127 帰る家
「待て! クリスティナ!」
と、パーティー会場を出た私達を止めようと声を掛けられたわ。
この声は……。
「ああ、リカルド小侯爵」
「マリウスの息子か」
「そうね。待たなくて良さそうよ、エルト」
「そうか」
会場を出る時はお姫様抱っこだったけど、とりあえず降ろして貰ったわ。
動き辛いからね!
「おい! 待てと言っているだろう!」
怒りに任せてズンズンと歩いてくるリカルド。
「ルーナ様! 聖守護よ!」
「え!」
「早く!」
「は、はい!?」
困惑しながらも光の結界を張って守ってくれるルーナ様。ふふふ。
「!?」
私、エルト、ルーナ様、ラーライラの4人で帰る所だったから完璧に防いだわね!
「ありがとう、ルーナ様。便利ね、聖守護の結界は!」
「は、はい……。なんでしょう。凄く利用されている気が」
「ルーナ様は利用され易そうだから気を付けないとダメよ?」
「あんたが利用してるんじゃないの……」
それはそれよね!
「クリスティナ!」
光の壁で隔たれた所からリカルドが怒鳴る。
「……リカルド小侯爵様! ごきげんよう! 私達、帰る所ですから用件は手短にお願いしますわ!」
「っ……、帰る? 帰るだと? お前の家はマリウス家だろう!」
「いえ、違いますけど?」
私は首を傾げたわ。なんでそうなるのかしら……。
「はぁ……ミリシャといい。理解が出来ません。リカルド小侯爵。ヒルディナ夫人には労いの言葉を掛けてあげてくださいな。これまで不要な家族もどきを抱えて暮らすのは大変だった事でしょう。早々に真実を打ち明けて下さったなら、私も貴方がたに何も求めはしませんでしたのに」
「何だと……?」
「そうでしょう? 貴方達は私の家族ではありませんでした。それを家族と思い込ませる事に何の利点があったのですか? 私の方もブルーム侯爵とヒルディナ夫人が親でないと分かった時、納得の感情が強かったのですよ? 小侯爵やミリシャ嬢だけを優先するのも実の子供を愛する親として当然の行動だったかと……。私の母が誰かを理解した時から、私が貴方達に求める愛情は一欠片もなくなったのです。赤の他人と相互に理解できたのだから、互いに関心なく生きるのが肝要かと」
関わって欲しくないわー、ホントに。
「ふざけるな!」
「じゃあ、行きましょうか」
なんか怒鳴り始めたから踵を返して帰りの馬車へ向かう事にしたわ。
「ルーナ様もああいうのに絡まれたら迷う事なく天与で自分を守るのよ」
「え、あの、えっと」
私は立ち止まりそうになっているルーナ様の背中を押したわ。
「おい! 待てと……」
「怒鳴る以外に話す事ないの、あんた。用件があるんなら、とっとと本題に入りなさいよ。私、そこまで気は長くないわよ」
私より薄い色の赤髪と赤い瞳の男が、私の言葉に言葉を詰まらせる。
「冷静に用件を話すんなら、まだ聞くわ。それが最初っから怒鳴って、まともに話を聞いて貰えると思ってるの?」
「く、クリスティナがまともっぽい言葉を!?」
ラーライラが失礼だわ!?
「……、俺達に挨拶もしないというのはどういう事だ」
「俺達? 誰?」
「マリウス家だ」
「……ミリシャ嬢とは話をしたわ。私の方から侯爵家に用はないわね」
「……お前が帰る家はマリウス家だ」
「違うわよ? だから貴方達、何なの? 逃げられないだの何だのって。貴方達は4人家族よ。私はそこに必要ないし、私にも貴方達は不要だわ。セレスティアお母様の厄介な娘が家から居なくなってハッピーエンドでしょうに」
「……今までの生活に不満があったのか? ならば改善させればいい」
「はぁ?」
私は目付きを鋭く、表情を怒らせたわ。
目で怒りながら薄っすらと笑う。そんな感じね。
「不満がある点は侯爵夫妻が私を実の娘だと偽った点よ。あそこの生活がこれからどう変わろうと知った事じゃないわ。仮に使用人をすべて変えようと私がマリウス家に戻るワケないじゃない。マリウス家は私の人生にとって要らないものなの。たとえセレスティアお母様と血の繋がりがあろうと、侯爵家に私が行くことはないわ!」
はっきり言ってるのに本当に何なのかしら。
リカルドもミリシャも。鬱陶しい以外に出てくる言葉がないわよ。
「……っ、お前が帰ってくる為に部屋もずっと用意してあるんだ。王子との婚約破棄の後、あんな急に王都を追い出されて。心配してなかったと思うのか? しかも護衛も従者も1人も付けずにだ! 侯爵家の娘に対する仕打ちじゃない! ほとんど死ねと言っているようなものだったろう!? ようやく王都に帰ってきたというのに、何の話もせず、赤の他人のように振る舞うだなんて!」
「…………?」
私は首を傾げたわ。
まるで私を心配していたみたいな言い方ねぇ……。
「……リカルド。仮に貴方が私を心配していたとして。ううん。あの侯爵夫人に使用人達まで、私を心配する気持ちに変わっていたとして。それでも私がマリウス家に帰る事はないわ。天与が私の身を守り、出逢いが私を満たしてくれたの。マリウス家との関わりはもう私に必要ない。心を入れ替えたというなら尚の事、家族4人と侯爵家のことだけ考えなさいな。ミリシャはあの家の長女で、貴方の妹はミリシャ1人だけよ」
「…………っ」
「エルト。本当に行きましょう」
「ああ」
私はエルトの手を取って歩き始めたわ。
リカルドは天与を無力化なんて出来ないみたいね。
◇◆◇
「ふぅ」
帰りの馬車に4人で乗り込む。ようやく終わったわね!
「……ひっかき回すだけひっかき回して退席したわね」
ラーライラがジト目で私を睨むわ! フフン!
「騎士団の子達は外のパーティーに参加してるんじゃないの? 一緒に帰らなくて平気?」
「……まぁ、連中もそれぞれに何とかするさ」
割とおおざっぱね!
こんな機会に団体行動も何もないと思うけど。
「ルーナ様は楽しめた? ああいうパーティー、参加は初めてだって聞いたけど」
「は、はい! そうですね! 凄い会場で、たくさん料理がありました!」
「ふふふ。ちゃんと食事できたの?」
「それが少しだけしか……沢山、声を掛けられまして、ライリーが一緒に居てくれなかったら押し流されていたと思います」
まぁ、可愛らしいわねー。
やっぱり妹にするならこういう子だわ!
「ふふ。もっと私にも頼って貰いたいものだけど。私には別の役目があるものね」
私は向かいに座るルーナ様の髪の毛を梳かすように撫でる。
王妃候補スマイルも加えておくわね!
「く、クリスティナ様?」
「ちょっと! ルナに変な色目を使わないで!」
「色目?」
ラーライラが、ルーナ様を庇うように抱き寄せたわ。
「だ、大丈夫ですよ。ライリー。その、クリスティナ様の役目とは……?」
「ん? もちろん『悪女』になることよ!」
「え」
「フフン!」
私は胸を張ったわ!
「私が近寄り難い存在になればルーナ様への好感度が高まるのよ! そういうものらしいわ!」
「え、それはその。クリスティナ様が困るのでは?」
「お淑やかにしていても悪者にされる運命なのよ、私。だったら開き直った方が生きやすいわ。でもルーナ様はそうする必要がないからね!」
私は悪女として生きて、ルーナ様は聖女……は埋まってるから善人として生きるのよ! フフン!
「ふっ……。しかし色々とあったな、クリスティナ。君は平気だったか?」
「うん! 問題なかったわ!」
エルトが私の頭を撫でながら労ってくれたわ。
「そうねぇ。ほとんど敵対してる人にしか話し掛けられてない気がするけど」
「それもそうだったな。友好的な相手といっても俺と君が揃っているとダメらしい」
「金の獅子様の恋人になりたい令嬢や、娘を婚約者にしたい貴族ばかりだったのでしょうね」
「……それだけじゃないぞ、クリスティナ」
「うん?」
他に居るかしら。
「これは俺が言えた事でもない話だが……。君に近付こうとしている男も沢山いたよ」
「んー……。レヴァンやリカルド? あ、あと青いのも?」
黄色と赤と青ね!
……レヴァンを一括りにするのは可哀想だから止めてあげましょうか。
「君が王都を追放されたり、アルフィナに送られたりせずに、ただ婚約破棄をされただけなら。あの侯爵家に帰っていただけなら。きっと山のような釣書が届いていただろうな。そして俺はそんな数多くの男達に出遅れて、ようやく君の魅力に気付いて悔しい思いをしていただろう」
「んー!」
婚約者としてエルトと一緒に居なかったら下心しかない男達に群がられたって事かしらね。
「……そして男にだけ群がられて、令嬢からは無視されるのがクリスティナね」
「ラーライラは私に何の恨みがあるの? 何もないわよね、私達!」
「あるに決まってるでしょ!」
あるかしら? 思いつかないわね!
「エルト。それからルーナ様。ルフィス公子の事はどう見た? 私、アレは私達の敵で間違いないと思うわ」
「……敵?」
「ええ。彼、天与を無力化したのよ」
「えっ?」
「……本当か?」
やっぱり誰も気付いてなかったのね! さっさと話しておいて良かったわ!
「彼の足止めを薔薇でしたのだけど、引き千切るでもなしに、足を動かしたの。あの動きは……たぶん私の薔薇を消したのよ。彼自身にそういう力があるのか、それとも技術的にそれが出来るのか分からないわ」
邪教は私をバケモノ扱いしていたから……天与の無力化を研究していたのかもしれないわね!
「私とルーナ様の天敵なのは間違いないわね。エルトやラーライラはどうかしら?」
「……所感で言えば、そうだな。クリスティナはよく2度目に殴り掛かるのを止めたな」
「うん?」
「一度殴り掛かったのを避けられてから追撃せずに引いただろう。良い判断だったと思う」
「フフン!」
なんであれ、大事な人達から褒められるのは気分がいいわよ!
「よしよし。だが、あの時、なぜ引いたんだ? いつもの君なら追撃に殴っていた気がするが」
「そうお兄様に思われてるのもどうなのかしら……」
「あ、あはは……」
「フフン! あの時は……なんかヤな感じだったから殴るのを止めたわ!」
「その感覚は大事にするんだ。戦場でモノを言うからな」
「分かったわ!」
欲を言えばちゃんとぶん殴りたかったわね!
「追撃しない事が良かったということは、お兄様としては……」
「あれだけでは正確に分からないが、彼は動ける男だろうな。ただし、……そう。『天才肌』と思う」
「天才?」
何がかしら。
「武術を学び、鍛錬した末の圧力は感じなかった。自信家な態度のせいもあるが、言うなれば『鍛錬をせずとも強い』 ……そういう手合いに感じたな」
「鍛錬をせずとも……」
「ああ。決闘などの1対1の正攻法は挑まない方が良い相手だろう。彼と対峙するならば……策略をめぐらし、命懸けで獲物を仕留める準備をしてから掛かるべきだ。……鍛錬せずに俺よりも強い男。そういう存在だと思う」
「お兄様よりも強いなんて! そんな人がいるワケありません!」
「いるだろう、ここに」
エルトは私に視線を向けたわ。
そして微笑んだ。
「フフン!」
「……つまり天与のような超常の力でベルグシュタット卿を圧倒できると?」
「いや……。そういう事でもないと思う。単純に力で、速度で、俺が押し負ける。そういう手合いだ」
「よくそこまで見抜けるわね!」
「あくまで俺の勘に過ぎないがな」
「……お兄様が負けると言うのですか!」
「……いや?」
うん? 私は首を傾げたわ。
「負けるつもりはないのだが」
「では、なぜそのような評価を」
「ふむ……。別に俺は相手を見くびるつもりはない。足の速さや、腕力で俺を上回る男も居るだろう。彼はそういう手合いだと感じたというだけだ。だが……そう」
エルトは私の髪の毛を一房掴んで愛おしそうに撫でるわ。
「彼が決闘のような方法で、さらに『クリスティナを賭けて』などと言い出した場合は軽率に受けずに断るべきだろうな」
「……勝てなそう?」
「戦うならば状況を整えるべきだ。本当にクリスティナを賭けて戦う場合は、命を賭けてよい条件にしなければ。初めから全力で彼を殺しに動き、格上に挑むつもりで一分の隙を窺い、地に伏そうとも諦めない。剣が折られようとも殴りかかり、両手が切り落とされようとも、喉に食いつき噛み千切る。……そういう事をしてよい条件でなければ君を天秤には乗せない」
「本気過ぎないかしら?」
「獅子は、兎を狩るのにも全力を尽くすものだそうだ。相手が兎でなく虎ならば全力で済ませず死に物狂い。当然だろう。この先の人生を卑怯者と罵られようと騙し打ちすら厭わないぞ」
「それは流石にやり過ぎだと思うわ!」
「君を失う事に比べれば安い事だろう。油断する必要も傲る必要もない。どんな相手だろうと全霊を尽くすのみだ」
「もう……」
ふふふ! 私は彼と見つめ合ったわ!
「違う馬車で帰りたかったですね……ライリー」
「フン!」
ルーナ様達が何か言ってるわねー。
「でも自信過剰っぽいし、この先本当にそういう風に絡んできそうだわ?」
「……心配ない。返す言葉は既にある。クリスティナがそれを貫いてくれたからな」
「私が? なんて返すの? あの青いのに決闘を申し込まれたら」
エルトが微笑みながら私の頬に手を触れたわ。
「惨めな真似だと笑ってやるさ。俺を挑発してこようとも乗る事はない。……腕に自信があるようだが、君を賭けて俺に挑んでくるのは無様で惨めだと。そうだろう? 君本人に見向きもされず、相手にもされないものだから俺に絡んでくるしかないのだ、彼は。意中の女を口説く言葉も態度も思い浮かばないとはウブな方でもあるのだな、と笑ってやろう。良ければ女性の扱いについて先達として助言でも差し上げましょうか、と下手に出てな」
「まぁ!」
そんなやり取りをしたら、ますますイライラしそうね、あの青いの!
「ちょっと面白そうだわ! その時は私が見物できる場所でやってね!」
「分かった。はは」
「……お兄様がそこらのナンパ男みたいに変わられたわ……!」
「あはは……」
こうして私達は帰る場所……ベルグシュタットの邸宅へ向かったわ!
 





 
