163 エルトの決闘①
エルトとユリアン公子の決闘の背景には、辺境からもたらされた情報が関係しているらしいわ。
「西の国に現れた竜帝と黄金のドラゴン。1匹とはいえその脅威は変わらない。友好国ならまだしも何度もリュミエールを攻めてきていた蛮族の国が相手だ。地上で戦う者同士であればエーヴェル伯の騎士がそう負けるものではない」
空から単騎突撃、陣形を荒らされれば穴が空き、その隙に地上部隊が……ね。
辺境伯も弓兵部隊の力を入れているらしいけれど。
「……クリスティナが従えるドラゴンが他の者の言う事を聞くのなら話が変わるかもしれないが、相手がそれでは援軍として送って意味があるのはキミしか居ない」
「クインは大人しいけれど。たしかに一緒に乗って戦うって言うのなら、やっぱり私が行くしかないんじゃないかしら? 私が行けば……もしかしたら相手のドラゴンを奪えるかもしれないし。私が行かなきゃ逆の危険もあるわよね」
「……そうだな。陛下も辺境伯からの訴えを聞いて、そうするしかないと判断されているようだ」
「うん」
「しかし、先のパーティーでの悪霊事件とサラマンダー事件がある。クリスティナを王都から離す事に反対する意見があるようだ」
「……まぁ、それも分かるのよね」
そこまでは分かるのよ。
問題は、それでなんでエルトが決闘する事になるの?
「……公爵家からの報告では、あの日のパーティーに招いた者達は予言の聖女アマネと、ルーディナ公女の人選であったそうだ」
「うん?」
アマネとルーディナ様?
「あの日に巻き起こったような出来事は予言の範疇であり、女神の巫女達が居れば悪霊に囚われた者達を救う事ができる。……その為に動いていた、という事らしい」
「……後から言ったらダメでしょう、それ」
「まったくだと思うがな」
悪巧みしておいて実は予言でした。私達は正義の為に動いたんです! でしょ?
しかも問題を解決したの、私やエルト、ルーナ様じゃないの。
功績だけ横から出てきてかっさらう気?
アマネの使い方の性質が悪いわよ!
そもそも私は悪霊事件自体が青いのと背後の企みだと思っているのに。
「公爵家が言うに悪霊事件が再び起きる可能性は低いらしい」
「……それを信じろと?」
「陛下とてすべて信じる気はないよ」
エルトが苦笑する。まぁ、そうよね。
「クリスティナの辺境への派遣が動かせないなら、残る問題は『悪魔祓い』と王都の近くで出没してしまった魔獣に対抗する戦力の確保。……では俺が王都に残り、クリスティナに西へ向かわせるのかと問うたが……」
「それじゃダメだったの?」
「……それもユリアン公子からの提案らしくてな。婚約者となった2人を裂くのは忍びないだと」
「大きなお世話ね」
近しい人に気遣われるならともかく嫌悪している相手に干渉されたくないわ。
「しかし、俺とクリスティナが共に王都を離れる事を貴族達に納得させる必要がある。その為に……ユリアン公子の実力を知らしめる場を設けて欲しい、だそうだ」
「えー……?」
何それ。じゃあ決闘してエルトに負けろって事?
「それ、エルトが勝ったら一緒に行けないっていう事かしら?」
「いや……。人員の配置はほぼ決まっているらしい。というより他にないのだろうが」
まぁ、私とクインが西に行くしかないものね。
王都にはルーナ様とルーディナ様が居るから、きっと女神が邪教から守ってくれるわ。
……たぶん。
「じゃあ、エルトが残るか私と来るか、ぐらいの違いかしら?」
「そうだな」
「それで王都付近は、もちろん騎士団と……ユリアン公子が事に当たるつもりだと。けれど実績からして、それでは皆が納得しかねるから2人の実力をはっきりさせて欲しい、と」
「ああ。……前々からそういう声がある事は知っていた」
そういう声? 私は首を傾げたわ。
「ユリアン公子は学園および騎士との鍛錬などで優秀な成績を残している。その実力を讃える声も多い。……では、王国一の騎士はどちらなのか、と。まぁ皆の好奇心の声だ」
「……興味深いから1回戦ってみてよ、っていうのが大きいって事?」
迷惑じゃないかしら!
「陛下もはっきりさせておきたい様子だ。それに場合によってはユリアン公子の評判が下げられる。彼の文武に優れているという評価を崩す事になるだろう」
「うーん……」
負けてそこまで評判下がるかしら?
どちらかと言うと悪霊事件で真っ先に居なくなったことの方が私の心象は悪いんだけど。
「……陛下と俺の予測でもあるのだが」
「うん」
「決闘をするにあたっても、やはりキミが無関係でいられるとは思えない」
「……えっと? そりゃあ無関係ではないと思うけど。決闘に直接、関係あるかしら?」
「パーティー会場で何か企てて言い募っていただろう? キミの予言や予測の件があるからそう思うのかもしれないが。そもそも何をするにしても目的は自身の名声ではなく……キミではないかと思ってな」
「私が目的」
邪教そのものならそうでしょうね。
彼等にとって私はとてつもなく邪魔なのでしょうから。
でも青いのは……もっとこう無駄にプライドが高いイメージなのよね!
だから自分の名声は大事なんじゃないかしら?
私への嫌がらせが優先されるとは限らない……。
……そう思っていたんだけど!
「……はぁ!?」
後日。伯爵邸に居た私の元に届いたのは王家からの手紙だった。
「どうしたの? クリス」
「これ!」
フィオナと一緒に話していたから、その手紙を彼女に見せる。
「え、王家からの手紙だけど……良いの?」
「いいわ!」
フィオナが王家からの手紙を読む。
「……クリスへの、ううん。女神の巫女達への求婚を懸けた決闘……大会? 神殿も協力するつもりだって。まぁ、人の領地が大変だって報告した後で楽しそうな事をしてるわね」
「私! 婚約者いる! ルーナ様もだけど!」
「うん……。でもレヴァン殿下も参加するんじゃないかな? そこで本当に救国の乙女に求婚するかは分からないけど。……王家が今回の件で婚約関係が変わる者が居るなら補填はする気……なるほど? 三女神を象徴する巫女が3人揃っちゃったのだもんねぇ。一連の災害がなければ、まぁ国を上げてこういった事をしてもおかしくはないかも……だって三女神を象徴する巫女だもの」
「婚約者が居るのに!」
「うん……。もしかしたらレヴァン殿下に最後のチャンスを与えて、玉砕させる為とか」
「迷惑!」
「うんうん。でも方法が決闘ならベルグシュタット卿が負ける事はそうそうないんじゃないかな?」
「そういう問題!?」
よくも好き勝手な事をしてくれるわね!
「フィオナ。今すぐエーヴェル領に向かいましょう!」
「……それはどうかなぁ。クリス、後々の火種を残さない為に、ここで色々とハッキリさせた方がいいんじゃない?」
「ええ……!?」
「ほら。主役はクリスだけじゃなくて、救国の乙女と公女様もでしょう? 婚約者が居るクリスにわざわざ誰も求婚してこない……っていう可能性もあるわよ? だから、そこで変に騒ぐと逆に……ほら、ね?」
「むー……」
私が自意識過剰で騒いでるって笑われるかも?
婚約者が居る私にこういう話が浮かぶ時点で迷惑な事には変わりないけど?
「あと3人揃って公式の場所で顔見せして欲しいっていうのはあるんじゃないかな?」
「……エーヴェル領の窮地はどうするのよ」
「窮地っていうか、ドラゴンが現れたのは知ってるけど。西の民の地上の兵力自体は変わってない筈だからね。私達が一方的に蹂躙する見立てじゃないのよ。……陛下としては今は様子見の段階なのかも。クリスが王都に居るってあえて示すつもりとか」
……それは、あるかしら?
あっちもこっちも同時に進められないなら王都の問題から解決して、ってこと?
「でも迷惑だわ……」
「うんうん。ベルグシュタット卿とよく話そうね、クリス」
フィオナが私の頭を撫でる。
そんな癖なかったでしょうに。
「なんで撫でてるの?」
「セシリアさんがこうするのがいいって」
セシリアはフィオナに何を教えているのかしらね!




