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第二十四話 それはずっとぶつけてきた一言

 

 エルフの里は空を飛んでいた。

 元々里があった場所を中心に半径十キロの森を抉り、浮遊系統の魔法や精霊の奇跡で浮かべて、空を移動することで人間からの干渉を防いでいるということだ。


 未踏の地だの神秘の領域だのいくら人目を避けた秘境に拠点を設けたところでいずれは暴かれる。ならば暴かれたところで逃げられるよう拠点そのものに移動機能を搭載すればいいという暴論を押し通せるほどにはエルフという種族は強大なのだ。あるいはそれほどの才能があるからこそ邪神は負の感情を誘発するためとは別に、その力を封殺するために異形とは迫害されるべきという悪意を注入したのだろう。


(聖女様は死んじゃった、ですか)


 エルフの里に運ばれ、治療を受けていたティナはおぼつかない足取りで森の中を歩いていた。


 空飛ぶ移動拠点、その端。

 よほどの高度なのか、下を覗くと雲が見て取れた。


 ティナの脳裏に浮かぶはエルフの姫君がニタニタとしながら口にした次の言葉だった。



『正確には先の騒動で本格的に居場所のなくなった聖女様が悪しき様に潰される前に死んじゃったことにして身の安全を確保したってだけなんだけどねえ』



 未だ完全回復とはいかず、おぼつかない足取りのティナの目の前にはある背中があった。


 空飛ぶ移動拠点の端から雲を眺めるその背中にはキラキラと輝く金髪が靡いている。


 つまり。

 だから。


「聖女様っ!!」


 呼び声に、その背中が振り返る。

 金髪に碧眼。異形の姿から解放された、『あの時』よりも成長している美しき少女であった。


 アンジェ=トゥーリア。

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 アンジェの手持ちの浄化魔法(レベル99)だけでは足りなかったはずだ。呪縛を破るには最低でもレベル100の浄化魔法が必要なのだから。


 だけど、必要な情報はティナからみんなに伝えられていた。邪神を打倒した直後にティナは意識を失ったが、呪縛の祓い方は他の者からでも聞くことができる。


 そして。

 必要な魔法は邪神打倒時に目撃しており、なおかつアンジェ=トゥーリアは即席で消滅魔法をつくり出すようなポテンシャルを秘めている。


 そんな彼女にとって上限突破魔法(ブレイクスルー)を見て覚えることなど造作もなかった。ゆえに浄化魔法との合わせ技で呪縛を祓い、魔物を人間に戻すこともできたということだ。


 そうした後に、エルザたちと話し合って『死んだことにして』、ティナについていく形で人間の目に留まることがないエルフの里へとやってくることになったのだ。


(とりあえずわざと私が勘違いするように『死んじゃったあ』とか言いやがったクリナは後で一発ぶん殴ってやるですよ)


 聖女様に手を差し伸べてくれたことを鑑みて一発で許してやるだなんて寛大にもほどがあります、と心の中で付け加えるティナ。


 そこでアンジェ=トゥーリアがくしゃりと顔を悲痛に歪めたことに気づいて、クリナの悪ふざけなんて頭から吹き飛んだ。


「ちょっ、ちょちょちょっと聖女様あ!? どうかしましたか!? ハッ!? あれですか死んだことにされた件ですかそうですよね全ては私が無力だったせいですもんねもっとずっと早くに呪縛や憑依を祓って邪神のクソ野郎を始末しておけばこんなことにはならなかったですもんねようしとりあえず気が済むまで殴ってくださいばっちこいですよお!!!!」


「どうして、そうなるのですか」


 どこか呆れたような声だった。

 目元に浮かんだ涙を指で拭い、アンジェはティナの右肩に視線を向けながら、


「右腕……いいえ、その他にもわたくしのせいで怪我をさせてしまいましたわね」


「ああ、これですか? 魔力が回復すればそのうち生やすこともできるですし、気にしねーでくださいよ。それに、あの時も言いましたけど、拳を握って戦うと決めたのはぜーんぶ私のためなんです。自分の弱さのせいで怪我したってだけの話なので、本当に気にしねーでください」


「……本気でそう言っているのですから、ティナさんは変わり者ですよね」


「いや、いやいやっ。聖女様のためですよ? 命くらい賭けるのが普通じゃねーですか???」


「普通ではないので、もう無茶しないでくださいね。ティナさんには傷ついてほしくないですから」


「聖女様がそう言うなら、次からは怪我する暇もねーくらい圧勝できるよう強くなっておくですよ! まあ次なんてねーのが一番なんですけどね!!」


「ええ、そうですね」


 言いながらも、ティナはアンジェのそばに駆け寄っていた。


「ああ、そうです、聖女様っ。色々落ち着いた今こそ言うべきことがあるですよね!! いやまあ今まで散々言ってきたことでもあるですけど!!」


「ティナさん?」


「私、聖女様のことが──」


 そこで、ティナの言葉が途切れる。


 もう呪縛だの憑依だの邪神が用意した悪意は存在しない。ご都合主義。邪神の都合のいいように回る世界は終わりを告げた。


 だからといって、世界がティナの都合で回るわけではない。


『聖女様、今日もお美しいですね!! 大好きです!!!!』


『お世辞は結構ですよ、ティナさん』


 ひどく冷たく、突き放すようなあの声はどこからどこまでが邪神の悪意によるものだったのか。


『聖女様が嫌がろうとも、私はこの想いをぶつけにぶつけまくってやりますから!!』とは言ったが、怖くないわけがなかった。


 何が怖いと、聖女から拒絶されることに決まっていた。


 邪神の悪意は全て取り除いた。今は、もう、言い訳の余地がない。アンジェの本音だけが存在するのだ。


 異形というガワは消失した。だから? アンジェが卑屈になる理由がなくなったからといって、ティナと仲良くやっていく必要はない。むしろそういう世間一般でのマイナス要素がなくなった今、アンジェ=トゥーリアという存在は欠点のない魅力の塊だ。


 魔法の才能に優れ、美貌や頭脳も他の生命とは比べるまでもない令嬢。死んだことになっているとはいえ、王国の影響力の及ばない遠く離れた他国にでも出向けば多くの人間がアンジェを求めるだろう。それこそ彼女の隣に立ちたい者の中にはティナなんて霞む人間だっていくらでも……。


 聖女の隣に立てる人間になると誓った。

 手っ取り早く、力を求めた。


 その結果、ティナだけではアンジェを救うこともできなかった。アンジェを救えたのはみんなのお陰で、大元の邪神を倒せたのは間違いなくアンジェの力あってのものだ。


 そんなティナに『あの言葉』をぶつける資格はあるのか。いいや、『あの言葉』をぶつけて、冷たく切り捨てられたら、前のようにもう一度立ち上がることなんてできるのか。


 邪神の悪意が介在していた頃は言い訳にできた。拒絶されたのは邪神のせいだからと、聖女の本音ではないからと言い聞かせて、どうにか崩れ落ちることなく耐えられただけだ。


 今のティナは最高峰ランクの冒険者や真なる聖女などと持て囃される天才少女として有名だが、それがなんだというのだ。


『あの時』、生まれ育った村を守るために無謀にも一人で瘴気がもたらした魔物の群れに突っ込んで、呆気なく蹴散らされたどうしようもなく無力だった『あの時』と何も変わっていないのかもしれない。


「聖女、様の……ことが」


 気がつけば、俯いていた。

 もう後はないと、ここで『あの言葉』を言えば聖女の本音が確定してしまうと、そう思ったら、震えが止まらず、怯えが走り、踏み込めなかった。


 魔物の群れであれは拳を握りしめて叩きつければ何とかなる。邪神のような自分よりも遥かに強大な敵にだって臆することなく立ち向かうことができる。


 だけど、これは暴力ではどうにもならない。

 拳を握りしめることしかしてこなかった少女では、そう、ここに至ってアンジェ=トゥーリアの隣に立ってもいいのだと思えるような何かをついぞ獲得できなかったティナでは『あの言葉』を口にすることもできなかった。



 そんなティナを、あたたかな両腕が抱きしめた。



 声が。

 届く。


「ティナさんがどうしてそこまで怯えているのかまではわかりませんけど、これだけは言えます」


「せい、じょ……さま?」


「そんなに怯えずとも、ティナさんなら大丈夫です。それは、貴女に救われたわたくしが保証してあげます」


「な、にを……私は、だって! 聖女様を救うことはできなかったです!! 呪縛を祓えたのはみんなが助けてくれたお陰で、邪神を倒せたのは聖女様のお陰なんですから!!」


「そんなことありません。わたくしはティナさんに救われましたよ」


「な、にを」


「呪縛から解放された後、全て覚えていると、そうわたくしが言ったことを覚えていますか? わたくしは、ずっと見ていました。わたくしのために拳を握るティナさんのことを。そんな貴女を傷つける自分が心底憎くて、それでいて、そんな貴女の姿にわたくしは救われていたのです。ティナさんが真っ直ぐにぶつけてくれたものを信じられず、いつかきっと他の人間と同じく異形だと忌避してくるからとわたくしのほうからティナさんを拒絶して、それでもティナさんはわたくしを救うために拳を握ってくれたのですから」


「そんなの、当たり前、ですよ」


「それは、どうしてですか?」


 本当はアンジェ=トゥーリアは全て見抜いているのかもしれない。邪神の悪意に縛られることのなくなった彼女は公爵令嬢として培ってきた目でティナの怯えの源を察しているのかもしれない。


 それでいて、こうして背中を押している。

 邪神のそれとは比べ物にならないほどに力強くも優しい誘導に抗う理由はなかった。


「……き、だから」


 だから。

 だから!

 だから!!


「聖女様のことが!! 大好きだからに決まっているじゃねーですかあ!!!!」


 ティナがアンジェを左腕だけで抱きしめ返す。大好きだと、何度も何度も縋るように叫びながら。

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― 新着の感想 ―
[一言] すき..... ティナの大好きがやっとアンジェに届きましたね. アンジェは自分がティナを傷つけた事に苦しんでいたでしょね. でもティナの感情を読んでやっとその気持ちをそのまま受け入れることが…
[気になる点] アンジェは少し怯えてた方がいいかなと思いました。アンジェはティナの事を確実に傷つけていて、例え呪縛のせいだったとしても、アンジェがそれを許せるわけがないと思うので。頭では、ティナが嘘を…
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