幕間 ティナという少女 その三
師匠は過保護がすぎる、とティナは思っている。もちろん無償で魔法の鍛え方を教えてくれたのには感謝しているが、冒険者として実戦で力をつけようとするティナを止めるとは思っていなかった。
結局エルザを圧倒してようやく冒険者として活動することを許してもらった頃にはティナは十一歳となっていた。
『ハッ! おいおいなんでこんなところにガキが迷い込んでやがるんだ!?』
『私もついていったほうがいいですわよね? ね!?』と過保護がすぎるエルザに『もう子供じゃねーですから冒険者登録くらい一人でできるですよっ』とムキになって言い返してしまったが、こんなことなら素直についてきてもらったほうが良かったかもしれない。そう、ランクBの冒険者がそばにいればこんな面倒ごとにもならなかったかもしれないのだから。
ラフな格好をした十一歳の少女。
そんな彼女が魔法使いが希少な中、荒事を生業とする冒険者になろうとすればどうなるか。
『ここは常に魔物の脅威に晒されている国境付近の冒険者ギルドだぜ。だってのに、はっはっ! おめえみたいなガキが冒険者になろうっていうのは自殺行為にもほどがねえか!? 時に魔物蠢く危険地帯へと出向き、時に物騒な犯罪組織から依頼人を守る、つまりは荒事ならなんでもござれってのが冒険者だ!! おめえみたいなちんちくりんじゃあすぐに死ぬのが目に見えているわなっ』
『……、はぁ』
受付で冒険者登録を済ませようとしていたらこれだ。筋肉の塊のような大男が突っかかってきてからというもの受付の美人さんも手を止めてしまったので冒険者登録が進んでいない。
『私が冒険者になろうと、その結果どうなろうと貴方には関係ないですよね? 放っておいてくれねーですか?』
『そういうわけにもいかねえな』
『どうしてですか?』
『気に食わねえ。それ以上の理由が必要か?』
冒険者ギルドは犯罪歴があろうがなんだろうが基本的に誰でも所属できる。その代わり依頼の中で死亡しても自己責任、またギルドの評判を落とすような振る舞いをすれば粛清されることもあるのだとか。
そう、素行が悪いがために国の手元には置けない『力』を運用する組織を国が半ば容認しているというのだ。それだけ騎士団だけでは手が回らない脅威が溢れている証明でもある。
(武装集団という側面もあるので国の監査が入るが)基本は民間での運用なので騎士団また違い素行の悪い者も多いが、それでもある程度の『節度』がないと粛清などで自然淘汰されるとエルザからは聞いていた。だが中には例外もいるようだ。あるいはこの程度の素行の悪さは冒険者ギルドでは普通なのか。
『そうですか。だったら仕方ねーですね』
二メートルはある髭面の男。それも筋肉で肥大化した巨躯であり、背中には魔力付加によって切れ味や硬度が増した大剣、しかも全身の各所に魔力防壁展開のための魔石まで装着していた。
あの大剣を振るえば鋼鉄の塊さえ両端できるだろう。
魔力防壁を展開すれば猛牛の突進だって耐えられるだろう。
そもそも鍛え上げられた肉体はそれだけで十代の少女など殴り殺せるはずだ。
全て見抜いた上でティナは迷わなかった。
ゴッバァン!!!! と凄まじい轟音が炸裂した。魔力防壁などあってないようなものだった。ティナの拳によって魔力防壁は飴細工のように砕け、そのまま大男の顎を打ち抜いたのだ。
そのまま宙で何回転もしながら吹き飛び、壁に激突する大男。そんな彼に視線さえ向けず、ティナは受付の美人さんへと声をかける。
『これで邪魔者はいなくなったです。というわけでさっさと冒険者登録を済ませてくださ──』
『ぎっギルドマスター!? 大丈夫ですか!?』
…………。
…………。
…………。
『へ? ギルドマスターって、ええっ!?』
流石のティナも先程殴り飛ばした大男のほうへ視線を向ける。思いきり壁に叩きつけたからか粉塵のようなものが舞っていた。壁でも砕けて木屑や埃が舞い上がったのか。
わざわざ危険地帯に近い王国最南端の国境付近の冒険者ギルドまで出向いたのはそれだけ危険度の高い依頼が受けられると考えたからだ。それが、初日からギルドマスターへ手をあげてしまっては流石にここでの活動は難しくなるだろう。
『……最悪冒険者は諦めて、個人で魔物に喧嘩を売ったほうがいいかもですね』
『あん? そりゃあねえんじゃねえか?』
『ッ!?』
声が、響く。
土煙のようなものを引き裂き、大男が歩み出てきたのだ。
……ティナの拳は確かに大男を捉えたはずなのだが、出血の一つもなかった。
『冒険者をやっていくに足る力は示してもらったからな。まあ俺個人の考えとしちゃあガキに冒険者なんぞやらせるのは不本意なんだが、これほどの逸材を逃すのはギルドマスターとしてありえねえ。だから、なんだ。一応歓迎してはやるが、絶対に死ぬんじゃねえぞ』
──これは後に知ったことだが、国境付近の冒険者ギルドの長であるこの大男は冒険者登録にきた全員に絡んでいるのだという。あの程度の威圧に屈するようならそれまで。また手加減した攻撃を仕掛け、対応しきれなかった場合もそのまま追い出すのだとか。
つまり試験の一種なのだ。
それもわざわざギルドマスター直々の、だ。
どうしてギルドマスター自らそんなことをしているのかとティナは聞いたことがある。その問いにギルドマスター、そして数十年前に魔物に滅ぼされた小国の王にして当時二人しかいない最高峰ランクの冒険者でもあるグレイ=リュカシーはこう答えたものだ。
『そりゃあ誰にも死んでほしくねえからな。俺がきちんと見極めて、せめて素質ねえ奴は追い払えば死亡率も減らせるってもんだ。……まあどれだけ強くとも、天才だろうとも、死ぬ時は死ぬもんなんだがな』
だからおめえもあんまり無茶すんじゃねえぞ、と大きな手で頭を撫でられた。もう少しやりようもあるのではとも思うが、不器用なこの男の優しさは十分に伝わっていた。そう、今だって危険な依頼ばかりを選ぶティナの身を案じてくれているのだろう。
だからといって聖女にして公爵令嬢でもあるアンジェ=トゥーリアの隣に立つための努力に妥協を挟む気はなかったが。
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【名前】
ティナ(十一歳当時)
【性別】
女
【種族】
人間
【年齢】
十一歳
【称号】
未取得
【所有魔法】
風属性魔法(レベル41)
身体強化魔法(レベル60)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
【状態】
呪縛・心(レベル1)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
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【名前】
グレイ=リュカシー
【性別】
男
【種族】
人間
【年齢】
五十一歳
【称号】
未取得
【所有魔法】
雷属性魔法(レベル54)
身体強化魔法(レベル56)
硬質化魔法(レベル68)
武具強化魔法(レベル50)
防具強化魔法(レベル48)
破砕魔法(レベル69)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
【状態】
呪縛・心(レベル1)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。