140 エルトの戦い
「第三騎士団、ベルグリッター! サラマンダーを掃討せよ!」
「「了解ッ!」」
王都を抜け、騎馬部隊が急行する。
サラマンダーは全身を鱗に覆われた四足の魔獣。
地を這い、腹を地面に擦り付ける背の低さ。
「一陣は馬を降りて戦え! 火を吐かれる前に近付き、潰せ!」
「「ハッ!」」
第三騎士団へ出陣要請が掛かるだけあって、魔獣が現れた地域のハンターや警備兵達は後手に回っている。
王都の方は第一騎士団が守っているから被害が抑えられる筈だった。
第三騎士団を率いるエルトは前線で指揮を取りながらサラマンダーの掃討と避難誘導のサポートを行う。
(クリスティナは……)
サラマンダーを容易く切り捨てながら報告のあった一帯を見る。
森林部では火災が起きていた。
ドラゴンに乗り、空から事態を把握していれば、どこへ真っ先に向かうか。
その時。
ドシン……ドシン、と。重々しい音を響かせ、大地を震わせながらソレは騎士団の前に現れた。
「なっ……!」
その姿を見た騎士団員が驚愕の声を上げる。
高さは大人を縦に並べて3人分ほど。サラマンダーと同じように鱗で覆われ、縦長の瞳孔をした大物。
「……クリスティナが戦ったキョウリュウというものか」
話では聞いていた。だけれど、その威容はさしもの騎士団員達をも怯ませる。
『グルゥゥァアアアアアアアアア!』
「シッ!」
エルトは、間髪を入れずに駆け寄りながら、短剣を恐竜の右目に投げつけた。
『グルゥゥアアアッ!』
「こいつの相手は俺がする! お前達は距離を取れ!」
「りょ、了解……!」
視界を潰し、全体を見ながら、隙を窺う。
大の男の肩幅よりも太い足に手足の爪、大きな頭部に牙。
太い尻尾の攻撃も警戒する必要がある。
「はぁあッ!」
剣を魔獣の鱗に合わせる。ギャリリィと音を立てる。
(固いな……!)
彼が手にしている魔剣は折れず、刃こぼれを最小限に抑える強靭な剣だった。
他の騎士が手にしている剣では歯が立たずにやられるばかりだろう。
(クリスティナはコレを拳で打ち倒したという。拘束する事や、力で中身に損傷を与える事は可能という事だ)
堅い鱗に覆われていようとも、これは生物の範疇。
邪神のように肉体が再生までしてしまう類とは違うもの。
初めて相対する魔獣を相手取りながら怯むことはなく、彼は冷静に弱点を探す。
恐竜の足元へと潜り込み、腹側に剣を当て、斬った。
(切れる部位はあるらしい)
鱗が薄い腹側は切れる。目も潰せる。
油断しなければ倒す道筋がある。
(……問題は、こいつが現れたタイミングだ。こんなものが最初から居たなら報告が上がっている。後から現れたという事。大地の傷はラトビア嬢が塞いだ。王都周辺の浄化など当然に行っている。天与にも限界があるとしても……)
「はッ!」
巨体が尻尾を振るい、薙ぎ払うような素振りに合わせて、その尾に組付くエルト。
薙ぎ払いのダメージは通らず、彼を乗せたまま尻尾が振るわれる。
『グルゥアアアアッ!』
その勢いを利用し、跳ね上がり、恐竜の背に乗り上がった。そしてその背を駆け抜け、頭の上を取る。
「……終わりだ」
短剣で潰したのとは逆の目に向けて魔剣を振り被り、深く突き刺した。
潰した目玉の奥にある内臓を、脳を抉り、致命傷を与える。
……恐竜もまた人間や、多くの動物と同じ構造をしているらしい。
目玉の奥には脳がある。
鎧のような鱗に覆われていたとしても、生物の範疇である以上、構造的な弱点はどうしようもない。
眼球が剣を弾く程に固い場合は別かもしれないが……。
『グル、ギィガ……』
魔剣と短剣を抜き取り、その場には両目の潰された恐竜が倒れ伏した。
「す、凄い……」
「さすが隊長……!」
絶命した事を確認してから近くに居た騎士達が近寄ってきて賛辞を述べる。
「ふむ……。クリスティナなら剣すら使わず、拳だけで倒しているのだが」
それに比べて自分は特別な魔剣と短剣を使った。
そこに後ろめたさはないが、同時に『まだまだ』だなという思いは浮かんだ。
「いや、それはあの方がおかしいのでは?」
「待て。基準点がおかしいだけで、隊長も十分におかしい。コレを1人で倒したんだぞ」
「……お前達、大物が倒れたところで油断はするな」
エルトは辺りを見回した後、未だに火の手が上がっている森へと目を向けた。
注意深く観察すると……煙や火とは違う光が見える。
「あれは……そうか。あっちか」
道標のように木々に咲いた黄金の薔薇を見つけ、エルトは騎士団を率いてクリスティナの元へと向かうのだった。




