第四話 ダンス練習
それはティナと出会って二週間が経ったある日、ようやく彼女のカーテシーが形になった(つまりカーテシー『だけ』で一週間もかかったのだ)時の話だ。
「やばいです聖女様あ!! ダンスの授業が散々だったんですよーっ!!」
「あー……そうですか」
「なんですその納得とでも言いたげな反応はあ!!」
「いえ、カーテシーでさえもあの有様でしたからダンスとなると、その、仕方ないかと」
「ぐううう!!」
図星の自覚はあるのか何も言えず唸るしかないティナ。
「いや、でも、そうですっ。殴り合いのような単純動作ならともかく、ダンスだの小難しいのは昔からからっきしなんです!! つまりこのままでは落第待ったなし!! というわけで聖女様ーっ! 助けてくださいぃいいい!!」
「…………、」
「あ、あれ? 反応がねーです???」
アンジェ=トゥーリア公爵令嬢はティナのことを嫌ってはいない。いいやむしろ……。とにかく彼女の力になるのは構わないと考えているので礼儀作法の練習に付き合ったりしているが、ダンスとなると話が変わってくる。
王立魔法学園における必須科目・ダンスは基本的に夜会などで必要となってくる分野を押さえている。すなわち二人一組のダンスを、ということだ。
礼儀作法であればアンジェがお手本となり、それをティナが見て覚えて、身体に刻まれるまで反復練習すればよかった。
だが、二人一組のダンスとなれば『相手役』が必要だ。もちろんアンジェであれば女性パートだけでなく男性パートをこなすことはできるので練習に付き合うこと『は』できるが、そんなこと受け入れてもらえるわけがない。
「ティナさん」
「はっはいですっ。もしや呆れています? もう付き合ってられねーって感じですか!? 確かにそうですよね聖女様の優しさにつけ込んで図々しかったですよねごめんなさい!!」
「いえ! そうではありません!! ダンスの練習に付き合うのはよろしいのですけど、せめて『相手役』を別に用意しないといけないと思いまして」
「『相手役』……。それなら聖女様で良くねーですか?」
さらりと、それはもう自然に言うものだからしばらく何を言われたのか呑み込めなかった。その間にもティナは何でもなさそうに、小首さえ傾げていた。
「あ、でも『相手役』ってことは男性パート踊らないとですものね。聖女様でも難しかったりするですか?」
「い、いえ、『相手役』をすること自体は簡単なのですけど」
「そうなんですね! さっすが聖女様っ。あれ? それなら何の問題もねーような???」
「いや、なんっ、待ってください!!」
軽すぎる。
なぜここで何の問題もないと言えるのか。
ダンスは二人一組。ティナが練習するには『相手役』が必要。そうなった場合、アンジェ=トゥーリア公爵令嬢が『相手役』として付き合ってしまえば──
「わたくしが『相手役』になれば、必然的に醜いこの身体と触れ合うことになるのですよ!?」
腕は無数の触手、髪や瞳は闇のような漆黒、肌は不気味な鱗で覆われた異形の女。まさしく『魔物のような』穢らわしい存在なのだ。
ほんの少し耳が長いだけでも騙し打ちからの殺戮さえ『当然』と考えるのが遥か昔からの常識なのだ。
ティナは優しいから異形と化したアンジェとも仲良くしてくれるが、それでもこんな触手の腕を握り、不吉な漆黒の瞳や髪を至近で見つめて、鱗で覆われた肌と触れ合うことなど嫌に決まっている。
「あ」
今更気がついたのか、小さく声を上げるティナ。みるみるうちに表情が変わっていく。
「ああっ」
後退り、そしてティナはこう叫んでいた。
「ナニソレ合法的に聖女様にお触りできるとか最高すぎないですかあ!?」
…………。
…………。
…………。
「え?」
「ハッ!? 違う違う違うですよ? 本当に、うん、本当に下心なく落第を回避したい一心で練習に付き合って欲しかったんですよ? ただ、その、あくまで偶然の産物ですから! いやあ仕方ねーですよねダンスですものね二人一組でおてて繋いでくるくるしねーとですからね密着するのも致し方なし!! ですよね!!!!」
両手を突き出しばたつかせるティナ。
だが、その声音からも、変わりに変わった表情からも隠しようもない歓喜がこぼれていた。そう、嫌悪ではなく歓喜が、だ。
異形とは忌避されるべきもの。
そういうもののはずなのに。
「ティナさん」
「はっはいごめんなさい調子に乗りすぎましたですね!!」
「どうして……ですか? 普通はわたくしに触れたいと思うわけありませんのに! こんなっ、醜い異形と化した身体になど!!」
「ん? ああ、えっと」
無数の触手が蠢き、不吉とされる黒を刻む髪や瞳を持ち、人間ではあり得ない不気味な鱗で肌を覆う異形は忌避されるべきだ。それが普通で、当たり前で、そういうものなのだ。
話すだけなら我慢できても、触れ合うなど絶対にできない。不潔だと、穢らわしいと、実の家族だって吐き捨てるのが『当然』なのだから。
だから。
なのに。
ティナは困ったように眉根を寄せて、頬を指で掻いていた。
「うーん、やっぱりまだまだ伝わってねーんですね。わかってはいたですけど!」
「な、にを」
「私はずっと言ってきたはずですけどね。聖女様はお美しく、大好きだって!!」
ティナはブレない。
常識だの定番だの、そういうものと定義されている流れなど関係ない。
真っ直ぐに、そう、出会った時から彼女のスタンスは変わらない。
『うんうん、今日も聖女様はお美しいですね!! 大好きです!!!!』
嘘だとは思っていない。
『むっ。もしやお疑いじゃねーですか? ですよね!? 心外ですよ、聖女様っ。私は聖女様のことを本当に、本気で! 心の底から!! お美しく、大好きだと思っているんですからね!?』
だけど、いつかは、と。
心の奥底ではそういうものだからと諦観していたのも事実だ。
どんなに真っ直ぐな想いもいずれは朽ちる。
こんな異形が美しいわけがないし、ましてやこんな異形のことを好きになるなど絶対にありえないのだ。
期待して裏切られるよりはと予防線を張り、信じようとしていなかった。この心地よい関係が崩れるのが嫌で、臆病になっていたからだ。
『こうなれば、うん。やっぱり私の想いは本物だとわかってもらえるまでぶつけにぶつけまくるしかないですねっ』
宣言の通りにティナは顔を合わせればアンジェへと想いをぶつけていたはずだ。お美しいと、大好きだと、そう言っていたはずだ。
「だから、ご自身のことを醜い異形だなんて言わねーでくださいよ。触手がなんですか、不吉な漆黒がなんだって言うんですか! 鱗があろうがそんなの関係ねーです!! 聖女様はお美しいです!! 大好きなんですよ!! それは一目見た『あの時』からちょっと姿が変わろうと絶対に変わらねーですから!!!!」
叫び、叫び、叫び。
ティナは手を伸ばす。強引に奪い去る勢いでアンジェの腕を、穢れた呪いの象徴である触手を掴む。
「ティナ、さんっ、何を……!!」
「聖女様は! お美しいです!! そんな聖女様が私は大好きなんですよ!!!!」
「っ」
「その証拠に、ほら! こうして触れ合うだけで顔が赤くなっているですしね!!」
ティナの言う通りだった。
彼女の頬はこうしている今もみるみる内に赤く染まっていた。
緊張が、伝わる。
恐怖からくるものではないと、公爵令嬢として社交界を渡り歩いてきたことで身についた観察眼が見抜いていた。
負の感情などどこにもない。
真っ直ぐで、純粋で、猛烈なまでに光り輝く感情に溢れていた。
「聖女様」
どうして、という想いは消えない。
異形とは忌避されるものだというのに、どうしてティナはこんなにも真っ直ぐにぶつかってくれるのか。
こんな自分を、周囲の有象無象や婚約者は元より実の家族にさえも忌避されるのが『当然』の異形のことをどうして好きなどと言ってくれるのか。
「私はお美しく、大好きな聖女様にこそダンスを教えて欲しいです。よろしいですか?」
まだ信じる勇気はなくて。
そういうものだという考えは消えなくて。
「は、はい……」
それでも、思わず頷いていた。
──おそらくアンジェの頬もまたティナと同じように真っ赤に染まっていることだろう。
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【名前】
アンジェ=トゥーリア
【性別】
女
【種族】
人間
【年齢】
十五歳
【称号】
女神より祝福されし聖女
【所有魔法】
浄化魔法(レベル99)
炎属性魔法(レベル99)
水属性魔法(レベル99)
土属性魔法(レベル99)
風属性魔法(レベル99)
雷属性魔法(レベル99)
身体強化魔法(レベル99)
転移魔法(レベル99)
収納魔法(レベル99)
重力魔法(レベル99)
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※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(レベル11)以上を使用してください。
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
※レベルは99が上限です。
【状態】
呪縛・心(レベル44)
呪縛・体(レベル100)
呪縛・浄(レベル44)
憑依・魔(レベル分類不可)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法を使用することを推奨します。