最終話 ご都合主義の存在しない新たなる時代の幕開け
あの騒動から半年が経過した。
王国では第一王子が魔物化の後遺症で死んだり、新たな女王としてプリンセス・シリティアが即位したり、各地に降り注いだ純白の光によって魔物が元の動植物に戻ったりと様々なことがあったが、荒事専門の冒険者には関係ない話だった。
槍を持つリーダー格の女・サクは今日も三人の仲間と共にお仕事の真っ最中だった。つまりは違法改造した魔道具で全身を固めた(気の強い、武装した女を押し倒すことに快感を覚える)クソ野郎に追われていた。
「チィッ! 嵌められたわね!! あの依頼自体、私たちを誘き出すためのものだったのね!!」
「サクっ、だから私は言ったのよっ。お荷物隣町まで運ぶだけの簡単なお仕事にアホみたいに高い成功報酬を用意している時点で怪しさ満点だって! しかも荷物の関係で依頼を受けるのは女の子限定だって? 押し倒してからの凌辱フルコースからの監禁だのぶっ殺しだの口封じが基本だから馬鹿高い依頼料設定しておいても問題ないってことだったのね!! 万年金欠だからってこんな見え見えの罠に引っかかるとか馬鹿じゃんもお!!」
「謎の光で魔物がいなくなろうとも世界は何にも変わらないわね。クソもクソ、救いなんてどこにもないじゃない!! これは本格的に女神様にでも縋りたくなってきたかも」
そう吐き捨てる仲間の一人であるアイカの腰には一冊の本が収まっていた。女商人より売れ残ったからと押し付けられたそれは大陸でも有名な宗派における信仰の中心たる女神のエピソードを精査したものだった。
その中には何かしらの理由で地上に降臨した女神と大陸でも屈指の軍事国家として名を馳せていたある大国の王が半ば強引に娶った王妃とのラブストーリーなんてものもあり、演劇の題材になっているほどだ。……ちなみに大国はすでに滅んでおり、その際に王も王妃も死んだが、その子供だけは生き延びたらしいので、もしかしたら魔法の才能に優れた王の『血脈』は今も継がれているのかもしれない。
それはそうと女神のエピソードである。一応ラブストーリーとはなっているが、いやそれ不倫じゃねえ? というのがアイカの素直な感想だった。その辺りはあくまで神話の一幕であるので感動的に仕上げられているのがほとんどではあるが。そもそも人間と神の感性はまるっきり異なるなんて言われてはどうしようもないし、『真実』は流石にわかりようもないので下手にダメ出しもできなかった。
腰の本には『神殺しの性質宿す雷の精霊』なんて単語も出ており、人間に祝福を授けることはできても自身が力を振るうことはできない女神を守るために王妃が戦った、なんて話もあるが、あくまで仮説であり『真実』としてどんな物語があったのか、そもそも神なんてものが存在していて大陸に降り立ったかどうかすらも断言はできていなかった。
そんな実在するかどうかもわからない存在に頼るのは冒険者らしくないだろうが、それだけ追い詰められている証拠でもあった。
「サク、どうする?」
いつもの定位置、サクの隣にそっと寄り添うイルの問いにリーダー格の女は槍を改めて力強く握りしめる。
後ろから迫る違法改造された魔道具で全身を固めた、暴発を恐れず力を求めたクソ野郎を真っ向から見据える。
「あいつは犯罪者も犯罪者、多額の賞金がかけられたクソ野郎よ。つまり、ここであのクソ野郎をぶっ倒せば賞金で当分遊び放題ってわけよね」
基本サクに忠実なイル以外の二人がまさかという顔で目を見開くが、その時にはサクは足を止めて、槍を構え直したところだった。
「女の敵の指名手配犯ぶっ倒してボロ儲けするわよ!! っていうか、よくよく考えたらあんなの相手に逃げ出していたらいつまで経っても強くはなれないしね!!」
「アホかっ。逃げ切るだけでも難しそうなのに、なんで倒すってなるのよ!?」
「大丈夫、最悪でもあのクソ野郎が薄汚い欲望をぶつけてくる前にサクは私が殺してあげる。もちろん一緒に死んであげるから安心してねっ」
「イルはいいよね大好きなサクと一緒ならなんでも快感に変換できるんだからさあ!! 女神様ぁっ! 今からでも祈りを捧げれば助けてくれますかあ!?」
もうしっちゃかめっちゃであったが、それでいて彼女たちも各々の武器を構えてサクと共に迫るクソ野郎へと相対していた。
罵詈雑言を吐き捨てたり、ぞくぞくと背筋を甘く震わせていたり、女神様に祈りを捧げたりと反応こそそれぞれだが、最終的に彼女たちはこう叫んでいた。
「「「で、どうやってあのクソ野郎をぶっ倒すのよ!?」」」
「……ふっ」
笑って。
そして、サクはこう言った。
「どうしよう?」
もうすぐそこまでクソ野郎は迫っていたが、それでも三人が三人ともサクの顔面に拳を叩き込んだのは仕方ないことだっただろう。
ーーー☆ーーー
フィリは半年前、王都で暴れ回っていた魔物と激突した時のことを思い出していた。
魔物の群れが迫る中、『弱い』気配はフィリたちエルフと並ぶ形で戦場へと踏み込んできた。エルフという滅亡したはずの異形を前にして『弱い』気配の先頭に立っていた槍持つ女がこう言ったのだ。
『アンタ、魔物とやり合っていたわよね? 私たちも魔物をぶっ倒しにきたのよ。っていうわけで共闘よろしく!!』
エルフよりも遥かに『弱い』くせに。
百年以上前、あれだけ迫害してきた人間のくせに。
その槍持つ女の言葉に他の人間も同調して、悪感情を振り払って、魔物の群れへと突っ込んでいった。
どうして、と。
震える声で問いかけたフィリに、槍持つ女は何の気もなしにこう答えたものだ。
『? いやだからさっきも言ったけど私もアンタも魔物を倒したいわけじゃない。だったら共闘するのが普通でしょ』
耳の長い、異形として忌避されるべきエルフと平然とした顔で肩を並べて共に戦うことに疑問の一つすら挟んでいなかった。何がそんなに不思議なのか理解すらしていない顔だった。
人間には良い奴もいれば悪い奴もいる。
ティナという例を知っているとはいえ、彼女が特別なのだろうと心のどこかで考えていたのかもしれない。
だけど、違った。
槍持つ女だけでなく、周囲の荒くれ者にしか見えない者たちもまたエルフなんて種族気にしていなかった。
『あの時代』は悲惨な一言に尽きた。家族を、仲間を、親友を殺した『連中』が生きていれば百回八つ裂きにしたって足りないだろう。
だからといって今を生きる人間が『連中』と同じとは限らない。それだけの話なのだ。
「そろそろぼくたちも前に進むべきかもにゃあ」
戯けるように呟いて、フィリは歩を進める。
時代は変わる。前に進む意思さえあれば、いくらでも。
ーーー☆ーーー
ゴギゴギ、と。
調子を確かめるように生やした右腕を回すティナは地上に向かって『模倣』した浄化魔法を放っていた。
エルフの里、空飛ぶ移動拠点の端でのことだ。魔物化している『被害者』を含む、呪縛に囚われた者たちを何とかしたいと望んだアンジェに付き合う形で浄化魔法を振り撒くティナはざっと雲の切れ間から覗く地上を眺めて、
「うん、こんなものですかね。これで一通り魔物化した人間も、世界中の生命に押しつけられていた呪縛も祓えたですよ」
「よかったです……。ひとまず、これで邪神の残した悪意は取り除けましたね」
金髪に碧眼、人間らしいすらりとした四肢のアンジェ=トゥーリアが口元を綻ばせていた。
触手も肌を覆う鱗も青い肌も翼もツノも尻尾もない、どこからどう見ても人間らしいフォルムであった。
良いことではあるだろう。これでアンジェは自身のことを異形だなんだと気にすることはなくなった。アンジェを苦しめる悪意を祓えたことは間違いなく良いことだ。
だけど、だ。
「あれはあれでアリだったですよね……」
ティナは異形なんてものを忌避したことはなかった。それどころか美しいと評価していた。
もちろん元凶となる呪縛や邪神については殺したいほどであるが、姿そのものはアンジェを基本として拡張している。何ならファッションの一環のようなものですらあった。
清らかな格好で整えた神秘的な天使のごときアンジェも最高だが、邪悪そのものの姿に蝕まれた禍々しい悪魔のごときアンジェもアリに決まっていた。
とはいえ、異形の姿はアンジェにとってはトラウマに近いものだろう。ちょっと着替えてくらいの気軽さで姿を変えて欲しいなんて頼んでいいわけがないし、そもそも瘴気でないと肉体をいじくり回すことはできない以上、あの姿になることはもう不可能なのだ。
……そう考えると、途端に惜しくなるのだから勝手なものである。
「ティナさん」
そして、忘れてはならない。
アンジェ=トゥーリアには公爵令嬢として鍛え上げられた目があり、ティナの心なんてサラリと見抜いてしまうことを。
「そんなに異形と化したわたくしの姿が見たいですか?」
「わっひゅう!? なんでバレて、あっと、違うですよ? いやいや違うんですあの触手の感触もう一度味わいたいとか怪しく光を反射する鱗で覆われた聖女様も独特の美しさがあったとかそんなこと考えてねーですからはい!!」
「わたくし、わかりきった嘘をつくような人はあまり好きではないですね」
「嘘です本当は悪堕ち聖女様がもう一度見たいんですう!!」
悪堕ち? と首を傾げるアンジェ。
その辺りはあまり掘り下げて欲しくなかった。もちろん素の、清らかなアンジェ=トゥーリアが一番であることは前提だ。その上で違った一面を垣間見るような感じで普段の聖女らしくない姿というものもアリだという話なのだ。
「悪堕ちというものはよくわかりませんけど、ティナさんが望むなら仕方ありませんね」
瞬間、この世界より一掃されたはずの瘴気がアンジェの全身を這い回るように渦巻き、弾け、そしてぎゅぢゅっ! と勢いよくそれはティナに迫ってきた。
触手。
独特の感触の、ひんやりと冷たいそれがアンジェの頬を巻きつけるように掴んだのだ。
両腕は無数の触手と変貌して。
肌は鱗に覆われていて。
金髪や碧眼は漆黒に塗り潰されて。
まさしく『再会』した時のままの姿であった。
「瘴気も魔法という話ですからね。幼い頃より精査を続けて、ようやく会得するほどには解析することができました。……邪神を倒し、瘴気が消失した時点で精査をやめても良かったのですけど、ティナさんのためにこうして瘴気魔法を会得したのですからね?」
邪神の魔法さえも会得するとかもう天才どころの話じゃないとかいくら浄化魔法で元に戻せるとはいえそんなにコロコロ肉体を変化させて何かしら悪影響はないのかとか、色々聞きたいことはあった。
だけど、だ。
どこか潤んだ瞳で、期待するようにこちらを見つめてくるアンジェを前にしては色々と考える余裕なんてなくなった、
素直に、感じたままを口にする。
「やっぱり聖女様はお美しいですね。大好きです!!」
「わたくしもティナさんのことが大好きですよ」
…………。
…………。
…………。
「んえ? あれ、いまっ、聖女様、ええ!?」
ティナから好意をぶつけるのはいつものことだった。だけど、それを返してもらったのは今日が初めてだった。
大好き、と。
その言葉が頭の中で反芻される。
「あのっ、あのあのっ、聖女様今のもう一回お願いします!!」
「ばっばか言わないでください! あのようなこと、そう軽々と言えるわけがないでしょう!! わたくしがどれだけ緊張したかと……っ!!」
「聖女様ぁーっ!!」
「まっ、ティナさっ」
もう勢いのままに抱きつこうとしてきたティナを頬に巻きつけた触手でもって押し返すアンジェ。頬どころか首まで真っ赤であることは鱗でもっても覆い隠すことができていなかった。
「はは、ははははは!! 好き、大好き、愛していますよ聖女っさまあ!!!!」
「う、ぐう……。わ、わたくしも、大好きですよ、ばか」
世界から邪神が振り撒いた呪縛は一掃され、ご都合主義に縛られることはなくなった。
だからといって世界からあらゆる問題がなくなったわけでも、悪意が一掃されたわけでもない。
それでも。
例えどんな悪意が立ち塞がったとしても、ティナは大好きなアンジェのために拳を握りしめて、立ち向かい、掴んだ幸せを守り抜くことだろう。
ーーーfinーーー
はい、これにて完結となります! ここまでお読みくださいありがとうございました!!
本作はステータスを組み込んでの物語となっていますが、本当便利ですねステータス。こんなに便利なら様々な小説で組み込まれている理由もわかるというものです。
数値で簡単に戦力が提示できるのはもちろん、伏線というか設定も簡単にぶち込めますからね。あんまり便利なので多用しないようひとまず封印したいくらいには。
代わりに戦闘になってもどちらが勝つかわかりきってしまうので本作では魔法のレベルだけに絞り、明確な数字化までは踏み込まないようにしたり、ラスボスである邪神の魔法だけはレベル100以上(つまり実質的な測定不能)にしたりと工夫は必要でしたが。
本作の主人公であるティナは間違いなく天才少女です。ただし、好きな人のためという原動力がないと本領を発揮しないタイプの。
おそらくアンジェと出会うことがなければ、そして聖女の隣に立っても足手まといにならないほどの力を求めなければ、その才能を開花させることはなかったでしょう。開花させてもアンジェには敵わないというのがなんともティナらしいのですが。
アンジェに関しては悪堕ちヒロイン、というには半端になってしまいましたが、いやでも精神まで堕ち切ったらティナを殺すなり洗脳するなりしてからの世界滅亡なんて話にもなりかねなかったですからね。悪堕ちからのバッドエンドというものは読むのは好きでも書くのは苦手なので今回は意識を邪神に乗っ取られるという形になりました。邪神の敗因は半端な悪堕ちで満足したことでしょう。堕ちたアンジェがティナを誘惑するくらいはしないと勝ち目はなかったということですね!
ステータスのお陰で続けようと思えばいくらでも続けられそうではあるのですが、ひとまずこの辺りで終了となります。とはいえ、いずれ何かしらの形で続くこともあるかもしれません。女神の過去編とか設定だけなら余っていますしね。
 




