128 婚約目前にして立ち塞がる者
「王太子にプロポーズされて」
「うん」
「国王陛下と王妃陛下を前に啖呵を切って」
「うん」
「ルフィス公子に喧嘩を売って」
「うんうん」
「それから抱き上げられて会場を後にした」
「そうね!」
ベルグシュタットの邸宅に入れて貰った私達は、先に向かっていたリンディス達と合流して、事情を話したわ。
今は離れに集合してるわね!
あとルーナ様もひとまず、ここに身を寄せているのよ。
ラトビア男爵家は流石に王都に邸宅を持ってないからね!
ルーナ様はラーライラのお客様という扱いらしいわ!
「……嵐か何かですかねー。たった1回のパーティーで」
「フフン!」
「褒めてないですよ」
「褒めなさい!」
リンディスを相手にぷーっと頬を膨らませたわ!
ちなみに『クリスティナ軍』は庭で野営でもいいと言ってたけど、ちゃんと邸宅の中に入れて貰えてるわよ。
急な人数の収容だから、ちょっと詰め込まれてるけどね!
セシリアやフィリンを始め侍女達はちゃんと私と同じ離れ。
主治医と従者扱いのカイル、リンディス、ヨナ、ナナシはこっち。
マルク達は騎士団の詰め所に居るわ!
エルトは屋敷の方に戻ったの。
別に扱い的には冷遇じゃないのよ。
私は、今日は休ませて貰って、明日に正式に挨拶に行く予定。
「リンディス。今日、私のお父様の事について聞いたわ」
「……はい」
「貴方が隠そうとしていた理由は納得いった。でも本当? 私のお父様は、そういう人なの? ちゃんと貴方の口から聞きたいわ」
問い詰めるワケでもないけど、私はリンディスを真剣に見つめたわ。
「…………はい。お嬢の本当の父親は、王弟殿下。アーサー様です」
集まった皆が目を見開いて驚く。
私は目を閉じて息を整えてから、また開いたわ。
「そう。本当なのね。王弟、アーサー・ラム・リュミエットと侯爵家の長女、セレスティア・マリウス・リュミエットの娘が私」
「はい。その通りです」
「……王位継承権、第3位は私?」
私は首を傾げたわ。
「王家が正式にアーサー様の娘だと認められていればそうなります」
はー、大変なことだわ!
「それでレヴァンの婚約者だったら継承権問題で争うことはない、と思ってたのね?」
「……そうです」
「ブルーム侯爵は知っていたの?」
「いいえ。彼らに話した事はありません。平民の出の者が父親だと思っていたみたいですよ。それか魔族が父親か」
「お母様がリンディスを一緒に連れてきていたなら、そう思うわよねぇ」
まぁ、何とも凄い血筋だわ!
侯爵が私の父親が誰かを知ってたなら余計な事に巻き込まれてたでしょうねぇ。
「……私に天与が目覚めてなかったらと思うとゾッとするわね!」
望まない婚約。場合によってはリカルドとの縁まで求められたかもしれないわよ。
そう思えば何気に私は天与に守られているし、アマネの予言にも助けられてるわよね。
助けられてると言っていいかは、ちょっと疑問かしら?
「……申し訳ありません。お嬢。今まで色々と黙っていた挙句、このような形で知らせる事になって」
「いいわよ! 幸い、ルーディナ様が両陛下と会う前に教えてくれたわ! 問題もないし、リンは別に私の信頼を損なっていないわよ!」
「……ありがとうございます」
実際、知ったところでお父様もお母様も死んでるのよねぇ。
今の私には関係があんまりないっていうか。
「……なんで死んだの? お父様」
「…………殺された、と思われます」
「犯人は分からないまま?」
「はい……」
「そう。お母様の死因はご病気だったかしら?」
「はい。セレスティア様は以前から体調を崩されていて、心労もあり……」
「そ。分かったわ! じゃあ、次の話なんだけど」
「……切り替えが早過ぎません?」
「今のところ、お父様とお母様の件で侮辱された事はないもの。それに私の心を支える家族は今、ここに居る貴方達よ!」
「お嬢……」
フフン!
「あ、でもナナシは除外ね!」
「いい話風なとこにオチつけんなよ!」
リンディス、カイル、セシリア、ヨナと一緒の扱いをするワケないじゃないの!
「……で? 話は終わったのか?」
「まだね! とりあえず……ルフィス公爵家の長男ユリアン公子は私とルーナ様の敵だと思うわ!」
「敵、ですか」
「ええ! 天与を無力化したっぽいから! 邪教との繋がりは分からないけど、信用しないでね! でもルーディナ様は違う気がするから、そういう事でよろしくね!」
「ふ、ふわふわの印象論……」
「天与の無力化とか凄いこと言わなかったか?」
「リン達の魔術だって対策する技術があるんでしょ? 研究すればいけるものなんじゃない? 正直、天与と魔術に大した違いがないと思うけど」
「……女神の巫女が言っていい台詞じゃねぇだろ」
「なによ」
姿を消したり、火を出したりする魔術。
薔薇を咲かせたり、人を癒したりする天与。
……大差がないと思うわ!
「魔術は魔族が使う忌まわしいもんだぞ?」
「その割には王家にもお抱えの魔族が居るらしいわよ?」
「そりゃお前……利用されてんだよ」
「ふぅん。リン達がイヤなら無理に使えとはこれからは言わないけど。勿体ないから使った方が便利じゃない?」
「いや、別に俺は自分の力を卑下してねぇ」
「はい。私も気にしてはいません」
「僕も。お姉ちゃん」
「じゃ、一緒ね! 私も長いこと天与は使えなかったから……いわゆる『普通』の人間の感覚が分かるワケだけれど。信仰がないんだったら、やっぱり天与と魔術は似たようなものじゃないかしら!」
「おい、お前ら、この女に神殿関係者の前で発言させるなよ。大問題だぞ」
「なんでよ!」
「あー……、はい。善処しましょう」
まぁ! ナナシの言う事をリンディスが聞くなんて!
「まぁ分かってるけどね! フフン!」
「ははは……」
「リンディス達は、魔族の身分を上げたいとか思わないの?」
「魔族のですか? んー……」
「あら。乗り気じゃないのね?」
「個人思想によるもの……ぐらいにはなっているんじゃないでしょうか。裏で蔑み、恐れる者も居るのでしょうが……」
「ハッ! 結局、こいつは侯爵家に雇われてた、魔族の中の勝ち組だぜ? んな事聞くなら、もっとひでぇ扱い受けてる奴に聞けっての!」
んー。
「ヨナは?」
「……僕を誘拐したのって、別に差別してる人達じゃあないよね。お姉ちゃんの敵の邪教が犯人で……その人達はどちらかと言えば、その」
「どちらかと言えば?」
「……魔族の、魔術を使える事を『長所』として捉えていたんじゃないかな? 魔族と呼ばれる人々と、この国の人が交わる事もそれなりにあるみたいだし。今、僕たちって差別されてはいるけど、そこまで……」
「ハッ。俺らはお前らにとっては見た目がいいらしいからな。絆されるヤツなんてチラホラ居るって事だ。その上、その血を取り込んだら特別な力も……ってよ」
「魔族は一概に冷遇されているワケじゃないってこと?」
「……そうだと思いますよ。年々と立場は変わっていると思います。私は、殊更にお嬢に表立って魔族の為の運動なんてして欲しいとは思っていません」
「僕も」
んー……。
「ヨナは将来困らないかしら……」
「立場が必要な職に就きたいなんて思っていないよ。僕。……お姉ちゃんの傍で暮らせると良いなとは思う。そういう所は、アルフィナから一緒に来た人達と変わらないかな」
「ヨナ……」
でもヨナに友達は作ってあげたいわよね!
リンディスという見るからに同郷の先生と交流させてあげられたのは良いと思うけど。
「……話が脱線しているかと。まずお嬢様は、ご自身の足場を固める時期ではないですか?」
「そうね!」
陛下に改めて話をする機会がその内に設けられると思うけど。
「今日はお疲れでしょう。私達も初めて招かれた場所です。準備の時間をいただいた分、慣れてはいますが……お嬢様は、まずお休みになられるとよろしいかと」
「……そうね! じゃあ、報告する事はこれぐらいだから……皆も休んでちょうだい!」
「分かりました」
「へーへー」
ふふふ! なんだかんだ言ってナナシも完全に私の指示に従ってるの。
翌朝。
朝起きて、顔を洗って支度を整える。
せっかく設備が整った場所に居るからって侍女達が世話を焼こうとしてくれるけど、私はそもそも身支度は1人で出来るから断ったわ。
「……リン達が料理してるの?」
ひょこっと離れの厨房を覗きに行くと、そこにはカイルとセシリア、リンディスが仲良く料理番をしていた。
この3人は、そういう技能があるからね!
「離れの料理人はいらっしゃらないの?」
「居ますよ。ただ、事前に通達があったとはいえ、この人数ですから。正式な雇用や住む場所も決まっていないでしょうし、我々が手伝いをさせていただいています」
「そう! ありがとうね! 私はクインの世話をしてくるわ!」
「誰か一緒に付けてくださいよ」
「ええ!」
侍女を連れて表で待っていたクインの世話をしに行く。
『キュアアア……!』
「ふふふ! いい子ね! たんと食べなさい!」
クイン用の食用薔薇を咲かせて食べさせる。
……私の天与が使えなくなったらクインがお腹空かせちゃうわね。
やっぱり栽培用の食用薔薇は必須だと思うわ!
「クリスティナ」
「ん」
彼の声で振り返ると、そこにはエルトが立っていた。
「おはよう、エルト。朝も早いのに離れに来たの?」
「ああ。不自由はしていないか?」
「ええ! 大丈夫よ!」
クインの前で彼を迎えて、そして手を取り合う。
「今日は両親に挨拶をする。君の準備が整い次第、招こうと思うが……」
「ご両親の都合を聞かないと」
「既に話は通してあるよ。朝食は?」
「リン達が用意してくれてる。人が沢山増えたからね」
「そうか。必要なものは事前に用意するようには言ってあるから活用してくれ。ただ、騎士団ごと帰還したからな。凱旋式も終わって、ようやくの帰還。今日からしばらくは慌ただしいだろうな」
エルト達の騎士団も長らく王都を離れていたでしょうからね。
家に帰りたい人も多いんじゃないかしら?
「認めて貰えるかしら?」
「もちろんだ。というか、伯爵は既に説得済みだ」
「そう言えばそうだったわね……」
「……問題は伯爵夫妻が認めるか否かではないな」
「ん?」
エルトは私の左手を取ったわ。
「これから君に婚約指輪を贈りたいと思う。受け取ってくれるか?」
「まぁ! もう用意してあるの?」
「いいや。君が気に入るデザインを知りたい。俺達はまだ重ねた時間が少ないから。君が何を好むのか、俺に教えて欲しい」
「ん!」
私は取られた左手を彼の頬に持っていかれたわ。
そして頬に手を添えさせられる私。ふふふ。
「じゃあ、そうしましょう!」
「ああ」
朝の時間を一緒に過ごす私達。
そうして……身なりを整えてから、ベルグシュタット伯爵夫妻へと会いに行く事になったわ!
……なったんだけど!
「──決闘を申し込むわ! クリスティナ!」
本宅の前に佇む、エルトとラーライラと同じ金色の髪と翡翠の瞳を持つ男性。
そして、その隣には線の細い儚げな美女……といった風情の茶髪の女性。
彼らがエルト達の両親、ベルグシュタット夫妻?
そして彼に手を引かれた私の前には……ラーライラが立ち塞がり、私に手袋を投げつけてきたわ!
「私が勝ったら……この婚約、認めません!」
「えー……?」
ここに来て姫騎士ラーライラが私に立ち塞がったの!




