150 お仕事!
王宮で与えられた私の仕事……特殊災害対策室……長いわね。
略して『特対』ね!
で、特対の仕事をする事になったわ。領地については完全に放置なのだけれど。
クシェルナ様の憑依事件が広まった事で多くの貴族から嘆願があった。
自分の娘・息子も悪魔祓いをして欲しい、と。
「……令嬢や令息が憑依されるとは限らないんじゃないかしらねー」
邪教の仕業だとして、貴族を狙うのは筋かもしれないけど、どうせ身体を乗っ取られるなら現在、爵位を持っている者達を狙うんじゃないかしら……。
あ、でも憑依している魂自体には邪教の思惑が関係ないっぽかったわよね。
つまり、こっちの世界に彼女達の魂を引き寄せる事で、邪教の目的は成立している。
憑依はオマケみたいな事象なのかも。
特対に寄せられた嘆願書は、中々に多い。文面から真剣さを感じられないものが多くある。
あと……。
「エルト。見覚えがあるのが多いんだけど」
「うん? 見覚えとは……」
「私の元に送られてきた釣書と家門が同じ」
「……ああ。クリスティナに会う口実か」
懲りないわねぇ……。
天与を宿した3人の女性。国民からの人気が一番高いだろうルーナ様は王家が抱えた。
あとはルーディナ様と私。
でも私は婚約しているんだからルーディナ様に人気が集中しそうなものなんだけど。
「そういった事を踏まえていくと、出向くに値しない嘆願が多過ぎるのよね。そもそもクシェルナ様の一件が特別な事案だった可能性の方が高いのに」
「……そうだな。ただ、一連の災害で民が不安になっている。キミ達の働きで危機が去ったと思った矢先にサラマンダーの一件だ。……そんな中で女神の巫女が悪魔憑きを払った、と知らされれば……。悪魔が災害を引き起こしたのではないか、という話になり、そうしてその疑いを掛けられる貴族はたまったものじゃない。現にキミは予言の聖女にその疑いを掛けて見せたしな」
「そうねー……」
事の発端が半分、私な気はするんだけど!
「とにかく、本当に危険そうな家を見定める必要があるわ」
王宮側から提供された情報にも目を通していく。
気を付けなきゃいけないのは……ある時を境に態度が豹変した者がいるかどうか。
急激な体調不良を引き起こした者が居るかどうか。
怪しい場所、怪しい団体……、うーん。どの範囲までが私の仕事かしら?
書類と睨めっこしていても何かピンと来ないのよね。
もっと感覚的に判断できるところまで落とし込まないと、私の天与はどうにもならないかも。
「何度か手紙のやり取りを続けた後、どこかの家に行ってみる事にするわ」
「ああ」
「エルトは大丈夫? 王宮から私の副室長に任命されてはいるけど」
「……武力的な解決が必要な場合もあるのと、かつキミの護衛を兼ねているんだろうな。女神の巫女が傷つけられるような事態は望まれていないだろう」
「そうね」
「……騎士団の件は大丈夫だ。ライリーが居るからな。頭として俺が居なくても動ける。そもそも本当のトップは父である伯爵だ。俺が直接率いる部隊しかキミは見た事がないだろうが……そちらをライリーが指揮し、全体を父が指揮すればベルグシュタットは機能する」
それはそれでどうなの?
訓練の様子とか見る限り、どう見ても若き総指揮官……みたいな位置だったと思うけど。
「エルト。私と一緒に居たいからって責任を放棄していない?」
「……長い間、我慢していたのだ。それぐらいは許して欲しいが」
「我慢?」
「アルフィナに駆けつけなかった」
「ああ。やっぱり来たかったのね」
「それはな。……たぶん、キミとの仲を進めるには、それが一番良かったと思う」
「……まぁ、ねぇ」
あの時の私は自由だったし、頼れる者は少なかったからね。
加えて言えば、一応は婚約破棄された後の傷モノ令嬢だったから、口説き落とすには絶好のタイミングだった筈よ。
「でも貴方には貴方の仕事があったじゃない」
「そうだな。すべてを捨ててキミの元へ行くのも……考えたのだが」
「ふふ。どうかしらねー? あまりに早く来過ぎても私の心が動いたかしら?」
タイミングとかってあるじゃない?
「……俺の気持ちを優先するよりも、キミの立場を考えた。あのような状況だったからな。俺なりの最善を尽くしたつもりだったが……」
「最善は尽くしてくれたわよ。ふふ。ありがとう、エルト」
「……そう言ってくれると嬉しい。だが、キミにとっての最善と、俺がキミを思う気持ちは別だ。……出来れば傍に居たかった」
「それでこうして王宮に任命されたのを良いことに、騎士団の自分の隊をほっぽり出して、私の傍に仕えてくれてると」
「そうだ。これも俺の職務だから問題ない」
問題は……あるんじゃ……。
カバーしてくれる家族が居るからこそでしょうけれど。
「そう言えば結局、邸宅に駐屯していた騎士団はどうするの? 王都付近の防衛は第1騎士団の仕事でしょう。サラマンダー事件では身軽に動いて功績を挙げたけど、遠征が主な任務の第3騎士団がいつまでも王都に滞在するのはよくないんじゃない?」
「そうなのだがな……。領地に帰すにしても、ああいった事が起きたすぐ後だろう。第1騎士団を有してはいるが……、本当にその戦力で足りえるのか、という話が降りてきている」
「うん?」
第1騎士団の戦力? そこまで不評は聞かないけど。
「俺が言うのも微妙なのだが……、あの恐竜のようなものを御せる戦力が第1に本当にあるか、とな。第3騎士団を領地に下げようとしていた伯爵に待ったが掛かったんだ。……またアレが現れた際、俺かクリスティナが居ないと騎士団の被害が大きくなる、と」
「あー……」
あんなのがそう頻繁に王都付近に現れて貰っては困るんだけど。
まだその不安が消えていないのね。
「じゃあ、エルトは王都に引き留められてる状況なのね」
「そうなるな」
「……ふぅん。でも、そうすると第1騎士団と衝突が起きたりしないの? あっちにだって面子があるでしょう。自分達に任せて第3は帰っていいぞ、とか」
「……それが、そういう声も出なかったらしい」
「そうなの? 意外ね」
騎士団のプライドとか、あんまりないのかしら。
「それこそ恐竜の死体を見た第1騎士団の者達が、口を噤んだそうだ」
「そうなの」
アレって、やっぱり倒すのが大変な部類なのよね。
まず大きいもの。
「……俺が1人で1匹倒した事について何故か引かれてしまったが」
「あら。ふふふ」
「その後、仲違いするどころか、第1騎士団の連中とこちらの騎士団との間に、なぜか友好的な関係が出来上がっていた」
「まぁ、それは良い事だわ!」
でもなんで急に仲良くなったのかしら?
手柄と名誉の奪い合いみたいなことになりそうなものだけど。
エルトが1人で恐竜を倒して、それに引かれて、その後なぜか仲良くなる2つの騎士団。
うーん。ま、結果よしよね!
とにかくそういう事情でエルト達が王都に引き留められている現状。
私は堂々と彼を伴い、王宮に通い、仕事をこなした。
最終的には、私とエルトが王都に残っていればいいのでは、という方向で話を進めているらしいわ。
第1と第3騎士団で演習を行い、互いの騎士団の実力差がそうあるワケではない、と確認しているところらしいの。
仲良しね! 騎士団ってもっとバチバチとぶつかり合うところだと思っていたわよ!
まぁ、それでよ。
陛下直轄部署の上、予算まで組まれている以上、何らかの働きは見せなくてはいけないわ。
これから向かう家は、リーマス伯爵家。
憑依の疑いのあるのは、そこのご令嬢ね。
一緒に向かうのはエルトと、それからセシリアに来て貰ったわ。
リンディスは……、私の『ふらぐ』現象が起きかねないからお留守番ね!
「分かり易い言動をしてくれれば助かるのだけれど」
「そうだな。俺も見ておきたい」
「……お相手のご令嬢にとっては災難以外のなにものでもありませんけれどね」
そうなのよねー。とても困った問題なのよ。
自分の身体を奪われる感覚……それは、ちょっと分かるのよね。
とてももどかしくて歯がゆいと思うわ。
3人で訪れた伯爵家。貴族のタウンハウスにある家は、けっこう大きかったわ。
「あらまぁ。クリスティナ様だけがいらっしゃるのかと」
来て早々、出迎えた夫人はエルトを見て驚いて見せたわ。
うーん……。私からすると彼女も疑わなければならないんだけど。
ううん。そもそも憑依現象なんて滅多に起こらない事を前提に考えなきゃよね。
見るからに彼女の血色はいい。ルーナ様ほどじゃないとしても私も精一杯、違和感を感じ取ろうとするけど、特に何も感じない。
「困ったわ。騎士様の歓迎の準備はしていないの」
「リーマス夫人。手紙でお聞きしたように、ご令嬢が危険な状態に陥っているかもと思われているのですよね? そういった噂を払拭する為にも、嘆願書を送られたと思います。歓迎など不要です。私はここに診断と治療、確認と調査の為に来たのですから」
キッパリと私は言い切ったわ。
ある程度、予想通りの対応ね。貴族同士の交流の為に来たんじゃないのよ、こっちは。
「……ですが」
「さっそく令嬢に会わせてくださらないかしら。夫人もご令嬢のことが心配でしょうから」
ニコニコと微笑みながら話を進めていく。
半ば強引に夫人の予定を崩して令嬢に会うのを急かした。
いいのよ、そういうまだるっこしいのは。この調子だと平気そうかしら?
伯爵家が用意していた歓迎の準備。
……庭に茶会のセットがしてあるわねぇ。
「クリスティナ様。初めまして。私、フィーネリア・リーマスと申します。本日は私の為にお越しいただきありがとうございます」
「…………」
令嬢らしくカーテシーをするフィーネリア嬢。
うーん。私のイメージだけど憑依者って平民だと思うのよね。
アマネがそうだったからそう思うだけかもしれないけど。
貴族らしい振る舞いってするかしら……。
身体に憑依している以上は記憶も盗まれている?
「まぁまぁ、素敵な騎士様もご一緒にいらしたのですね? まぁ、本当に素敵な方だわ……」
ウットリした表情でエルトを見るフィーネリア嬢。
うーん。逆にそれっぽいかしら……? ううん、このぐらいの反応は令嬢でもするわよね。
「お2人とも、こちらにお座りになって。ふふ」
「……体調は如何かしら? フィーネリア嬢。今日、私が来た理由を聞いている?」
事情が事情だけに嘘を教えているのかもしれない。
彼女には、お茶会に私を招いただけ、と夫人はそう伝えているのかも?
「ええ。ふふ。悪魔憑きですって? 本当、そんな事があるなら怖いわぁ」
「……理由を聞いているのですか?」
「ええ。もちろんよ」
まぁ。でも眉唾ものだもの。軽々しく話すかしら?
「悪魔憑きという噂が広がっているようですが、実際は違うのよ。身体に憑き、奪っているのは悪魔ではなく『人間』だわ。死者かどうかは知らないけれど、私達と同じように物を考える人間。それが憑いているの。……例えば……『貴方』みたいに。この世界の令嬢のフリをしている」
とりあえず私はカマをかけてみる事にしたわ。
「……まぁ、何を言ってらっしゃるのか。悪魔ではありませんの?」
くすくすと鼻で笑うような態度。あら、私の事を馬鹿にしている?
というか、この一件事態を軽んじているのかしら?
……それはむしろ令嬢らしい態度と言えるかしら?
まったく身に覚えがなかったら、こういう言動になるでしょうし。
「んー……。今のところシロなのよね」
私は肩透かしを食らったような気分だったわ。
まぁ、そうそうあんな事起こらないわよね。
「良かったわね、問題なさそうだわ。じゃあ、さようなら」
「は?」
私は席に着くまでもなく背を向けて歩きだした。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
「……なに?」
私は呆れたように振り返ったわ。
「私は、伯爵家の令嬢よ! あなた、ただの子爵にまで落ちたんでしょう? もう少し、態度を改めるべきだわ!」
怒った顔でそんな事を言ってくるフィーネリア嬢。
「……爵位はそうなりましたが、私は陛下直轄部署の仕事として、ここに来ています。また私の態度も、今回の件に当たる為に必要な態度ですわ。貴族令嬢であるなら、事情と私の立場を慮りくださいませ」
「……うるさいわね! いいから座りなさいと言っているのよ!」
あらまぁ。もしかして、この子。私に何か思うところがある令嬢かしら。
「態度が急変したわね?」
「は?」
じゃあ、とりあえず。私はツカツカと彼女に詰め寄ったわ。
「な、なに……」
「薔薇よ!」
「きゃっ!?」
薔薇で彼女の身体を縛る。そして右手に怪力……光を溜め込んで。
「──フンッ!」
「へぶ!?」
身体の芯を捉えるように掌底を叩き込んだわ!
「うん! 大丈夫よ! 良かったわね!」
身体から何も出てこなかったから、彼女はシロね!
「……全然、大丈夫じゃないのでは……?」
私は満足気に胸を張ったわ! フフン!




