133 第二王女レミーナ
「お久しぶりですね、レミーナ王女様」
「ええ、お久しぶりです。クリスティナ様。どうかしら。お茶でも飲んでいきませんか? あんな風に貴方が居なくなって、私も戸惑っていましたの。貴方とお話ししたいわ」
「まぁ、嬉しいわ! でも、ごめんなさい。今日は人を待たせているの。また今度お誘い頂ける?」
「……まぁ。王女の誘いを断るつもりかしら」
「そうね。陛下が求める私の態度は、そのぐらいなら断って見せるべきでしょうから」
レミーナ様とはもちろん会話した事はあるけれど、そこまで親しくはなかったわね。
挨拶を交わす程度といったところかしら。
王宮へは交流の為ではなく勉強の為に来ていたし。
「陛下が求める貴方?」
「ええ。私の王位継承権を認めていただけるそうよ。臣籍降下する前の王弟アーサーの娘らしいから、私。レミーナ様の次に王になる資格を持つの。王族という事ね」
「…………そう。放棄するという話を聞いたけれど、気が変わったのかしら? まさか、女王になる気なの?」
私が継承権を放棄しないのは陛下に頼まれたから。
レヴァン殿下とユリアン公子の2人だけでは、レヴァンの分が悪いらしいから、2人の対決をひっかき回す第三勢力になるのが目標よ。
「それも悪くないわね!」
だから私はレミーナ様に挑発的な態度を取っておいたわ!
私がしなくてもレミーナ様がその気になってくれれば良いと思うもの!
「……はぁ。陛下がわざわざ今、貴方をお認めになる理由なんて決まっているでしょうに。レヴァン兄様の為なんでしょう?」
「あら」
さすがにずっと王都で情勢を見てきた人には、すぐ理由が分かるのかしら?
「レヴァンの為でもあるし、私の為でもあるわね!」
「……ねぇ、ちゃんと落ち着いて話をしないかしら、クリスティナ様。頑なに断る理由はないのではなくて?」
「待っている人が居るの。私は早く彼の元へ帰りたいわ。もう1度言うけれど、お茶のお誘いならまたにしてくれる?」
私は不遜な態度を取り続ける。
フフン! これが悪女の嗜みよ!
「……随分と変わられたわね。クリスティナ様」
「そうかしら?」
「ええ。前の貴方は、もっとお淑やかだったわ。レヴァン兄様の為に尽くそうと努力している人だった。それが何? 少し王都を離れただけで頭の中まで野蛮になったのかしら?」
んー。嫌味だとは思うんだけど。
「その通りよ?」
「は?」
「野蛮になったの、私。王都の上位貴族や令嬢達のようなマナーを守って貰えると思わないでちょうだい。ましてやレミーナ様。もう貴方と私は王位を競う間になったのよ?」
「……随分と……、貴方にそれ程の支持が集まると思っているの?」
「集まらなくてもいいわ!」
フフン! と私は胸を張ったわ。
「何が目的かを悟っているのならそれでいいでしょう。レミーナ様。私の目的は、ユリアン公子の妨害です。それとも私の役目を貴方が担ってくれるのかしら」
「…………お父様が貴方にその話をしたのは、貴方が天与を授かっていて……、彼を婚約者にしたからよ。私では意味がない。神殿派の支持を集めるのが貴方の役割。……それとも何? 彼との婚約も別の目的があって、」
「彼を愛しているからよ?」
私はピシャリとレミーナ様の言葉を切り捨てたわ。
「王宮や王都の雑事は、私にとって本当はどうでもいいの。私の望みは彼との仲を深めて、それから邪な者達の企みを退けること。それが役割だと思っているわ。あとはまぁ王都から離れて色々していければいいと思ってる。本当は女王になる気もないわよ。ただし、レヴァンが公子に負けるのは良くないと思っているわ」
と、まぁ、レヴァン側の王女が相手だから言い切ったんだけど。
「……気に入らないわ」
「はい?」
「……愛しているですって……」
そっち? まぁ、私に敵意を向ける理由なんてそうなるのかしら。
王位とかどうでも良さそうよ、彼女!
「ベルグシュタット卿には相応しい相手がいると思いますわ!」
「あら、ありがとう! その相応しい相手がこの私よ!」
フフン! と私は胸を張ったわ!
「ふざけないで!」
あら? 怒られるような事言ったかしら?
「何もふざけてはいないわよ? 本当の事を言っただけだから……」
「……っ! 認めませんわ!」
「まぁ。ふふ。ラーライラみたいな反応ね、レミーナ様も。怒った顔もお可愛らしいわ!」
私はニコニコと笑ってあげたわ。
「……!」
「じゃあ、失礼するわね、レミーナ様。貴方の気持ちは受け取っておくわ。でも嫉妬が理由なら、いちいち相手はしてあげられないわね。そういうの、それこそ殿下の婚約者だった時にも散々にあったから」
理不尽な程にね!
でも今度の婚約関係は私から望んだ事だから。
それに降りかかる苦労なら何の事はない。
私は、レミーナ様を背にして立ち去ったわ。
◇◆◇
「クリスティナ」
「エルト。少し時間が掛かっちゃったかしら?」
「いいや。そうでもない。君と会いたくて待ちくたびれはしたが」
手を取り合って、ふいっとダンスのように身体を引っ張られる。
「ふふふ」
そのまま手を繋いで王宮を後にする私達。
「どんな話をされたんだ、陛下は」
「んー。私に王位継承権を放棄しないで欲しいって。それから」
馬車に乗って帰路につきながら王宮であった事を話す私。ちょっと疲れたわね!
「……そうか。クリスティナはそれを引き受けたのか?」
「ええ。どの道、ユリアン公子はどうにかしなければいけないと思うの。彼、ひたすらに怪しいから」
「勘か」
「ええ、勘ね! 当たる根拠も、実績もないけれど、警戒しているわ!」
「……予言の夢には彼は出てきていないんだな?」
「うん。全くね。それに最近、あの夢を見ていないわね」
「そうなのか? いつからだ」
「んー」
いつからだったかしら?
「エルトと修道院の邪神を倒してから頻度が下がったと思うわ」
「……となると君の予言というのは……、」
邪神への警戒能力?
世界が歪められたという仮説は、正しかったりするのかしら?
そう言えばアマネが私の事を、異世界からの魂の憑依者……転生者と思い込んでいたわね。
ヨナの事をそう思っていたとは聞いている。
他にもヨナがされそうになった事の成功者が居るのかも?
もしも、そういう人が居る場合はどうするかしら。
アマネのように予言者として振る舞う?
ここから先に起きる出来事も『予言』の範疇なら、ありえるわよね。
でも……たぶん、あの予言書の内容はそう大きくは変えられないんじゃないかしら?
思うままに世界を書き換えられるのだとしたら、如何にも回りくどいもの。
たぶん私達、天与を授かった者は……邪教にとって少なからず妨げになっている筈。
でも、どうしようかしら?
青いのは、正攻法でぶん殴りに行くと危険っぽいのよね。
あいつは私の天与を無条件・無制限に無力化できるのかしら?
わざと見せたって事は自信があるようだわ。
天与任せに殴りに込みに行くのは止めた方が良さそうよね。
色々と問題が山積みなワケだけれど……。差し当たっては。
「く、クリスティナ様ー! どうしましょう!」
「どうしたの、ルーナ様」
屋敷に帰ってきた私にルーナ様が泣きついてきたわ?
ちなみにルーナ様は屋敷の客室に泊まっているそうよ。
……私が離れで、ルーナ様が客室。
これは色々と言われそうな気がするわね!
「お手紙が沢山きているそうなんです!」
「手紙?」
「は、はい。その。お茶会への招待状から……釣書まで、色々な」
ラトビア男爵家じゃなくてルーナ様本人に送ってくるのねー。
まぁ、そちらの方が話は早いかもしれないし、男爵家にも手紙は送られてそうだけれど。
「大変ねー、ルーナ様」
「何を言ってるの? 貴方にも来ているに決まってるでしょう!」
「あら、ラーライラ」
もう立ち直ったのかしら?
「クリスティナもルナも。2人共、来なさい」
「なぁに?」
「ライリー?」
「……手紙の選定だな。俺も付き合おう」
手紙の選定。
「クリスティナは、招待状を捌いた事はあるのか?」
「捌く?」
私は首を傾げたわ。
「……貴方、王妃候補だったのに、手紙は来なかったの?」
「あー……。私の場合は、手紙なんて私の管理下になかったから。来ているらしい事は知っていたけれど。お茶会のお誘いの手紙も私が直接に受け取る事はなかったわ。たぶん焼かれるなり利用されるなりしたんだと思うわよ」
「く、クリスティナ様……」
あら。何故ルーナ様どころかラーライラにまで哀れみの目を向けられているのかしら!
「はぁ……。分かりました! ルナもクリスティナ様も手紙の捌き方を一から教えるわ!」
「まぁ! 楽しそうだわ! ね、ルーナ様!」
「は、はい。楽しい、ですかね? 私、こんなの初めてで」
「気に入らない手紙は焼いて捨てればいいのよ! そうよね? ラーライラ!」
「え、それはちょっとどうかと」
「そうよ! 気に入らない手紙は焼き捨てれば良いわ!」
「そうなんですか!?」
「ふふふ」
ルーナ様と一緒に部屋に入ると2つの机の上に大量の手紙が積まれたわ!
「多いわね! リンー!」
「従者なら今呼んでるわよ!」
「こ、この量は……」
「少ない方だと思うぞ。2人共、女神の巫女と称される人物だ。クリスティナの事情まで知れ渡った後とは思えないが……」
ルーナ様も私の机の上が大量の手紙よ!
何考えてるのかしら!
「とりあえず分類から始めなさい」
「私、ベルグシュタットの派閥について何も知らないわよ!」
「それは私とお兄様が今から教えるわ!」
「ふむ……。ところでライリーよ」
「なんでしょうか、お兄様」
「……この調子なら、お前にも手紙が来ていると思うのだが」
「うっ」
あら。そりゃあそうよね。
「ライリーも一緒に仕分けする?」
「はぁ……。私の分は、あとで自分でするから大丈夫です」
「そうか。先日のパーティーでどんな反響があるか楽しみだな、クリスティナ」
「そうね!」
まぁ、私の場合は良い方の手紙が想像できないんだけどね!




