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144 クリスティナの仕事

 王都近隣で起きたサラマンダーの発生騒ぎは、またたく間に広まったわ。


 ようやく王国に平和が訪れたと思った先の出来事。

 ルーナ様達の凱旋によって、人々が安心していたのにそれは起こってしまったの。


「ベルグシュタット伯爵家は噂の収集といった点は得意なのかしら?」


 私は、訓練場にやって来て、そこに居たラーライラに話し掛けたわ。

 アルフィナで騎士達に教わってはいたけど、基本的な剣技とか、まだまだなのよね、私。


 なのでこうして正式な鍛錬の場に出させて貰って剣を振らせて貰う。

 天与でいくらでも補強されるとはいえ、基礎体力がある方が良いのは間違いないわ。


「……何かあったの?」

「気になるの。この前のサラマンダーの件でどういう噂が立つか。なんとなく私に不利な噂が立ちそうな気はしてるんだけど」

「……すごく悲しい予想を立ててるわね。貴方とお兄様が問題の魔獣を倒したのでしょうに」

「実際の功績がそのまま褒められるとは限らないじゃない?」

「そうだけれど」


 特に私は、そういう悪評を立てられ易いみたいだものね!

 フフン! 悪女だわ!


「市井で出回る噂なら伯爵家でも拾えるわね。貴族……社交界で広まる噂も拾えるでしょうけれど……」

「ベルグシュタットが属している派閥にとって、私ってどうなのかしら? エルトを好きだった令嬢も沢山いるみたいだけれど」


 こう、アレよね。

 伯爵家の味方がそのまま私の味方とは限らないのよ。

 だって今まで婚約者のいなかったエルトといずれは自分が……、と思っていた令嬢も派閥には居たでしょうから。


 そして王位継承権3位と陛下に認められたとはいえ、実際に王になるつもりのない私はあまり派閥にとっては旨みがない。

 ……まぁ、天与持ちの巫女という事で神殿との関係はまだ良いものになるかも?


「……はぁ。まぁ、そうね。エルト兄さまと恋仲になりたかった令嬢は多く居るわ。婚約者がいなかったのも勿論、大きい」

「そうよね」

「前回の茶会では……事件があったけれど……比較的、貴方に対しても敵意を向けないだろう令嬢に集まって貰ったの」

「まぁ、ありがとう。ラーライラ」


 私も過ごしやすかったものね。

 歓迎されるお茶会なんて、滅多に経験がないものだから新鮮だったわ。


「社交界での貴方の噂を知りたいのなら、誰かが向かうしかないのだけれど。そういう事情もあるから、貴方が行く先の社交場は大いに荒れると思うわよ。色々な意味で」


「……んー。無理を言ってまで知りたいワケじゃあないの。ただでさえ伯爵家には大きくお世話になっているわ。自分の持ち込み財産とかもほとんどないから、私達をまとめて面倒見て貰っているワケだし」


 交流の場には、それはやっぱりドレスとか必要なものがある。

 けれど今の私は、アルフィナで揃った皆ごと伯爵家に面倒を見て貰っている身分よ。


 仕事の手助けこそすれ、これ以上の負担を掛けるとなると話が違うわよね!



「まぁ、仕事なら……話が来ているそうだけれど」

「うん? 仕事?」


 私は邸宅の本邸ではなく別邸で生活させて貰っている。

 客人ではなく、嫡男の婚約者だからこそ、彼と距離を置いているという感じね。


 あとまぁ、アルフィナで一緒にやってきた皆と過ごしていた方が私も落ち着くだろうという配慮もあるわ。

 それでラーライラが漏らしていた仕事なのだけれど。



 私は本邸に招かれてエルト達のお母様、アリーナ伯爵夫人と話をする事になったわ。



「クリスティナさん。どうかしら。エルトとの仲は順調?」

「ええ。伯爵夫人。まだ彼の望みは叶え切れていませんけれど」

「エルトの望み?」

「私に家を守るのではなく、戦場で共に戦って欲しいそうです。一度は、まぁ戦ったのですけれど」


 修道院に出た邪神の時ね!


「サラマンダーの騒ぎの時にはその機会に恵まれませんでした」

「そう。あの子らしいわね。ふふふ」


 夫人は穏やかに笑ってらしたわ。

 貴族だからどう思っていても顔に出さないかもしれないけど……印象としては悪くないのよね、伯爵夫妻の私への態度。


「貴方も知っての通り、ベルグシュタット家は武家……騎士の家系です。まぁ、そのどちらかと言えば頭を使うよりも身体を使う人が多くてね。あの子もラーライラもそうなのよ」

「はい」

「勿論、教育もしっかりしているのよ? 貴族としての振る舞いだって出来るし。礼節は弁えている。勉強が出来ないワケでもないし……」

「はい」


 別にエルトやラーライラがそういった事を出来ないと感じた事はないのだけれど。


「でもねぇ。共に戦場を駆けたい……。ううん。私には出来なかった事だから。ある意味、貴方が羨ましくもあるわ」

「私が羨ましい、ですか?」

「ええ、そうよ。私はそういった荒事には向かなくてねぇ。でもエルトが『そういう女性』が好みというのは、よく分かるのよ。……きっと、普通の令嬢ではあの子は満足し切れない気がするの。根っからの騎士というか……。武闘派というか」


 ふふふ。親にもそう思われてるのね!


「まぁまぁ、話が逸れてしまったわね。それよりも……これは家族皆で話し合う事なのだけれど。クリスティナさんは、次期伯爵の夫人として嫁ぐつもりはあるの?」

「……ええと」


 エルトはラーライラが婿を取って伯爵家を継げば良いと言っていたわね。

 無責任な発言にも聞こえるけれど……たぶん、私と一緒に居る為だったら家を捨てても良いと考えている……類だと思うわ。


「伯爵夫人になりたい、という欲はありません。ですが『責任を負うべきだ』という話でしたら、力の限り尽くさせて頂きますわ。その為に学ぶ事も惜しみません」

「……そう。まぁ、元々は侯爵令嬢で、王妃教育を受けていたのだものね。覚悟がないから投げ出したワケでもないでしょうし」

「はい……。あ、ですが」

「なぁに?」


「侯爵令嬢として十全に教育を受けてきたかは怪しいかもしれません。王妃教育に上位貴族としてのマナーも含まれていましたので、その分は押さえていると思いますけれど」


 あのマリウス家ではね。他の侯爵家と同等に扱われてはいなかった筈。

 幸か不幸か幼い頃に王妃教育は始まったから、そういう教育は受けられたけれど。


「ああ、侯爵家での扱いよね。……貴方は王家から、王弟殿下とかつての侯爵令嬢の娘と認められた。侯爵家では、実の娘ではない事から相応の扱いを受けていたらしいけれど」

「はい」


「……侯爵家の事を恨んでいる?」

「恨みですか? ええと」


 どうなのかしらねー……。

 たとえ恨んでいても、ほら。

 凄く現実的な夢の世界で殺しちゃったから気分はある意味で晴れちゃったというか。


 現実で彼らを殺せば問題になるでしょうし。


「……あちらが何かしてこない限り、こちらからは何も? と思っています」


 問題はミリシャもリカルドも、あと侯爵も何故か私に拘りがあるっぽい所だけれど。


「……そうなの。なんというか」

「はい」


「きっと貴方のように生きる人は、そう多くはないのでしょうね」


 褒められているのかしら? ううん、ただの感想ね。


「夫のバルドが陛下に確認を取ったわ。人の集まった場では貴方は継承の意思なしとは言ったけれど……陛下が継承権の放棄をお止めになったそうね」

「はい、その通りです」

「……うん。まぁ、そうね。とてもややこしい事態ではあるもの。陛下もそうせざるをえなかったことでしょう」

「ややこしいですか?」


「貴方は女神の巫女だもの。それも王位継承権を持った巫女よ。公爵令嬢もそうだけれど、彼女は身体が弱いと聞いているわ」


 ルーディナ様が今まで表に顔を出さなかったのは体調を考慮されていたから、だったわね。


「予言の聖女が王宮をかき回さなければ、きっと貴方を王妃に据えておくのが1番だった筈だわ。……もちろん、侯爵家が貴方の後ろ盾としてしっかり機能するなら、という話でしょうけれど」

「……そうかもしれませんね」


 元々、天与持ちとして王妃候補になったのだものね。

 三女神の天与持ちが揃い、女神の巫女として格が上がった私達3人。


 こういった状況が揃っていたなら、レヴァンの婚約者だって初めから私達3人の中から選ぶような形になった筈。

 ……たぶん、ミリシャが入る余地ってなかったのでしょうね。


 ルーナ様を選ぶ場合でも、私が侯爵家との縁が切れてなかったら側妃枠はミリシャじゃなくて私だったかしら?

 夢の世界でもそうだったわね。


「ええ、ええ。貴方はつまり、私達の都合に合わせるつもり、で良いのかしら?」

「……はい。幸い、というかアルフィナ領は今、領民がいませんから。領地を持っていたとしても、それに振り回される事はありません。伯爵家がエルトを後継にしたいのであれば……、私はその為に動きます。アルフィナの事はそれに合わせて考えていきます」


「……そう。まぁね。ラーライラが後を継ぐのでも、良いと思うのだけれど」


 良いの? 割とふんわりしているわね、伯爵家。

 そんな事でいいのかしら……。


「でもラーライラも別に婚約者が居るワケじゃあないからね。貴方達が、どう選びたいかは別にして……今の状況では、やっぱり婚約者を見つけてきたエルトが伯爵家を継ぐのが一般的だとは思うわ。貴方は常識に縛られない存在だとは思うけれどね」

「……はい」


 まぁ、そうかしらね。

 伯爵家には兄と妹が居て、兄は私という婚約者を見つけた。

 妹のラーライラはまだ。


 兄妹を平等に扱うとしても、エルトが一歩リードという事になるわね。


「賜ったアルフィナ領をどうするにせよ、やっぱり貴方は次期伯爵夫人として教育を受けて貰うべきだと思うわ。いざという時、出来ません、では困るでしょう」

「分かりました」


 まぁ、ものすごく妥当な提案でしょうね。


「ふふふ」

「はい?」

「今の貴方は子爵。前は侯爵令嬢。そして次は次期伯爵夫人ね。身分制度なんてバカみたいに思えてきちゃうわね。全然安定していないわ」

「そうですね、ふふ」


 そんなに簡単に身分がコロコロ変わってたら、周りも扱いに困るに違いないわ。

 昨日まで子爵だったのに次は伯爵相当だもの。


 そもそも今だって子爵でありつつ王族という、よく分からない状態だし。


「貴方が社交界に出たら……皆も態度に困りそうねぇ」

「それは……そうですね」


 子爵でありつつ、次期伯爵夫人。かつ王族。

 まぁ、侯爵令嬢や王太子の婚約者といった立場はもう無関係だとしても、とってもややこしいわ。


 そもそも神殿関係者から見れば女神の巫女だから身分制度の外の存在な面もあるし。


「それで本題なのだけれど」

「はい」


 今の話って本題じゃなかったのね!


「王宮から貴方に仕事の依頼が来ているのよ」

「……王宮から? 仕事?」


 何かしら、それ。


「前に貴方が……お茶会でクシェルナ嬢を救い出した話があったでしょう?」

「はい」


 あの『転生者』に身体を乗っ取られて苦しんでいた令嬢の件ね。


「目撃者も居るし、それに貴方が天与持ちという事も分かっている。だからね。そのような事が他にも起きていないか。そういう事を貴方に解決して欲しいそうなの」

「はぁ……?」


 分かるけど……何かしら、その仕事。


「それにこの前の件もそうでしょう? 貴方は予言が出来るという噂もあるし。王国にはまだ異変が残っている。それに貴方が何度も報告していた邪教の存在もそう。修道院では彼らを生きて捕らえたし、眉唾な話ではないと陛下も分かっていらっしゃるわ」

「……はい」


 信じて下さるのは良い事よね!


「つまりね。陛下……王家は貴方に邪教に関わる異変の調査・解決を専門に担当して欲しいそうなの」

「まぁ……」


 ホント、何かしらそれ! 特別な役職ってこと?


「詳しくは私もこれ以上知らないの。エルトと一緒に王宮に上がって聞いてくれるかしら?」

「彼と一緒で良いんですか?」

「ええ。許可されたわ」


 エルトと一緒に邪教が引き起こす問題を専門に動く仕事!


 それが私の新しい立場らしいわ!


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