12 悪役令嬢 vs 悪役令嬢!
「そこの貴方達! 馬を停めなさい!」
「ん?」
私達の事よね?
今、街を出る為にリンディスと準備をしてた所だったんだけど。
旅費は嵩むけど、リンディスの分の色々な物が必要だからね!
だけどリンディスは『まずお嬢の物を買いましょう』ばっかり言うのよ!
それで揉めたりしたのよね!
馬を停めるも何もまだ乗ってないわよ?
「私達かしら」
「他に誰が居るのかしら? ねぇ……? クリスティナ様?」
「あら」
私は改めて呼び止めた人を見たわ。
歳は私とそう変わらなそうね。
ミリシャぐらいの歳に見えるわ。
貴族なのは間違いなさそうね。
本人も立派な衣装を着ていて従者も従えているもの。
「貴方はどなたかしら?」
「────」
あら。誰かを尋ねただけなのにイラつかれてるわ。
こめかみをヒクヒクしてるもの。
「……お嬢。この方はジャネット・リュクセン様。お嬢と同じ侯爵令嬢ですよ」
「リュクセン侯のお嬢様! あら、ごきげんよう、ジャネット様」
「……いくらか遅いですが、まぁ許しましょう。クリスティナ様」
でも会った事はないわよね。
なんでリンディスの方が貴族令嬢の顔を覚えてるのかしら。
ここは今、リュクセン領だから彼女がここに居るのね。
「それよりも」
ジャネットはそこで口元を隠しつつもニヤリと微笑んだわ。あんまり良い笑い方じゃないわよ。
「聞きましたわ。クリスティナ様。レヴァン王子との婚約、破談となったそうですわね?」
「ええ、そうよ」
耳が早いわね。私達そんなに寄り道してないんだけど、その情報がこの領に来る方が早いの?
「加えて王都まで追放になったとか。王子に手まで上げて。情けないですわね! 貴方の器量が足りず、王子に愛想を尽かされたのに嫉妬で手を上げるなんて! 貴方のような女、元から王妃になど相応しくなかったんですわ!」
なんか絡まれてるわ、私。
こういう子ってどうして呼び止めて話を聞かせるのかしら。
壁にでも向かって話してて欲しいわね!
「そう。じゃあごきげんよう、ジャネット様」
私は身を翻して馬に乗ったわ。
リンディスも乗せてっと。
「ちょっと! 誰が行っていいと言ったの!?」
「えー……」
先を急ぐんだけど、私達!
「私がいいと言うまで出立など許しませんわ!」
同じ侯爵令嬢なら特に私達に身分の優劣は無い。
あと今の私なら力尽くで止められる事はないわね!
「何の御用? 私、王命でアルフィナ領に向かってるんだけど」
それを邪魔するのは、ちょっとよろしくないんじゃない?
「……! それよ。貴方、【天与】を授かっているそうね? それも魔物を討つに相応しい野蛮な力だとか」
「ええ、そうね」
その事は昔から知れ渡ってる話よね。
「それが何かしら?」
「ふふ。どうせ王子に婚約を破棄されたような野蛮な女を娶る相手などいませんわ。ですので貴方など修道院に入るしかありませんの」
その修道院に入る事すら聖女に否定されたのよね!
「ですが。そんなに腕が確かなら。貴方、私が雇ってあげても良くてよ?」
「はい?」
雇う?
「腐っても侯爵令嬢、それも王妃教育を受けた身なのですもの。最低限の礼儀ぐらいは身に付けていらっしゃるのでしょう? その上で【天与】による腕がおありなら……ふふ! 貴方を妻や娘の護衛として雇いたいという貴族に大商人など、きっと沢山いる筈だわ!」
うん。うん?
「だから、まずこの私が貴方を雇って差し上げると言ってるの。ふふ! どうかしら。とてもありがたい提案でしょう?」
「ええと」
「いい? この私が誰よりも先に声を掛けてあげているのだから。貴方は感謝して受けるしかありませんのよ?」
んー。そうね。
例えば女性しか参加できないような場所でも私なら入れるものね。
女騎士が必要とされる理由がそこにある。
いくら強くても男の騎士を傍に置きたくない女性というのは居るものだし。
その点、私は王妃級の礼儀作法が出来なくもないから茶会に連れて行く事だって出来る。貴族の護衛として雇うにはピッタリなのかもしれないわね。
「それは確かにいい案ね! 良い事を聞いたわ!」
「ふふ。そうでしょう? 惨めな貴方をこの私が拾って差し上げるわ」
じゃあ私、問題が片付いたらフィオナに雇って貰おうかしら!
リンディスも一緒にエーヴェル領へ連れて行きたいわね!
「じゃあ、ありがとう! ジャネット様! 問題が片付いたらそういう事も考えてみるわね! また会う機会はそうないでしょうけど、ごきげんよう! 貴方もお元気で!」
「だから待ちなさいよ!」
「え? なに?」
話が終わったから立ち去ろうとしたんだけど。
「貴方の雇い主になってあげると言ってるのよ、私は!」
「あ、それは別にいいわ。護衛になるなら私がなりたい人を選ぶもの」
「なんで貴方が選ぶのよ!」
「なに?」
なんだかうるさいわね! 殴るわよ!
「……お嬢ってもしかして【天与】の代償で知能が下がってます?」
リンディスは失礼ね!
「教育の失敗だ……」
「何よ!」
私は元々こんなよ! 王妃候補モードの方が『外行き』なんだからね!
「……っ。何その殿方は? 銀髪に銀の瞳なんて……」
「私ですか?」
「ッ!?」
ジャネットはリンディスの顔を見て……薔薇色に頬を染めたわ。
あ、やっぱり姿を現したリンディスって貴族令嬢が惚れ惚れする美形なのよね!
フフン! 私の審美眼は確実に鍛えられてるわ! フィオナ『先生』の教えの賜物よね!
「と、とにかく……! ふ、2人とも馬を降りなさい!」
「お嬢が命令を聞く謂れはありませんよ」
「何!? 貴方、クリスティナ様とどういう関係なの!?」
「……従者ですが」
「従者ですって!?」
目を見開くジャネット。
「……クリスティナ様? 貴方は王命で従者も騎士も付けられなかった筈」
「そうね。王都からは誰も一緒に来てないわ」
「そうでしょう、そうでしょう」
そこでニヤリと悪巧みしたようにジャネットは笑ったわ。
あ、その笑顔、私も出来るわよ! フフン!
「なら! 私の騎士達! この女からその銀髪の従者を取り上げてしまいなさい! これは王命に背く立派な反逆行為よ!」
はぁ?
どこがよ。陛下は王都からは従者も護衛も付けられないと言ったのよ。
リンディスは何か起きうる事も覚悟して私に付いて来てくれてるんだから。
「また面倒くさい事を」
「ほら、馬から降りろ、お前達っ」
本気なのね! じゃあ!
「……仕方ありません、お嬢。抵抗の許可を……お嬢?」
私は馬から飛び降りて、そのまま迫って来た男に拳を振り上げたわ!
「フンッ!!」
「へ……ぐげぇっ!?」
男をぶん殴ってぶっ飛ばしたの!
彼はジャネットのすぐ真横を吹っ飛んでいったわ! フフン!
「え……」
「なっ……!」
「お嬢ーーー!? 何してるんですか!」
問答無用よ! 問答してるのはリンディスだけど!
「ま、待て、」
「フンッ!」
「ぐぁっ!?」
もう1人のジャネットの騎士も飛びかかって、ぶん殴ったわ! マリウスパンチよ!
「な……な……」
「お嬢! はしたないですよ! 何してるんですか!」
「んー……」
私は光る手足と殴り飛ばした男達を見比べた。
「人を殴るのに慣れて来たわ!!」
大木や大岩みたいに粉砕しなくても殴れるわよ、この【天与】!
都合がいいわね!
「慣れないでくださいよ、そんな事に!」
絶句しているジャネットに向き直る私。
「フン! リンディスは私のなんだから! 私のものに手を出すなら容赦しないわ!」
「お、お嬢……」
リンディスも顔を赤くして黙り込んだわね!
「な、な、なんて野蛮な……! これが王妃候補だったなんて信じられないわ!」
私も信じられないわね! でも今は凄く自由よ!
「く、クリスティナ。貴方、自分の立場が分かっていて!? 王子から破談された娘なんてマリウス侯は庇わないわ! 今の貴方に後ろ盾なんてないのよ!」
「だから何?」
「なっ……!」
その後ろ盾が無い女を雇ってどうするつもりだったのかしらね!
「……どうせ落ちぶれたお嬢を雇って、質素な服でも着させて貴族令嬢達の前に出し、晒し者にするつもりだったのでしょう。……なんて陰険な」
「なっ……!」
あら図星だったみたいね。
美形なリンディスに指摘されて、恥ずかしくて赤くなっているわ。
「どんな将来を選ぶにせよ、今はアルフィナで湧く大量の魔物の討伐だけが私の使命よ。それこそが民の為、そして王国の為になる筈の王命だわ。国王陛下は私に理不尽を課したいワケではないのよ」
私に理不尽なことをしたいのは聖女の方ね!
「……レヴァン王子と結ばれなかったのは残念だけど。でも、貴方のような人の嫌がらせが跋扈するお茶会に参加しなくて済む立場になったのは嬉しいわ!」
フフン! と勝ち誇って腕を組み、胸を張ったわ。
飛んだり跳ねたりしたのとその姿勢で黄金のペンダントが胸元から溢れちゃった。
「ですからはしたない……。どうにかなりませんか、それ」
「何よ! 普段から見せびらかすようなものじゃないって言うから隠してるんじゃないの!」
ここぞという場面で出すのが貴族風なのよね!
「ポケットに入れておけばいいじゃないですか」
「馬に乗ってる時に落としそうだからイヤよ!」
この【貴族の証明】を失くすのは良くないのよね!
なにせ素材が金で出来ているものだから。
お金に困って売り払ったみたいな悪評が付くのよ。
そうなると貴族の落ちぶれを示しているようなものだから、更に具合が良くないのよね!
「じゃあ、ジャネット様。貴方も偶には貴族令嬢なんて立場を捨ててみるのも良いと思うわ! 意外と自由で楽しいわよ!」
フフン!
「お嬢は自由に生き過ぎてるんですよねぇ……」
リンディスが何か愚痴っていたけど、知らないわね!
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