106 強行突入
「案内してくれる?」
「……ご令嬢が気にするような場所ではありませんわ」
「残念だけど、それを決めるのは貴方じゃないの」
「私はここの院長ですよ!?」
「ふぅん」
私は悪女スマイルをしながらリムレッド院長を見据える。
「貴方は本当に三女神に仕える者かしら? リムレッド院長」
「……私は女神を信仰する者であって、力を得ただけの貴方に仕える者ではありません」
「それはそうでしょうね」
私も女神の自覚なんてないしね!
「この修道院にはね。三女神に反する信仰が根付いていると私の天与が言っているの。だから懲罰室をお見せ下さるかしら?」
「お嬢……」
直球な要求を突きつける私。
交渉する時は、本当の要求を隠すべきっていうけど、そういうの苦手なのよね!
「……お断り致します」
「そう。残念」
私はソファーに深く腰掛けたわ。
「……不本意な疑いを持っておられる様子ですね。寄付に感謝したかったところですが、それもお返し致します。本日は、お帰りいただきましょう」
「あら。エルトが渡したお金は寄付じゃなくなったわ」
「……?」
リムレッド院長が怪訝な目を向ける。
「今から貴方を縛り付ける事への慰謝料になったの」
「は……」
「──薔薇よ!」
「!?」
私は棘なし薔薇の丈夫な蔓でリムレッド院長の身体を拘束する。
「なっ、何を!」
「懲罰室の場所は知っているの。私が見たい場所もね。それさえ確認したら帰ってあげるわ。そして間違ってたら『ごめんなさい』と謝ってあげる」
「ふ、ふざけないでください、誰かっ、もがっ!?」
解毒薔薇を詰めて口を塞いであげる。
その上で蔓での猿轡。野盗共と同じ縛り方ね!
「……お嬢。大問題ですよ」
「胡散臭かったし、いいのよ。これで何もなかったら、むしろ今の態度を問い詰めてやるわ」
「人命が掛かっている事だしな。怪しい動きをしていたのは間違いない。懲罰室を確かめるだけだ。クリスティナ、さっさと行くとしよう」
「ええ!」
「……結果的に予言の聖女がやっている事と同じなのでは?」
「むー」
私は頬を膨らませてリンディスを見たわ。
そうだけど、そうじゃないのよ。プンプンだわ!
「リンディスは院長を担ぎ上げてね。あ、院長ごと姿を隠す事って出来るの?」
「……それは難しいですね」
うーん。じゃあどうしようかしら。
「流石にまだ疑いの段階だから顔を殴って気絶はさせたくないんだけど」
「……私が残って彼女を見張っておきますよ。ベルグシュタット卿、お嬢をお任せしても良いですか?」
「ああ。引き受けよう」
んー。修道院に戦闘員とか居るのかしら?
「リンディスは大丈夫?」
「私の心配など。それよりも、本当に何の問題もなかった時の心配でいっぱいです。せめてリムレッド院長の事は丁重に扱わせていただきますね」
「むぐぅ!」
猿轡を噛みながら院長が騒ぐ。
「じゃあ任せるわね! 行くわよ、エルト!」
「ああ」
「これで本当に何もなかったら、ごめんなさいね、リムレッド院長」
「むぅううう!」
彼女は別に戦えなさそうね。
修道院内にはそういう人はいない?
この調子ならリンディスも大丈夫だと思うけど。
私は応接室を出て、夢の世界の記憶を頼りに進む。
ミリアリアに絡まれた中庭へ。
その先の通路を進んで、そして懲罰室のある地下へ降りる。
……すべて夢の世界と変わらない光景。
あるのかしら。邪教の祭壇は。
「こっちか」
「ええ」
夢の世界では感じなかった嫌な空気が纏わりつく。
「……エルト」
「ああ」
何かが違う。空気が違う。
コツンコツンと音を立てて、私達は一緒に地下へ降りていく。
「クリスティナ……これは」
「ええ……」
来て良かった。来るべきだったわ。
これはいけない。
もっと早くに来るべきだった。
私は確信めいた直観を感じながら、懲罰室の廊下を進んでいく。
「……他の部屋には誰も入っていないようだ」
「そう……。ミリアリアがこっちに入れられているかもって思ったけど」
嫌な予感がどんどんと増していく。
私は問題の懲罰室の扉に手を掛けた。
鍵が掛かっているわね。
「──フンッ!」
ドゴォッ! と容赦なく扉をぶっ壊したわ!
フフン! 夢の世界でもやってみたかったのよね!
「……鍵要らずだな」
「そうでしょう」
壊した扉から懲罰室の中へ。奥の扉の向こうに手洗いしかなかったら……笑い話だわ。
「……開けるわよ」
「ああ。俺が、」
「フン!」
扉を引いて開けずに、どうせだからとこの扉もぶち壊したわ!
そして、その先には。
「…………階段よ」
「そうだな……」
夢で見たそのままに、そこには更なる地下へ続く階段があった。
「あっちゃったわねぇ」
「そうだな……。とりあえず院長に、誠心誠意に謝る必要はなさそうだ」
「それもそうね!」
これを隠してたって事だものね!
「エルト。凄く嫌な予感がするから……」
「分かった。警戒して進もう」
彼はいつでも剣を抜けるようにする。
「背後は俺が警戒しておこう。クリスティナ。お前は思うままに進め」
「ん! 分かったわ!」
死臭がする。夢の世界よりも、ずっと強く。
「……ミリアリア」
別に特別な相手なんかじゃなかったけど。
現実では会ったことなんてないけど。
「……地下牢の中には誰もいない。いないが……」
「どうして、こんな臭いがするの……?」
既に終わった後だから? だとしたら死体の処理はどうやって。
修道院に居る人々は、どこまでこのことを知っているの。
「……邪教の祭壇……」
現実にあるその場所は、夢よりもずっと禍々しい空気をしていた。
誰もそこには居ない。……居ない?
「クリスティナ!」
「!?」
エルトが私の手を引いて抱き寄せる。
その横を何か黒いモノが掠めていく。
「……今のは?」
「分からない。だが殺気があった。……どうやら、お前に反応したようだぞ、クリスティナ」
エルトが暗い前方の空間を指差す。
暗くて見辛いわ。何……。
「え?」
それは暗闇じゃなかった。灯りがないから暗かったのではなく……空間が裂けていたの。
「大地の傷……!」
私が、それを認識した途端、空間にビキビキと亀裂が走る。
そしてガラスが割れるような暗い空間の向こうから……大きな目玉が私を見つめていたわ。
『────』
──目が、合った。
途端に、ガシャアアアアン! と不快な音と共に、黒いバケモノが闇から溢れだした……!




