119 拒絶
「ふ、ふつうに、イヤ……?」
「ええ。エルトと婚約してるって言ってるじゃないの」
何考えてるのかしら!
「レヴァン。いくらお前でも怒るぞ」
「はぁ……」
レヴァンは溜息を吐いて頭を下げてから、立ち上がって顔を上げる。
「エルト。君こそ酷いと思わないかい?」
「何をだ」
「クリスティナは僕の婚約者だったのに」
「元ね、元」
「そうだぞ。元だ」
「…………」
婚約者と腕を組んでいる相手に求婚するって何かしら?
レヴァンにしては非常識ね!
「クリスティナ。考え直してくれる気はないかい?」
「まったくないわね!」
「レヴァン」
エルトが嗜めるように名前を呼ぶと、レヴァンは目を閉じて、またゆっくりと開くわ。
「……クリスティナが居なくなってから、僕だって後悔していたんだよ。エルトみたいに僕が自由に動ける筈もない。関係を戻す機会も与えられないまま、横から彼女を奪ったのはエルトの方だよ」
「別にエルトにだって、そんなに機会はなかったわよ? それでも生まれて初めて私に宝石を贈ってくれた人は彼だし。私達だって1度会っただけだもの。その後は私の方から彼に会いたくて2度目に会った時に婚約を申し込んだのよ!」
決闘でね! 婚約を決めるまでに現実で会ったのは2回だけなんだから! フフン!
「正確にはお互いに婚約を申し込んだんだ」
「ふふふ。そうね!」
私は身体を彼に寄せたわ。
「……僕への当てつけでエルトを選んだ、と?」
「レヴァン殿下は、この婚約に何の関係もないわよ?」
何を言ってるのかしらね!
「レヴァン? お前、どうしたんだ?」
「そうね。何かあったの? いくら何でもおかしいわ」
私に未練があるにしたって、こんな場所でエルトが隣に居る状態で婚約の申し込み?
それはないでしょう。
「……本気で君に婚約を申し込んだんだよ」
「なぜ?」
「……何故と疑問に思う事かい? 僕がクリスティナとの関係を後悔していた事を嘘だと。それは僕の気持ちだ。君達の関係に関わらず、否定される事ではないと思う」
まぁ、レヴァンがどう思うかまでは決めれないけど。
「僕は体面を気にせずに告白した。クリスティナ。君の気持ちが本当は僕にあるのなら、手を取って欲しい」
「取らないわよ? あと、別にレヴァン殿下への当てつけとかでエルトを選んだんじゃないからね!」
何がしたいのかしら!
「エルトが好きだから私から告白したし。エルトも私を好きだと言ってくれたわ。レヴァン殿下。私に貴方への未練はないわ。王妃なんて私には向いてなかったでしょうしね! こうなって良かったのよ! フフン!」
「…………」
レヴァンの表情が少し歪むわ。
「……本当に?」
「しつこいわよ?」
「……はぁ」
もう、何よ!
「はぁ……。レヴァンよ。どういう思惑なのであれ、このような振る舞いがお前らしいとは俺は思わない」
「ひどいなぁ。本当に本気の、僕の気持ちだよ。もしもクリスティナが僕を選び直してくれるなら、と。そう思う事がダメな事かい?」
「それを俺に聞くならば『ダメだ』と答えるしかないが」
「クリスティナは?」
「ダメよ?」
「……そうか。本気なんだね、クリスティナ」
「そう言ってるじゃない」
悲しそうにしてレヴァンは溜息を吐いた。
「うん……。僕の方が置いていかれたんだね」
「置いていかれたって。本当にどうしたの? ミリシャと上手くいってないの?」
「そういう話でもないのだけどね……」
「?」
私はますますに首を傾げたわ。
「レヴァン殿下?」
「ん……。もう離れさせて貰うよ」
そのまま振り向いて私達を置いていったわ。
何だったのかしら?
「クリスティナを……気遣ったのかもしれないな」
「え?」
「『フラれたのは王子の方だ』と。皆の前で示したんだ。お前が捨てられたワケではないと。その上で本当に君がレヴァンを想う気持ちに期待したのは……事実だと」
「まぁ」
たしかにそう言われるとレヴァンっぽいわ。
元々が優しいからね。
「クリスティナが好きだった、という気持ちならば理解できるとしか言えないな」
「んー。でも王族としてどうなのかしらね……。私に悪評を押し付けて王家に瑕疵はないってする方が『らしい』気もするわ」
「この状況でそれは難しいだろう。女神の巫女だから無視できないと陛下もお考えのようだ」
「勲章と贈呈品もくれたしね!」
ところでなのだけど。
「……ミリシャがこっちを睨んでるわね!」
「ふむ」
一連のレヴァンのプロポーズ騒ぎを離れた所から、わなわなと震えてこっちを睨んでいるミリシャが居たわ。
何かしら。あれでレヴァンからのフォローもなしなら、2人の関係は上手くいってないのかしら。
あれだけレヴァンのこと好きって言ってたのに何やってるの?
ルーナ様が各領地を回ってたのなら、その間に近付くチャンスもあったでしょうに。
「あ、こっちに来るわよ! 逃げようかしら!」
「返り討ちにしないのか? クリスティナならすると思ったが」
「それも良いけど、基本的に関わるだけ損だもの」
「そのようだな」
私はエルトの腕を掴んだまま、彼の身体を軸にして回転して方向転換よ!
「さぁ、行きましょう!」
「ああ」
ふふふ。逃亡よ! 楽しいわ!
チラリと振り返ると怒った顔をして追ってきてるわね!
「きゃー! ふふふ」
追いかけっこを楽しむわ!
私の服装はドレスとマントを合わせたもの。
ラーライラ・コーディネートの令嬢剣士風だから動きは軽やかに出来るわよ!
「お姉様!」
とうとう声まで掛けてきたわね!
でも、私はミリシャの姉じゃなかったから無視でいいわ!
……もしかしてミリシャは姉妹じゃないって知らないのかしら?
「ルーナ様達は相変わらず囲まれてるわねー」
「雰囲気は悪くなさそうだな」
「ラーライラも居るから、ちゃんと守られてるわね!」
問題が起きそうなら『悪役令嬢』パワーで蹴散らしてあげましょう。
それ以外は彼女の人徳で味方を増やした方が良いわ。
悪女として振る舞うのは楽ではあるけれど、味方を増やすのは難しいからね。
私には選ぶ余地のなかった正攻法というものをルーナ様は選べる。
それは大事にしてあげないとね!
「お姉様! 聞こえているでしょう!」
「きゃっ」
ちょっとルーナ様に気を向けた所でミリシャに追いつかれちゃったわね!
「もう、ワインを溢しちゃうじゃないの」
「大丈夫か?」
「うん。力の天与があるからね!」
パワー負けしたりはしないわよ!
「私を無視して良いと思ってるの!?」
「……薔薇よ」
「あっ!?」
棘なし薔薇を掴まれた手首に咲かせて、ミリシャの手を押しのけたわ。
振り返る私の動きにエルトが合わせてくれる。
「マリウス家の長女、ミリシャ侯爵令嬢。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんわ。ところで、そのように急いでどうかされたのですか?」
「なっ……。何を言ってるの?」
「何を、とは? 何の事でしょうか、ミリシャ様」
ニコニコと王妃候補スマイルよ!
「お姉様、その態度は何なの?」
何がかしらねー。
「態度ですか?」
私は首を傾げたわ。
「逃げられると思ってるの?」
「逃げる? 何からです?」
ミリシャはまた追いかけっこがしたいのかしら。
「マリウス家から」
「……マリウス家から?」
どういう意味かしら。
「君は何を言っているんだ?」
「……お姉様と貴方の婚約なんてマリウス家は認めませんわ。ベルグシュタット卿」
「ふぅん。そうか」
「予想通りと言えば予想通りねー」
「ふっ、そうだな」
私とエルトは呆れた目をしたわ。
失笑ね!
「ですから何ですの、その態度は!?」
「ミリシャ様が何を怒っていらっしゃるのか、全く分かりませんもの」
高笑いでしようかしら? 悪女として! ふふふ。
「ミリシャ様。私の母、セレスティアの代わりに食事を用意し、屋敷を使わせて頂いた事には感謝していますとブルーム侯爵とヒルディナ侯爵夫人にお伝えくださいね。何故、貴方達が私の家族なのだと今日まで偽ってきたのかは分かりませんが……。貴方達4人家族の本来のあるべき幸せをお祈り致しますわ。私という邪魔者は消えて差し上げますよ。ふふふ」
ここは王妃候補スマイルね!
「っ……! そんなの許さないわ!」
「はい?」
だから何がかしら。
「お姉様はマリウス家の女よ!」
「……まぁ、親戚ではあるみたいですね。私は母の姓名に特に拘りもありませんので、もう名乗る事はありませんが」
「……っ!」
今日は怒ってるわねー。
他所行きの場所でこんなにミリシャに余裕がないなんて珍しいわ。
「あと、ミリシャ様。そのお姉様という呼び方、もうお止めになりません? 貴方に慕われる筋合いもなければ、血の繋がりもなかったのですし。そこまでの繋がりもなく、その呼び方が赦されるなら私、他にそう呼んで欲しい人がいますから」
ルーナ様を妹計画ね!
あとラーライラ! ふふふ。
「私のことはどうかクリスティナと呼んでくださいな。ただの他人として」
他人行儀・他所行きモードの言葉選びよ! フフン!
「……! お姉様はお姉様だわ!」
「ふぅん?」
謎の感情ね。暗殺まで企んでたのに。
姉に追い縋る妹役に酔いしれてるのかしら?
「可哀想アピールをしたいっぽいわ?」
「クリスティナを悪役に仕立てあげたいと?」
「そうじゃない?」
マリウス家も私の主張の真偽を確かめられたら良くないと分かってるでしょうし。
まぁ、全力で言い訳どころか私の悪評を広めるのが彼らなのだけど。
あの家の使用人に私の味方はいないから、いつものように言いたい放題ね。
「な、何を言ってるのよ!」
「生憎と家族でない者に注ぐ愛情はないわ。私の家族はアルフィナで過ごした者達とベルグシュタットに関わる者のみ。貴方は私の妹ではありませんよ、ミリシャ様」
私は呆れた態度で溜息を吐いた。
「良いではありませんか。本来、貴方達4人は私が居ない事が当然の家族だったのです。薄い赤毛に、水色の髪の親子。そこに私の入る余地はないし、まして本当に血の繋がりすらもなかったのです。……もっと早くに教えて下されば私が自分で出て行ったものを」
本当にね!
「王太子の婚約者に据える女としては、陛下は家門の力を重視しておいでです。私がマリウス家の後ろ盾を十全に振るえぬと分かった今、間違いなく貴方はレヴァン殿下の婚約者候補の筆頭でしょう。陛下もそのような言葉を漏らしていましたわ」
「マリウス家も貴方も、自分達の幸福の為に私に拘る必要性はまるでありません。養育費でしたら、私を育てたのはリンディスでしょう? 彼は私個人の従者ですので、その点で貴方達に感じる義理はありません」
「宝石の一つ、高級なドレスの一つでも贈られていたならば、そうも言えなかったでしょうが、マリウスはそれすら私に与えなかったではありませんか」
「マリウス家から逃げられると思うな、と仰せでしたね。一生涯、この私を閉じ込め、虐げる事が重要でしたか? では考えを改めるべきですわ、ミリシャ嬢」
「天与を使いこなせるようになった私の心臓に剣を突き立てられる者は金の獅子のみ。……自分の意に沿わぬ『猛獣』を家に閉じ込めてなどいられないでしょう? 例え鎖に繋がれようとも、その鎖を引き千切り、鉄格子すら手折り、私の自由と愛を阻む者を食い殺して見せますわ」
捲し立てた上で悪女の睨みと殺気を混ぜてミリシャを見下したわ。
「……っ、ひ、ひどいですわ、お姉様! 何故そのような事を言うのですか? 私は、」
「私に虐められたアピールをしたいなら、逃げられると思うなという発言は何なのかしら? 私には貴方の私に対する執着心が理解できないわ。レヴァン殿下が好きなら、もう私を気にする必要はないわ。好きになさい。貴方にも殿下にも愛はないし、その地位にすら興味がないから」
「…………!」
なんで本気でショックを受けたような表情を浮かべるのかしら。
「お、お姉様はいつもそうですわ……!」
「はぁ?」
何がよ。
「私の事など見もしない、関心を持とうともしない! ……あの女に追い落とされるぐらいなら、私の手でやっていれば……!」
あの女? 追い落とされた覚えなんてないのだけど……。
ん? ううん、あるわね。アマネの事かしら?
「……本当に理解できないわ。姉妹だなんて思い込まされていなければ、互いに無関心のままいられたでしょうに。侯爵は何を考えていらっしゃったのかしら?」
何か拗らせてるように見えるわね、ミリシャ。
「私など最初から家に存在しなかったと思いなさいな、ミリシャ嬢。私が貴方とレヴァンの仲を殊更に引き裂く事はないから。……そちらから手を出してこなければ、私も貴方の家を根絶やしになどしないと誓いましょう。はい、これで安心ね! ばいばい!」
「ふざけないで!」
もう、何なのかしら!
縁を切られて嬉しくないのかしら!
レヴァンだって本気じゃない? っぽかったし!
本当にもう関わりたくないのだけど!
「これは」
「ん?」
その時だったわ。
パーティー会場内を……青白く光る蝶々達が舞い始めたの。
これは……『光翼蝶』の天与。
私は入り口の方を振り返ったわ。
青くウェーブがかった長い髪の綺麗な女性が歩いてくる。
その肩にはいくつかの光の蝶がとまっていた。
彼女は私の姿を見つけると、まっすぐにこちらに向かって歩いて来たわ?
「──ごきげんよう。はじめまして、クリスティナ様。お会いしたかったわ」
ルーディナ公爵令嬢。
3人目の天与を持つ女性。
「……っ!」
ビクっと見せた事もないような反応をするミリシャ。
「ミリシャ?」
「……! し、失礼するわ!」
「あら」
逃げた? ミリシャが? あのミリシャが?
まぁ、なんだかとっても嫌な予感がするわね!




