123 蛮族宣言
「気分を悪くさせたか」
「いいのよ。言ってくれてありがとう、エルト。どの道、家族や兄として慕う気持ちはなかったし」
リカルドは私を最初から血の繋がった妹とは見ていなかった。
たぶん、本当のお母様のことを知ってたから。
だからって。
「まぁ、君が同じ家の中でずっと暮らしていたら惹かれてしまうのも無理はないけどな」
「んー。それとはちょっと違う気がするわ!」
ミリシャといい、何なのかしら。
家族として扱う気なんてなかった癖に、妙に私に執着して。
最初からおかしな関係だったのよ。
娘じゃないのに勝手に娘として私を育てて。
そのくせ、血縁なんてないと知っているんだから愛そうともしないで。
私を育てたのはリンディスだけどね!
家族としての愛情もリンから得て成長して今の私が居るの。
「く、クリスティナ様……! 陛下達が来ますっ……!」
「うんうん。落ち着いてね、ルーナ様」
慌てる姿が可愛くて癒されるわねー。
レヴァンはもっとルーナ様と交流すべきだと思うわ!
両陛下が仲良く私達の元へ歩いてくる。
皆も私達が目的なのだと分かっているからか道を空けたわね。
「王国の太陽、そして王国の美しき月に、拝謁賜ります」
エルトが代表して挨拶をし、残った私達が追従して頭を下げる。
「良い。皆、顔を上げよ。このような場だ。何より今日の主役は我々ではなく、お前達だからな」
「はっ……感謝致します、陛下」
陛下の許しを得て私達は顔を上げる。
「改めて言おう。救国の旅、ご苦労だった。そして女神の天与を持つ3人がこうして揃ったこと、王として誇りに思うぞ」
「身に余る光栄でございます、陛下」
「こ、光栄でございます……!」
「感謝致します、陛下」
改めて礼を交わして、スっと私はエルトの腕を取ったわ。
ここはアピールしておく所よね!
レヴァンやら継承権やら面倒くさい事があるし!
「ベルグシュタット卿とクリスティナ嬢は随分と親交を深めたようだな」
「はい。陛下。気持ちを通じ合わせております」
「はい。エルトとの真実の愛を、両陛下の前で誓いますわ。愛の女神イリスにも誓って見せます。この愛を阻む障害が何であろうとも屈さず、貫いて見せると!」
よりいっそうギュッと彼に身を寄せる私。
フフン! アピールだわ!
「…………クリスティナ嬢。先程の騒ぎも私の耳に入っている。レヴァン王子が失礼な事をしたようだな。このように立派な婚約者が既にいるというのに」
あら。耳が早いわね。
王太子の求婚だもの。そりゃあ報せが入るのかしら。
「レヴァン殿下は過去の一件について、ご自身の気持ちに一区切りを付ける為にああなさったのでしょう。きっと他意などありませんわ。思えば私達の関係について、しっかりと互いに冷静になって話し合う機会には恵まれませんでしたから。ああでもしなければ、新しい気持ちで前を向く事が難しいと思われていたのでしょう。……お優しく真面目な方ですもの。だからこそ、私もエルトも、そんなレヴァン殿下が素晴らしき次代の王になると確信しておりますわ」
これもアピールだわ!
実際、別にレヴァンを糾弾する気もなければ、王位なんて奪う気もないし!
「……クリスティナ嬢の気持ちは分かった。だが、このような場で気持ちを固める事もないだろう」
は?
「それにな。国王としてでなく父として。私は子供達には幸せになって欲しいと思っているのだよ」
はぁん? 何言ってるのかしら。
「尊敬できるお考えだと思います、国王陛下。私とクリスティナも2人で愛を育み、宝を手に入れた時はきっとそう思う事でしょう。両陛下の宝である王子と王女にも、私とクリスティナが互いを思い合う気持ちのように……愛のある新しき出逢いがある事を信じております」
あ、そう言えばレミーナ王女様ってエルトが好きとかいう話してたわよね?
もしかして、まだ諦めていないとか。
陛下はまさか私とレヴァンを、エルトとレミーナ王女をくっ付けたいと考えてるって事?
泥沼! 泥沼というヤツだわ、それは!
「……ふむ」
目に見えないやり取りがあるわね!
私達は両陛下でも譲らないわよ!
「英雄達の凱旋を労う場ではある。だが、クリスティナ嬢」
「はい、陛下」
「……令嬢にはまだ聞かなくてはいけない事があったな」
「はい?」
何かあったかしら。
「令嬢には薔薇の天与だけではない。……聖女に匹敵する予言の天与も授かっていると聞いている。それは真実か?」
ああ、それね!
「報告した事は事実でしたが、期待されていたような予言とは異なる天与と思われます」
「ふむ? それはどういうことか」
「未来を予知する力として機能する事もあれば、著しく間違っている面もございます。手紙にも書いた事ですし……マリルクィーナ修道院の件は陛下の耳にも届いたでしょうか?」
「届いている」
「……はい。ではその修道院ですが……私は確かに天与で見た光景を頼りに、あの邪悪な企みを暴きました。しかし、そこに居る人物の情報が著しく間違っていたのです」
「……それは?」
私は頷いて続きを話す。
「そこに居る1人の女性は『修道院に無理矢理に入れられたクリスティナ』に対し、意地悪をし、陥れる人でした。ですが現実に居た彼女はそれとは似つかぬ性格の淑女だったのです」
「……修道院に入れられたクリスティナとは?」
「私の未来……過去? の可能性の1つでございます。異なる歴史、とでも言いましょうか。おそらく見ているモノとしてはアマネ様が報告していた予言書の内容と似たものでしょう」
「……令嬢は予言の聖女の世界をも見通したと聞いているが」
「はい。その通りでございます、陛下。私はアマネ・キミツカが彼女の家で過ごし、生活する様子を見ました。あれはおそらく過去のアマネ様であった事でしょう。予言書と言われているモノが本の形状をしておらず、黒い魔法の板の形状をしている事も知っています」
たしかアマネが母親とのやり取りで口にしていた所によると、あの黒い魔法の板の名前は『テレビ』とか言ってたわね!
「……そうか。その言葉に偽りはないのだな?」
「はい、陛下。仔細な報告は報告書にまとめさせて頂きますが……何分、感覚的なものにも近い為、ご理解して頂けるよう願う次第でございます」
「ふむ……。では大事な点を聞いておこう、クリスティナ・イリス・マリウス・リュミエット」
マリウスじゃないわよ、もう。
さっきから地味に引っ掛かるわね!
「予言の聖女アマネ・キミツカの予言をそなたは認めるか。それとも覆すか。三女神の象徴たる天与だけでなく、剣となる力と、未来を予見する力すらも授かった、王国成立以来ただ一人の天子よ」
まぁ……。
陛下から特別扱いされちゃったわ。
そう言えば天与を授かるのって普通は1人につき1人なのよねぇ。
怪力と予言はどう考えても薔薇の天与の派生とかそういうのじゃないし。
つまり私は史上初の天与3つホルダーよ! フフン!
「どちらもでございます、陛下。アマネ様が予言した事は正しくもあり、同時に間違ってもいます。おそらく私はアマネ様が見たものと同じものも見ました。彼女より『入り込んで』見たかもしれません。ですが、彼女が見たであろう膨大な予言書の知識は未だすべて見れてはおりません。……彼女と違い、非常に私の負担が大きいのです」
アマネは予言書を遊び感覚で眺めているだけだったけど、私は毎回、首を切り落とされたり何だったりするからね!
「陛下が最も気になっているであろう、そして王命の前に言われた『証明せよ』という言葉に答えます。この私、クリスティナ・イリス・リュミエットが『傾国の悪女』となるか、否かについて」
私は一呼吸を置いて答えたわ。
「王家に恨みはありません。国にも恨みはありません。ですが私は、私の愛する者を傷つけ、奪う者が居れば、何人であろうとも牙を剥いて見せるでしょう。……もしもその相手が国だとしたら……私は、きっと傾国すらも厭いません」
ざわざわと周りが騒いでいるわ。
「とはいえ、王への忠誠心がないワケではないのです。先程のやりとりで感じた事ですが……もしも王家が、私とエルトの愛を引き裂こうとお考えだったとしたら。その時は、この私、クリスティナ。……愛の女神イリスの巫女として大神殿へとこの足で向かい、自ら毒杯を賜り、王家への忠誠と彼への愛を示すつもりです。たとえ命を失おうとも我が愛は何者にも奪わせません。きっとそうすれば、愛の女神の巫女として神殿が私を語り継いでくれる事でしょう」
「…………!」
「それに私が予言で見た『傾国の悪女』となる理由は、薔薇の天与の暴走が原因でした。……その暴走の理由は、愛の消失。彼への愛ではなく、私の家族と偽っていた者達が行った、私の『真の家族』への裏切りが理由だったのです。……端的に言うならば大切な者が殺された事で私が激怒し、絶望し、天与を暴走させました。……もちろん現実の話ではありませんが」
「私の天与にはそういう側面がございますので……もしもこの愛が穢される事あらば、自ら命を断つ事こそが国への忠誠、奉仕だと私は考えています」
「…………覚悟はいいが、そこまで思いつめる事でもないだろう」
「ええ、陛下。私だって好き好んで死にたくはありません。今言った言葉は……王命で私の愛を天秤にかけられた場合の話でございます。王命に背く可能性である以上、当然に命は賭けるものでございましょう。その中でも穏便な手段が、私が自ら死ぬ事だと考えているだけでございます。……それに幸い、予言の天与によって私は、自身の首が跳ね飛ばされる経験を何度も積みました。……ですので、きっと死ぬ事は怖くありませんわ!」
ふふふ!
「…………令嬢、そなたは我々を恨んでいるか?」
「いいえ? まったく」
私は首を傾げたわ。
心なしか両陛下が引いてる気がするんだけど……。
なんでかしら?
「陛下。あの時の答えとして私は『傾国の悪女』になりえると答えます。理由が出来たならば、きっと躊躇なくです。……『ならない』と証明する事は不可能だと、そう辿り着きました。どれだけ国に尽くして見せようとも、疑われ続ける事でしょうから。故に『なる』と答えます。……ですが私が傾国の悪女となる理由は『愛』ただ1つです」
「ルールも法もマナーも、あらゆるものに私は束縛されません。……それは社会や王制にとって異端の存在でありましょう。ですから、私はこう言います」
「──蛮族でけっこう、と。……信用の置けぬ蛮族と同程度の存在であると私自らを定義します。ルールによって守られる事を放棄する代わりに、私は私の力によって強固に『私』を貫きます。……だからこそ約束します、陛下」
「……何を約束する?」
「……私がもし、この現実の世界で、陛下が不安に思うような『傾国の悪女』として活動し始めた時は。……その時は1人1人をこの拳で殺します。薔薇の天与で作った百万の槍で貫き、無差別に蹂躙する真似は致しません。大地の傷を開き、魔獣達によって間接的に多くの民を殺すなどは致しません。……1人1人に向き合い、その目を見て、その命すべてに敬意を抱き、この拳でもって殺して、すべての命を背負います。…………もしも私がそうなった時は、きっと金の獅子が愚かな私の心臓を刺し貫いてくれるでしょう」
ちょっとゴチャゴチャした言い分になっちゃったかしらね!
「要するに私は……自分自身を『善』だと証明は致しません! 歪んだ予言で悪女と決めつけられ、この先もまた何事においても疑われ、追いやられる環境に置かれようとも……ただ己の道を、己の愛を貫くのみです!」
フフン! と私は胸を張ったわ!
予言の糾弾があっても、王命があっても、ドンと来いっていうものよ!




