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132 3番目の女

「とてもありがたい話です。なのですが、陛下。その話はお受けするワケにはいきません」

「……何故だ?」


 私個人に与えられる騎士爵。階級的には男爵と同等程度。

 下位貴族という扱いね。


 それがあればマリウス家の干渉を無視して伯爵の息子であるエルトと問題なく結婚できるだろうという配慮。

 だけど。


「先日のパーティーでレヴァン殿下に求婚されてしまいました。婚約者であるエルトが隣に居るのにです。……私は、まだエルトと婚約したばかりの身です。にも関わらず、そんな殿下の傍に居るような仕事はお受けできません。騎士爵はありがたい話なのですが、愛する者への不義理を働いてまで得たいものでもありません。アルフィナ領についても同様です。……今の私は、ベルグシュタット伯爵家を家族だと考えていますから」


「……王太子の護衛を、色恋を理由に断る気か?」


 むしろ、ここに来てのレヴァンの護衛なんて色恋以外の理由があるのかしら?


「大きな理由はそうですが、もっと言えば不向きという点があります。私は目に見える狂暴な魔獣を倒すなら良いのです。ですが、細かな注意が必要な護衛には向きません。天与という超常の力を活かした護衛を所望なら『聖守護』を持つルーナ様の方が適任だと思います。彼女ならば仮に殿下が怪我を負っても癒す事が出来るでしょう。私を強大な敵に対する戦力として見ているならば、それこそベルグシュタット騎士団に組み込んで貰って運用した方がよろしいかと」


「騎士団と行動させるならクリスティナよりもラトビア令嬢の方が向いていると思うが。彼女は長く騎士団と共に戦ってきた身だからな」

「それはそうですね。私も遠征での戦闘については、まだ詳しく聞いていませんけれど」


 どう戦っていたのかしら?

 戦場で安全地帯にして救護室を作るようなモノよね。

 それでいて大きな盾としても使える。


 ルーナ様のイメージと違って意外と戦場向きな天与なのかも……?

 でも、ご本人があんまり戦場の最前線に立つような性格じゃなさそうよね。


「もちろん、私達の天与を王家が必要とするならば、陛下や騎士団の采配に委ねるのが良いでしょう。ですが、やはり王太子殿下に天与での護衛が必要ならば、護衛として適任なのはルーナ様なのは間違いありません。この国の臣下として、この意見は譲れません、陛下。殿下の為にも適切な人材をお選びください。護衛の話が王としての采配ならば、褒賞の代わりではなく、命じられた任務として私情を切り捨て、一切の感情なく殿下の護衛に当たります」


「……はぁ。クリスティナ。お前は分かっていて、そんな事を言うのか」

「王命ならば一切の私情を切り離すのは当然でしょう」


 レヴァンの護衛に当たったとしても、一切の親しみを捨てて鉄面皮を貫くわよ!

 陛下の企みが、私とレヴァンの接点を作る事だったとしてもね!


「クリスティナよ。本当にレヴァンに未練はないのか?」

「全くありません」


 ここはキッパリと言っておくわね!


「まったく……。息子の望みを何も叶えてやれんとは」


 そう言う陛下は、やっぱり私とレヴァンが会う機会を増やそうという魂胆だったらしいわ。


「巡り合わせでしょう。レヴァン殿下がそこまで私を気に掛けていた事にも私は驚いています」

「クリスティナ。そんな事を言わないでやってくれ。何年も婚約者だった間柄だろう?」

「私はレヴァン殿下には新しい恋に生きていただきたいと願っています」

「……そう簡単に人の心は変えられんよ」


 そうかしら。

 まぁ、夢の世界で別の人生を見た私が特別におかしいのかも。


「護衛は受けて貰えないのか」

「……陛下の思惑が、父親としてのモノならば。王としてならば話は別です。王太子殿下に今、それほどの危機が迫っているとお考えなのですか?」

「そうではないよ。……疑っている者は居るがね」


 疑っている者? つまりレヴァンを狙う相手に心当たりが?


「ひょっとして王位の継承問題で王太子殿下に何かあるのですか? ……先日のパーティーでルーディナ公女に聞かされました。私もどうやら無関係とは言い難いらしいですが」

「……アーサーの忘れ形見か。言われてみれば面影があるようにも感じる。聞かされた時は衝撃だったよ。だが納得もしてしまったのだ。そういう事かとも思った」

「私もそうです、陛下」


 どんな方だったのかしらね。私の本当のお父様は。


「ふぅ……」

「陛下。お疲れのようですわ。誰か呼びますか」

「いや、いい。まだ話す事があるからな」


 あるの? 心配だわ。


「……ユリアン公子を王太子に据えるべきだという貴族達が居るのだ」

「公子をですか? また随分な話ですね」


 王家に喧嘩を売ってるのかしら?


「ユリアン公子が優秀過ぎるのだよ」

「公子が優秀?」


 私は首を傾げたわ。


「ああ。まだベルグシュタット卿と手合わせした事はないが……剣を持たせれば彼の右に出る者はなく。宰相試験すらも通った。学園に出た後はトップの成績を修めていたよ。他にもあるが……、彼の優秀さは国政に関わる場所におくべきと声がある」

「まぁ」


 なんか色々やってるのね。

 そういえば私、学園はまともに卒業できなかったわねー……。

 どうせフィオナも居なくなっていたし、別に良いんだけど。


「エルトも公子に武術の才を感じていたようでしたわ。手合わせしたワケではないけれど『天才』の気配を感じたと。下手な決闘も受け入れないようにすると話していた程です」

「……ベルグシュタット卿がか?」

「はい。パーティーで会った際の印象でそう話していました。公子と戦う場合は死力を尽くさなければいけないというのが、彼の所感だそうです」

「……印象でそこまで見抜くのも、卿が優れた騎士という話だな」


 フフン! 私の事じゃないけど胸を張っておくわ!


「……パーティーでは、公子が君に興味を抱いていたと聞いた」

「ああ、はい。まぁ、そういう気配はありました」

「…………」


 何かしら。陛下が沈黙して私を見つめたわ。


「『傾国の悪女』か。まさか天与という力ではなく、男を惑わす魅力で傾国とは」

「……陛下。とても不本意です」


 あと私、婚約者が居るわよ!


「……クリスティナ。お前は今、王位継承権を持つ男子2人に求婚され、国の英雄と婚約者となった王族だ。加えて言えばレヴァンの王太子の座に深く影響を及ぼす」

「殿下のですか? もちろん私はレヴァン殿下を支持しますけど。あってなかったような継承権も当然、放棄しますし」

「事はそう簡単でもない」


 あら?


「ユリアン公子の優秀さを見て、レヴァンと比べる貴族達が居る。王として見るならば、より優秀な者を玉座に座らせるべきだ。そこに親子の情を優先してはならない」

「……はい」

「余が無理にレヴァンを王位につければ、後のレヴァンの治世にまで影響を及ぼすだろう。貴族達が常に公子とレヴァンを比較し、突いてくる筈だ。少しでも間違えば『やはり公子に玉座を譲るべきでは』とな。また、レヴァンの事を『三女神を冒涜した王子』として不適だという者も居る」


 三女神の冒涜?


「……私への一連の処遇のせいですか?」

「そうだ。クリスティナがこうして今、余の前に居るのはクリスティナ自身が乗り越えたからに過ぎない。……これがラトビア嬢やルーディナ公女であればクリスティナへの処遇はやはり『死刑』にも等しかっただろう、と。つまり三女神を亡き者にしようとした不届き者だ、とな」

「あー……」


 まぁね。危ないわよね。

 だって私、予言の天与もあったから……。

 旅立ちから離れてもいない街では暴漢共に(さら)われそうにもなった。

 アレを未然に対策できたのは予言のお陰だわ。


 という事は、ルーナ様やルーディナ様だと悲惨な目に遭ってもおかしくはなかった。



「女神信仰に悪影響を及ぼしたレヴァンと余。それに対して文武に優秀な公子と、神殿に尽くす公女を有するルフィス公爵家だ。……レヴァンは難局に立っていると言っていい。だからこそ信頼し、心を向けているクリスティナにレヴァンの傍に居て貰いたいのだ。女神への冒涜という話も、そうすれば抑えられる事だろうとな」

「そうですか」


 そう言われても私の気持ちは変わらないわね!


「上位貴族達の間で、王太子殿下と公子のどちらを次代の王にするかで派閥が割れているのですか?」


 陛下は頷いたわ。


「クリスティナ。だからこそ安易に王位継承権を放棄しないで貰いたいのだ」

「まぁ。それはまた」


 私が居てもレヴァンの邪魔になるだけだと思ってたんだけど。


「レミーナやルーディナ公女も王位継承権を持っているが、余の見た限り、この2人に玉座に座る野心はない」


 第二王女レミーナ様は女王になりたがってはいないのね。


「だが王妃教育を既に大方は終えていると公にされているお前は違う。その気になれば玉座に座る事も出来ると主張する事が出来るのだ」


 私にそんな気はないのだけど。


「レヴァン殿下とユリアン公子で割れた王位継承争いを、私がひっかき回せ、とおっしゃりたいのですか?」

「……そうだ。レヴァンと共に歩み、王太子の立場を盤石にするか。そうでないならば……、第3の候補者として立って欲しい」


 そこまでレヴァンの状況は悪いのかしら……。


「クリスティナ。騎士爵の件はどうあれ与える。余の頼みをこれ以上、断らぬだろう? 伯爵家もきっとな」

「…………はい。陛下」


 妥協点はここかしらね。

 自国の王の、それほどでもない頼みを断り続けても損しかないわ。


「ですが当然、私に王になれというワケではないのですよね? ユリアン公子の足を引っ張れといった意味合いで」

「……いや。足を引っ張れとまでは言わん。ただ第3の立場として立ってくれればそれで良い。後は……レヴァンが自力でどうにかすべきことだ」


 真っ向勝負だと厳しい、程なのかしら。あのレヴァンが?

 2人だけだと常に比較され続け、劣った側だと揶揄されるけど。


 私という第3の王位継承候補が居れば、悪評が私に向くかも……と。

 ルーナ様と同じよね。


 私が『悪女』として敵意を集めた方が彼女は過ごしやすい。

 後ろ盾が確実になく、レヴァンの婚約者としても微妙な立場じゃ、貴族達の攻撃対象になりやすいから。

 それでもルーナ様は『救国の乙女』として民には慕われているのだけれど。


 足を引っ張るまでしなくてもいいと言われたけど、私にとってユリアン・ルフィス・リュミエットはおそらく敵よ。


 これなら彼を叩き潰す口実に出来るかしら?

 あいつの方も無視はし難い存在になる筈。

 なにせ、継承権第3位っていう事は、公子より私の方が上って事だからね!


 ……元々、無視する気はなさそうだったけど。


 予言ではなく予感だけれど、たとえ私が何をせずともユリアン公子(青いの)とは敵対しそうだし。



「分かりました。陛下。王弟アーサーとセレスティアの娘として、王位継承権の放棄はまだ致しません。陛下もそのように扱って下さいますか?」

「……ああ。アーサーの娘として、クリスティナの王位継承権第3位の立場を認め、貴族達に通達する。同時に個人として騎士爵を持つ事も。これは継承権を破棄した後も失くす事はない。それに……アルフィナ領についても前向きに検討しておこう。お前が適任なのは間違いない。今度は確かな支援と共に、正式な立場を与えられるように取り計らうつもりだ」

「ありがとうございます、ディートリヒ陛下」


 あとは青いのに嫌がらせを考えつつ、ルーディナ様と話を付ける事ね!


 ……ふふふ。ライバルに嫌がらせ行為。

『悪役』冥利に尽きるわね!



 こうして陛下との話を終え、私はエルトの所へ戻る。


 なんだかんだで悪くない話が出来たんじゃないかしら?

 面倒事を抱え込んだ気はするけれど、マリウス家とは別の、私個人としての身分が確立されそうだわ。


 その上でアルフィナ領が正式に与えられる可能性が出てきたわ。


 私を優遇し過ぎな所もあるけれど……王族の末端らしいし、婚約破棄と王都追放、流刑も同然の処遇の罪滅ぼしと考えれば……これで相殺かしら?

 ここから先は陛下に無茶な要求はし難くなったわね。



「──クリスティナ嬢。少し、よろしいかしら?」


 応接室を出て、外へ出ようとしていた私を呼び止める声があった。


「……レミーナ第二王女」


 レヴァンの妹。彼と同じ金色の髪と金色の瞳を持つ、王位継承権第2位の王女。

 エルトと違って彼女とは面識があるわ。


 そして彼女は……昔からエルトの事を好きだった女。

 エルトにその恋心をバッサリと切り捨てられた人。



「貴方とお話がしたいの。2人で。お茶でも飲まない?」


 ……たぶん、その顔は笑っていても心の底では笑っていなそうよ!


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[気になる点] う~ん、王女より憑依したモブ日本人が不安~。 いつ出てくるのか心配しながら続きを読みたいと思います(´•ᴗ• ก )՞ ՞
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