155 ダンスを一緒に
今、注目を集めているのはレミーナ様と青いのだけど。
当然、ルーナ様とレヴァンも注目されているわ。
その隣に立って談笑している私達もね。
人を近寄らせない空気を感じていたのか、穏やかに過ごせていたけれど。
光翼蝶を潰した私に驚く目が向けられる。
「クリスティナ様。あの……」
「いいのよ?」
「ええ……?」
何をしてもしてなくても悪評を立てられるのが私にとっての社交界だわ。
王妃候補だった頃からミリシャがせっせと私を貶めていたことを知っている。
私なら攻撃して良いだろう、という空気はとっくのとうに出来上がっていたし。
そんな事よりも。
「ねぇ、ルーナ様はあの時の、クシェルナ様の助けを求める声……という感覚、今日は感じたりする?」
「えっと……どうですかね。私もあの時、なんとなくそう思っただけなので……」
「私達は、もっと自分の感覚を信じて良いと思うけれど」
「それは……はい。そうなのかもしれませんけれど。なかなかクリスティナ様のようには……」
弱々しい声に耳を傾ける事が出来るのは、きっと私よりもルーナ様の方が優れているように思うの。
彼女は弱者を守り、癒す者。
対して私は……強者を挫き、打ち倒す側。そんな役割の違いを感じるわ。
まぁ、これは自負とか矜持とか、好みぐらいの差かもだけど。
敵に対して鋭いけれど、助けて欲しい者の声を聞き逃してしまうかもしれない。
やがて彼らに絡まれる前に音楽が奏でられ始める。
「ルーナ」
レヴァンがルーナ様に近付き、手を差し出してエスコートする。
「あ……」
そこで頬を染めるルーナ様。絵になる2人だわ! ふふふ。
ニコニコと微笑んでいた私に何故か振り返るルーナ様。
「ん?」
何かしら。まぁ、いいわね。私は『いってらっしゃい』のつもりで笑顔で手を振ったわ。
王妃候補スマイル……改めて『女子爵スマイル』よ! フフン!
「クリスティナは踊らないのか?」
「……流石に主役の2組と一緒に踊り出しはしないわよ」
「そうか」
エルトが隣に立ち、中央の空間から少し引いて離れる。
会場の中央では、レヴァンとルーナ様、レミーナ様と青いのが踊り始めたわ。
2組のカップルに注目が集まる会場。
私はその中心ではなく、周りに視線を向けた。敵は多い私だけれど、こういった場は邪教も狙わないかしら?
彼らにとっての『味方』が紛れているかもしれないものね。
ダンスやパーティーの邪魔にならないように騎士も配置されている。
……女神を否定する邪教、という思い込みがあったけど、王族を狙う不届き者が居るかも、という懸念もあるのよね。
そういう視点は忘れてしまいそうになるわ。
考えられる事は色々。天与は今も使える。目立たないように……お腹の中で。解毒薔薇の花びらを咲かせる。
夢の中で無意識に行っていた、食事を摂らずとも生きていける身体のコントロール。
毒入りワインなんて飲ませようとしても、これで多分、平気だわ。
ラーライラ仕込みの気配の察し方、間合いの取り方も駆使して、周囲の動きも警戒しておく。
チラリと私の近くに動こうとする者が居れば、優雅にそちらに視線を動かしたり。
目が合うと大げさにビクッと立ち止まったわ。
……普通に怖がらせたのかもしれないから、再び女子爵スマイルの出番よ。
苦笑いして、そそくさと去っていく令嬢。
……なにかしら、あの動き。目が合っただけでビクつかれるのはどうかと思うわ。
やがて注目を集めていた2組のダンスが終わりに差し掛かる。
「…………」
誰もが中央に目を向けている中で私は後ろを振り向いた。
「……っ!?」
そこには背後に回っていた令嬢が居たわ。
ご丁寧に中身の入ったワイングラスを手に持って。
別に? それだけなら咎める必要はないけれど。
大分、死角から私の後ろに回ってきていた気がするのよね。
あと、そのワインが気になって仕方ないわ。
「フフ」
ここでも女子爵スマイル。
「あ、はは……」
乾いた笑いねぇ。また彼女も逃げるように去っていったわ。
あの。私って、ここまで警戒しないと、いつでもワインが降りかかってくるのかしら?
「大丈夫か?」
「平気だけどねぇ」
1曲目が終わり、拍手が優雅に向けられる。
堂に入った振る舞いの王族2人と公子に比べて、ルーナ様はまだまだ慣れない、初々しさがあるわね。
ふふふ。お可愛らしい。
そして場を空けるように2組が下がっていくのに合わせて2曲目が始まる。
合わせて、何組かの男女が動き始めた。
「クリスティナ」
「はい。エルト」
「一緒に踊ってくれるか?」
「ええ、もちろんよ。ふふ」
私はエルトに手を引かれ、ルーナ様達と交代するようにダンススペースに踊り出た。
「貴方と踊るのは初めてね、エルト」
「ああ。実は楽しみにしていた」
「ふふふ」
私達の息は合うかしら? 運動神経はそれなりに良いと自覚している。
エルトもそうでしょう。けれどダンスばかりは相性もあるからね?
2人で踊るものだから。
呼吸を合わせるように、ステップを踏む。
彼の足を踏むことはない……いいえ?
「エルト。私を攻めたいのかしら?」
少し早い。でも、これは気遣いがないというよりは……私への挑発?
「キミと踊るなら……剣戟のように。そう踊りたいと思って」
「あはは!」
そう来るの? 面白いじゃない。レヴァンとのダンスでは得られなかった刺激を求めてみましょう。
早くなるステップ。互いに深く切り込むように。
相手の足を踏みつける事もいとわない速度だけれど、そんなものは金の獅子様には通じない。
「ふふふ」
「はは」
周りの景色は見えなくなる。ダンスを踊っている間、私達の世界には私達だけがいるわ。
ええ、それは剣を打ち合い、切り結ぶような高揚感。
これはある意味、私達の3度目の決闘ね!
周囲の注目も音楽さえも、どこか意識の外に追いやって、華麗に、流麗に踊る。踊る。
「……!」
私は最後の瞬間、わざとバランスを崩したわ。
それでも背筋を曲げたりしないよう、崩れ落ちるように。
「ふっ」
でも、エルトが私の身体を支え、倒れないようにする。
「キミは本当に、他の誰にもない魅力を持っているな」
「ふふ。私の剣を受け止めてくれるのは貴方しかいないのでしょう? 金の獅子様」
「ああ、赤い瞳の女神よ」
あはは。なにそれ。
「私、昔は『赤毛の猿姫』って呼ばれてたのよ。それが女神?」
「名実共に女神だろう? 他でもない俺にとっては」
「ふふふ」
最初のダンスを踊り切り、軽快なやり取りを楽しんでいると拍手が起きて私の意識に周囲が映った。
「あら。注目されていたみたい」
「そのようだな。キミは目を引くから」
「貴方もでしょう?」
で、だけど。なんとなくこの後の展開が読めたので……。
「じゃあ、もう1曲ね! だって婚約者だもの」
「……そうだな」
チラリと視界に入った人達の動きを見て、すぐさまエルトと2回目のダンスに切り替えたわ。
ダンスのマナーは色々とある。連続して同じ相手と踊る時は何を意味しているのか。
口で言うのではなく、周囲に暗黙の了解で報せるものね。
リュミエール王国の社交界では、2回連続の同じパートナーとのダンスは、恋人・または婚約者である事を示すもの。
体力が続くかは人によるけれど3回目は、もっと先の深い関係である事を示すわ。
要するに『彼は私のモノだから寄ってこないでね。はしたないわよ?』という言外のアピールになるの。
もちろん男性側にとっても同じ意味の牽制よ。
ほら、恋人が居る相手に知らずにアピールしてしまって恥をかく人が居たら困るじゃない?
その為の周囲へのアピールね。
今度は先程と違って大人しく静かに、ゆったりと踊って見せたわ。
ふふ。ダンスの相性は良いみたいね、私達。
先程までみたいに周りのすべてが意識の外になるほどじゃないけれど、2人の世界である事は変わりない。
お互いに体力がある方だから3回目も踊れそうだけど、流石に控えなきゃね。
2回連続、休みなしで踊った後なら、他の男性からの誘いを断る理由にも出来るわ。
……だって見るからにレヴァンや青いのが2人目の誘いをかけてきそうだったもの。
お断りよ、そんなの。
やがて2回目のダンスも終わり、私はルーナ様達が引いた方とは反対側に中央を去る。
すぐにあの2組が近くに来れないようによ。ふふふ。
「目を引いてるわねぇ」
「まぁ、そうだろうな」
2回目は大人しくしてたんだけど。まぁ、そのアピール自体が注目されてるかしら。
……令嬢達からすれば、エルトもそうだけど、レヴァンも青いのも誘いたい相手だと思う。
パートナーがそれぞれに居るけれど……どこが落としやすいか。
つけ込み易いかを見極めて動こうとしている。
下手に突く事をせずに大人しくしている令嬢も居るわ。
派閥は……関係なさそうね。ドロドロの渦中に関わりたくない感じ。
エルトは前までの事や、これまでを察するに『他の女性は眼中にない』に近い態度をするタイプ。
それを察している令嬢もいるのでしょう。
多少なり希望が見えるだろう、レヴァン達に人気が集まっているわ。
ちなみにレヴァンや青いのじゃなくても、私に近付こうとしている男性も確認できた。
……今まで意識した事なかったけど、これがレヴァンの言ってた『私狙い』の男達かしら?
あの中に邪教関係者はいるのかしらね。
で、そういう男性達はエルトが睨んだだけで追い払っている。
完全に獅子に睨まれた小動物よ。ふふふ。
「テラスにでも行って休憩しようか、クリスティナ」
「ええ、そうね」
一息ついた後で、迎え撃つ態勢でも整えましょうか。
誰かしらが来るでしょう。嫌でもね。
チラリと振り返って確認すれば……まぁ。
案の定というか、青いのとレミーナ様がこちらを窺っていたわね?
反面、レヴァンは周りに集まった令嬢の対応に目を向けているわ。
「……あっちが来そうねぇ」
どういう風に来るかはまた別だけどね。
とっとと会場から退散した私達はテラスで休憩を取る。
「エルトは喉が渇いている?」
「ん……まぁ、そうだな」
激しめに2曲踊ったからね!
「んー……。ふふ。今、水を取りにエルトが離れたら、それはきっと自然な動きよねぇ」
「だろうな」
「そして1人になったエルトは令嬢達に囲まれる」
ダンスで疲れて風に当たって休憩する2人。
喉が渇いた女の為に男が離れて、その間に男が待っている。
ええ、ありがちで、本当に起こりそうなこと。
ダンスを2回連続で踊った私達は周知された恋人同士。
そんな私達が1人になったところで声を掛けてくるのはマナーも何もあったものじゃない。
むしろ、そこでマナーを無視して近寄ってくる相手は危険な人だわ。
まぁ、友人とかなら別だけど。
「……一度、離れようか?」
「ふふ。心配? 私なのに」
そこらの令嬢どころか、凶悪な魔獣相手でも負ける気はない。
戦場を共に駆けようと誘った恋人なのに?
「心配とキミの実力は関係ないさ。……信じている事とも」
「そうね。でもいいの。私、たぶんこのままじゃダメだと思うのよ。相手の正体を見極められないまま……私が疲弊してしまうと思うの。だから隙を作って攻撃の機会を窺うわ」
「……そうか」
そうしてエルトを会場内へ送り出す。
私は息を吐いてテラスで風に当たったわ。
しばらくすると……やはり来客が訪れた。エルトはまだ帰ってきていない。
「──こんなところにいらっしゃったのね、クリスティナ嬢」
来たのはレミーナ王女とその取り巻き。個人じゃなくて団体さんねぇ。
でも邪教とは関係ないかしら?
「あら。レミーナ王女。お元気そうですね、ふふ」
女子爵スマイルで迎え撃ってあげたわ。
せっかくエルトが1人で動いているのに、そっちに誘いはかけなかったのねぇ?
まぁ、どうも彼女とエルトの逸話はわりと有名らしいから……、青いのをパートナーに連れてきた時点でエルトにまた声を掛けるのは未練があるとか何とか言われちゃうのかしら?
それを平気でレヴァンがやっちゃってる気もするけど……。
まぁ、男と女じゃ周りの攻撃の度合いが違うもの。
特に社交界で戦う令嬢にとってはねぇ。
「貴方、聞きましたわよ?」
「あら、何をかしら」
「……随分と、酷い振る舞いをなさっているそうじゃないの。国王陛下に与えられた職務を隠れ蓑に……令嬢達を虐めて回っているとか。わたくしに何とかして欲しいと泣きついてきた令嬢がいるのよ?」
まぁまぁ。そういう感じ?
でも、これは本当に邪教とは関係なさそうだわ。
「そうなの。人によって受け取り方は違うのねぇ。ふふふ」
「……貴方。そんな態度が私に許されると思っているのかしら?」
「何のことかしら」
「私は……王族なのよ。不敬だとは思わないの?」
いや、だからね?
「残念だけど、私も王族なのよねぇ……」
だから私の立場って凄くややこしいのだってば。
もちろん色々とレミーナ王女の方が上なのは確かだけれども。
そこを捻じ曲げられる要素が私にはある。『女神の巫女』という立場だ。
強いて言えば……神様の代わりみたいなものだし、私。
私はレミーナ様を前に立たせている取り巻き令嬢にチラリと視線を向けたわ。
ええ、私が仕事上で殴った子達ね。
憑依現象が確認されなかった以上、その態度からして彼女達は、侯爵令嬢でなくなった、王太子の婚約者でなくなった私を貶めようとした部類。
つまり遠慮は無用って事よ。
「私の方が上の立場よ!」
「ええ、概ねそうだけれど。私も陛下によって承認された王弟の娘として……王族としての矜持を損なうワケにはいかないのよ? 特に何も知らずにそうなったのならともかく、皆さんがご存じの通り、私は相応の教育を受けた身ですもの」
見縊られるワケにはいかないのよねぇ。
別に王太子でもないとはいえ、明確に王族の席に入れられた身。
また女神の巫女という立場も持つ身。
彼女達的には、私を攻撃できる身分の者に取り入ってきたのでしょうけれど……。
陛下に王位継承争いをひっかき回せと願われてるのが今の私。
そして、レミーナ様は、陛下が懸念していて、かつ私が邪教と深く関わりあると疑っている青いののパートナーとしてパーティーに来た。
……だから色々な面から言って……レミーナ様をここで私にぶつけるのは『戦え』と言ってるようなものなのよね!
私と彼女、そして青いのが争って双方に評判を落とすなり、足を引っ張り合えば、それでレヴァンが浮くワケだから。
「ふふ。ええ、それでも。私が貴方に不遜な態度を取っても……不敬に問う事は出来ないでしょうね? むしろ私は、王国の矜持を守り、女神と陛下のご威光を示す事になるのだから」
私は王女とその取り巻きを前に胸を張って……悪女スマイルを披露したわ! フフン!




