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124 聖女、再び

「……令嬢の言いたいことは図りかねるな。自らが『王になる』と言っているようにも聞こえる」

「まさか! 私は王の器でも王妃の器でもありませんわ、陛下。武家のベルグシュタットに嫁ぎ、王家の臣下として力を振るうのが最も王国の為になると考えております」


「あら。クリスティナ嬢。貴方は伯爵家に入っても、まるで騎士のように振る舞うおつもりですか?」


 アンネマリー王妃が私に話し掛ける。


「アンネマリー王妃陛下。騎士とは違いますが……彼と私が望んでいる事です」

「望んでいることとは?」


 そこは私が答えるべきじゃないわね。

 私はエルトに視線を向けたわ。


「私がクリスティナに心奪われた理由です。野薔薇のような彼女こそを、私は真に美しいと思いました。そして戦場でも共に駆けて欲しいと彼女に願ったのです。この私に勝つ程の力を持った、この国1番の戦士こそがクリスティナです。彼女をただの令嬢や騎士と同様に考える事はできません。家に縛られず、血に縛られない彼女の在り方こそを私は愛しています。……もちろん、そうでなくても既に彼女の魅力に心を奪われてしまったので、彼女のすべてが素晴らしく思えるのでしょうが」

「ふふふ」


 陛下の前で仲良しアピールする私達。

 一切の他者の入る余地を与えず、隙も見せないわ! フフン!


「はぁ……。もうよい。2人の仲が良いのは分かった。まったく、いつの間にそこまでの仲になったのだ?」

「……ほぼ最初から?」

「私は夢の中で彼に惹かれましたわ、陛下!」

「夢の中、とは……」


「ふふふ! 天与の夢の中です! 異世界視、別の可能性の私の夢。夢というよりも体験ですので!」


「……予言を夢見て、か。クリスティナ嬢も予言に振り回されているのかな」


「そうかもしれませんわね。ですが、どのような予言であろうとも絶対ではありません。私の天与は常にその警告を与えてくれますわ。たしかに未来を、可能性を教えてくれる反面、何かがいつも違い、おかしく、私が私でなかったり、現実に生きる皆とは違う人間であったり」


「きっと、女神は私にこう言っているのです。『予言などで人間の運命は決定付けられない。天からどのような啓示があろうとも、現実を生き、考えていくのは地上に居る我々に他ならない』と。絶大な力が故に我々も振り回されてしまいますが……それでも私達は運命に従う必要はないのです。もちろん、何か大切な者を犠牲してまで極端に抗う必要もありませんわ」


「…………」


「陛下?」


「……いや。随分と……変わったものだと思ってね」

「私がですか?」

「ああ」


 んー。変わったかしら。ううん。変わりはしたわよね。


「陛下。報告すべき件はまだあるでしょうが……私達との話はここまでにして、そろそろ素晴らしい令嬢達とも交流しては如何でしょう? 多くの民に平和をもたらし、またそれこそ予言の話ではありますが、レヴァン王太子殿下が、真に愛する可能性のある令嬢達2人です」


 すすっと私達は身を引く仕草をして、沈黙して待っていたルーナ様達に話を向ける。


「……うむ。そうするとしよう」

「お言葉を交わす機会を賜り、感謝いたします、陛下、王妃殿下」


 礼をしながら、私達は下がっていく。


「…………」


 アンネマリー王妃様が何とも言えない顔をして私を見つめていたわ。

 睨むのとは少し違うけれど……何かしら?


 ルーナ様とルーディナ様、そしてラーライラが両陛下に言葉を賜るのを眺める。

 グラスは下げて貰ったわよ。


「両陛下と集まってくれた皆さんに!」


 しばらくすると、そう言ってルーディナ様が光翼蝶をたくさんパーティー会場に舞わせて見せたわ。


 幻想的な光景と言えるわね。

 気持ち悪くならない程度の数と、距離……演出的にどうするのが最適か分かっているみたいだわ。


 いくら光の蝶なんていう幻想的な存在でも、ぐちゃっと集まってたら怖いからね。

 それぞれにヒラヒラと舞い、適度に散りばめられているのが良いと思うわ!


「両陛下と集まってくれた皆さんに」


 そして私も打ち合わせ通りに彼女の天与に追従する。


 咲かせる薔薇は黄金の浄化薔薇。

 光を薄っすらと纏うその薔薇は、壁やテーブルの上に適度に咲き誇る。

 景観を崩さないように咲いたそれらの薔薇に、光翼蝶が舞い降りて、よりいっそうに幻想的な光景が広がったわ。


「両陛下と集まってくれた皆さんに」


 最後に締めくくるのはルーナ様。

 精一杯、光の天与を調節して……ああいう演出的な事は初めてと言われていたけど……。


「おお……?」


 ルーナ様に提案したのは『虹の光』だったわ。

 私の薔薇がイメージ次第で幅広く運用できるんだし。

 やっぱりルーナ様の光の天与もそれぐらいできるわよね。


 こうして室内だというのに、美しい虹がかかり、光の蝶が舞い、黄金の薔薇が咲く、三女神に祝福されたパーティー会場の出来上がりよ!


「おお……」

「まぁ! 素晴らしいわ」


 皆がその光景に目を奪われる。

 私を睨んできた人達も虚を突かれたような顔を浮かべているわ!


「リュミエール王国に三女神の祝福があらん事を!」


 ルーディナ様が代表して祝福を述べる。

 彼女は神殿とよく交流しているらしいから、お手の物ね!


「今日は素晴らしき日だ。皆、三女神に感謝し、楽しんでくれ」


 そうして陛下が機嫌を損なう事なくパーティーのメインイベントが終わった……みたいになったわ。


 私とエルトは、そのまま大人しく壁際へ。

 あれねー。私達が注目されるのは当たり前でしょうけれど……。


「話し掛けたそうにしてるけど、私達が一緒に居る限りは話し掛けてこなそうな人が大勢いるわねー」

「……そういう連中は、間違いなく俺達にとって不利益な話しかしない。好意的なら、俺達が揃っていても何の問題もない筈だからな」

「そうよね」


 どうしてこう、私達が別行動しないかどうかを虎視眈々と狙っているのかしらねー。


「意地でも一緒に行動するわよ、エルト」

「心得た」


 ふふふ。絶対に離れてあげないんだからね!


 令嬢達ってば、婚約者が居る令嬢も沢山いるでしょうに、エルトに声を掛ける事を狙っては私を睨みつけたりと大忙しだわ。


「クリスティナ」

「なぁに?」


 手を繋いでいたエルトがふいに私を抱き締めたわ。


「ん」


 そして私のおでこにキスをした。身長差があるからね。

 私も令嬢としては身長が高い方なんだけど、エルトの方が背が高いわ。


「君が好きだ」

「ふふ。知っているけれど、言葉にするのは良い事だわ」


 私はお返しにエルトの頬にキスをし返したわ。


「私も好きよ」


 微笑み合い、見つめ合う私達。


 私達を見ていた人達がざわざわと騒いでいるみたい。

 はしたないと罵る人も居れば、きゃーと頬を染めている人も居るわね。


 そうやって見せつけていると、両陛下はひとしきり挨拶を終えたのか帰っていかれたわ。


 レヴァンも早々に退場してしまったし。

 そろそろ私達も帰っていいかしらね?


 マリウス家もひたすら私達を睨んでくるものの、一向に近付いてこない。

 あれもエルトが傍に居るからかしらねー。


 伯爵令息と見下していた娘なんだから、もっと高圧的に振る舞ってきそうなものだけど。


 もしも私が本当に王弟殿下の娘で、それが陛下の耳に入っていて、という話なら。

 今のマリウス家の立場ってどうなのかしら?

 ミリシャはどうもルーディナ様にやり込められたみたいだし。


 なんていうか私が居ない間に政争に敗れたみたいな扱いになってない?

 何してるのかしら、あの人達……。


「……マリウス家って、もしかして何か大きくやらかしたのかしら」

「ふむ……。どうも思ったよりも大人しいな」

「そうよね?」

「ああ。君にどうこうと言ってきそうだと思っていた。まぁ、令嬢の方は言ってきはしたが」

「うんうん」


 エルトも前はマリウス家について調べていたみたいだけど、各地を回るようになってからは後回しになっていて、王都での動きを正確には掴んでいないのよね。


 何かするにしてもこのパーティーを乗り越えて、ベルグシュタットの邸宅に入ってからかしら。


「隣にずっとエルトが居てくれるから話し掛けてこないのかもね」

「そうか。それは……ふむ。困るな」

「困るの?」

「君を守れて嬉しいと思う気持ちはある。だが……君があのような者達程度に守られる必要性があるだけで許し難い。俺が守る必要もなく、連中が君に気を使うべきだと思っている」

「ふふふ。ありがとう、エルト」


 そうなるのが一番かもしれないわね。

 エルトにだけ警戒心があって、私を見下したまま横柄な態度を取ってくるかもしれないし。


「でもね、エルト。それは違うわ」

「違う?」

「ええ、間違いだわ。だって今、貴方は私を守っているんじゃない。彼らを(・・・)守っているのよ? だって私が彼らに怒る事はあっても怯える事はないのだから。……そんな私に彼らが無礼を働くとしたら、ほら。血の雨が降るかもしれないじゃない? そんな哀れな彼らを私からエルトは守ってあげてるのよ?」


 今までみたいに理不尽な事を言ってくるのなら、ぶん殴るだけだからね!


「ふ……たしかに君の言う通りかもしれない。では謝らないと。君が好きじゃない彼らなどを守っていることを」

「赦してあげるわ! フフン!」


 と言いつつ、また笑い合うわ! ふふふ。


「そろそろラーライラとルーナ様に声を掛けて帰る?」

「そうだな……」


 帰る事を考え始めた頃、一際にざわめきが大きくなったわ。


「何かしら?」


 陛下やレヴァンが帰ってきたの?


「む……」

「あ」


 騒ぎが起きた理由は明白だったわ。


 陛下より後に来るなんてどういうつもりかは分からないけれど……。


 そう。やってきたのよ。

 青い髪に青い瞳を持った男……おそらくユリアン・ルフィス公爵令息。


 そして彼に手を引かれて入って来るのは黒髪に黒い瞳の女。


 今日はドレスを着ている……そう。


 ──予言の聖女、アマネ・キミツカ。



「……こういうパーティーに来るのねぇ、彼女」

「貴族になるつもりなのか?」

「さぁ……」


 お相手が公爵令息ね。レヴァン狙いじゃなかったのねー。

 そもそも身分なんてあるワケないのだから、平民とも言えないし。


「……エルト。あれ、こっちに来ると思う?」

「来るんじゃないか? 聖女の方はともかく公子はこちらに用がありそうだ」

「そう……。何故かしら? マリウス家よりも面倒くさそう」


 思いのほかに大人しいあっちより、面倒くささがプンプンするのよね!


「ふむ……。勇猛果敢に攻め込むばかりが戦いではない。逃走も選択にはあるぞ」


 逃げるのねー。アリね!

 ちなみに私には武闘への拘りや、騎士の誇りなんかないからね!

 逃げたい時は逃げちゃうわ!


「ルーナ様の直感によると、目下、一番怪しいのは彼なのよねー」

「……邪教の関係者か……」


 王国の闇に潜んでいると見られる邪教。

 大地の傷を意図的に広げ、天与に関わる者達の運命を捻じ曲げている……と思う者達。


「いきなり公子かアマネの頭が裂けて、中から邪神が出てきたりして」

「……そうなれば逆に話が早い気もするがな。倒せばいいだけだ」


 それもそうね!


 入口からのルート的には少し遠い場所に居る私達。

 こう、アレね。直進すればこっち寄りに来るから……うん。


「こっちね」

「うむ」


 スススっと移動して彼らから遠ざかる。

 ルーナ様、ルーディナ様、ラーライラが私達の次に話し掛けられポイントが高いわね!


「ふむ。狙いはこちらのようだ。おそらく俺に用などないだろうから……」

「私狙い? まぁまぁ……」


 何の話があるのかしらねー。


 とりあえず、ちょっとアレだから、もっと離れてみましょうか。

 ススッと移動していく私達。


「まぁ、本当に追ってきてるわ。ミリシャといい……どうしてこうも絡んでこようとするのかしらね」

「クリスティナ。楽しんでいるか?」

「もちろん! なんと言うんだっけ? 子供の遊びみたいで楽しいわ!」


 追いかける役が居て、逃げる役が決まっている児戯みたいだわ。

 走らず、そしてパートナーとしっかり手を繋いだり、腕を組んだままじゃないといけないルールよ!


「ふふふ!」


 人々が注目する中でダンスを踊るように離れていく私達。

 ユリアン公子もアマネも私達の存在には気が付いているわ。


 彼らも手を繋いだまま優雅なフリで私達を追ってくるの。


「あはははは!」


 楽しいから逃げましょう、このまま! 走った方が負けよー!

 ちょっとイラついている雰囲気が漂っているわね!


 短気なのかしら、ユリアン公子って。


「べ、ベルグシュタット卿、」

「失礼」


 私とエルトは体捌きで誰にもぶつからずに移動していく。

 パーティーに集まった人達も、何をしているのか理解して、止めたい者も出てきたようだ。


 まぁ、見世物としてはこの上ないでしょうからね!

 でもそんな妨害に怯む神経は私達にはないのよ。


「とりあえず浄化薔薇に反応がないところを見るに、彼らの中身が魔物とかそういう事じゃないみたい」

「収穫だな」

「そうね! ふふふ!」


 追いかけっこを子供のように楽しみ、優雅に移動していた私達についにユリアン公子と聖女アマネが追いついたわ!


「く、クリスティナ!」


 なんで呼び捨てなのかしら!?

 アマネに呼び捨てにされる筋合いはない筈だけど!

 でもいいわ!


「──エルト。愛しているわ!」

「……俺もだ。君を愛している」


 そして私達は、アマネ達を無視して愛を語らい合い、また唇を重ねたわ!

 黄色い悲鳴が上がるパーティー会場。


「……!?」


 んー……。ふふふ! こういうのも悪くないわね!



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