141 メタ読みと運命
木々の向こう、空から落ちて現れた恐竜を視界に収める。
『グルゥゥゥ……』
大人より3倍は高い背丈、筋肉と固い鱗に覆われた身体には恐ろしいパワーとスピードがあるわ。
そんな大型の肉食魔獣が突進してきたら被害は甚大。
薔薇槍も弾いてしまうその身体は鎧を着ているようなものだわ。
「──薔薇よッ!」
恐竜の口の中に薔薇を咲かせる。鼻の中にも。
『グルッ……!? グゥゥア』
あの手の魔獣は生物的な常識からは逸脱していないもの。
呼吸を遮り、混乱している所で薔薇で動きを絡めとるわ。
片足だけを強靭な薔薇で縛り、尻尾を掴む。
『───ッ!』
ドシィン! と音を立てて倒れ伏す恐竜。
前の時はこのまま殴り掛かったものだけれど……。
「浄化の薔薇槍ッ!」
「お嬢!?」
四方八方、がむしゃらに薔薇の槍を地面から生やして無差別に攻撃していく。
……こんな事をすれば私も体力が削られるわ。
天与を使い続ける負担っていうのは、やっぱりあるのよね。
でも、私は構わずにそこかしこを攻撃した。
恐竜を殺し切れていない中、こんな無駄な体力を消耗するのは本当は悪手だと思うわ。
でもやるのよ!
村の周りに光った薔薇の槍が壁を作る。
私は恐竜には近寄らない。
じわじわと苦しめる形で悪いけど、このまま窒息死させる形を取る。
『キュルァアアアア!』
「クイン!?」
弱り始めた恐竜に向かってクインが飛び掛かったわ!
『キュルゥァアアアッ!』
滅多な事ではそこまで攻撃的な行動をしないクインが飛びつき、足の爪で引っかき、喉元に噛みつく。
いいわね! クインが戦ってくれるなら私はそのままサポートに回りましょう!
「油断しないでね、クイン!」
『キュルァアアアッ!』
恐竜も死に物狂いで暴れる。
体内に影響させる薔薇は、外に咲かせる薔薇よりも負担が大きいわね。
見えない場所だからかしら?
『グァッグァルゥゥアアア……!』
暴れながら薔薇を吐き出す恐竜。絡みつく薔薇もどんどん引き千切られる。
『キュルアアアアアッ!!』
『グルゥゥウアアアアアアッ!』
倒れた恐竜に追撃する白銀のドラゴンの戦い……なかなかに迫力があるわね!
私はクインが傷つかないように、ひたすら援護をし続けたわ!
やがて、恐竜は喉元をクインに噛み千切られる事で絶命したの。
『キュルゥゥア……』
「ふぅ……」
これで周辺の魔獣は一掃できたかしら?
救出した村人達は火災から遠ざけている。
燃えた建物は、ソレごと破壊する事で消火したから私が駆けつけてからの最善は尽くした筈よね。
「下手に森に出るより、ここで救援を待った方が良さそうね」
救援の手を広げたいけれど、この村の安全はまだ確実に確保できていないわ。
空から見た限り火災に巻き込まれた集落はここだけだけれど。
「お嬢、さすがに休んでください。ほとんど1人で戦ってますよ」
「そうね……」
流石に疲れたわね。
駆けずり回った上に天与も大判振る舞いしたし。
「村内に居た人は助けられたかしら? 消火の為に壊した家屋の下敷きになってる人とか居る?」
「それは……分かりませんが」
私なりの最善は尽くしたけど、早まったかもしれないところはあるわね。
後悔は、魔獣の掃討が終わった後で被害者の確認をしてからになるけど。
「お嬢は、なぜあのような戦い方を?」
「うん?」
「いえ。もちろん危険を冒さない戦いが出来るならそれで良いのです。ただ、前はアレに殴り掛かっていたもので。気になっただけです」
「まぁね」
天与で殴っていればクインを危ない目に遭わせなくて済んだし、もっと早くに仕留められたかもしれないわ。
リンディスがアレ? と疑問に思うのも分かる。ただね。
「私が万一、アイツに殺されていたら結局、皆して全滅だったでしょう?」
「それはそうですね」
「もちろん、仕留められなくても同じ結果だったと思うけど」
問題は。
「……空に蝶が飛んでいたのを見たのよ」
「蝶……?」
「ええ。そして大地の傷もね」
光る蝶。ルーディナ様の『光翼蝶』の天与。
彼女は自身の天与には何の力もないと言うけれど。
「……疑っておられるのですか? 彼女を」
「んー……。それはちょっと違うかしら?」
「違う?」
「だって、もしも私が見たものがルーナ様の天与だったら? リンはこう思う筈よ。『彼女は大地の傷を塞ごうとしているのだろう』ってね。だからルーディナ様の天与が悪しき事に使われたとは判断できないわ。彼女が自分の力を信じ、生じた大地の傷を自らの天与でどうにかしてみせようと思った……、そう捉える事も出来るわよね。近くにこなくても私みたいに遠くから『光翼蝶』を飛ばせばいいんだし」
「それはたしかに」
リンディスも私の考えに納得したみたいね。
悪意を持って見れば、この事態を引き起こしたのがルーディナ様かもしれないと見れるけれど。
大地の傷は『夢の中の私』が毒薔薇で開いて見せた。
たぶん私にも出来るんでしょうし、ルーディナ様にも出来るんでしょう。
でも、他にもそれが出来る者達が居るわ。
邪神をそこから呼び出していた邪教徒達も、大地の傷を開いていた。
ルーディナ様はそれを知って人知れず対処に当たっていた、とかも?
今の情報でシロかクロかは判断できないって事ね!
そして大切なこと。
確実な情報からの推測よりも……私の勘でどう思うか。
そうね。やぱりルーディナ様が今回の件でどうしたにせよ、私は彼女を味方と見做すわ。
何の根拠もなく。疑わしい事ばかりだけれどよ。
それよりも今回、私が恐竜に近付いて戦わなかったのは保身に走ったからじゃない。
いえ、保身には走ったかしら?
咄嗟の事だから、これもまた直感でそうしたのだけれど。
うん。なんて言えばいいのかしら?
私はこういう風に考えたのよね。
『今ここで私が恐竜相手に苦戦していたら』
『そんな時にエルトが来て、恐竜を退治して見せたら』
とても格好いいだろうなって。
ヒーローみたいだなって。
だから、私はそんなヒーローの出番をけっして『作らなかった』
だってクインに乗って空を来た私と違って、部下を従えてくるエルトがこんな短時間でここに駆けつけてくる筈がない。
アマネじゃないけれど……。
『私』が窮地に陥る『物語』なら、そこにヒーローが駆けつけそうだ、という感覚。
リンディスが傍に居たからリンディスが?
ううん。私だってリンディスの力は把握しているわ。
幻術で攻撃を逸らす事は出来るでしょうけれど、あの状況で最前線に立つ私から意識を逸らすのは難しい。
リンディスでは、ピンチになる私を救えなかったのよ。
だから……だから、そこで駆けつけるなら他の誰か。
私の頭の中にレヴァンやカイルの顔が浮かんだ。
魔獣という戦力を前にして誰かが駆けつけてくれるなら、それはエルトが適任の筈。
でも彼がこの森の奥の集落に、あのタイミングで来る筈がない。
──つまり、ここに『誰か』が来るとしたら、それは。
「──急いで駆けつけたと思ったんだが。もうすべて終わってるなんてな。流石はイリスの巫女、という所かな」
それまで気配も感じなかったその男が、そんな言葉を言いながら現れた。
青い髪に青い瞳の公爵令息。ユリアン・ルフィス・リュミエット。
……ええ、そう。
もしも恐竜を相手に私がピンチになっていたならば。
この男が駆けつけてきた事でしょう。エルトの代わりに。
そうして何事もなければ殴って倒せる私がピンチになる理由は?
それはきっと『天与が使えなくなったから』になる。
体力の消耗で? あるいは無力化されて?
──私は、この男をヒーロー役になんてしたくなかったのよ。
「ユリアン公子……ですか!? 何故こんな場所に!?」
リンディスが私の代わりに驚愕し、疑問の声を上げる。
事前に彼の容姿は共有しているから……。
「もちろん、人命救助の為さ。この辺りに集落がある事は知っていたからね」
演劇の都合のように、そこに居合わせる男。
私はクラクラとしてきた。
天与の使い過ぎ……火災の中で走り回った影響もあって、体力の消耗も著しい。
理屈は通る。
そして、ザリザリと黒と白が混ざったような視界の先で『ルーナ様』が倒れる光景が浮かぶ。
今の私と同じように村を救った後。
目の前の男に助けられ、ルーナ様は気が抜けたように脱力して、気を失って。
彼女は、お姫様のように男に抱きかかえられる。
その腕の中で無防備に気を失ったまま、安全な場所、というどこかへ。
これは、そういう物語。出逢い、事件が起こる運命。
そして、私は彼女の代わりにここに立っていて、まるで物語のヒロインのように気を失おうと……。
「……ぐぅぅッ! 薔薇よッ!」
私は手に棘薔薇を巻き付けて、痛みで意識を保ったわ!
その場で倒れそうになるのを歯を食いしばって堪えて、立つ。
不自然な程に急激な脱力と、失われそうになる私の意識を、死に物狂いで保ち続ける。
ここにこのまま居てはいけないわ。
私は、きっとあまりにも都合よく、あの男の前で気を失う。そんな未来が見える。
見えた未来の姿はルーナ様だったけれど。
そういうのは今までの経験からして私の身に起こる出来事なのよ!
強制される空間の、世界の、運命の圧力を、痛みと根性だけで跳ねのけた。
「お嬢!?」
「クイン! リン! ……逃げるわよッ!」
「えっ!?」
『キュルウァアアアアッ!』
私の言葉に反応したクインが私に向かって駆けてくる。
リンディスも、ユリアンも私の言動に驚いて固まった。
予想外で想定外の言動なのでしょう。
私はここで『気を失うのが正しい運命』なのだと。
でも、そんなのはお断りよ。
クインに掴まり、その行動を見て、遅れてリンディスも寄ってくる。
棘なし薔薇の蔓で強引に2人の身体をクインに括り付け、飛び立った。
「…………は?」
さらに遅れて、私の行動を見守っていたユリアンが動き出す。
あの男は敵意も見せずに話し掛けてきた。
敵意どころか気配も感じなかったけど……。
そこには悪意も作意もない可能性がある。
あの男は、ただひたすらに『都合よく』その場に居合わせて、ピンチになる筈の私の元へ駆けつけたのよ。
「お生憎様。じゃあね! 村人の事はあんたが何とかしなさい!」
クインの背で捨て台詞を吐いて飛び立つ。
逃げるのは癪ではあるけれど、前に言ったように私に騎士の誇りはない。
必要とあれば撤退に躊躇はないわ。
「クイン、リン……エルトを探して。私を彼の元へ……」
「お嬢!?」
事態を飲み込めないながらも、無条件で私を支えてくれるリンディス。
連れてきておいて良かったわ。
そして、そのまま私の意識は急激に失われていった。




