14 騎士エルトとの決闘
「何か御用かしら?」
と、腕を組んで胸を張ったわ。
「「おお……」」
「むっ!」
ただそれだけなのにギルドに居た粗野な男達から歓声が上がる。
そして金髪のお姫様みたいな女騎士が、口をへの字にして悔しそうに何故か自分の胸と私を見比べたわ。
「何?」
「……お嬢、今度から男装でもして胸を押さえつけておきませんか?」
「何でよ!」
いやよ、そんなの! 窮屈じゃないの!
「さっそくエルトお兄様を誘惑してくるなんて……許せないわ!」
「誘惑??」
してないわよ! 私は首を傾げたわ。
「……話が逸れそうだが。まぁいい。その長い赤髪。クリスティナ・マリウス・リュミエット。お前がそうだな?」
「ええ。私がクリスティナよ。ところで貴方達は何処のどなたかしら?」
フフン。ちょっとだけ外行きモードよ。
「俺はエルト・ベルグシュタット。彼女は妹のラーライラ・ベルグシュタットだ」
「ベルグシュタット伯の……」
第3騎士団を束ねる長の一族ね。
若い見た目だから彼は後継の方。
もしかしてアルフィナに派遣される為に編成された後発部隊かしら?
もうこんな場所まで来ているの? それに。
「貴方、レヴァン王子殿下のご友人のエルト・ベルグシュタット卿?」
「そうだ。あいつから俺の事を聞いていたか?」
「ええ! 若いながらも、かなりの腕をお持ちで既に騎士団の一部も任されているとか。ベルグシュタットは安泰だと王子は話されていたわ!」
「……ふふ。当然です。お兄様ですからね」
本人じゃなくて妹の方が勝ち誇ったわ!
なんとなく気持ちは分かるわね!
レヴァン王子の仲の良いお友達。
会ったのはこれが初めてだけれど。
「しかし、これが噂に聞いたクリスティナか」
ベルグシュタット卿は私の姿を上から下までまじまじと見てくるわ。
フフン! 王妃教育で食事の摂り方から運動まで何から何まで厳しく指導されて整えられた体型なんだから!
まだまだ崩れてないわよ!
仮令騎士が相手だって文句を言われる所はない筈よ!
「お兄様? 何をじっくりと他所の女を見てるのですか?」
横の女性、ラーライラ・ベルグシュタット……噂に聞いた『姫騎士』様ね。
その容姿からお姫様のように可憐な騎士だと言われて付いた異名よ。
……私に『赤毛の猿姫』って最初に付けた人は何を考えてたのかしら!
もっと他にあったと思うわ!
「ごきげんよう、姫騎士ラーライラ様。貴方のお噂も王都や学園で耳にしていましたわ」
外行きの挨拶を優雅に決めるわ!
フフン! 完璧ね!
「……すぐ横に殴り倒した男達を並べてする挨拶じゃないんですよねぇ……」
リンディスは小言が多いわね!
あと遠い目をしているわ!
「ふん! クリスティナ。貴方、何をしてるかと思えば……何? ハンターギルドで暴れていたの? 何してるのよ。……本当に何してるの?」
高圧的に挑発するように『何してるのよ』と聞いた後で、真顔になってから本当に疑問に思いながら聞き直すのはやめて欲しいわね!
「絡んで来たから殴り倒したわ!」
「……絡んで来た?」
ベルグシュタット卿は、その場に居た男達と倒れている男達を一瞥する。
「あー……。酒でも飲んでいたのか?」
「い、いえ……こいつらはシラフで、その。お綺麗なお嬢様がギルドにやってきたから、つまり」
「その見た目に惹かれてクリスティナに声を掛けたと」
「そ、そうです!」
「つまりナンパか」
「え、ええ。きっと。あ、俺らはただの目撃者にすぎません、騎士様!」
迷惑ね!
「ふむ。で、それが何故、殴り倒されることになる」
「リンに掴み掛かったからよ!」
「リン?」
「あ、私です。リンディスと申します。ベルグシュタット卿。クリスティナお嬢様の専属の従者をしております」
フフン! 専属という言葉にちょっとニヤついたわ!
今までリンディスはマリウス家の従者に過ぎなかったものね!
「従者? 王都からは騎士の1人すら付けずに追放されたと聞いたが」
「その通りよ! 帰ったら聖女には文句を言っておいてちょうだい!」
「……それはまぁ、妥当だがな」
そこで周りから『追放?』とガヤガヤ聞こえて来たわ。
「私は元々はマリウス家に仕えていた者です。この度、クリスティナ様の窮地を聞き、職を辞して馳せ参じました」
「……そうか。随分と忠義心があるな。見上げたものだ」
「フフン! そうでしょう!」
今度はリンディスを褒められた私が勝ち誇るわ。
「だが。お前は聞いているのか? お前の主人が予言の聖女に何と言われたか」
「……存じております。ですが、その予言は信じるに値しないものと私は考えています」
「そうか」
ベルグシュタット卿は尚も私をじーっと見つめてくるわ。
「今のところ傾国などと大それた事を企てている様子はまるでないな」
「企ててないわよ!」
そもそも身に覚えなんてなかったんだからね!
「とはいえ、あの聖女の予言が民を救ってきたのもまた事実だ」
「分かっているわ。だから国王陛下は私にそうはならないと証明せよとおっしゃられたのよ」
「ああ。それも知っている。……なぁ、クリスティナよ。少し場所を変えないか。表に出て欲しい。誰に見られていても構わん」
「お兄様」
何事かを言おうとする姫騎士を制して、ベルグシュタット卿は私を誘ってくるわね。
どうしようかしら! リンディスの意見は?
「……他の方と違って礼を尽くしてくれるようです。素直に従ってもよろしいかと」
「分かったわ!」
私達はギルドを出て、ベルグシュタットの兄妹と共に表通りに出たわ。
◇◆◇
「クリスティナ・マリウス・リュミエット」
「何?」
「お前が予言通りの悪女となるにせよ、ならないにせよ。そしてアルフィナに溢れると言う魔物共の元に単身で向かう王命を受けたならば。……どの道、俺が確かめるべき事はひとつだ」
確かめる?
「お前の実力がどれ程のものなのか。その力は溢れる魔物を蹴散らすに足るものか。そしてお前が国に反旗を翻した時、俺がお前を殺せるか。……それを計らせてもらう」
つまり。
「決闘ね! リン、決闘よ!」
「そんな……お嬢は元々、王妃になるよう教育を受けてきたに過ぎない令嬢ですよ? 戦闘が本分の騎士の相手など!」
ベルグシュタット卿はリンディスに答えるわ。
「……安心しろ。殺す気は無い。俺とて女は斬りたくないからな。だがクリスティナの力が到底、目も当てられない程に弱いなら……そもそも王命を果たせずに魔物に食い殺されるのみだ。ここでそれをハッキリさせておけば、別に手を打てるというものだろう。俺も部下を動かし易くなる」
私が魔物達を倒せないなら、次は騎士団が民を守る必要があるからね。
「リン。彼には私の力量を確かめる義務があります。控えていなさい」
「っ……。はい、お嬢様」
距離を置いて、私は剣を構えた。
ここ数日だけだけれど、リンディスに剣術を教わったわ。
【天与】がもたらす身体能力を活かす、私だけの剣。
それは当然……一撃必殺の剣よ!
「上段か」
私は構えた剣を上段に構えた。
そして身体全体が淡く光を帯びてくるわ。
「……【天与】」
「言っておくわよ。私、ただの女よりもずっと凄い力が出せるんだから。油断してたらその首を落としてしまうわよ、ベルグシュタット卿」
私は集中しながら彼に警告したわ。
「心得た。全力でお前を下そう。……ここで俺に殺されるなら……『傾国の悪女』などと汚名を被る事もあるまい。それもまたお前の名誉を守るだろう。クリスティナ。お前は正々堂々とした決闘によって誇り高く死を迎える。その事はレヴァンや王にも俺自らが伝えよう。お前は気高き女であったと」
ベルグシュタット卿から威圧的な空気が発されるわ。
これが殺気なのかしら!
本物の騎士様はやっぱり違うわね!
「お兄様……」
「お嬢……」
開始の合図は姫騎士ラーライラが。
「……はじめっ!」
掛け声と同時に私は駆け抜ける。
対してベルグシュタット卿は『待ち』の姿勢。
「速いっ……」
「フンッ!」
一切の容赦を捨てて私は剣を振り下ろした。
「だが!」
ベルグシュタット卿の剣が私の剣を一閃したわ。
武器の破壊だけを目的とした一撃……ああは言っても私を殺す気なんてなかったのね!
私の剣が真っ二つに折られて、折れた刀身が宙を舞う。
「……終わりだ。クリスティナ」
「さすがお兄様!」
でも『ここまで』は想定内よね!
今の私の強みは何?
一撃必殺の剣? 違うわ!
「フン!」
「は?」
私は勢いを殺さないまま折れた剣の柄を放り投げて、拳でベルグシュタット卿に殴り掛かる!
今の私の強みは拳だけでも大木をへし折り、大岩を砕けるその力よ!
「ぐっ!?」
「はぁああッ!」
「ちょっ、待っ、」
「さすがベルグシュタット卿ね!」
体勢を崩したのに尚も避け、防いでくるわよ!
「お返しよ! フンッ!」
──バギンッ! と、卿が手にしていた高そうな剣の刀身を拳で砕いたわ!
「なっ!?」
「ちょっと! もう勝負は付いた、」
「私の力が見たいなら! 剣を折ってそこで終わりなワケがないわ! 私の力は騎士の研鑽の成果じゃない! 授かったに過ぎない、この【天与】なんだから!」
「っ……!」
だったら私が見せるのは【天与】を如何に使いこなせるか、よ!
「はぁあああッ!」
「おお、おおっ、ぐ!」
私の拳が防御する彼の腕を弾いて、隙が生まれたわ!
「フンッ!」
「ぐぬっ!」
彼の顔面に拳が当たる!
「はぁあああッ!」
「がっ、ぐっ、ぐぅ!」
何度も! 何度でも! 殴り付けるわよ!
「お、お兄様ーーっ!?」
「ぐっ、まっ、待て……負けを、認め、る」
「ん!」
男らしいわね! 潔く負けを認めるなんて!
気絶するまで殴るとこだったわよ!
「ぐぅ……」
「お兄様ぁあっ!」
彼に駆け寄る姫騎士ラーライラ。
「フン!」
やったわよ! 私はリンディスに向かって満面の笑みを浮かべて拳を振り上げたわ!
「……どうしてこうなったんですかね」
何よ! ちゃんと褒めなさいよね!
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