139 魔獣の襲撃
「王都の外に魔獣か。規模はどのぐらいか聞いているか?」
私達は立ち上がって、すぐに行動を開始する。
とりあえず私はクインと合流ね!
「王都を狙っているのではなく、近郊の街付近に群れ単位で出現した様子です。飛行型の目撃はありません。ただ、」
「ただ?」
「火を吐くトカゲを見たと」
火を吐くトカゲ。
ドラゴンかしら?
「……サラマンダーか?」
「見た事あるの? エルト」
エルト達は各地に現れた魔獣の討伐をしてたからね。
私よりも魔獣の目撃種類は豊富だと思うわ。
「ああ。鱗が固く、火を吐く為に森や木製の家屋が近い場所では、かなり厄介な相手だ」
火ねー。私の薔薇は相性が悪そうだわ。
ちなみにクインはドラゴンだけど火は吐かないのよね!
「エルト。私、クインで先に行くわね」
「それは……、……分かった。無理はするなよ、クリスティナ。俺達も急いで駆けつける」
「ええ! でも町中を騎馬隊で疾走したら危ないから落ち着いて出てくるのよ?」
「ふっ……。ああ、そうする」
ベルグシュタットの邸宅があるのは王都にある。
そこから騎馬隊を出すと街中を通る事になるので走り抜けると危ないわ。
街中も混乱しているかもしれないし。
まぁ、この辺りは私が指示する事もないでしょう。
エルト達は正規の騎士団だからね!
私は彼を置いて、離れの方へ向かう。
「クイン!」
『キュアア!』
あら? 何だか準備万端って雰囲気ね?
こういう時のクインは『大地の傷』の匂いを嗅ぎつけた時と同じね?
ルーナ様が各地を回ったっていうのに、また大地の傷が?
魔物の出現自体は、ままある事なのよ。
大規模な出現だけが異常事態だっただけで。
でも王都周辺にってなるとイヤな予感しかしないわね!
「お嬢!」
「リン! 王都近郊に魔獣、サラマンダー? の群れが現れたらしいわ。エルト達に出陣要請が掛かったの。私はクインと先行するわ!」
「それは……、同行します!」
リンディスを連れて行く?
幻術で魔獣を惑わせれば、避難誘導が捗るかもしれないわ。
戦闘を想定しているから多くはクインに乗せられない。
「お、俺達は?」
「マルク達は待機! まだ訓練途中だし、騎士団と連携が取れないでしょう? 行けば彼らの統率を乱してしまうわ。私がここに居るから敵対勢力も目を付けているだろうし、この邸宅を守る戦力になりなさい。こういう時は足元を疎かにしてはダメよ。……魔獣の氾濫だって人為的に起こせないとは限らないんだから! 貴方達は、ひとまとまりで行動し、戦闘準備を整えておきなさい」
アルフィナで一緒に戦ってきたとはいえ、それは私が中心となって、彼らはサポートする、という戦闘形態だったわ。
騎士団と足並みを揃える事は難しいでしょう。
私とリンディスは最低限の装備を持ち、クインに乗って報告を受けた場所へと空から向かう。
地上を見下ろすとエルトが指揮を取って騎士団の出陣準備をさせているわ。
サラマンダー……、クインの親戚みたいな魔獣かしらね!
しっかり準備しないと危険という判断かしら。
エルトがクインの背に乗って飛び立つ私を見上げた。
私は手を振ったわ!
「────」
彼も手を上げて、それに応えてくれる。
「……よく、お嬢単身での先行を許してくれましたね? ベルグシュタット卿は」
「先に行くと言ったら、ちょっと戸惑ったみたいだけれど飲み込んでくれたわ。代わりに急いで追いつくからって」
「良いのですか?」
「何が?」
「いえ。見ようによっては心配されてないようにも……」
「んー……?」
心配?
「私とエルトは背中を預けて戦場で戦う仲を目指してるのよ? あそこで引き留めたらダメじゃないかしら?」
「ダメですかね?」
「あそこで引き留めてしまうぐらい私が弱く見えるんだったら、エルトはとっくにアルフィナに来てたんじゃないかしら?」
「……まぁ、そうですかね?」
彼は私の強さをこそ信じてるのだもの。
私が勝つと彼は信じたのよ。今だってそうね!
「信頼に応えるだけの力は示さないといけないわね!」
◇◆◇
火の手が上がっている地帯を目指して飛ぶ。
王都の外壁を飛び越え、街道や近郊の街とは別方向。
森林地帯の近く……、空から見ると微妙に感覚が狂うけど、あの辺りにも集落はあった筈。
まだ大規模な火災にはなってない。出来る限り早い住民の避難をしつつ、サラマンダーを駆除していかないと。
「アレね!」
私は森林に蠢く赤い影を見た。
赤い鱗に覆われた大型のトカゲ。翼は生えていない。
でも口元辺りに火が漏れるように零れている。
1匹でも残せば深刻な火災を招きかねない魔獣。
今すぐ飛び降りて倒しに行きたい衝動を堪えて『空』という開けた視界から、可能な限りの情報を得る。
王都側には火の手は上がっていない。
発生地点は、この近隣の森?
集落の正確な位置だけじゃなくバラバラに逃げたかもしれない住民も視野に入れて。
「──浄化薔薇!」
推定で火の手が最初に上がっている場所に黄金の薔薇を咲かせる。
開き続ける大地の傷からサラマンダーが出てきたのなら、その根元を断たなければ。
無尽蔵に魔獣が湧いては被害がどこまでも広がってしまう。
「お嬢! 集落はあちらです!」
リンディスが森の切れ目に見えた家屋を指差す。
意外と空からだと見落としちゃうのね! まぁ、火の手も上がってたし!
「あそこに多く人が居るなら……」
街を囲う木々に浄化薔薇を咲かせ、火の手が上がるのと反対方向へ誘導するように光を灯していく。
誘導灯というものになればいいわね!
「クイン! 集落付近の地上に降りれそうな場所があれば降りて! でも足元には注意してね!」
『キュルァアア!』
白銀のドラゴンが風を切って急行するわ。
……空の旅は、ルーナ様の『聖守護』があった方が快適ね!
『キュアアアアア!』
風を巻き上げながら木々の切れ目に降り立つ。
辺りを見回せば、そこかしこに燃え広がった木々にサラマンダー。
エルトの元まで通達が来た時間差を考えれば、逃げ損ねた村人はそこまで……、
「きゃあああああ!」
……いるわね!
そう簡単に自分の家は捨てられないわよね!
声の聞こえた方角を見据えながらも、見落としがないように視野を広く持つ。
魔獣に襲われて動けなくなっている者は?
煙に巻かれて逃げ遅れた民は?
『グルルルルゥゥ……』
火トカゲ、サラマンダーを見掛ける。
『グゥアアッ、』
「──フンッ!」
『グギュゥ!?』
とりあえず、その姿を観察する前にぶん殴っておくわ!
べぎゃ、と近くにある木まで吹っ飛んでいき、叩き付けられる大トカゲ。
殴った感じ、クインみたいに固い鱗に覆われているわね!
「……殴るまでが早いですね、お嬢」
「数が多そうだもの! 弱点だの何だのを探す前にまずぶん殴るわ!」
魔獣相手だから問答無用で殴り倒しながら進んで、逃げ遅れた村人を助ける。
燃えた建物に逃げ込んでいる?
「──フンッ!」
『グギュッ!』
群らがっていたサラマンダー達を殴り飛ばして。
「まだ残ってるの!? 生きてるんなら返事しなさい!」
建物に閉じこもっていたのは女性ね。
「火が付いてるから! もう少し安全な場所行きなさい! 魔獣共は私が蹴散らすから、そっちの脅威は任せて!」
「え、あ……」
「リン! 彼女を任せるわよ! 落ち着かせてね!」
「はい、お嬢」
村内を駆けずり回ってサラマンダーを叩き伏せ、逃げ遅れた人々を確保する。
火の手が回ってるのはどうしたら良いかしらね!
薔薇は植物だから相性が悪いんだけど!
「んんん! ──瑞々しい耐火薔薇!」
出来るだけ水を含んだ薔薇をイメージして、建物を燃やす火を抑え付ける。
ジュアアアアア! と音を立てて、ところどころは抑え込めるけど蒸気が酷いわ!
うん! 薔薇で広域の消火活動は無理ね!
中に人が居る以上は、蒸気も中々に辛いわ!
「災害ね!」
火事と魔獣の襲撃が同時に起こるとか。
村人だって我先に逃げたとしてもバラバラに逃げて助かるか分かったものじゃない。
『キュルゥゥアアアアア!』
「ひぃいい!? ド、ドラゴン!?」
「あのドラゴンは味方よ!」
「味方!?」
んんー! 燃えるよりは、そうね!
「あんた達の村、ぶっ壊すわよ!」
「えっ!?」
「ぶっ壊……?」
火勢の強い壁を……、
「──フンッ!」
ドゴォオオッ! と。
粉砕して建物ごと火を消すわ!
前は石像とか大木とか粉砕してたものね!
『怪力の天与』って単純なパワーとはまた別の法則? が働いているから、人を殴るのとは違った効果なのよ!
「あそこが燃え広がったら不味いわね! クイン!」
『キュルァアア!』
飛び上がったクインの足を掴んで高い場所で手を離す!
勢いに任せたまま、家屋に飛び掛かって……。
「──フンッ!」
ドゴォオオオオッ!
家屋ごと粉砕して延焼を防いでいくわ!
燃え尽きてしまうより、あとで掘り起こせるからこっちの方がマシだと思うわよ!
破壊消火ってものね!
「ひぃいい……!?」
「──瑞々しい薔薇!」
さらに水分を含んだ薔薇蔓を叩き付け、火元を消し去っていく。
小規模にまで抑え込んだ火なら、これでいけるわね!
「村の中央に逃げ残った民を集めなさい! ──薔薇の壁!」
熱風から民を守る為に薔薇の壁を作る。
もちろん燃えにくいように調整した薔薇をイメージしたわ!
火勢のある家屋を粉砕する事で消火し、村内を走り回って魔獣を撃退していく。
クインとリンディスには、中央に集めた村人達を守って貰うわ!
「──浄化薔薇!」
新たな魔物の襲来を防ぐ為、浄化薔薇で村を囲い直していく。
サラマンダーの撃退だけなら余裕だけれど、ここの人達を救い出すには人手が必要だわ!
「はぁ……!」
まったく熱いわね!
「うん! だいたいいけるわ!」
私は駆け抜けて村の中央に戻る。
「クイン! もう1回、上から見るわよ!」
『キュルァアアアア!』
翼をはためかせ、飛び上がろうとするクイン。
その時だったわ。
ドォオオオオオオオオオンッ!
……と、ひときわ大きな、何かが爆ぜる音が聞こえた。
「っ……!?」
私は反射的に空を見上げた。……ある!
空に亀裂が。大地の傷が。
それはまるで夢の世界で見た時のような光景。
それに……青白く光る、蝶がひらひらと。
「何か、何かが空から落ちてきましたよ……!? それであの音が……!」
何かを目撃したらしい村人が私に伝えてくれる。
「……お嬢。どうやら大物が来るようです」
「そうね」
地響きが聞こえる。ドシン、ドシンと大地を揺るがせる音が。
火を吐くトカゲの大型? それは、まさに。
「──またアンタなの?」
それは、アルフィナで見た事がある姿。
でも前のよりも大きい。
そこには赤黒い鱗に覆われ、口元からは涎のように火を零しているもの。
大の男が3人分は横に並べたような太い2本の足に身体を支えられた……恐竜。
それが私達の見える範囲に迫っていたわ。
『ギュゥゥゥアアアアアアアアアアアアアッ!!』
インドミナ●・レッ●ス ~炎の集落~




