4話 爺やたち
一行は都市を離れ、木の生えていない丘を登り始めた。
丘を登る道は緩やかに丘を巻くように続いており、都市を見下ろすところまで来ると、向かう先に黒光りする金属でできた太くて巨大なロープが見えてきた。
それは丘の窪地にある地面から出ていて、空を渡って都市の方へ伸びている。
丘の地面に突き刺さるように接続しているところは、白い人工的な設備で囲われていた。
道はそのロープを避けるように、窪地を迂回していた。
「おお、あれこそが大窟坑か」
髭を生やしたドワーフが御者席に座るトムの横に身を乗り出した。
「はいその通りです」
御者のトムは馬車をゆっくりと進めながら、昔していた観光案内のマニュアルを思い出しながら話した。
「今からおよそ200年前、あの場所からドワーフとエルフたちは穴を掘り、森の向こうへ抜けようとしました。ご存知の通り、トンネルの崩壊でその計画は失敗に終わりましたが、一部の魔力が森の束縛を逃れてあそこまで流れてきました。ヒト種はその穴に魔力を吸収するアダマンタイト合金のロープを入れることで魔力を抜き出すことに成功し、それが現在、私たちの社会の発展を支えているのです」
200年前のドワーフとエルフが掘った穴はヒト種が魔の森から魔力というエネルギーを取り出すために再利用されている。
森の魔力は支配権が森にあるため、いくら抜き取っても人々が魔法を行使するために使うことはできなかったが、アダマンタイト合金を使えば間接的にエネルギーを取り出すことができた。
アダマンタイト合金は魔力を一定の速度で伝導、備蓄し、精霊力と呼ばれる微弱なエネルギーに徐々に発散する性質がある。
古くから、アダマタンタイト合金を線にしてコイル状に巻くととその中心に精霊渦と呼ばれる、物理現象と魔力が摩擦する場が発生することは知られていたが、森から得られる高濃度の魔力を流すと渦も強力になり、コイルの中心は酸素と有機物があれば火を起こすことができるほど高温になった。
この現象を利用して、間接的に魔力を利用して熱エネルギーを取り出し産業を発展させていたのだった。
「そんなことは知っているわい。わしのひいじいさんがそのトンネル事故の現場にいたらしくのぅ。その時の話は爺さんから伝え聞いておる」
「エスポのひいおじいさん、アジッパね? 私もその話を聞かされたわ。懐かしい・・・」
そう言ったのは短髪のエルフ、ミリアだった。
エルフもダークエルフも総じて長命で、見た目もなかなか老いないので年齢がわかりにくいが、今の話でおよそミリアは100歳を越えていることは明らかだった。
「ドワーフがどれだけ苦労したかっていう嘘の話をな」長髪のダークエルフのリーシャが横から意地悪い顔をして言った。「あの爺さんはドワーフが穴を掘って、エルフが何もしなかったらトンネル事故が起きたなんてデマを流していたよなぁ?」
「そういうお主の父親もドワーフが穴の中で騒いでいたせいで地上の悪魔に見つかったとか、いろんなデマを言っておったな」
エスポとリーシャはじっと睨み合った。
そこにミリアが割って入った。
「ま、一番悪いのは、ヒト種でしょ。穴掘りには何も手伝わないで、全部終わったら穴を利用するだけ利用して」
『そうだな』
エスポとリーシャは声を揃えてそう言うと、ヒト種である短髪の男を見つめる。
男はため息をついた。
「はぁ。俺たちこの会話、千回はしてるよなぁ?」
エルフとドワーフが口喧嘩になれば、最後はヒト種の悪口で意気投合して終わると言うのは、どこでも聞かれる定番の流れだった。
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馬車は丘を越えて、森が見えるところに近づいてきた。
凝縮された魔力が霧のように充満している魔の森は昼間なのに薄暗く、空は常に曇っていた。
そして、異様なまでに巨大な魔樹が壁のようにひしめき合って聳え立っているのが遠目にも見えた。
「いつ見ても禍々しいな」
短髪の男がつぶやいた。
荷台に乗っている面々は、それぞれに真剣な顔でこれから向かう森をじっと見つめいていた。
その手前には、崩れた石垣や家の跡があり、森のすぐ近くに村があったことがわかる。
その放棄された村の跡を一行を乗せた馬車はゆっくりと進んでいた。
森に近づくにつれて、家や石垣の倒壊が激しくなっている。
瓦礫が森とは逆方向に崩れていることから、森の何かしらの影響があってこの村が崩壊したことがわかった。
「お前、この村の出身なのか?」
短髪の男が聞いた。
「ええ。まぁ、一応」
「そうか。大変だったな」
「そう、ですね。色々ありましたが、なんとかこうやって生きています」
トムが笑顔で答えると、それまでずっと黙っていたメガネの青年が、メガネを光らせてトムに聞いた。
「5年前のあの災害からどうやって生き残ったんだ? 村人は全員死亡したという噂だったが」
「いや、それが、僕には友達がいて・・・」
トムがそう言いかけた時、道が続いている村と森の境界にあたる牧草地にわらわらと人影が現れた。
数は10人。
全員が武装している。
「わっ、なんですか、あの人たち。山賊でしょうか? 初めて見ます」
トムが言った。
エルフのミリアとリーシャは目を凝らした。
「チッ、知り合いだ」
リーシャは苦々しげにそういうと、剣を持って幌馬車の荷台の中で立ち上がった。
「あ、立ち上がると危ないですよ」
トムが注意したがリーシャは聞かずに歩いて前に進み、トムの頭上を跨ぐようにして御者台で仁王立ちになった。
馬車は待ち構えている男たちに近づき、男たちもゆっくりと馬車に向かって歩いてきた。
トムは手綱を引いて馬車を停めた。
リーシャは腕を組んで仁王立ちしたままだ。
銀色に輝く甲冑を着て槍や刀を持って武装した集団は馬車の前に立ちはだかると、一斉に兜を脱いだ。
「姫様!!」そう合唱して男たちは片膝をついた。「今なら間に合います。今すぐお帰りくださいませ!」
「姫!?」
トムは驚いて振り返った。
この中で姫らしいのは、短髪のエルフ、ミリアだった。
しかし、甲冑の男たちに返事したのは、ダークエルフのリーシャだった。
「きかぬ! 道をあけよ」
トムは自分の上で仁王立ちしているリーシャを見上げた。
「え、リーシャが姫なの!?」
甲冑の男たちが顔を上げると、彼らもまたダークエルフだった。
口には高濃度のマスクを吸い込まないためのアダマンタイトのマスクを装着していた。
「どうしても参られるのであれば、我々もご同行させていただきたい。何卒!」
「ならぬ! お前たちでは足手まといだ」
「決して足手まといにはなりませぬ! カンテラの魔石を持って国を救いたい気持ちは我らも同じ。少なくとも、このようなみすぼらしい馬車と愛らしい生物よりは役に立ちまする」
「みすぼらしい馬車?」
トムはムッとしたが、馬車を牽いているシマジオーとムラリンは”愛らしい生物”と呼ばれてうれしそうに首を横に振っていた。
「こやつらが特殊な運命のものであると、見ればわかるだろう? だが、お前たちは定められた運命を歩むもの。どう足掻いても、大いなる力の前では塵と同じだ」
「いいえ! 塵も集まればなんとやら、でございます」
先頭の初老のダークエルフの男はそう言うと、背後に目配せをした。
すると、崩れた塀の向こうから、男たちが豪奢で頑強そうな馬車、いや、チャリオットを5台牽いてきた。
それぞれ馬が2頭ずつ繋がれており、後ろには2人ずつ乗ることができそうだった。
「我々はこれ姫様を護衛いたしまする!」
「ならぬ! そのようなもので魔の森に入れるわけが」
「ききませぬ! 我ら、先に道を開きましょうぞ!」
そう言って男たちはチャリオットに駆け寄り、飛び乗ると鞭を打って、森に向かって駆け出した。
「くそっ! あの馬鹿ども! 」
「ったく、相変わらず元気な爺さんたちだ」
「無理しおって」
「はやく止めないと彼らが森に着いてしまうわ」
荷台に乗っている客人たちは、口々にそう言ってトムの幌馬車から飛び降りようとした。
しかし、その時、ババババババチバチバチッ! と荷台の幌のあちこちを何かが激しく叩いた。
「な、なんだ!?」
驚いて皆動きを止めた。
そして馬車が静かに動き始め、トムが笑顔で振り返った。
「みなさん、危険ですから馬車から降りないでください。そろそろ森の”間合い”に入ります」
トムは右手に持つ長い鞭を見せた。
トムはその長い鞭で素早く幌を叩いて皆の注意を引きつけたのだった。
しかも、荷台にいる全員がトムが鞭を振っていることすら気づかないくらい自然な動きで、尋常ではない速さで幌に鞭を打ち付けたということに、冒険者たちは気づいて息を呑んだ。
「こいつ・・・」
目の前の少年が只者ではないと察し、冒険者たちの顔には緊張の色が浮かんでいた。
しかし、トムは調子を変えずに明るい声で言う。
「あ、そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。あの方々も、みなさんも、誰も死なないよう、安全運転に努めますから。さぁ、そろそろ魔力が濃くなりますので、マスクを装着してください」