126 ヒーローじゃないわね
「予想とは違う行動に言葉だ。思ったよりも面白い女だな、お前は」
ユリアン公子は、そう言いながら私に近付いてきたわ。
そして私の手を取ろうとして。
「──フンッ!」
「っ……!」
あら! 避けられたわよ!
ぶん殴るつもりだったけど、流石に仕留め切る動きじゃなかったわね!
それともエルト並に動ける男なのかしら?
「何をするんだ?」
「貴方が私の手を取る事は許可しないわ。だって汚らわしいもの」
「……なんだと?」
レヴァンは昔の親交のよしみで許したけど。
婚約者がいる女の手を平然と取ろうとしないで欲しいわね!
私のパートナーが最低の浮気男だったら別かもしれないけど、エルトは私に一途だもの。
彼の気持ちに応えるわ!
「私の手も、お気に入りのこの長い赤髪も。どちらも触れていい男はエルト・ベルグシュタットだけよ。何を勘違いしたら、貴方が気安く触れられると思ったのかしら?」
悪女の見下し方で睨んであげるわ!
「……なんとも無礼な女だな」
「陛下に許可は取ったわよ。貴方がここに来る前にね」
「そんな許可を陛下が出すとでも?」
「ええ! 私は両陛下の前で宣言したもの。ルールもマナーも無視をして私自身の在り方を貫くと。両陛下は、そんな私を咎めなかったわ。ならば容認されたという事でしょう?」
「……そう思って無礼を働き続ければ、陛下を怒らせるだけだと思うが?」
「そうでしょうね。だから私も弁えているわ。私は無差別にこんな振る舞いをしているんじゃないの。女神の巫女として、貴方に嫌悪感を抱いてしまうから、こうしているのよ」
「……ほう? どういう意味か分からないのだが」
不遜な態度ね!
「知ってたかしら、ユリアン公子。貴方、ルーナ様からも嫌われてるのよ?」
「それは初めて聞く話だ。アマネが語る未来とは大きく異なるようだが?」
アマネの語る未来ねぇ。
「ルーナ様が数多くの恋愛をするかもしれないって話ね。ええ、何もかも現実の彼女を無視して言い募られた話だけれど。それでもアマネの言葉に倣って言うなら私はこう言ってあげるわね?」
予言書に出てくる登場人物達。その男性陣。
レヴァン、エルト、カイル、ヨナ。
彼らが同じグループだとして、呼ばれていた名前。
「──貴方はルーナ様の攻略対象じゃないわね!」
けっしてエルト達と同じ括りにはならない異物。『ゲーム』と現実の絶対の違い。
いくつかは正しくて、どこかが間違っている予言の内容。
ユリアン・ルフィス・リュミエットは紛れ込んだ異物だわ。
彼らと肩を並べて見せても彼は違う存在よ。
「な、何言ってるのよ。『青の貴公子』は……隠しキャラだから……。そこまでプレイして、ないの?」
「……?」
アマネは何を言ってるのかしらね。私は首を傾げたわ。
「はぁ……。おかしな服装をしていると思ったが、頭までおかしいのか?」
誰がおかしな服装よ!
「互いの印象が最悪みたいね! じゃあ、もう話す事はないわ!」
「……殴りかかっておいて、それで終わるつもりか?」
「貴方が私の手を取ろうとするからでしょう? 手を取って何をするつもりだったのかしら!」
「……貴族なりの挨拶をしようとしただけだろう?」
「そう。なら教えてあげるけれど。貴方、不快だから。もう触らないでちょうだいね!」
自信過剰な雰囲気。私を見下している感じ。
率直に言ってイヤな印象ね。
どう言えばいいのかしら?
女は全員、自分になびいて当然で、男は全員、自分より下だと思ってる……。
そんな感じね!
「……、」
余裕面で再度、私に近付いてこようとする。だから、今度こそその顔にパンチを……ん!
「エルトー!」
「ふむ?」
私の好きにさせてくれて黙っていたエルトを盾にして背中に回り込んだわ!
とりあえず殺気も口も出さずに私の挙動をさせるがままに見守ってくれてる彼は微笑ましいわ!
「…………なんだ? 結局、男の影に隠れるのか?」
ユリアンは私の挙動に虚を突かれたような顔をしてるわよ!
彼の予想の上を行った気がするわね!
「フフン!」
なんとなく動ける格好で殴り掛からないとダメだと見抜いたわよ!
アレね。エルトなみに反射的に動くなら、殴り掛かった拳を掴まれる気がしたわ!
私、パワーとそれなりのスピードはあるけど、上位の騎士達並に反射神経があるかと問われると違うからね!
さっきから私の手を取ろうとしたりしてるし。
レヴァンがパーティー当初に私にプロポーズしたりしたのと似たような気配。
それに、さっきのリカルドとも混ざった感じ。
望んでない相手に女として見られてる不快感ね!
プロポーズだか告白だかを傲慢に見下されながらされそうな気配!
これが野生の巫女の勘よ! フフン!
「また殴り掛かって貰えるとでも思ったの?」
「…………」
んー。この、攻めあぐねている感じ。何よ、その手は。
私の予想もそうは外れてないと思うわ!
「……それで。公子は結局、何か用だったのか? 俺の婚約者に声を掛けたい様子はひしひしと伝わってはくるのだが。話は終わっただろうか? 終わっていないのなら、彼女に触れようとせずに口だけで伝えてくれ。どうも彼女は貴方を気持ち悪いと感じているようだから」
「…………2番手が」
「ふむ?」
2番手って何がかしら。エルトに言ったわよね?
とりあえず良い意味じゃなさそうなのはさておき、理解できないからエルトに響いてないわよ!
「気持ち悪いのではなく、照れているだけじゃないか? 俺に惹かれているのを知られるのが恥ずかしいのだろう」
「うげぇ……」
「クリスティナ。酷い声が出ているぞ」
「私、こういう男、ほんと無理なの。だから気持ち悪かったのね……。もしかしたら女神の巫女とか関係なく、人間として嫌いなだけかも」
単にこういう嫌悪感だったのかしら……。
邪教関連の警戒心かと思ったけど、違ったかも。
「ハッ! もしかしてルーナ様も普通に生理的に無理と思っただけなんじゃ!?」
「お前……」
なんてことかしら! 邪教と無関係疑惑が出てきたわよ!
あと何故か顔を引きつらせてるわ! やっぱり短気じゃない? この男。
「あ、あのぅ! クリスティナ様! 先程からちょっとずつ私を巻き込んでます!」
「あら、ルーナ様」
近くにやって来てたのね!
ラーライラも隣に居るわよ!
「この女は常に騒ぎの中心にいる気がするわね……。お兄様を巻き込んで」
ラーライラは、いつになったら完全に私の味方になってくれるのかしらね!
「あ、ルーナ……」
「アマネ様。お久しぶりですね。お元気でしたか……」
まぁ、微妙な空気感よ。
ルーナ様にとってはアマネは友人で道を踏み外してる気配のする女なのよね。
「とりあえず、私達、もう帰っていいかしら?」
「貴方ね……好き放題に言っておいて」
とりあえず物理的に強そう、という気配を感じれただけで十分よ!
向こうも強行手段に出てこないのはエルトが居るから?
パーティー会場っていう場所と人の目もあるんでしょうけど。
普通の貴族は人の目を気にするものだからね!
「元気だよ。その……クリスティナと仲良くなったのよね?」
「……はい。クリスティナ様は、アマネ様がおっしゃっているような女性ではありませんので」
「悪女じゃないって事……?」
「えっと、それは」
「私は悪女で構わないわよ? 陛下にも善だと証明はしないって答えたし」
「……という事なので、何とも」
「何なの、それ……」
フフン!
「悪女と罵られようと構わないけれど、アマネが思い込む事がすべて間違いってだけよ。あんたは私が『悪役』であると妄信しているだけ。こうして話しても尚、あんたは私について論外の思い込みをしてるんじゃない?」
彼女の住む国、ゲンダイの転生者だと思い込んでいて、その考えを消してないようだし。
……もしかしてアマネは、その『転生者』に会った事とかあるのかしら?
ヨナ以外にも犠牲者は居るのかもしれない。
見つけたら、とりあえずぶん殴って、別人の魂とやらを身体から追い出さないといけないわね!
「はぁ……まったく。俺の予定を悉く台無しにするとは。面白い女だ、とでも言えばいいかな?」
「うげぇ……」
「クリスティナ。声。大丈夫か? 背中を撫でてもいいが」
「ありがとう、エルト」
「お前達……」
今、私を見て言ったわよ、気持ち悪いわね!
それで気持ち悪がったら怒るって何かしら!?
「ラーライラ、パスよ!」
「は!?」
ここは誇り高い姫騎士のラーライラにすべて丸投げが無難だわ!
「エルト! 私達は離脱よ! ここはラーライラに任せるわ!」
「おい……」
「──薔薇よ!」
「っ……!」
とりあえずユリアンの足首を薔薇で拘束しておくわね! フフン!
「ふむ。一向に用件に辿り着かないらしいので、これで失礼する」
と、エルトが私を抱え上げたわ。俗称『お姫様抱っこ』ね! フィオナが言ってた!
「ふふ!」
エルトに抱えられて、さっさとパーティーから退席よ!
「あ、クリスティナ様!」
「ルーナ様もおいでー」
「ああ、もう……! ユリアン公子、失礼致します!」
まぁ、ラーライラだけが礼儀を重んじているわね!
彼女は素晴らしき淑女だわ!
ルーナ様はまず場慣れするところから始めてあげないとね!
「あ、アマネ様。それではまた……!」
「あ……うん」
一通りに話は出来たから、パーティー会場の空気も読んで撤退を決めたわ!
「…………」
両足の足首を縫い付けられたユリアン公子。
会場を出るまでは拘束しておくつもりだけれど……。
「……ふっ……」
「む!」
ユリアン公子は、縫い付けられた筈の足を動かしたわ。
そして振り返って私達を見る。
傲慢で自信家。ナルシストで、かつ私に色目を使ってくる男。
……ルーナ様には目を向けてない?
彼女と私は同格の存在の筈だけれど……。
「……薔薇の蔓を引き千切ったような動作じゃなかったわ」
「クリスティナ?」
まるで、そこに私の薔薇なんてなかったように、彼は平然と振り向いた。
つまり…………私の天与を無力化する力……、かしら?
「……二度目に殴り掛からないで正解だったみたいね!」
収穫はあったと思うわ。
ユリアン公子は、ただ生理的に無理な男ってだけじゃない。
やっぱり彼、私達の敵よ。三女神の敵と言うべきかしら?
でも……ルーディナ様は、なんとなくそうじゃない気がする。
ルフィス公爵家で何かあったのかしら……。兄妹だもの。
これも勘だけれどルーディナ様は見捨ててはいけない気がする。
だから……ここは撤退が正解ね!
「つまり……きちんと計画を立てて、ぶん殴るわよ!」




