて過ごしてきたのだ」
「はい?」
ミリシャが……私に甘えて?
「心当たりがありませんが……」
「そうだろうとも。良好な関係での甘えではない。あの子は……姉であるクリスティナを貶める事で上手く立ち回ってきたのだ」
ううん? 私は首を傾げたわ。
「レヴァンの婚約者であった時は嫉妬の目も向けられていたのだろう。君を貶める発言をすれば令嬢達が嬉々としてそれに乗った。それで、あの子の周りには人が集まった。
あの子のすべてがそうなのだ。姉を貶める事で自分の立場を立てる。
……だがクリスティナが王都から居なくなった後で、レヴァンの婚約者でなくなった後でまで、そのやり方は通じない。
或いは、マリウス家の中でもそのやり方は有効だったのかもしれないがな。
クリスティナを貶めればブルーム侯が喜んだ顔でも浮かべたのかもしれん。
その家の中にも、もうクリスティナは居ない。
……哀れな子供ではある。他の手段を知らないのだ。
アイデンティティーが『クリスティナお姉様より自分の方が愛されている』で固まってしまっている。
自分の保ち方も、他人への認められ方も、クリスティナありきだ。
…………そんなあの子は正妃には据えられんよ」
ミリシャのアイデンティティーが私に依存している?
うーん……。
それであの子、久しぶりに話した時に逃げられると思ってるの? とか言ったのかしら……。
「クリスティナ。君はたとえ恵まれない環境であろうとも折れる事はなかったのだろう。妬まれ、憎まれたりする事も多くあっただろうが、それらも君の意思を挫けなかった。
……身近に、光り輝く者や、強い者が居る時。
人はそれに憧れたり……心の中心に置いてしまったりするものだよ。
まして、それが兄弟、姉妹ならば尚更な」
「……陛下」
そこで初めて陛下の瞳に……何か、こう、『家族』を見る目を感じたわ。
ディートリヒ・ラム・リュミエット国王陛下。
私の本当の父親、アーサー・ラム・リュミエットの兄。
そうだったわ。
王妃教育時代の関係とかあった上の今で、意識が薄かったから、もっと遠い立場の王族でしかないと思っていたけど。
私、陛下の弟の娘なのよね。
そう遠くない血の繋がりだったのだわ。
私に弟の面影を見ていてもおかしくない人だった。
「陛下にとって私は……、もしや私が思っている以上に近しい、家族のようなものなのでしょうか」
けっこう無礼を働いていたりするし。
レヴァンとの関係どうこうを考えていたから甘いのかなーとか考えていたけど。
「……今更か? ようなもの、ではない。王族と公式に認めている以上、間違いなく家族だろう。そして私には分からなくもないのだよ。ミリシャ嬢の気持ちがね。兄弟……姉妹といった立場の相手への思いは複雑なものさ」
「陛下……」
どうしよう。強く出れなくなってしまったわ。
今日のどこか砕けた様子や愚痴を零してしまうのも、国王陛下の立場的に変だったけど。
私に気を許していたのね?
「色々と話が逸れてしまったな。……ひとまず決闘大会においては、金獅子卿の実力を信じるならば、クリスティナには問題ない事だろう。あとはレヴァンの実力と……どうするか次第。ルーディナ公女については、また別に考えておくとしよう」
「…………分かりましたわ」
まぁ、私としてはエルトを応援すればいいのよね。
ええ、問題ないわ。だって彼は強いのだから。




