第六話 幸せだったからこそ
ティナは幸せだった。
色々と問題は山積みとはいえ、それはそれとして聖女と触れ合ってダンスの練習ができるなど幸せ以外の何物でもないのだから。
アンジェの(触手と化した)手は普通の人間のそれと違ってひんやり冷たく、不思議な感触がして、とにかくいくらでも触っていられると断言できた。……幸せすぎて心臓が破裂しそうだったのはご愛嬌である。
もう一度言おう、ティナは幸せだった。
ゆえにスキップでもしそうな勢いで校舎裏に飛び込んで──
「聖女様、今日もお美しいですね!! 大好きです!!!!」
「お世辞は結構ですよ、ティナさん」
──ひどく冷たく、突き放す声に全身が不気味に痙攣した。
ティナの心を錆びた鉄剣で抉るような冷徹な声音に感情を感じさせない無で塗り固められた表情。
この数週間で少しは距離が縮まったと思っていた。その証拠に多少願望まじりかもしれないが、昨日ティナのダンスの練習に付き合ってくれたアンジェは楽しそうに笑っていたのだ。そう、どう考えても昨日のアンジェと今日のアンジェがイコールで結びつかない。
何かに塗り潰されるように、これまでの積み重ねを踏み躙られた気分だった。
(……まさか、いや、そうですよね。『奴』が黙っているはずねーですよ!!)
心の中で吐き捨て、それでも表情だけは変えないよう意識したが、果たしてどれだけ効果があったのか。
一瞬、アンジェが辛そうな顔をした気がしたが、それはティナの表情をどう受け取ったからか。
(今はまだ抜本的解決に必要な手札は揃ってねーです。ゆえにさっさと依頼でもなんでもこなして経験値を稼ぐべきなんですが……放っておくなんてできるわけねーですよね)
非効率的なのだろう。抜本的解決の道筋がみえているのならばそちらに集中するべきだ。
意味なんてないのだろう。今回のことで『奴』の手口は判明した。いくら積み重ねようとも、抜本的解決に至らない限り何度でも塗り潰されるに決まっている。
自己満足でしかないのだろう。アンジェと仲良くなりたいというのはティナの願望であり、アンジェが望んでいるとは限らないのだから。
それがどうした。
そんな言葉で止まれるほどティナは聞き分けがよくはない。
効率的に現実を見据えて行動できるようであれば聖女の隣に立てるだけの力を身につけるなんて非現実的な目標に向かって進むことはなかった。
意味なんてなくとも、何度塗り潰されようとも、『今』異形に変貌したからと多くの人間から忌避され、拒絶されて、ひとりぼっちのアンジェを放ってはおけない。
自己満足だからなんだ。ティナは、これまでずっと、自己満足のためだけに生きてきた。正義の味方でもなんでもなく、ただ自分の幸せのためだけに行動するのがティナという少女なのだ。
だから。
だから。
だから。
「聖女様っ! 今から遊びに行くですよ!!」
「何を……って、きゃあ!?」
アンジェが何事か言う暇も与えず、その華奢な身体を抱きかかえる。同時に身体強化魔法を発動、強靭な脚力でもって跳躍。塀で囲まれた学園を飛び出していったのだ。
ーーー☆ーーー
「ふう」
一息。
そしてティナはこう言った。
「ここ、どこですかね?」
「いきなり連れ出したかと思えばそれですか!?」
腰と膝の裏を腕で抱える、俗に言うお姫様抱っこスタイルでティナの腕の中に収まっていたアンジェの叫びが山の頂上に響き渡った。
王都近くの小さな山の一つ、なのだろう。
近くとはいっても馬を使えば半日はかかる距離があるのだが、ティナはその程度一時間もしないうちに踏破してみせた。それでも全力を出してはいなかったが。
「い、いやあ、勢いで行動しちゃ駄目ですね、はは、はははっ!」
もちろんティナも全くの考えなしだったわけではない。
アンジェ=トゥーリア公爵令嬢は聖女として多くの人命を救ってきた功績がある。それでも、なのだ。異形。ただそれだけの要素が迫害の理由となるくらいそういうものだという気味の悪い常識が蔓延している。
ゆえに気分転換に街で遊ぶ、なんて『当たり前』は選べない。とはいえいつもの校舎裏でアレコレするのも気分転換には弱いということで人気のない場所を目指した結果、よくわからない山の上に辿り着いたのだ。
……ティナ自身、冷静になってみるとなんでこんなところに来ちゃったのかと疑問に思ってはいたが。勢いとは恐ろしいものである。
「ティナさん」
「はいはい、なんですか聖女様っ!?」
「無理する必要はないのですよ?」
その言葉に。
ティナの背筋に嫌な震えが走った。
「わたくしは聖女であり、公爵令嬢でもあり、そして異形の女なのです。わたくしのような醜い女が誰かに受け入れてもらえるなどありえないのです。そういうものだと、決まっているのですから」
「な、んで……異形だのなんだの関係なく聖女様はお美しいと、そんな聖女様が大好きなんだって言ったはずですよ!? 聖女様と触れ合うだけで顔が赤くなるくらい、どうしようもなく感情が制御できなくなるくらい特別なんです!! だから、なのに、どうしてそんなことを言うんですか!?」
返事は、なかった。
無言で目を逸らされただけだ。
これが『奴』の力なのだというのならば。
積み上げたものを塗り潰し、アンジェを苦しめるというのならば。
「上等です……。上等ですよ! 聖女様が頑なに信じてくれねーとしても!! 私は何度だって言うですよっ。異形だろうがなんだろうが聖女様はお美しく、そんな聖女様が大好きなんだって!!」
「っ」
ぴくりっ、とアンジェの頬が震えた。
それでも、だとしても、それ以上の反応はなかった。
内に閉じこもって現実から目を逸らしていた。そう、裏切られたくないから信じないとでも言わんばかりに。
ティナの言うことを信じて、いつかどこかで裏切られることに怯えている、ということは、裏切られたら傷つくくらいにはティナのことを大事に感じているのかもしれない。
願望まじりだとしても、そう思わないと前には進めない。
「覚悟することですよ」
ティナは言う。
たった一つの大切な想いを胸に燃やして。
「聖女様が嫌がろうとも、私はこの想いをぶつけにぶつけまくってやりますから!!」
私、自己中心的な女ですからね、と告げるティナ。未だに目を逸らされていることに胸が痛んだが、この程度で折れるほど彼女の想いは軽くない。
ーーー☆ーーー
「それはそうと、今から何しましょうか聖女様? せっかく学園を飛び出してきたんです! 何かしないと損というものですよ!!」
「季節の花や光景が広がっているわけでもない枯れ山で何をするというのですか?」
「え、ええっと……は、ははは! ダンス、ダンスの練習しましょうか聖女様っ!!」
「……それならこんなところまで来なくてもよろしかったのでは?」
「勢いでやっちゃったんですから仕方ねーんですよ!! それより、ほらっ、『はい』と言った以上はとことん付き合ってもらうですよ!!」
それは昨日の奇跡をなぞるような気持ちだったのだろう。しかし、いくら同じことをやったとしても、ハナから心を閉ざしている相手に効果があるわけもないのだが。
単なる『練習』でしかない時間が過ぎる。
たった、それだけだった。
ーーー☆ーーー
【名前】
アンジェ=トゥーリア
【性別】
女
【種族】
人間
【年齢】
十五歳
【称号】
女神より祝福されし聖女
【所有魔法】
浄化魔法(レベル99)
炎属性魔法(レベル99)
水属性魔法(レベル99)
土属性魔法(レベル99)
風属性魔法(レベル99)
雷属性魔法(レベル99)
身体強化魔法(レベル99)
転移魔法(レベル99)
収納魔法(レベル99)
重力魔法(レベル99)
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※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(レベル11)以上を使用してください。
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
※レベルは99が上限です。
【状態】
呪縛・心(レベル47)
呪縛・体(レベル100)
呪縛・浄(レベル47)
憑依・魔(レベル分類不可)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法を使用することを推奨します。