131 国王との会談
私と彼を乗せた馬車が王宮へと入る。
呼び出されたのは私1人だけれど……。
「……申し訳ありません。陛下にお会い出来るのは令嬢のみでございます」
「ああ、分かっている。ここまで通してくれた事に感謝する」
「エルトはどこで待っていて貰えばいいかしら?」
「……あ、はい。ええと」
話を聞くと彼が王宮に訪れる事自体はこれまで少なかった。
王妃教育で王宮に通っていた私と会わなかったぐらいだからね!
それでもエルトの顔は知られているらしいから無下な扱いはされなかったわ。
「停めて貰った馬車で待機していても構わない。……ただ婚約者に何かあった時にすぐに駆けつけられる場所に居座りたいものだ」
彼が私の左手を取って婚約指輪をアピールする。ふふふ。
「エルト。今日は一緒に帰るからね。私はけっして人伝てで貴方に『先に帰って』なんて知らせたりはしないから。もし、それを偽る人が現れたら女神イリスの名の元に切り捨てていいわよ!」
「……女神の巫女がそう言うならそうしよう」
「フフン! まぁ、勝手に私の行く場所を遮られたら、私の方がその場で暴れるけどね!」
周りに居る兵士達に聞かせながらそんなやり取りをしておいたわ。
そこまで王家を警戒する事もないかもしれないけど、一応ね。
エルトを置いて連れられ、王宮を歩く。久しぶりよね。
陛下は私に何の話があるのかしら。
通されたのは……応接室ね。陛下も玉座には座っていらっしゃらない。
それでも身分の上下はたしかな意匠の椅子なのだけれど。
……個人的なお話という事かしら?
いらっしゃったのはディートリヒ陛下のみだったわ。
「王国の太陽にお目に掛かります」
私は頭を下げ、陛下に礼を尽くす。
「顔を上げよ。改めて、こうして会うのは久しぶりだな。クリスティナ嬢」
「はい。陛下もご健勝で何よりでございます」
「そう、固くならなくても良い。座って話すとしよう」
陛下に促されるままに私は座るわ。
陛下付きの侍女が紅茶を運んでくる。
「献上品は受け取ったよ。キョウリュウと言ったか? 翼のないドラゴンだと聞いた。頭部だけであったが……あれだけでも大きな魔獣だった事が分かるよ」
「はい」
「……どうやって倒したのだ?」
「どう?」
私は首を傾げたわ。
「殴って倒しましたわ」
「……殴って」
「はい」
「……ドラゴンを? クリスティナ嬢が?」
「はい。1発で仕留め切れなかったので何度も殴りつけて殺しました」
フフン! 私は少し得意気に胸を張ったわ!
「…………はぁ」
「陛下?」
困ったような顔をされているわね?
「……クリスティナ。君には申し訳ない事をしたと思っている。ありもしない罪に問い、疑い、王都を追放した。苦労する事も多かっただろう。王家からの支援も何も与えられなかった」
「陛下」
「……君でなければ、このように話をする機会すら与えられなかった筈だ。天与を使えるようになったとは報告されていたが……魔獣との戦場に1人で送り出すのは……実質的に死刑も同然だった」
まぁ、そうよねー……。
「生き残り、顔を見せてくれた事に感謝している。……君の言葉や態度を見れば、我らを恨んでいないという話も本当なのだろうと思うが……それでも申し訳なかった」
陛下が頭を下げたわ。んー。国王が頭を下げるのは良くないんだけど。
「陛下。以前に申し上げたように、私はこの旅で良き出逢いに恵まれました。たしかに私だからこそ、私の持つ天与だからこそ乗り越えられた試練だったと思います。……他の者に向けて同じ沙汰を降す場合は慎重に考えた方が良い事でしょう。……残る恨みこそありませんが……まぁ、怒ってはいますとも」
「うむ?」
ふふふ。怒ってはいるの、間違いないわ!
「謝罪を受け入れ、これ以上の遺恨などないと示していただく為に、そして王命を果たした事を踏まえて褒賞をいただきたく思いますわ」
「……褒賞か。何を望む?」
「アルフィナ領と、その地を治めるだけの爵位。そして新たな爵位名です。私、人にはこう名乗るようにしてました。クリスティナ・イリス・アルフィナ・リュミエット……と。リュミエットはもう名乗らなくても良いですが、アルフィナを名乗る許しを頂けませんか?」
陛下が下手に出てくれたから言うだけ言っておくわよ。
交渉術も何もあったもんじゃないけどね!
ただ厚顔に要求だけ突きつける。
王妃教育を受けた淑女なんて要素はこれっぽっちも残ってないわ!
やっぱり詰め込み勉強って良くないわよね!
「領地を望んで……何をする?」
「もちろん、アルフィナの復興です。アルフィナ領は荒れに荒れてましたから。人も居ませんし、建物もボロボロ。物資はほとんど残ってませんし。それでも私達は畑を耕し、住む場所を整え、魔獣との戦いを凌いできました。……楽しかったですよ。共に居てくれた皆には苦労を掛けましたけれど」
薬草薔薇の畑計画も途中で切り上げてきてしまったのよね。
王都からアルフィナ領まで馬車で1か月。
今からすぐに帰っても2か月も無人のまま。
また屋敷や畑の整備を1から始めないといけないわ。
「令嬢はベルグシュタット卿と婚約すると聞いていたが」
「はい。もちろん、その予定です」
私は左手に嵌められた婚約指輪を見せたわ。フフン!
「……伯爵夫人になるのではないのかね?」
「それは伯爵家の皆さんと話し合いをしてからです。エルトは以前、次の伯爵は妹君のラーライラに譲るつもりだとも話していましたし」
ん? ラーライラの夫になる相手に譲る気だったかしら?
まぁ、どっちも同じよね!
ラーライラが女伯爵になっても良いと思うわよ!
「……そのような話が? では、卿はどうするつもりか」
「騎士を辞めるつもりではないようですし。そのまま騎士を続けるつもりかと思います。私は、そんな彼と共に歩みたいと思っています、陛下。伯爵家の女主人ではなく、金の獅子と共に戦場を駆ける女に。私の力は戦いに向いているようですし」
私自身の気性もね!
「……王妃となるべき教育を受けた君が、戦場で騎士として戦うのが良いと?」
「ええ。陛下。私は王妃の器ではありません。受けた教育も実を結ぶ前になくなってしまいました」
「……そう学んだ事は失わないと思うがな」
「いいえ。失くしてしまいましたわ、陛下。先日のパーティーでの振る舞いが、王妃の目に適ったと思われますか?」
「……出来るのにやらないだけ、というように見えるよ」
「そういう言葉は出来ない者が掛けられる気休めの言葉です、陛下。実際にやれていないのだから、出来ないのと同じでしょう」
私がそこまで言うと陛下は溜息を吐いたわ。
「……そこまでレヴァンと寄りを戻すのが嫌なのかな」
「レヴァン殿下ですか? もう私には別に婚約者もいますから嫌と言えば嫌ですけれど。個人的な嫌悪も恨みもありませんよ」
「……レヴァンはクリスティナへの気持ちを引き摺っているようだ。あのような別れにしてしまった。あの当時は王としての判断であったが、父親としては悪い事をしたと思っている」
「はぁ……」
そう言われても困っちゃうのよね。
人間性を嫌ってるワケじゃないけど、また一緒になりたいなんて気持ちはないし。
「私が去る時、マリウス家のミリシャ嬢との婚約を推し進めるという話があったと思いますが……」
「……そうだな」
まぁ、女神の天与持ちが揃った事で、私達の扱いが変わって、自動的にレヴァンの婚約者も見直しが必要になってしまったらしいけれど。
「ルーディナ様ならば家門の後ろ盾も、天与持ちとしても申し分ないでしょう。ルーナ様との仲を取り持つならば新たな苦労があるかもしれませんけれど」
今のところルーナ様がそこまでレヴァンを好いている様子がないのよねぇ。
どちらかと言えば身分に尻込みしているぐらいだわ!
「マリウス家の令嬢だが……姉から見てどうなのだ?」
「私はミリシャの姉ではありませんが……まぁ、それはそれとして」
陛下にも私の家系は伝わっているのよね?
「我儘な子供に育ったとは思います。私に向けては見下し、憎む様子も見受けられました。レヴァン殿下とマリウス家の女との婚約関係は、天与の為に私に決まっただけでしたからね。侯爵夫妻もミリシャ嬢も、私を疎んだ事でしょう。……ただ、そういった感情が他者にまで向かうかは知りません。外で彼女と関わる機会はそう多くありませんでしたし……」
家では一緒に食事をしないし。
家族での活動を一緒にする事もない。
一緒にパーティーに参加する事なんてほとんどなかったし。
学園の寮や、王宮で泊めて貰う機会もあって余計に疎遠だったと言える。
侯爵家に帰れば嫌味や皮肉が飛んできていた気がするけど……。まぁ、元から良好な関係じゃなかったのと、妹だと思ってたから、なぁなぁで受け流していた面もある。
……適当に扱っていると何故か余計に腹を立ててきたのよね。
なんで無視したら余計に怒るのか分からないわ。
私を憎んでいるなら互いに関わらないようにするのが良いと思うんだけど。
「ただ離れてみた事で痛感しましたが、王妃というのは、ただのお淑やかな令嬢に務まるものでもないでしょう。そういった意味では他人に負けまいとする、或いは攻撃してでも我を通せる気性というのは、そう悪くもないのでは、と。レヴァンの好みの淑女をお飾りで据えるのが王家として必ずしも良い判断とは思えませんから」
外交とか、貴族間の調整の問題とかあるからね!
「…………君は、彼女を恨んでいると思っていたよ」
「え」
私がミリシャを?
恨む要素あったかしら……あ! そういえば暗殺される予定だったわ!
でも暗殺者として来たの、カイルとセシリア、ナナシだし。
その3人も今や私の仲間になってるもの。
別に身体に残る傷を負ったワケでもなく、家族が殺されたワケでもなく。
なんだかなぁ、という気持ちになっちゃうわ。
……それにしても暗殺者って人的資源よね!
これからも送ってきてくれるなら生け捕りにしたいと思うわ!
「領地の件は考えておこう。褒賞として渡せるかは分からないが……。管理者は置かなければならない。魔物の氾濫という恐れが完全に無くなったかを見定める必要もあり、適任者がクリスティナ嬢である事もまた間違いない。……これについては、どちらかと言えばベルグシュタット伯爵家の意向を確認した方が良いか?」
「そうですね。アルフィナ領が欲しいというのは、私の個人的な願望です。愛着が湧いたから、という。ですがエルトと伯爵家の意向を無視してまで拘りたいとも思いません。幸い、残してきた民も居ないですから」
最初から正式に領主だったら、もっと人員を呼び込むとか考えたんだけどね!
まぁ、優先順位が魔物達との戦いだったから……戦争の前線基地生活、みたいな状態だったわ。
「ふむ……。それはそうと、クリスティナ嬢」
「はい、陛下」
一通り話し終えたのか、陛下は話題を変えたの。
「……君に、レヴァンの護衛を頼みたいと思っているのだ。受けて貰えないだろうか?」
「はい?」
護衛? レヴァンの?
「ドラゴンの亜種すらも仕留める天与を持ち、王宮での暮らしも知っている。……クリスティナ嬢は、領地と共に、自分の為の爵位と家名が欲しいと申し出てきた。この国1番の騎士と共に戦場を駆けるつもりだとも」
「はい。まぁ」
その通りだけど。
「では、クリスティナ・イリス嬢。君にはまず……騎士爵を授けるとしよう。男爵と同級の扱いではあるが……、少なくとも『マリウス侯爵令嬢』としてではなく、『騎士クリスティナ』という個人として伯爵の息子と結婚する事も問題ない身分となる。……君達の婚約関係は、既に神殿に根回しを行い、認めさせているらしいが……それだけではいずれマリウス侯爵家と揉めるのは間違いない」
まぁ! 私と侯爵家の不仲は認めてくださるのね!
「そうして騎士としての初仕事が王太子の護衛だ。これ以上ない名誉となるだろうし、働きによってはアルフィナ領を正式に下賜する事も検討させて貰う」
「それは……ありがたい事ですわ、陛下」
まぁまぁ! なんだか思ってもない事になったわね!




