142 乙女ロマンスのお約束
「んん……」
徐々に意識を取り戻していく。
クインの背中からは降ろされていたわ。
「お嬢!」
リンディスが私の顔を覗き込んだ。
縛られてたりはしないわね。
捕まっても拘束されてもいないらしいわ。
「リン……」
「ああ、良かった。無理に身体を起こさないでください。護衛も居ますから大丈夫です」
「そ……」
リンディスの声色に嘘の気配はない。信用していいわね。
私は横になったまま視線だけを動かしたわ。
騎士団が2人近くに居る。
私は何かの上に寝かされている?
「はぁ……」
身体がダルいわね。
たしかに体力を使い切っていた感覚はあるけど。
それでも、あの急激な脱力感は違和感があったわ。
何故なのか心当たりはある。
映像として視るルーナ様や私の未来の可能性。
それから1番大きなのはアマネの感性でしょうね。
だから、なのかしら。
天与は私の未来をただ見せるのではなく、アマネ越しに予言の世界を俯瞰させていた理由は。
「リン……」
「はい。お嬢。ここに居ますよ」
私は深く溜息を吐いたわ。
「乙女ロマンスのお約束よ」
「……はい?」
私が呟いた言葉にリンディスは首を傾げたわ。
「思ったよりも厄介だわ、これ」
確信があるのに問い詰める根拠には出来ない。
ぶん殴りたいのに証拠が出てきそうにない。
公爵家のどこかに邪教徒達が居るとか、そういう話なら分かり易いのに。
流石にそれはないわよね?
「一体どうしたと言うんですか? あの場に居た私でさえお嬢の判断が分かりませんでした。いえ、気を失った以上、正しかったのだと分かりますが……」
「んー……」
どう説明したものなのかしらね、これは。
私も感覚で判断した事だから。
「つまり『お約束』なのよ」
「いや、ですから何がです?」
「んー-!」
癪だけれど、たぶんアマネの方が私のこの感覚を理解しそう。
「ルーナ様とお話した事、あと『予言』の天与で見た光景もあって……。何度かアマネの視点で見た時はルーナ様を中心としていてね?」
「はい」
「つまり……私、じゃなくて。ルーナ様なんだけどね。あそこで気を失うのがお約束ってヤツなのよ」
「……はぁ?」
問題なのよ、これが。
「そのお約束に私が巻き込まれてるワケなのよ」
「はい?」
「邪教が残してた資料と予言書の内容、それから私が見た予言の映像……そういうのを合わせた話ね。『予言書の通りに現実が変わる』の。そして、その変わる現実には規則性が多分あって……本来ならルーナ様を狙ってる? ううん、これはどちらか分からないわね。私も狙われてるのは確かでしょうし」
「……はい」
つまりよ。
「起きるのよ。現実に。事件が。……あそこにルーナ様が居たならばルーナ様が。居なかったなら代わりに私が。私は巨大な魔獣と戦っていて……そして窮地に陥るの。それがお約束だから。そして私の窮地には『誰か』が駆けつけるの。エルトか、カイルか、レヴァンか、ヨナか。或いは、あの青いのが。カイルやヨナは伯爵邸に居たわ。エルトは私とは別に出てきた。……だから可能性があったのはレヴァンか、青いので……。そういう『運命の呪い』だと思っていいと思うわ。私は、あそこで気を失い、そして『誰か』に抱きかかえられていた筈だった。それがお約束で、絵になる『事件』だったから。……という事だと思うのだけれど」
伝わるかしら、これで……。
リンディスには予言の天与で見たものを隠した事ないわ。
他の人よりは私が見てきたモノについて理解して貰えると思うんだけれど。
「ええと。聖女アマネが異世界で見てきたという予言書の通りに現実の物事が動く……のは分かります。それに加えて、ええと。乙女の?」
「乙女のロマンスのお約束。アマネが命名したのよ」
「……はぁ。つまり、その。そういう事象が? お嬢の身に起こる、という予言ですか?」
予言……とも、ちょっと違う話なのよねー。
「予言というか、強制される運命的な……だから『お約束』ね! あのね。たぶん、私はあの場面で……エルトが到着できる範囲に居るか、一緒に行動してなきゃいけなかったのよ。それが無理ならカイルかヨナを連れて行くか……。リンが居たけど相手がアレじゃ……ううん。やっぱりエルトがそこに居なきゃダメだったのかしら?」
「……分かるような、分からないような?」
うーん! つまり、つまり。
「予言書に顔が出ていた皆よ!」
「いや、私はそれ見たことありませんので」
くぅ。中々にもどかしいわね!
「……天与の無力化は、あの青いのの個人的な力じゃないのかもしれないわ。あいつをぶん殴って回避できる問題じゃない。アマネの件は言い掛かりのつもりだったけど、本当に現実が歪められてるような感じ」
私は天井に向かって手を伸ばし、手を開いたり閉じたりしてみる。
空気とは違う、もっと分厚い何か。
世界の圧力、歪みが纏わりつく息苦しさ。
今はその感覚が薄れているけれど。
あの集落で感じたそれは酷かった。
「あら。手当てされてるわね?」
私は自分の腕に包帯が巻かれてるのに気づいたわ。
「しますよ。それは。騎士団と合流しましたからね」
「そうなの。エルトとは?」
「真っ先に合流しました。ですが、彼は魔獣の掃討作戦の指揮官ですから……」
「そう」
一緒に戦えなかったのは残念だわ。
それに結局、集落の人達も放り出してきてしまったし。
「んー……。前からチラチラと思っていたけれど」
「はい」
「私、邪教に呪われてるわよね?」
ルーナ様にも、ルーディナ様にも、その気配があんまり感じられない。
どういう仕組みの呪術なのか定かじゃないけど、ターゲットが私らしいのは、間違いなさそうな……。
「……お嬢の『予言』は、負担の方が大きそうですからね。現実が予言に侵食? されていくのを知覚する為の? 天与でしょうか……。それでその規則性が」
「乙女ロマンスのお約束」
「……もうちょっと名前を何とか出来ません?」
「だってそうなんだもの」
私は頬を膨らませたわ。
「ルーナ様に確認しようかしら? 貴方、何もない場所でよく転んで誰かに抱きついたりする? って」
「何ですか、それ?」
「とにかくよく転ぶらしいわ。スカートや地面の凸凹に引っ掛かって、その先には美形の男が居て抱き止められるのが『お約束』らしいのよ」
「……はぁ」
「つまりターゲットが私の場合、私はこれから『何もない場所で転ぶ呪い』に掛けられたという事になるわ。青いのやレヴァンが近くに居る場合は要注意ね!」
「なんだか頭が痛くなってきました」
「……信じないの?」
「……いえ。お嬢や天与を常識で考えてはいけないと思いますから。信じますよ」
「フフン!」
流石はリンディスね!
「ただ、その現象? の規則性? が、いまいちピンと来ないので、他に想定される現象があれば教えて欲しいです。対策のしようがありませんから」
「そうねー……」
アマネが漏らす言葉や、見ていたモノから推測を立てる。
「パーティーに参加したりして」
「はい」
「私が一人になるでしょ?」
「はい」
「そうすると、必ず『誰か』が私の前に現れて、2人きりになる……そんな感じ?」
「その場合は最初からお嬢が一人になるタイミングを狙って来ているのでは?」
「そうね。そうだと思うんだけど、理屈抜きにそうなるような……。例えば今から私が街中に買い物に出たら……『誰か』も同じように考えて街中に出てきていて、必ず出逢うの。それで、その『誰か』の対象は限定的なのよ」
エルトか、カイルか、レヴァンか、青いのか。
アマネが注目していた男性の誰か。
その範疇に、あの青いのは無理矢理にねじ込まれている。
ルーナ様があの男に感じた強烈な忌避感は、それなのよ、きっと。
『攻略対象』じゃない男が紛れ込み、恋愛対象として強制される嫌悪感。
アマネが見ていた予言書の内容は、手を加えられなければ、3人の男性だけが注目される筈だった。
そこに4人目の誰かが『後付け』された違和感。
ルフィス公爵家なんて家門、皆が認識して当たり前の筈の名家なのに、今まで誰の口にも昇らず、認識から外れていたような……。
アマネが言うには『物語』の中心はルーナ様の筈なんだけど……。
「アマネが何と言っていたかしら? そう『ふらぐ』とかいう出来事が強制されそうな感覚よ。そして、それは多分、私にとって不快な事だわ。私は、それを全力で回避したくて逃げたワケなのだけれど」
「……もしかして、その事象を回避するのに、かなりの体力を消耗しますか?」
「分からないわ? でもね。これも何と言っていたかしら……。うーんと。そうよ。『しーじーがあるイベント』とか言っていたわね。ルーナ様と男の誰かを一緒に描いた『絵画』みたいな状況。それが差し迫ると、強烈な圧迫感があって、そうなるように流されそうになるの」
本来ならルーナ様が担う筈の役割だと思うんだけれど。
「……参りましたね。お嬢が抱いているらしい感覚の共有があまり出来ない……。その。それらは、お嬢にとって害なのですか?」
害? 害ねー……。
「害かどうかで言えば……微妙な感じ。だけど不快だわ。私はエルトの婚約者よ? にも関わらず、他の男に無理矢理に抱きつかされる……そんな感覚なの。潔癖のつもりはないんだけれど……不誠実を強制される嫌悪感があるわ」
ましてや、その相手があの青いのだったらムカムカするわ!
「それは……まぁ害ですよね」
「よね? あそこから逃げたのは、そういう事なの」
『ふらぐ』という出来事をぶち壊したかったのよ。
「……やっぱり呪われてるわ、私」
直接的な攻撃じゃなく、じわじわと周りの空気から狂わされてる嫌な感じ。
「お嬢の言葉は信じるつもりなのですが……あまり、その。その話は他の人に言わない方が良いかもしれません。深入りせずに聞くと『夢見がちな少女の妄言』のように……聞こえます。自分が街を歩けば美形の男性と運命的に出逢うのだ、と。他の件も」
「……それは、たしかにそうね」
この感覚を言葉にして、冷静に考えると、なんだか恥ずかしい気がするわ!
「エルトにも言わない方が良いかしら」
「……いえ。一応、話しておくべきとは思います。こうは言いましたが、お嬢にはやっぱり天与がありますからね。
聖女アマネの予言書の内容や、邪教のもたらす運命、という類の話もベルグシュタット卿は知っています。
これはその延長上の話なんですよね? であれば、先程の『妄言』のような印象にはならないかと。
ただ、他の方にとっては少し……その。お嬢がアレな方に見える気がします。良く言えばロマンチストなように」
「そうねー……。私も気をつけるわね!」
エルトと合流したなら話しておきましょう。
でもね。
この時の私はまだ甘く見てたわ。
この『ふらぐ』という現象の事を。
おそらく明確にルーナ様の立ち位置に私がなり変わっているという事を。
望まない大量の『ふらぐ』によって私の生活が脅かされる。
……面倒くさくて大変なんだから!




