158 パーティー会場の襲撃
「まず真っ先に、この場で否定すべき1点があるわ」
「……それは何かな?」
私は胸を張りながら、集まっていた者達に聞こえるように言葉を紡ぐ。
「救国の乙女ルーナ様と、ルーディナ公爵令嬢。彼女達2人と、アマネ・キミツカを並べて語る事など私は赦しません」
「……は?」
その私の発言に虚を突かれたらしい。青いのが黙ったわ。
「ルーナ様とルーディナ様は私と共に女神メテリアと女神シュレイジアの名を語る事を許された者。如何様な力を持ち合わせようが、私達3人とアマネを並べて語るなど言語道断。
また訂正すべき点にも関わるわ。
『聖守護』の結界を私が砕いた時、ルーナ様には迷いがあった。
アマネ・キミツカが捻じれた予言を巧みに利用し、ルーナ様に迷いを与えていたの。
あの時、彼女にとっての正義は揺らいでいた。
反対に私は一切の揺らぎなく、自身の天与を振るう事が出来た。
あの出来事はその結果に過ぎず、イリスの天与がメテリアの天与より優れている事にはなりえない。
三女神の力関係は等しいもの。その立場も等しいもの。
ましてや私に与えられた天与をもって他の女神を貶めるような言葉など看過できる筈もない。
私に宿った予言の天与は、王国の未来に影を落とす邪なる者達に対抗する術。
……そして、邪なる者を庇い、背後に潜ませる者共を絶やす為にある天与。
それらを比べる事もまた止めなさい。私と彼女の力はまったく違うわ」
私は、青いのを冷たく見据えた。
「……ユリアン公子は俺にクリスティナの隣に立つ資格を問うたが。当然、俺はその資格を持っている」
私の言葉をエルトが引き継ぐ。
「何を根拠に」
「根拠? それは冗談で言っているのだろうか。私が婚約者であるクリスティナの隣に立つ根拠など……決まっているだろう? 彼女の愛は俺に注がれ、俺の愛は彼女に注がれている。それが全てだ」
「ふふ。そうね?」
これでもかと仲睦まじい様子を見せつけたわ。フフン!
「……そんなもの、」
「王族や女神の巫女という立場で私達の婚約に物申したいのであれば、陛下に奏上なさい。このような場で問われても私達の答えは他にありませんわ。私はエルト・ベルグシュタットを愛している。それ以外に彼が私の傍に立つ資格は必要なくてよ?」
フフン! だいたい、何のイチャモンなのかしらね!
「望んだ通りの結果にならなかったかしら? 笑顔が引き攣っていらっしゃる様子ですわ、公子様」
「……さて。どうかな。だが、君を諦め切れない男性が多くいることは事実だ」
「あらそう。でも私に他の運命は必要ないの。片思いが必ず実るとは限らないわ。そして全員に機会が与えられない事もある。……恋愛も結婚も、そういうものでしょう」
「…………ベルグシュタット卿は、いつまで彼女に話させているのかな? 先程から俺は君に話し掛けていたのだが。このような話を跳ねのけるのもすべて彼女任せとは。伯爵家の跡取りも牙の抜けた獅子になったという事かな?」
「…………」
んー、こいつ。こいつの目的って。
「エルト。さっきから喧嘩売られてたの?」
「……まぁ、おそらくな。執拗に挑発を繰り返してきている」
一応、小声で話し合うけど。
ははぁ。今回の狙いは私じゃなくてエルトだったのかしら?
……私は、王族や特対の室長、女神の巫女っていう手札があるけど、場合によってはエルトの方が権力に弱いかもしれないわ!
まぁ、なんてこと。私が彼を守らなくちゃいけないわね! フフン!
「……クリスティナから何か妙な気配を感じるが」
「フフン?」
ちょっと彼を守る事にキラキラと目を輝かせてるだけだけど?
「はぁ……。今日の余興の場を整えたかったのだが……。ここまで跳ねのけられるとは思わなかった。金の獅子と謳われたベルグシュタット卿がのらりくらりと躱す事も」
「……公子が何をお考えかは知らない。だが、俺と婚約者の仲に物言いをするのは止めて貰おう。貴公と彼女には何の縁も繋がっていない。無論、彼女が美しい女性だという事には同意するが……彼女の真の魅力はその美しさだけではない。彼女の心こそ魅力だ。それらを真にすべて知るのは俺1人でいい。……光栄にも彼女の婚約者となれたのだからな」
エルトが愛おし気に私の髪の毛を手に取るのをくすぐったい気持ちで赦すわ。
「……それでも皆、気になっている事だろう? 私と君、どちらが王国一の騎士であるのか」
「王国一の騎士?」
「1人の女性を巡る決闘を申し込むつもりだった。誰の目にも明らかな形で彼女の伴侶が決められる事こそ、王国の民が望むものだと思わないか? レヴァン殿下も、今のままでは引き下がれぬ気持ちがあった事だろう。……卿が抜け駆けした事は、私も遺憾に思っている」
「彼女の歯牙にもかけられなかった男が居るとして、それを抜け駆けと言われても困るな。俺が望み、彼女自身が望んだ。なんと言われようとも俺が彼女のことを譲る道理にはならない」
なんか言い争いになってきてるわねー……。
レヴァン辺りが仲裁してくれればいいのに。
私は周りに視線を向ける。
……んー。凄い目で見られてるんだけど、私。
あ、一応はレヴァンはルーナ様を庇う位置に居るわね。
「……まったく。目を離した隙にとんだ騒ぎですわね?」
と、そこで私に遅れてレミーナ王女が帰ってきたわ。
「聞けば、新しく婚約者を迎えた筈のレヴァン兄様も、金獅子のベルグシュタット卿も、そしてユリアン公子まで1人の女を巡って争っているご様子」
レヴァンは別に口挟んでないけど?
カウントされてるのかしら!
まぁ、止めてくれない時点でアレなのよね!
「……本当。とんだ女よね、クリスティナ」
ええ? 私?
「恥を知りなさいな。今日の私のパートナーであるユリアン公子すら誘惑しようと言うの?」
人聞き悪いわねぇ……。
誰が、いつ青いのまで誘惑したのよ、気持ち悪い。
「はぁ、嫌だわ。もしかして王命を忘れて旅の間、男の誘惑ばかり考えていたのかしら?」
まぁ。出たわ。気に食わない女を寄ってたかって嫌味を言う社交界!
「ふふふ」
「……何を笑っているのかしら?」
「ええ。そのぐらいの可愛い嫉妬の言葉であれば微笑ましくてよ、レミーナ様。でもご安心ください。わたくし、そちらの公爵令息には何の興味も持っておりませんわ。男性として見た事すらもありません。なので……ふふふ。どうぞ、しっかりパートナーのユリアン公子の手をお離しになりませんように。とってもお似合いのお2人ですわよ? 私、2人の仲を応援しておりますわ」
女子爵スマイルで華麗に受け流すわ。
レミーナ様に乗っかって私の悪口を重ねようとした令嬢達が慌てて口を塞ぐ。
レミーナ王女がエルトを奪った私への嫉妬で攻撃したいのが主目的なら、彼女達も私に嫌味を言う事ができる。
でも、その目的が今日のパートナーである青いのとの良好な関係だとしたら、ただでさえ噂のあるエルトへの未練を肯定するような話は……レミーナ様の邪魔になるのよ。
だからレミーナ王女の真意を図りかねる令嬢達は嫌味で追従できなくなった。
「……! あら、そうありがとう」
レミーナ王女だって、この場でユリアン公子の面子を潰すのはよろしくない。
なんというかプライドの問題よね。
ここで言葉が止まる時点で、レミーナ王女と青いのとの連携は出来てないのよ。
なりふり構わず私へのアプローチを優先するでもない。
私を攻撃する為に、完全に互いの立場を捨てる事もない。
拙い信頼関係だわ。
まだやり合う気のレミーナ様。というより、エルトと仲睦まじくしている姿に余計に怒りを抱いた様子。
「…………ッ!」
彼女が口を開こうとした瞬間。
ゴゴゴゴゴ……! と私達の立っている場所が揺れ始めた。
「きゃっ……」
「きゃあ!?」
地震……!?
リュミエールで地震なんて、そうそうに起こるものじゃ……。まさか。
「ク、クリスティナ様! これは!」
ルーナ様が誰よりも強く反応する。彼女はレヴァンに支えられていて。
ボンッ! という破裂音。
どこから鳴り響いたのか分からない……いえ、その音と共に床から黒い煙が湧き始めた……!?
「これは……」
「きゃああああああ!」
「な、なに!? 何なの!?」
その様子はまさに阿鼻叫喚。地獄とはこの事。黒い煙のようなそれは薄暗い光すら伴っている。
見るからに、これは……憑依の……。
「きゃあああああああ!!」
「……ッ!」
地面から噴出した黒い煙にその場に集まった人達が襲われ始める。
「……ふざけんじゃないわよッ!」
私はエルトの元から離れて、1番近くに居る、黒い煙に纏わりつかれた令嬢に飛び掛かる。
「──フンッ!」
その身体が奪われる前に黒いモヤを殴りつけた。
光でしか捉えられない実体のない黒い煙。
「くっ……これは、」
抗おうとするエルトだけど、彼どころか誰も彼もが何の抵抗をする事もできない。
実体がないのよ。物理的に何も通らない。
それなのに纏わりつかれて……口の中から入り込もうとしているのもいる!
「ルーナ様! 全部を覆って!」
「は、はい……! 光よ!」
ルーナ様の聖守護の光が黒いモヤを打ち払って……あれ?
「え、これは……、力が……広がらない……?」
会場全部を覆って欲しいのに、ルーナ様の天与の出力が上がらない?
「ッ!」
私はさっきまで青いのが立っていた場所を睨む。
ルーナ様の天与を邪魔している?
「どこ行ったの!?」
だけど、騒ぎに合わせて青いのの姿がなくなっている!
あの男ぉ……! 絶対に真っクロじゃないの! じゃなきゃヘタレだわ!
この状況で真っ先に逃げるなんて!
「うぐぅぁあああ! 誰か、誰か助けっ……!」
「──フンッ!」
掴まれて身体まで持ち上げられている令息に絡む黒霧を打ち払う。
「貴方達! 外に逃げれないならルーナ様の光の中に入って!」
この黒い霧……浄化薔薇だと通じないのよね!
人の保護はルーナ様に任せて私が打ち払っていくしかないわ!




