143 掃討終了
「よっと」
「お嬢。まだ回復してないですよ」
「分かってるわ」
でも身体を起こせるぐらいには回復したわよ!
私の護衛に付いてくれていた騎士達に声を掛ける。
立ち上がり、歩けるまでになったと。
クインは近くに居るわね、騎士が同じく傍に控えてくれている。
「……悪いわね。4人も私とクインに人員を割いてくれたの?」
「隊長の指示ですので」
「ありがたいけど……、こう、隊長として示しがつくのかしら、それ」
いわゆる身内……『自分の女を民草より優先する男』みたいに言われないかしら。
「クリスティナ様を蔑ろにする方が問題でしょう。おっしゃられる事は分かるのですが……。隊長の婚約者どうこうの前に『女神の巫女』であり、それに貴方を狙う連中も存在しておりますので。あとは状況が状況ですからドラゴンが怯えられるかと」
『キュルア?』
うーん。サラマンダーはなんと言えばいいかしら。
鱗がある陸上生物、縦長の瞳孔で……恐竜もそうだけど、ドラゴンと似た系統の魔獣なのよね!
見ようによってはクインが犯人っぽく見えるわね!
あと私も!
「また私ったら『悪役』になりそうね! フフン!」
「それのどこに胸を張る要素があるんですかね!?」
邪教は、狙った魔獣を呼び寄せたりできるのかしら?
ドラゴンに乗って移動する私しか駆けつけられない窮地に、サラマンダーと恐竜の群れ。
あとで悪評を立てられそうなシチュエーションがバッチリね!
「騎士団の戦術に口を挟む気はないわ。ただ、貴方達4人も戦闘に参加した方がいいのは間違いないでしょう。私はクインに乗って付いていくわ。無理はせず後方支援に徹するから、本隊に合流しましょう」
両腕に包帯を巻いた私を騎士達は心配したけれど、クインに乗ってる間は平気ね。
「ちょっと天与に頼り過ぎたわねー、私ったら」
「はい?」
力を込めれば大岩も大木も粉砕できる。
人ならざるものだって殴ったりもできる。
けど、これは鍛えて手に入れた力ではないもの。
天与を無力化されるなら困ったものだわ。
どう対策を立てようかしら?
「撤退してばかりなのが癪だわ。とりあえずクインに乗って公爵領に空から投石でもしてやろうかしら」
「何を物騒なこと考えてるんですか……。無闇に内戦を仕掛けないでください」
「悪女だったらそれぐらい考えて当然なのよ? フフン!」
「ただの八つ当たりでは……」
そうとも言うわね!
4人の騎士を引き連れて本隊と合流する。
私は戦闘参加を最低限にして、クインで空から状況を見ては、地上に降りてそれを伝える役目に徹したわ。
「薔薇よ!」
あと、私が攻撃担当じゃない分、消耗を抑えながら出来る事をする。
サラマンダーが火を吐く前にその口を蔓で縛りつけてしまうのよ。
火を吐かれないだけで騎士団もかなり戦い易くなる筈。
あと、クインもサラマンダーを蹴散らすのに役に立ってくれているわね!
「あら。もう1匹、恐竜が倒れているわ?」
「……もう1匹ですか?」
「集落の方にも1匹出たのよ」
「そ、そうですか。よく逃げてこれましたね」
「恐竜から逃げてきたワケじゃないんだけど……」
あの場を離れたものだから手柄を放棄したも同然ね。
仕方ないわ。ただ集落の人間がどうなったかは確認しなくちゃ。
「エルトは?」
「森の奥へと進まれました! 光る薔薇の後を追うようです!」
入れ違いに……じゃないわね。たぶん1度は合流したけど私は気を失っていたのよ。
「リン。エルトに状況は説明したのよね?」
「はい。ベルグシュタット卿も単独行動はされないと思いますが……森の中に大隊を投入するのは困難でしょうから」
人数を抑えていったのね。
集落に群がっていたサラマンダーは一掃したつもりだけど、まだまだ森の中にも魔獣は居た筈。
そうだわ!
「クイン、空へ。もう塞がってる筈だけれど」
私が大地の傷を見たのは空だったわ。
恐竜はおそらく、そこから落ちてきた筈。
大地の傷は開き続けるという事はないらしいけれど。
『キュルァアア』
「平気そうかしらね」
集落の方を見る。あの一帯の火災は鎮まっているようね。
森の中で火に巻かれて……逃げ出した事について考える。
私は、あの青いのを信用している節もあるのかしら?
少なくとも集落の人間に手を出しはしないと。
どうにもならなかった気もするけれど……、見捨てた事に変わりはない。
「……あの嫌な感覚はないわね。でもあの時、近付いてきていた気配を感じなかったのよね」
「ユリアン公子ですか。たしかにあの距離に至るまで私も何も気が付きませんでした」
恐竜と戦っていて意識が向いていなかったのもあると思うわ。
「リンみたいに姿を隠す魔術が使える?」
「それだと私には見える筈なのですが……」
そうよね。隠蔽魔術は同じ魔族には通用しないらしいもの。
「……森林火災の消火は手間取りそうね」
サラマンダーの掃討をしながら逃げ遅れた人々の救助も必要。
「集落付近の火の手は鎮まっています。不幸中の幸いでしょうが……」
「そうね」
あの炎はヨナの魔術と違って、ちゃんと燃えている炎なのよね。
サラマンダーを殺したところで火が消えるワケじゃない。
「早い内に合流してエルトの指示を聞いた方が良いと思うんだけど」
空を飛んで移動できるのも考えものよね!
騎士団との連携は取り難い。
先行して現場に迎えるのは良いけれど、単独に窮地になった場合の援軍が望めない。
天与でそこらの魔獣には負けないつもりだったけれど……私を『弱体化』させる方向で、対立してくる敵がいる。
とっても面倒くさいわ!
敵はすっきりぶん殴りたいものよね!
「あ」
「はい」
空気が重くなったわ。
ザリザリと視界の端が歪むけれど、映像が結実しない。
予言の天与が発動している筈なのに何も見えない?
そう言えば私、予言の天与でエルトとルーナ様が仲良くしている様子をまともに見た事ないわよね。
アマネの言葉からして、そういった光景は存在する筈なのに。
……無意識で私が視ないようにしているのかしら?
だいたい全部、感覚的な話だし。
逆に、あの青いのがルーナ様をお姫様のように抱っこする光景は見えた。
「予言が発動しているのに、その映像が見えないということは……、クイン! 今言う方向に降りて!」
『キュルァアアア!』
集落で感じた気配は濃くなる。
それは目に見えない霧のようなもの。空気が厚くなり、息苦しくなるような感覚なのだけれど。
「そこよ!」
「お嬢!?」
近くにまで来た。
私は、私が感じた感覚を信じて飛び込んでみる。
木々の前に薔薇の花びらのクッションを生み出し、空から降りた。
「きゃー-!」
と、空から落ちるスリルを味わい、楽しみながらのダイブ!
「!?」
薔薇のクッションを生み出し続けながら、細い木の枝を折って落ちた先には。
「ん!」
私は地面に落ちる前に誰かに抱き留められていたわ!
予言で見たルーナ様みたいにお姫様のような姿勢で。
もちろん、私を抱き抱えた相手は。
「……クリスティナ? 何故、空から降ってきた?」
「フフン! エルト、よく受け止めてくれたわね!」
私の考えと感覚は間違ってなかったわね、やっぱり!
つまり、これが『ふらぐ』という現象よ!
「いや。何故、落ちてきたのか説明して欲しいのだが……」
エルトは疑問符で埋まった顔をしながら空と私を見比べていたわ!
「クインに乗って飛んできて、そこから飛び降りたわ!」
「ほう。……何故だ?」
「なにかしら手応えを感じたかったからね! フフン!」
「……そうか。まぁ……そうか」
私を抱きかかえながら、エルトは私の説明に納得してくれたみたいね!
フフン! 完璧な説明だったわ!
◇◆◇
サラマンダーを掃討しながら私達は、再び森の集落に辿り着いたわ。
青いのが居る事を警戒したんだけど。
「あっ!」
と村人に見つかる私。
今は、ちゃんとエルトから腕から降りて、自分の足で歩いているわよ!
「無事みたいね?」
最後に見た光景から悪化した様子は見られない。
とはいえ、敵は魔獣だわ。先に救出した村人たちは、まだ元気なのかしら。
「はい、ありがとうございます……、ええと」
「最後まで助けられなくて悪かったわね。あの後、どうなったの?」
たぶん、数時間は……経ってるんじゃないかしら?
1度、気を失ったし。
「村の方は、あれから新たな魔獣に襲われてはいません。その、周囲の薔薇が魔除けになっている様子で」
「ああ、それはそうね」
浄化の薔薇槍で村を囲っていたんだったわ。
槍として使える硬度はもう保ってないみたいだけれど、魔除けとしては活きていたみたいね。
村内の火災も広がってはいない。
あとは地道な救助活動に移っていく感じかしら?
1度は休んだだけあって、私の力も快復しているけれど。
「青い髪をした……貴族の男が居たと聞いたのだが」
エルトが青いのを場所を尋ねる。
「はい。いらっしゃいました……のですが」
村の人目線で事情を聴く場所に私も同行させて貰う。
森の奥で火の手が上がり始めた彼らは救助を求めて街道へ出る者と家屋を守る者に別れたらしいわ。
幸いというか、森と言っても、空に黒炎が上がれば遠くからでも見える木々の密度で、彼らも慌てながら対処に動き始めた。
サラマンダー達は、最初から群れとして森の奥に生息していたタイプじゃない。
大地の傷から溢れだした魔獣。
だから発生地点は1か所で、1つの方角からすべてがやってくる。
つまり火の手が上がった場所から反対側へ逃げていれば、避難できた。
とはいえ、村人全員、事態は分からないけど一緒に逃げましょう、とは出来なかったらしく、私が駆けつけた時みたいなサラマンダーに囲まれた状況に陥った。
そこで窮地になった所で私が駆けつけて新たに現れた恐竜と戦闘。
倒した後で私の元にあの青いのが姿を現した。
そこまでは村人達も目撃済み。
それで私に近付こうとした青いの。
だけど、私はすぐにクインに乗って逃げたわ。
「その後は?」
幸い、新たなサラマンダーの襲撃はなく、村の火災だけは鎮火し始めていた。
燃え移りそうなところは建物ごとぶっ壊しておいて良かったわね!
「ええと、件の方ですが……ドラゴンに乗って飛び立たれた貴方をポカンと見つめておりまして」
「フフン!」
とりあえず思い通りにはなってやらなかったワケね!
癪な気持ちが少し和らいだわ!
「ええ。まぁ……そうですね。まるで誘惑を見事に流された伊達男といった風情で……」
「それは小気味よい話ではあるな」
「そうね!」
まぁ、村人からしたら、それどころじゃないんだけど!
「何とも私達も居た堪れない空気でした。はい。ええと、こちらの女性はお美しい方ですし、件の方が貴方に気があるのは明らかでしたので……、何とも言えず」
ナンパ男がフラれた現場を見たようなものね!
「彼は、村人の状況を確認した後は去っていきました」
「去ったの? 無責任ね!」
「お嬢が言いますか?」
「フフン!」
私は仕方なくよ!
「……その様子では魔獣を倒す事や、村人を救助するのは目的ではなかったようだな。それどころか……この位置にある集落へ、クリスティナが来る事を予測していた……?」
エルトが私の意見を聞きたそうに視線を向ける。
「この事態を引き起こした黒幕というよりも、アマネみたいに『そういう事件がここで起きる事が分かっている』の類だと思うわ」
あの男自身がそういう事を理解しているのか。
それともアマネが知識を貸しているのかは不明ね。
私がまだ予言の天与で見ていない部分でしょう。
何にせよ、大変な事だわ。
黒幕たる証拠なんて……たぶん出しようがないし。
なぜ予言しなかったんだと問い詰める場合、それを言ったら私も同類。
むしろ助けに? 来ただけマシな方と言えるわよね。
それから、その日いっぱい、騎士団はサラマンダーの掃討作戦に費やしたわ。
後半は確認と要所の警備、交代による休憩といった具合。
すべてが一段落したのは翌日の午後だった。
「新しいサラマンダーの出現は確認されない。これから救援部隊が組まれるだろう。第3騎士団は最低限の人員を残しつつ、帰還だ」「ほとんど終わりね!」
騎士団の仕事は大変ね!
アルフィナでは、守る対象が居る場所が限定されてたから……領地のほとんどが『罠』みたいなものだったし。
こういう事態では、やっぱり動ける人員の数が物を言うわよね!
「クリスティナ。……一緒に帰らないか?」
エルトが黒馬の手綱を引きながら手を差し伸べてくる。
「……ええ!」
私は、その手を取ったわ。
彼の愛馬である黒馬に2人で乗る。
私が前、エルトが後ろね。
「今回は一緒に戦えなかったわね」
「……そうだな。残念ではある。だが離れた場所だが、同じ獲物を倒していたんだろう? それも悪くはない」
「ふふ、そうね!」
エルトも私とは別の恐竜を仕留めていたらしいわ。
……私が言うのも何だけど、天与という特別な力なしでアレを殺せるエルトは凄いと思うわ!
「私、もっとちゃんと剣を習いたいわ。それに騎士団とどう連携するかも考えたり、学んだりしなくちゃ」
「そうか。剣ならば俺が教えよう。部隊でどう行動するかも考えなければな」
「ルーナ様と一緒に行動していた時はどうしていたの?」
エルト達とルーナ様は長く一緒に活動していたわ。
天与の違いから同じ戦術は取れないかもしれないけど……参考にはなるわよね!
「ラトビア嬢にライリーが率いる護衛をつけ、簡易的な『拠点』として全体の陣形を組んだ。彼女の『聖守護』は外側からの攻撃を防ぐが、内側からの攻撃は透過する。都合のいい透明な盾のようなものだ。魔物と接敵した際は、結界の内側から槍や剣で魔獣を突き立てるのが手堅い陣形だったな」
「うんうん」
私の薔薇でやろうとすると……蔓を編み込んだ網目の隙間から槍を突き出すとかかしら?
透明じゃないから視界が塞がれるのと、防御性能においてはルーナ様に劣るのが問題ね!
「クリスティナ」
「ん」
エルトが馬の上で背中から私を片手で抱き締めてきた。
「落馬しちゃうわよ」
「そうならないように気を付けている」
手綱を握る手の力は緩んでないわね。
「私が手綱を引きましょうか?」
「そうすると両手が使えるな」
「ふふ」
こういうのも悪くないわね!




