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125 悪女と聖女

「貴方のことしか目に入らないし、貴方以外の声が聞こえないわ、エルト」

「ふっ……俺もだよ。君の事しか目に入らない、クリスティナ」


 笑い合って2人の世界に入り込んでみたわ! フフン!


「……ちょ、ちょっと! 話し掛けてるじゃない!」

「ふふふ。パーティーが騒がしくても気にならないわね」

「そうだな」


 イチャイチャというものをしてみたわ! フフフン!

 頬を擦り合わせたり、指を絡めて繋いだり。


「……失礼。挨拶をしたいのだが」


 と、男の声で話し掛けられたわ。

 ユリアン公子の声ね。んー。声だけでゾワっとは来ないわね。


 直感としてはルーナ様の方が敏感なのかもしれないわ。


「ふふふ」


 でも私は一切、答えないわ。

 見ない、聞かない、答えないよ!


「…………失礼。聞こえていらっしゃるでしょう?」


 だんだんと声がイラついてきたわねー。

 やっぱり短気なのかしら、ユリアン公子って。


「ん? ああ、すまない。もしや俺達に声を掛けていたのか?」


 と、エルトがさも『今気付きました』っていう体で答えたわ! ふふふ。

 そして私はエルト以外に目を向けないの。


 これ、けっこう集中力が必要なのよ!

 王妃候補だった時に、周りの情報から自分の気持ちを隔離する技を学んだのよ! フフン!


「……そうだ。ベルグシュタット卿。はじめまして、だな。ルフィス公爵の息子、ユリアン・ルフィス・リュミエットだ」


 あら。上から目線で来たわね!

 まぁ、公爵令息と伯爵令息だからねー。


「ベルグシュタット伯爵の息子、エルト・ベルグシュタットだ。お目にかかれて光栄に思う、ユリアン公子」


 エルトも不必要にへりくだったりしないわね。


「……そちらのご令嬢にも挨拶をしても?」

「いや、不要だ。我々はそろそろパーティーを出るつもりだった」


 ピシャリと言い切るエルト。ふふふ。


「ねぇ、エルト。もう飽きたわ、このパーティー。早く帰りましょう?」

「そうだな。クリスティナ」


 そしてまた2人だけの世界、発動よ!


「……卿は、このパーティーの主役級だ。こんなに早く退席を?」

「ああ。友であるレヴァンも両陛下も退席なさった。俺が主催というワケでもない。帰りを望んでいる大切な婚約者の願いを聞くのは当然だろう」

「卿に挨拶をしたがっている令嬢も貴族も多く残っているようだが」

「それならばまた機会があるだろう。気にしなくて構わない」


 エルトがバチバチやってるわねー。

 私は、とりあえず目の前の人達に目もくれないで彼の腕に顔をうずめて、満喫しておくわ!


「令嬢の方も俺達に興味があると思うのだが……」


 ないない。

 ううん、あっても関わりたくないのよ。


「ちょっと、クリスティナ!」


 と、そこでアマネがユリアン公子から離れて私の元へやってきたわ!


「…………」


 じーっと見つめてから、ふいっと視線を逸らして。


「エルト。早く帰りましょう?」

「ああ。失礼、公子。彼女は貴方達に興味がないようだから」

「ちょっ……待ってよ!」

「きゃあ!」


 アマネがまさかの私の手を掴んできたから大げさに悲鳴をあげてみたわ!

 これが被害者のフリ! いつもやられてばかりだったから楽しいわ!


「痛い……何をされますの!?」

「さ、されますの? アンタ、口調がおかしくない……!?」


 アマネの方が酷いと思うわよ!


「はぁ……。なんて野蛮な方なのかしら!」

「ふっ……!」


 あら。エルトに笑われちゃったわ!


「もー。楽しいところなんだから、エルト」

「いや、すまない。流石に君に野蛮と言われるとは、どれほどなのかと思ってな」


 とても失礼なところが笑いのツボだったわ!


「まぁ、これぐらいにしておくわ! で? キミツカ(・・・・)様。貴方に名前を呼び捨てにされるような関係では私達はなかった筈ですが……また私を侮辱をしに来られましたか?」


 エルトの腕から手を離して、令嬢スタイルに切り替えるわ!


「は……? う、ううん。でも……」


 アマネの表情を観察する。

 どうしてかしらね。さっきのミリシャの姿が思い浮かんだわ。


 私に不利益ばかりもたらす癖にまるで私にすがりつくような、そんな態度。


「ねぇ、クリスティナ。貴方、まさか……私の友達?」

「はぁ?」


 何言ってんの、この女。


「私達のどこに友情を育む余地があったのかしら?」

「だって、お母さんの名前を知ってるって……」

「……ええ。私の天与で貴方の世界での暮らしを見ましたから」

「嘘でしょう? それ」

「何が嘘かしら?」

「……貴方、ほら、私の世界の……人なんでしょう? 本当は?」

「はぁ……?」


 私は首を傾げたわ。どういう意味よ。


「あなた、日本人?」

「ニホンジン?」


 何それ。


「だってゲンダイって言ってたらしいじゃないの」

「……そうよ。ゲンダイは貴方の国の名前でしょう?」

「違うわよ! とぼけてるの?」

「……違うの?」


 えー。でもたしかゲンダイの知識がどうとか言ってた気がするわよ?

 どのタイミングだったか分からないけど……。


「え、どういうこと?」


 ……こっちの台詞だと思うわ!


「話にならないみたいね。前もそうだったけど」


 思えば何かズレてたわよね。現実にいるアマネは。そうだわ。試す事がある。

 私は右手を身体の前に構えたわ。


「──浄化の黄金薔薇」


 黄金の薔薇で花束を作る。愛を込めて。悪しき者を浄化するように。


 私は、スッとアマネに差し出したわ。


「えっ。あ、く、くれるの……?」

「…………」


 無言で差し出した薔薇を受け取るアマネ。

 何も分かっていない表情。


「ありが、とう?」

「……ふぅん。良かったと思う反面、残念でもあるわ、アマネ・キミツカ」

「え、な、何が」

「私、貴方をアマネ・キミツカの『皮』を被ったバケモノである事も考えていたの。その様子だと貴方は本当に異世界からやってきた『アマネの肉体を持つナニカ』なのね」


 顔が割れて中から触手の邪神が溢れてきたりとか。


「向こうの世界と物質的に繋がる事ができるって事なのかしら?」


 邪教の兵隊を向こうの世界で作ってから、王宮に『道』を開いて攻め込ませる……とか出来る?

 1人を送り込むだけで、何かの資源を使い切るとか。

 アマネは実験台なだけ、とか?


「何言ってるのよ! 私は私よ!」

「……貴方の母親の名前はヨリコなの?」

「そ、そうよ! でも、それを知ってるって事は元から私の知り合いとかじゃないの……?」

「…………はぁ」


 これってアレよね。ヨナがされる予定だった『転生』ってものを私がしてる。

 つまり『私の魂』が別人だって言い張りたいのよね?


「呆れたわ、キミツカ様」

「は?」

「『傾国の悪女』の次は……邪教の神だと濡れ衣を着せたいのね? しかも貴方は今、貴方なりの論理で『当然、そうなのだろう』という話を頭の中で組み立て、そうに違いないと私に話し掛けている。……つまり貴方は」


 邪教にとっては都合よく。

 私にとっては、ひたすらに不都合で。


 それでいて悪意などなく……。


「貴方は、何に対しても責任を負う事はないのね。いつまでも無責任で。そうとは知らず罪を犯し続け。……アマネ様。貴方の為に教えてあげるわ」

「え、じゃあ、やっぱり?」


 何がやっぱりなのかは知らないけど、違うと思うわ。


「このパーティーは、エルトやルーナ様、そして私が各地に起きた『大地の傷』と呼ばれる現象から発生した魔物災害を鎮めた事を讃えられてのものよ。その大地の傷が何故開いたのか? アマネ様はご存じかしら?」

「え? それは、ええと。そんなのゲームに出てたかな」


「──貴方が引き(・・・・・)起こした(・・・・)各地の嵐による災害によって、世界が傷ついたから起きたのよ。予言の悪魔(・・)アマネ・キミツカ」


 陛下や大臣達の前で話そうと思っていた事だけど。

 まぁいいわ!


「は……? 何言ってるのよ」


「……アマネ様自身に自覚はないでしょうね。でも自覚なさって? 貴方がこの世界に現れてから、平和だった王国に災害が起こり始めたわ。それは貴方が『予言の聖女』として讃えられた事から確実なこと。……災害が先か、予言者が先か。それを議論する必要はあるでしょうけれど。【異世界から来た異物】が、私達が暮らすこの世界を歪めたのよ」


「貴方の見ていた予言書は、王国で現実に起きうる事を予言しているんじゃない。貴方がこの世界に来た為に、この世界が予言書に近付くように歪められたの。その(ひずみ)が至るところで噴出してしまったのが、ここ数年、王国を苦しめ続けた災害の正体」


「……人的被害をアマネ様は抑えたつもりでしょうけれど。そうじゃないわ。貴方がこの世界に来なければ、民は住む場所を追われなどしなかったの。災害も魔物の出現も、すべて何もかも『予言の悪魔』アマネ・キミツカが現れたせいよ」


 私は言い切ってあげたわ。

 目を見開いてワナワナと震えるアマネ。


「な……何言ってるのよ! そんなワケないじゃない!」


「……貴方。あの予言の板の事を『てれび』と呼んでいたかしら? 或いは……『ゲーム』とも呼んでいたわよね?」


 私が見る限り、アマネが私と同じように『夢の世界』に入り込み、実体験を積んだワケではない筈よ。だから。



「『ゲーム』で見たものは正しくないわ。現実に生きる私達こそが本物で、真実よ。そして、この世界に、王国に『異世界からの来訪者』など不要よ。それらは害悪でしかない。……証明の必要もないでしょう? 元より貴方はこの世界の存在じゃない。貴方の事情なんて関係もない。貴方は、ただ生きてる(・・・・・・)だけで(・・・)迷惑なのよ、アマネ・キミツカ」


「貴方はこの王国で友情を(はぐく)まなくていい。ルーナ様とも私ともルーディナ様とも。レヴァンともエルトとも、カイルともヨナとも、ラーライラとも、ミリシャとも、セシリアとも。……絆など何一つ築き上げなくていいわ」


「そして貴方は愛も手に入れなくていい。……ユリアン公子が貴方の好みなのかしら? だけど、それすら貴方に求める権利はないの。アマネ様。この王国で貴方は息をしないで(・・・・・・)。異世界からの転移者にも、転生者にも、王国で呼吸をする権利などありはしないのだから。……誰にも触れられない風すらも王国の民に与えられるべきもの。……ここは貴方の居場所じゃないわ、アマネ・キミツカ。……今すぐに自分の世界に帰りなさい。これ以上、罪を犯す前に」


 無知の敵に対する最大限の配慮よね。


「な、なん……なんて事を言うのよ……! あんた、やっぱり悪女だわ! 本物のクリスティナね!」

「ええ、そうよ。私はクリスティナ以外の何者でもないわ。貴方とは違って、現実に生きている人間よ」

「私だって生きてるわよ!」


 はぁ。私は溜息を吐いたわ。


「そんなこと知ってるわよ。でも迷惑だから消えて欲しいって言ってるんだけど?」

「悪役令嬢にそんなこと言われる筋合いないわ!」

「私も『予言の悪魔』に死刑だの、国外追放だの言われる筋合いはないわねー……」


 自分がやって来たこと忘れたのかしら、この子。


「……失礼。僕のパートナーに対して、随分と失礼な物言いのようだが」


 と、そこでユリアン公子がアマネを庇うように腕を伸ばしたわ。


「今のはアマネの為を思っての発言よ。たぶん、この世界で誰よりも私がアマネの事を知ってるんでしょうから」

「……とてもそうは聞こえなかったが?」

「そうでしょうねー。でもアマネは納得してくれると思うわ」

「は、はぁ!? 誰が納得するのよ! あんなふざけた言い分!」

「そう?」

「そうよ!」


 ふぅん。じゃあ、これね。いつかは言ってあげなくちゃいけなかった事だけど。

 私も手札を切ろうかしら。



「んー……あ、あ、あー」

「クリスティナ?」


 私は喉の調子を調節したわ。そして。



「『アマネ。いってらっしゃい。今夜はチャーハンだからねー』」


「────」


 私は、ヨリコ・キミツカの声真似(・・・)をして告げたわ。


 エルトもユリアン公子も疑問符を浮かべて、調子の変えた私の謎の発言に眉を寄せる。


「…………、それ、なんで」


 でもアマネには私が何を言いたいか伝わったようだ。

 アマネの表情が一瞬で消えたのが分かったわ。


「そうして貴方は答えた。『えー、またぁ? 食べ飽きたわ!』」


「…………やめてよ」


「『ワガママ言わないで。ほら、あんまり夜遅くにならないようにね。ちゃんと早くに帰ってくるのよ』」


「……やめてったら!」


 このやり取りはアマネと彼女の母親のやり取り。

 私が天与で見た、おそらく彼女がここに来る直前の光景。



「……優しそうな母親ね。実の母親でもあるし、アマネへの愛情だってあるんでしょう。……アマネ。レヴァンが以前、災害を予言して見せながら褒賞を望まない貴方を欲がないと言っていたけれど。……どうして望まなかったの? ある筈じゃない。『元の世界に帰る手段を見つけて欲しい』って。私達の平和? 平穏? ……そんなもの、私達が自力で掴み取ればいいものよ。異世界からの介入なんて要らない。貴方はどうして」


「どうして、あの優しい母親の元へ帰ってあげないの? 異世界が楽しい? 『ゲーム』の知識を使えば聖女と崇められて嬉しい? そんな事よりも大事にすべきモノが貴方にはある筈じゃないの? ……そうでなくても、貴方はこの世界に居れば害になると思っているけれど。だけど、それについては私が赦すわ」


「貴方が引き起こした厄災のすべてを私が退けてあげる。無辜の民草をすべて救ってあげる。……これ以上の害を、この世界にまき散らさずに帰るなら……貴方は良き思い出だけを胸に自分の家に帰ればいいわ。……貴方があの家から居なくなって、もう1年以上は経つでしょう? ご両親は今も貴方を思って嘆き、悲しんでいると思う。……彼女達は『本物の親』だから」


 どこかの誰かさん達と違って!


「か……、帰るって……」


 最初の勢いが無くなったわねー。

 フフン! 口喧嘩だけで勝ってやったわ!

 拳を使わなかった私、凄いと思うわ!



「驚いたな。まさか本当に彼女の事を思って罵っていたと言うのか? ……お前は彼女を恨んでいると思っていたが」


 と、そこでまたユリアン公子が割って入ってきたわ。


 んー……。なるほど。なるほどね?

 ルーナ様程の直感はないんだけど……。


 この男、たしかに言い知れない嫌悪感があるわね!


 浄化薔薇を近くにやっても反応がないし、中身に邪神が詰まってるワケじゃないみたいだけど。


 んー……。


 ……敵っぽいから、とりあえず殴っておこうかしら!


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― 新着の感想 ―
[良い点] クリスティナの口撃! こうかはばつぐんだ。 クリスティナはちからをためている…。 次のターンが楽しみですね! 蛮族パンチで、壁の染みにでもしてやってください。
[一言] 良いね、物理は全てを凌駕する
[一言] > ……敵っぽいから、とりあえず殴っておこうかしら! とりあえず殴ってから考えるスタイルは素敵だ
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