154 パーティー会場へ
レミーナ王女主催のダンスパーティーへ馬車に乗って向かうわ。
波乱しか待っていなそうなパーティーね!
「エルト、ダンスは?」
「一通り」
「そう。じゃあ問題ないわね!」
私は外の景色を見る。中々、馬車が増えてきたわね。
けっこうな参加者がいるのかしら?
「……良からぬ事を考える奴は」
「うん?」
「こういう場所から既に目を付けているものだ。クリスティナ。キミの実力を侮るワケではないが、慢心し過ぎるのは良くない」
「ええ。分かってるわ!」
何かが起こる。まぁ、それだけは予言じゃなくても分かるわよね!
嫌がらせ程度の騒ぎから、もっと致命的な事まで。
ルーナ様とレヴァンが来るなら、ルーディナ様と青いのも来そうだし。
レミーナ様は私とエルトに絡んでくるだろうし。
ミリシャがルーナ様のお披露目みたいな事を黙ってるとは思えないし。
……うーん。あまりにも良い事がなさそうね!
そこでザリザリと、私の視界が捻じれた。
「あ、予言」
「ん?」
目の前のエルトとは別の映像が浮かぶ。
その光景はダンスパーティー。踊っているのはルーナ様とレヴァン。
相変わらず予言の映像はルーナ様を中心にしている。
何かが起こるのかしら?
エルトの姿を探すけれど、いないわね。カイルも……。
あら? 私は『私』の姿を見つけた。
この予言、誰の目線なのかしら? フラフラと舞うように揺れる視界。
時に高く、時に低く、揺れ動いている。
『私』はレヴァンとルーナ様の姿を壁際から眺めていた。
……彼女は、レヴァンが好きなのかしら。
私とはいよいよ重ならなくなってきた彼女。
あ、私の近くに来て何かを言っている令嬢達が見える。
何かしらね。でもその表情からロクな話じゃなさそう。
パートナーも居ないようだし……。
私の視界はフラフラしながら『私』へと寄っていく。
「俺と踊ってくれるかな?」
うげ。『私』が青いのに誘われている。
困ったような顔をしつつも、その手を取る『私』!
気持ち悪いわ! 私が嫌悪を示すと映像がヒビ割れる。
いよいよもって流し込まれている偽りの予言っぽい。
とうとう青いのと踊り始める『私』……、ふと見ればその姿を……レヴァンが見ていた。
ええ? なに、どういう関係?
さっきまでルーナ様と楽しくよろしくやってたと思うけど。
直接的な肌感覚がなく他人事としての映像だから、なんとか生理的嫌悪を我慢して予知映像を視続けた。
ダンスが終わると『私達』のところへレヴァンがやってくる。
「何をしているんだい、クリスティナ」
「殿下……」
なに? めちゃくちゃ弱弱しそうな声を上げる私。
キャラが違うわよ。
「君は僕の婚約者だ。僕以外と踊るなんて」
ええ? まだ婚約者設定なの?
じゃあ、ルーナ様と踊ってたの、なに?
私が他の人と1回踊ってても別におかしくないと思うけど。
「はは。婚約者を壁の花にして自分は、その男爵令嬢と踊っていたのに? よく言えるものですね、殿下」
はぁ? うげげ。『私』の肩を抱いて、味方面をしてレヴァンを責めてる青いの。
なにこの気持ち悪い茶番。
「く、クリスティナ様……ごめんなさい! 私、その……。レヴァン様に誘われて、嬉しくなって……!」
んん? ルーナ様もキャラが違うわね!
ちょっとイラっとしたわ!
「ルーナ。君は何も悪くないよ。……クリスティナ」
「……! は、はい。殿下」
え、なに、何なの、このビクついた感じ。
現実の私達と何もかも違うじゃないの。
「もう今日は下がるんだ。馬車で待っているように」
「……はい。殿下」
ぇええ……。なんでそんな理不尽なこと言われなくちゃなんないの。
ぶん殴っていいかしら?
「クリスティナ嬢」
青いのがなんか気持ち悪い目で優男面してるし!
「いいの。私は帰るわ……。ありがとう、ユリアン様」
もうダメ! 見てらんないわ! ──フンッ!
私は予言の映像を中断すべく天与で介入した。
バキバキと砕かれていく世界の映像。
砕かれた世界の隙間から……あら。これは邪神の気配?
何か邪なものが、以前よりも分かりやすく感じられる……。
ガシャアンッ! とガラスが砕けるような音と共に、私の意識は現実へと引き戻された。
「はっ! ……はぁ」
「クリスティナ。大丈夫か?」
エルトは予言の夢が始まる前と変わらない姿勢。でも心配そうに私を覗き込んでいたわ。
「はぁ……ええ。大丈夫。些細な消耗よ。ちょっとした攻撃だったかしら……」
あんな青いのに都合が良さそうな予言、考える価値すらないわ。
そもそも全員の性格が違いそうだし。
まぁ、いいわ。気にしないでいきましょう。大した情報もなかったし。
邪教すらも今日、何か動くつもり……という程度でしょう。
もしかしたら、わざわざエルトと離れて隙を見せる必要すらないのかもね。
◇◆◇
馬車が会場へと到着する。
「クリスティナ」
「ありがとう、エルト」
彼の手を取って馬車を降りたわ。
馬車は伯爵家の馬車で、他の貴族と同程度の扱い。
いわゆる最上位貴族だから、と馬車の通行の優先権があって、とかそういう事はないわ。
この貴族社会。男爵・子爵の爵位を持つ者はわりといる。領地がない場合もあるのよ。
伯爵家ともなれば、上位貴族の端くれとなる。
ベルグシュタットは有名な武家だから、その中でも上の方。
……あら? そう言えば予言の夢のどこかでベルグシュタットの爵位が上がるような話が出ていた気がするけど……。
現実ではそれは起こらないのかしら?
まぁ、陞爵なんて、そうそう簡単に起こしていては身分制度が崩れるでしょうけど。
騎士爵、男爵、子爵と違って伯爵位以上の取り扱いはとても慎重になるのがこの国よ。
で、まぁ、私の立場が凄く、凄くややこしい原因なのよね!
復興が必要な田舎のアルフィナ領主としては男爵・子爵はまぁ妥当。
そこに『王族』と『女神の巫女』が乗っかってるせいで、あんたホント何様? 状態。
次期伯爵夫人は見込みであって今の立場じゃないしねぇ。
この前の令嬢の絡みの件も私の曖昧な立場が起こしてしまった出来事だわ。
今日考えられるのは……侯爵令嬢以上を連れて来て、集団を組んでの私への苦言ってところかしら?
あと陰口・嫌味を聞かせるアレね。
ある意味で面白いのよ。相手に聞こえるぐらいでありながら、そこそこ離れた位置を確保して、そこに2人以上で集まる。その上で、適度な音量の声で噂話を……。
陰口を叩くにも手順というものがあるのよね!
だって、ほら、会場が広いと悪評を立てたい相手の近くに行くのも一苦労だから。
貴族令嬢の陰口は涙ぐましい努力で成り立っているのよ!
この国、唯一の公爵家であるルフィス家は長く社交界で沈黙を保っていた。
ルーディナ様が元よりご健康であれば、王太子の婚約者も最初から彼女だったかもしれないわ。
或いはタイミング次第で天与が芽生えた事をもって、私ではなく彼女を! という声が高まったか。
私を攻撃するにも、きっと彼女の立場が持ち出されていた事でしょう。
公爵家が沈黙していたから、王国では侯爵達が幅を利かせていた。
その中でも領地の裕福さから有数の名家であったマリウス家の家門の力は強かったわ。
陛下だって、その事を分かっていたからこそ、初めはミリシャか私のどちらでも、と思っていたし、私との関係が破談になった後もすぐさまミリシャをレヴァンの婚約者……の候補に挙げた。
……公爵家はどうして長く社交の場に出なかったのかしら。
やっぱり邪教の総本山は……。
「クリスティナ?」
「ああ、ごめんなさい。少し考え事をしていたわ」
彼に手を引かれながらパーティー会場へと入った。
明るく、華やか。飾られた会場。好きでも嫌いでもない王国の社交界。
私達に注目が集まる。さて、伯爵家に好意的な令嬢はどこかしらね。
ルーナ様はまだ来ていないのかしら。
「さて。どうしましょうか」
「……しばらくは様子見、だな」
まぁ、そうね。どの派閥もバチバチとやり合うにはまだ準備が整ってないか。
或いは孤立する瞬間を虎視眈々と狙っている。
噂話はヒソヒソと行われているようだけれど、わざわざ私に聞かせて喧嘩を売るような真似をしてくる者は現れていない。
やがて……、あら、まぁ。
主催のレミーナ王女が……、まさかの青いののエスコートで現れたわ!?
はぁ、そう来るのね。どっちも私にとっては厄介な敵なのだけど。
天与の無力化は……起きていない。力が抜けるような感覚はないわ。
どうしてかしら。やっぱり何かしらの条件がある?
そう易々と私の力が奪えるなら邪教だってもっと何かある筈よね。
まぁ、警戒はするけど、あんまり見ないようにしましょう。
どうせ、放っておいたらアッチから来るでしょうし、視界に入れない方がストレス少ないもの。
それにしてもルーディナ様は来られないのかしら?
「レヴァン達が来たぞ、クリスティナ」
「ん」
レヴァンに手を引かれたルーナ様がやってきたわ。
……ミリシャは妨害とかしなかったのかしら?
これで多くの人の目に王太子殿下のパートナーがルーナ様だと周知された。
「……!」
ルーナ様が私達に気付いて微笑む。
まだ距離があるから私は、ニコッと微笑んで優雅に手を振って返してあげたわ。
そうするとルーナ様も笑って手を振り返してくれた。
ふふふ、可愛いわね!
それなり距離を置きつつ、内心で警戒。そんな絶妙な距離感を保ちながら、私達は大人しくしている。
それにしても。レミーナ王女のパートナーが青いの、ね。
……あれ? これ、王位継承権争いに一手打たれてないかしら?
元々、青いのには継承権がある。
優秀らしいその成績でレヴァンと争っていた。
そこで継承権2位のレミーナ様と……婚約でもすれば。
継承権順位は3位の私より上のレミーナ様。
双方ともに問題なく……、という事になるわね。
下手な令嬢を婚約者に据えるよりもよっぽど?
妹のルーディナ様が神殿によく通われているそうだから、神殿関係は元より申し分ない。
より王位に正当性のある婚約……という事になるかも。
レミーナ様主催での公爵令息というパートナーのお披露目。
レヴァンとルーナ様の仲のお披露目かと思ったけど、これは……。
「……既に波乱だな」
「そうねぇ」
周りの人達もやっぱりあちらに注目しているわね。
まさしくこの場での主役といったところよ。
レヴァンの内心はどうかしら? 彼も王太子としての意地を見せて欲しいわね。
失恋したから元気ありません、ではルーナ様を守れないのよ。
やがて、まず人々の挨拶をかき分けて、ゆっくりとレヴァンとルーナ様が私達の元へ訪れたわ。
「王太子殿下、ルーナ様。ご挨拶いたします」
挨拶をし、カーテシーを刻む。
「ああ、いいんだ。頭を上げてくれ」
「はい」
「クリスティナ様、やはりドレス姿もお綺麗ですね」
「ありがとうございます。ルーナ様もお似合いですよ」
ニコヤカに笑い合う私達。
レヴァンとエルトも元から友達だからね。
拗れそうな関係は……意外と拗れていないと思うわ。
「……だが、驚いたぞ、レヴァン。今日の主役はあちらか?」
「ああ、そうだね。まぁ、僕とルーナの関係のお披露目でもあるんだけど」
「ふっ。持っていかれたな。だが、レミーナ様が正しく前を向き、パートナーを決めたというなら、良いことだ」
「うん……。うーん」
エルトは、しれっと言ってるけど、相手がアレなのは困ったものじゃない?
まぁ、公爵令息なんだから、この国において身分上は他にない嫁ぎ先だと思うけど。
「レミーナも……僕と似たような性格しているからなぁ。どうなんだろう。エルトのこと、すぐに諦めたのかどうか」
「……なに。俺がクリスティナと婚約した事で、ようやく気持ちが変わられたのだろう。元より俺には不釣り合いな申し出だったしな」
「うーん……」
「レヴァンも既に気持ちを切り替えたのだろう? はは」
「う、ん。もちろんそうだよ」
顔は崩してないけど言葉を詰まらせてるわよ、レヴァン。
「無理されなくて良いのに……」
「……ルーナ様の為だと思うわよ?」
「うーん。私達も、なんというか、始まったばかりですので……そのぅ。気持ちの整理と言いますと、私も、はい。ある意味でレヴァン殿下と変わらないような、同志みたいな」
「同志って」
私は、首を傾げてルーナ様を見たわ。
……もしかして私達って予想以上にドロドロした関係かしら?
「人の気持ちってままならないものですねぇ」
「そうね。皆、シャキっとした方がいいわよ」
「ひっかき回してるのはクリスティナ様だと思うんですよねぇ……」
ええ? そうかしら。私が原因かしら?
あまり腑に落ちないんだけど!
「だいたいアマネのせいよ、きっと」
「アマネ様の使い方が……」
今の結果になったの、だいたいアマネがややこしくしたからだもの。
うん。私は悪くない。アマネが悪い。うんうん。
「同志というのなら、あちらもそれに近しい関係かと思ってしまうのですが」
「あちらと言うと……青いのとレミーナ王女様?」
「青いのって。……まぁ、その。ある意味その気持ちは私とレヴァン殿下と似たような心境な気がして」
「ええ……?」
どういう事かしら。
「……あら……?」
「ん」
ルーナ様が何かに気付く。あら。青白く光る蝶……『光翼蝶』が会場に舞っているわね?
「ルーディナ様もいらしたのかしら?」
「お姿が見当たりませんね」
会場内にはいらっしゃらないように見えるけど……。
「ルーディナ様の光翼蝶は、今や王都中を舞っているそうですよ。神殿で毎日、祈られているようで」
「そうなのね」
そう言われると時々見かけるわね。
「ふふ。綺麗ですよね」
ルーナ様が近付いてきた光翼蝶に指を差しだし、その姿を愛おし気に見る。
「私、思うのです。クリスティナ様」
「なぁに? ルーナ様」
「……私達、3人共。たぶん揃った方が天与の力が強まるんじゃないかと」
「……そう思うの?」
「はい。確信……ではないんですけど。こうして王都でルーディナ様とクリスティナ様が近くにいらっしゃって。なんとなくそう感じるのです。光翼蝶がこうして近くを舞っていると私の『聖守護』も強まると」
「へぇ……。ルーナ様も似たように感じているのね」
「やっぱりクリスティナ様もですか?」
「まぁね」
一番大きいのは私がレヴァンに婚約解消を告げられたあの時だけど。
ルーナ様の天与を見て、私も使い方を覚えた。
「私達は相互に力を補い合っているのかもね」
「ふふ。そうだといいですね」
「ええ」
微笑み合う私達、そして私の傍にも1匹の光翼蝶が舞ってきたわ。
「──フンッ!」
ベチン! とそれを手で床に叩きつけて潰してやったわよ!
光翼蝶は光になって霧散したわね!
「え、、ええええええ!? 今、いい話してましたよね!? なんで潰しましたか!? そういう流れじゃなかったですよね!?」
「あの蝶々、近くに居るとなんかヤな感じするのよね! だから潰しておくわ! フフン!」
私は胸を張っておいたわ!




